22.奇襲、交戦、そして… ②

美鈴が叫んだ直後、やっと風船で上がってきたトオルがタマ坊を投げ出した。バスター砲を構える戦闘員の前に着地したタマ坊は、煙幕を噴き出す。催涙剤だ。


「何だ、毒ガスか?」


「ハハ、こんな2万年前の武器が効くかよ!」


「この源紋グラムクレストのパターン……こいつ、さっきのレストランで人質の希望を出してきやがった妙なガキか」


 トオルが橋の上に降り立った。地球アース界の技術で作られた武器が、そう簡単に通用するとは思っていない。トオルは涼しい顔で戦闘員に対峙した。


「それは余興だ。コダマ、ビームマシンガンで牽制してくれ」


 そこにいる8名の戦闘員は、煙幕で発砲を一時停止させられていた。

 指令を受けたコダマがすぐさま上空を飛んでくる。コダマは胴体の銃口からビームを射出した。


 奇襲を受け、戦闘員たちが周囲を見渡す。トオルのビームは命中したものの、彼らのボディースーツを通貫するほどの威力はなかった。


「どこからの攻撃だ?」


「あ、あの鳥か?」


「おい、足が!」


 戦闘員たちは粘着質のトラップを踏み、動きを制限された。


「いつの間に?!」


 コダマの攻撃に合わせ、通常形態に戻ったタマ坊が粘着弾を撃っていた。タマ坊はさらに三発、追加射撃を行う。


 中空をかすめて飛び去ってコダマが、弧を描き反転すると、二度目のビームマシンガンを浴びせた。ダメージ軽減スーツを着ていても、攻撃回数が増えれば戦闘員たちは精神を消耗させていく。


 煙幕と粘着弾の重ね技が功を奏し、増援の戦闘員たちは進むことも退くこともできない状況に陥った。


「今度こそ、食らえ!!」と、大輝だいきが叫ぶ。


 大輝は右手にバレーボール大の光弾を作りながら、一瞬だけトオルの方を見た。充填時間を稼いでくれたのがタマ坊とコダマだということは大輝にも分かっている。


「タマ坊、戻れ」


 号令に従い、タマ坊が退避行動を取る。


 煙幕が切れる前に、大輝が思い切りよく光弾を投げ出した。


 ドカン!と大きな爆発が起こった。事前にビームマシンガンを掃射していたことで、床に無数の穴が空き、そこに光弾が炸裂したことで、床が大きく崩れ落ちた。連絡橋に巨穴が現れ、巻き込まれた6人の戦闘員が落下した。残った2人は虚勢で武器を翳していたが、腰は抜けている。


 戦闘員たちの中から、弱音を吐く者が現れだした。


「こいつら、何て作戦を謀ったんだ……」


「ただの素人のガキのくせに……」


「ここは俺が食い止めるから、美鈴たちを助けてくれ」


 大輝はそう言ったが、トオルの耳には、高速で迫り来る金属音や人の足音が聞こえていた。フェジも戦闘員も、まだ多数いると考えた方が自然だった。


「分かった。コダマ、彼を応援して」


 宙を飛び回っていたコダマが鋭く鳴いた。


 トオルは急いで依織いおりと美鈴のところへと向かう。


「依織さん、白河さん、大丈夫か?」


「うん、何とか……」


 依織はすでに手足の縄を自力で解いていた。だが、周囲ではあちこちで戦闘が勃発し、連絡橋の通路も塞がっている。逃走路はなかった。美鈴や他の人質を放置するわけにもいかず、依織は状況を見て今は動かない方が安全であると判断していた。


「あれ、依織さんは解放されていたのか?」


「ううん、あの人。最初から、縄を緩く結んでくれたの」


 トオルはキアーラに反旗を翻した戦闘員、クリーフ・ゲネルを見た。


「彼は最初からひるがえるつもりで……?」


「協力してほしいって言ってた。もしかしたら、秘密捜査で侵入していた警察とかなのかな?」


「そうか?」


 クリーフはなお、リーズと戦闘中だった。


 エレキボールの術式を避け、ライフルで反撃をしていたクリーフは、トオルの視線に気付いたように彼を振り向き、呼びかける。


「少年」


「君は……?」


「俺はクリーフ・ゲネルだ。人質を助けたいんだろ?」


「まぁ……」


 クリーフは懐に手を入れ、素早く投げ渡した。


「これを使え。……っと!」


 間一髪、クリーフが鉤爪かぎづめの斬撃を受け止める。


 咄嗟に投げ出されたものを上手く掴めず、トオルは指で弾いて床に落とした。金属製の柄を、トオルは鈍くしゃがんで拾う。


「これは?」


「グラムナイフだ、それで縄を切れ。あの鳥を操れる君なら、上手く使えるだろう」


「ナイフ?刃はどこに?」


源気グラムグラカを使え!意識を柄に集中するんだ」


 トオルは言われたとおり、柄に意識を集中し、グラムの光を集めた。金属の柄から6センチ程の刃が伸び、ブルーグレーに光るナイフになる。


「これは……源を収束するナイフか。でも、刃渡りが短すぎないか?」


「たしかにあの人が使った時よりも短いね。でも、縄は切れるよ!」


 トオルは依織に頷きかけ、最初に美鈴の縄を切った。続けて三人の縄を切ったところで、トオルは頭痛に襲われた。まるでガスが切れたライターのように、光の刃はその形を維持できず不安定になった。頭には激痛が走り、額に汗を滲ませながらも、トオルは突然使えなくなってしまったナイフを見る。


「壊れたのか……?」


 依織はイリジウムの匕首あいくちを腹巻きベルトに納め、ナイフに手を伸ばす。


「トオルくん、貸して?」


 トオルがナイフを渡すと、光の刃は燃料を失ったようにふっと消えた。柄だけに戻ったナイフを、今度は依織が両手に握る。イリジウムを作る要領で源を集めていくと、白銀色をした15センチの刃が光った。


「これがこのナイフの本来の長さなのか?」


「多分そうね。あの人が使った時もこのくらい長かったよ」


――源の、熟練度の差か?


 同じ武器であっても、使い手の能力差が反映されるのだとすれば。


「……ぼくはまだ、この武器を扱えるレベルに達してないってことか」


 依織の方が武器の扱いが上手であるという事実に少しだけ打ちのめされていると、「仕方ないんじゃない?」と依織が言った。


「トオルくんは、タマ坊とコダマちゃんのために、たくさん源を消耗したんでしょ?」


「それも一理あるけど……」


 それでも、戦闘の最中に源不足となるようでは、何かを救うことはできないとトオルは思った。


「人質の解放は私に任せて、トオルくんはコダマちゃんとタマ坊に集中にして」


「ああ、分かった……」


 気持ちを切り替え、トオルは源気をコダマに集中させる。ナイフを放しても、頭痛は治まらなかった。


 キアーラは鞭を躱すと、炎のように赤いグローブで鞭の真ん中を握った。あまりの高温に耐えきれず、鞭が燃やし切られる。錘を断ち切られた鞭を引き戻し、穣治じょうじは愕然とした。


「何という高温だ……。その武装、金属を高温状態のまま維持できるのか」


「このグローブは溶岩のように熱い。お前がどんな鞭を使っていたかは知らないが、掴んだものは全て、炭クズになる」


 威圧的な声でそう言うと、キアーラは左手にブロンズ色のエネルギー弾を作り、穣治を狙い撃つ。


 穣治はさっと飛び退いた。エネルギー弾はフェンスを破壊しながらさらに飛んでいき、50メートルも先にあったもう一本の橋を貫き、さらに50メートル離れた船室の壁にぶつかると、大爆発を引き起こした。それでも弾は弾けることなく、船首の外壁を割り壊し、そのまま外へ放たれた。


 爆煙が散ると、船室の壁の窪みや破壊されたフェンスが見えた。穣治のすぐ近くのフェンスはまだ高熱を保っている。床には焦げ跡が残り、折れた金属製フェンスの切断面が融けている。


「おいおい、どんなジョークだよ。あんな弾、一発でおしまいじゃねぇか……」


 破壊神のような攻撃に度肝を抜かれていると、キアーラが高笑いをした。


「折れた鞭一本で、お前に何ができる?」


 穣治は真剣な面持ちになり、6本の切れた縄を回収し、柄だけに変形させた。


 キアーラは口を開けて笑ったまま、超高温のグローブで攻めかかる。穣治は大きく跳躍したが、退く場所もなくなってきていた。


「逃げる場所もない。もう終わりか?」


 穣治はそれでもいつもの調子で笑うと、


「悪いな、まだ諦めはついてねぇんだ。俺は100回死神と擦れ違った男だからな」


「死んでもらおう!」


 キアーラが左手の武装から真っ赤な刃を伸ばした。穣治は間一髪、それを避けると、思い切って橋から飛び降りる。


 中空で振り返り、鞭の柄から釘を射出すると、橋の柱に差し込んだ。


 穣治は落下しながら新たな縄を撃ちだし、釘に巻き付かせる。落下は途中で急停止し、穣治は縄にぶら下がった状態で揺れた。


「ふぅ。ゾクゾクするぜ。こいつには何度も助けられてきたなぁ」


「しぶとい奴め」

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