第10話 大根王子Ⅰ 十
「キャプテン、お客人です」
「誰だ?」
「アサヒさんです」
海賊の船長は港の酒場を乗っ取った後、たっぷりと新鮮な魚介料理と酒を買い、そして正規の料金を払って踊り子を呼び、昼間から宴を始めて壁際のテーブル席ですっかり上機嫌だった。アサヒが入ってくるとアサヒにも新しい酒を薦めた。
「よおアサヒ。お前も飲むか?」
「ありがとう。今はやめとくがもらってくよ。頼まれてた運送会社の不正取引の書類だ。確認してくれ」
「おうありがとよ。おい、金を渡してやれ」
「へい」
手下がアサヒに金が入った袋を渡した。アサヒはそのうちの半分だけを自分の取り分にして残りを返した。
「この金で聞きたいことがあるんだ船長」
「ん? なんだ?」
「今回の襲撃、北で爆発があってその後野盗達とほぼ同時にあんたらが入って来ただろ。今回の襲撃は誰かの指示なのか?」
「指示? おいおい俺達がそんなもん聞く訳ねえだろう。あいつらが持ちかけてきたんだよ」
「そうなのか?」
「野盗の幹部のガラハドってのが若い十代くらいの栗毛の女と一緒に船に来てよ。爆薬が手に入ったから組んでひと仕事しないかって持ちかけてきたんだよ」
「ガラハドと若い女?」
「仕事の話にガキなんか連れてくんなよって思ったけどな。これから野盗の一員として生きていくから教育に連れて来たんだと。世知辛い世の中だねえ」
アサヒも少し笑みをこぼした。
「あんたが言うと説得力があるぜ」
「ははっ。だがまあ奴らが北の兵士んとこを抑えてくれるっていうからいい話だろ。あいつらが失敗したら港に入らず逃げりゃあいいしよ。北エリアが欲しいから北と東でそれぞれ分け合おうって話でまとまった訳だ。あいつらは武器が欲しいんだろうな。で、上手くいって俺らは港、奴らは北をもらったって訳だ」
「ふうん。上手くやったな船長。またそのうち仕事があったら来るよ」
アサヒは違和感を感じた。この話は少しおかしい。北エリアの野盗はとっくに引き上げて今この街にいるのは港の海賊だけだ。何かまだこの襲撃には裏がありそうだ。アサヒはこのへんで話を切り上げる事にした。
「ああそうだ。住宅街の方に行くから門の所にいる奴らを動かしといてくれ。二、三日で構わない。無駄な争いはしたくないんでね。さっきの金はその手間賃も入ってる」
「兵士ももういねえし構わねえよ。手下もあんたに殺されたくないしな」
船長が部下に指示を出したのを確認してアサヒは出て行った。副船長がアサヒと入れ違いで酒場に入ってきた。
「またあいつか! キャプテンなんであんな奴にいつまでもおとなしく金を払うんですか? もらう物だけもらってぶっ殺しちまえばいいでしょう」
船長の隣に座った副船長はステージの踊り子を見ながらグラスに注いだ酒を飲み始めた。
「アサヒともめる? 冗談だろ。あいつと事を構えたら命がいくつあっても足りねえよ。あいつとは仕事仲間として上手くやっていくのが一番だ」
「しかしですね、海賊の面子ってもんがあるでしょうが。あんな下っぱになめられたままでいいんですか?」
踊りが激しくなってきた。曲もクライマックスに近付いている。
「奴はサソリの下で働いちゃあいるが、奴は奴で個別に極東から連れて来た暗殺専門の部隊を率いてる。俺達みてえな海賊風情がかなう相手じゃねえよ。悪いことは言わねえからやめとけ」
「陸の上だからっておとなしくしてる必要なんて無いんじゃないですか? 派手にやっちまいましょうよ」
副船長は威勢よく酒をあおった。
「船長に従った方が無難だと思うぞ」
突然船長の後ろから声がして二人はギョッとして振り返った。いつの間にかアサヒが剣を持って船長の後ろに立っている。
「副船長の目付きが少し気になったんでね。この商売は何かと物騒だから少し様子を見てたんだ」
副船長が驚いて立ち上がろうと体を浮かした時、後ろから左肩を掴まれ押さえ込まれた。副船長の後ろにも顎髭を蓄えた男がフードをかぶり、剣を持って立っている。男は首を横に振り、立ち上がらないよう促した。副船長は青い顔をしておとなしく椅子に座り直した。
「船長は俺達と争うのは反対のようだし……どうやら取り越し苦労だったようだな。邪魔したねお二人さん」
アサヒ達は音も無く出て行った。
「ほら言ったろ? まったく。あんな危ねえ連中見たことねえよ」
周りの手下はみな一様にポカンとしていた。副船長もさっきまでの威勢はどこへやら、冷や汗をかいてすっかりおとなしくなってしまった。
「まあそう気にすんな。金さえ払えばただの客人だ。それよりこの魚食うか? お前好きだろこれ。美味いぞ」
「あっ、はい。い、いただきます……」
船長はこういう事には慣れている。いちいちオタついてはいられない。船長は踊りが終わった踊り子やギター弾きの男をねぎらい、テーブルに呼んで一緒に酒と昼食の続きを楽しむことにした。俺達は海賊として面白おかしく暮らすのが一番だ。ガラハドの横にいた女もどうもただのガキじゃねえ。しばらくしたらこの街から引き上げた方が良さそうだ。船長は自分の勘を頼りに生きてきた。海賊が生きていくには必須の能力だった。
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