7
気がついたら、僕は床に倒れていた。窓から光が差し込んできている。どうやらプロットを書こうとしているうちに、気絶するように眠ってしまったみたいだ。
白い天井をしばらく見上げていた僕は、突如スイッチが入って飛び起きた。
「七日目……!」
人形を手に入れて今日で一週間だ。
ついにこの日が来てしまった。
電池切れかけのスマホを握り、時刻を確認する。午前十時。こんな時間まで寝てしまったのか。
そして残り十四時間以内に、僕の人生は幕を閉じるというのか。
僕はプロットを放り出し、調べていた神社のホームページを開いた。全国的に有名で、神様を統括する神様がいるとまで言われているが、そこまでの交通手段は最速でも三時間かかる。
三時間なら、時間内に行ける。ただ今日が最終日だから、道中で死ぬかもしれない。しかし迷っていても時間が過ぎていくばかりだ。行くなら行く。すぐに行動しないと間に合わない。
新幹線のチケットは、今から取れるだろうか。ネットで調べようとして、検索ワードから引っかかったニュースに目を剥いた。
「えっ!? 新幹線が止まってる」
線路に大きめなゴミでも落ちていたらしく、新幹線に大幅な遅れが出ているそうだ。これでは残りの時間では神社に辿り着けないかもしれない。
新幹線は諦めて他のルートを調べてみたが、飛行機はたまたま欠航しているし電車では遅すぎて間に合わない。
「待って……こんなに重なることある?」
まるで竹人形が、僕を神様の傍へ近づけさせないために道を阻んでいるかのようだ。
バイト先でトラブル続きなのも、先生が予定どおり帰ってこられないのも、プロットが書けないのも、行きたい場所へも行けなくなるのも、人形の呪いなのか?
ここは諦めて、別の神社を探してみようか。仕切り直しだ。時間の足りなさが、僕を焦らせる。
そんなとき。僕の元へ、神様の遣いがやってきた。
インターホンが鳴る。僕はインターホンのモニター越しに、相手を確認した。外には三人のおばさんが立っていた。
「あなたは神を信じますか?」
この人たちは、「白き自由の教団」なる宗教団体のパンフレットを持ってきていた。
「宗教……」
そのとき、僕はぴんときた。身ひとつで玄関へと繰り出し、靴箱を開けて竹人形を取り出す。
玄関の扉を開ける僕は、髪はぼさぼさだったし服も一昨日から着替えていない。そんな見苦しいなりの僕にも、この人たちは嫌な顔ひとつせず――否、貼りつけたような笑顔で説明してくれた。
「私たちの信じる神は、厳しい戒律などは課さず、心の自由の解放を赦してくださります。幸せへの近道は、自由。そしてその自由を認めてくださる神への信仰です」
これまでの僕だったら、インターホン越しに拒絶していたことだろう。だが今は、彼女らの言葉が胸に刺さった。
神社の神様は、本気で信じている人はかなり減っていて、神様の力も弱いだろうと思う。一方、この教団の神様は、敬虔な信者たちに心からの崇められている。「自由」という、抑圧された人々の欲望を解放してくれる神――それは人々の心の支えとなり、生活の軸となる。これほどまでに強力に信仰される神が、他にいるだろうか。
ギリギリの七日目、チャンスかもしれない。効果があるかどうかも分からない神社に遠征するより、こちらのほうが手っ取り早い。
「入信するにはどうしたらいいですか?」
「えっ!? 本当に?」
こんなにあっさり入信を希望する人は少ないのだろう、布教しに来たおばさんたちですら驚いている。驚きながらも、僕を歓迎する。
「ではこれから共に本部へ行って、教祖様にご挨拶をしましょう」
「教祖? っていうのが神様なんですか?」
「教祖は神の声を聞き届ける、現世における神に代わる存在で……」
と、そこへ、おばさんたちの中に乱入してくる影があった。
「どいたどいた! 小鳩くん、大丈夫か?」
現れたのは、麗華先生だった。おばさんたちを押しのけて、延ばした腕で扉を大きく開き、僕と向かい合う。夏の日差しを受けた黒髪がきらきらしている。なんだか、会うのがやけに久しぶりに感じた。
「あっ、先生! 先日は遠出、お疲れ様でした。突然訪ねてくるなんて、珍しいですね」
「突然じゃないよ。昨日から何度もメッセージ送ったし、電話もかけた。君が無視したんじゃないか」
そうだった。プロット作成に夢中で、携帯を見ていなかった。僕は先生にぺこっと頭を下げた。
「それは失礼しました。でもなんと言われたって竹人形は返しませんよ」
「どうしたんだ、君は。この間までは気味悪がって返したがってたのに」
「では、僕はこれから教団本部に教祖様の教えを聞きに行くので、今日はこれで」
僕には時間がない。竹人形片手に先生の脇をくぐろうとするも、先生は僕を取り押さえた。
「待て待て待て! 行くな、そんなところ! やっぱりおかしいぞ、君!」
「この教団なら、竹人形に呪われた僕を救済してくれるかもしれない」
「落ち着け!」
出かけようとする僕の肩を、先生が引っ掴んで止める。僕を室内に押し込みながら、先生はおばさんたちに会釈した。
「すまない、この子は今ちょっと寝惚けてるんだ。まともに話せる状態じゃないから、帰ってくれ」
「先生! なんで邪魔するんですか!」
折角のチャンスなのに、先生が僕の行く手を阻む。先生は僕とともに玄関に入ると、おばさんたちを外に残して、扉の鍵をかけた。
「はあ。こんなことなら、もっと早く来れば良かった。ただの民芸品だと大家さんからネタバレされてる……って君から聞いたから、眉唾物だと思って油断していた。まさか君が、眉唾物だと分かっていてもここまで怯えて我を忘れてしまうとは」
先生はため息をついたのち、僕の両肩を掴んで、真正面から僕を見つめた。
「ムクちゃんから、小鳩くんの様子がおかしいと連絡があった。私がなにか心霊検証をさせたんじゃないかって疑われてね……心当たりがあったから、こうして会いに来た」
僕は一旦、自らを顧みた。先生からは、僕は呪いに怯えるあまりに変な宗教に惑わされたように見えただろう。メッセージを無視していたから、余計に心配をかけた。椋田さんと話したときも、呪いからくる焦りで情緒不安定な態度を取ってしまった。
周りから見たら、正気を失って見えてもおかしくない。
「誤解です。神様に竹人形をぶつければ呪いは解けるんです。自由の神様は多分、すごい神様だから、竹人形に勝つんです」
「それがもうおかしいんだよ。君、あんなカルト宗教に引っ掛かるようなタイプじゃなかっただろう」
「いやいや、なんか信者がいっぱいいるっぽいので、多分竹人形より強いんですよ」
僕は説明しながら、自分でも「これは却って正気を疑われる」と思った。案の定、先生の困惑顔に哀れみの色が差してくる。
「カルト宗教の教祖なんぞただ弱者から搾取する悪徳業者だぞ? それは神じゃない、ゴミだ」
「辛辣……いや、そのとおりなんですけど」
どうも先生と話が噛み合わない。完全に、僕の説明不足のせいである。僕は竹人形で、肩を掴む先生の腕をぽんと叩いた。
「一旦、こちらの言い分を聞いてもらえますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます