第16話 魂を四つ⑤

「……扉が、なくなってる」


 未央みおは口をポカンと開けたまま、玄関ホールで立ち尽くした。


 重たい観音扉は、壁ごと消えていた。

 ぽっかり空いた空間の向こうでは、翳ってきた陽射しの中、すすきが揺れている。


「これも、幸恵ゆきえさんの幽霊がやったの?」


 未央に見上げられて、秀一しゅういちは視線を反らした。

 屋根裏に棲む悪魔がやった、とは言えない。

 これ以上未央を怖がらせたくなかった。


「行こう!」


 無言の秀一をどう受け取ったのか、未央は秀一の手を引いて外に出た。




 すすき野原は、夕日で真っ赤に染まっていた。

 人間の臭いを嗅ぎつけた妖魔がまたゾロゾロ集まってくる。

 足早に門へと向う未央に手を引かれながら、秀一は睨みを効かせて妖魔を追い払った。


 やっと門が見えてきた時、急に未央が立ち止まった。


「秀ちゃん、あれ——」


 と、未央は鉄柵の近くにある一本の枯れ木を指差す。

 秀一がその木を見ていると、未央は木に向かって走り出した。


「ダメだ未央! オレから離れないで!」


 秀一は慌てて未央を追った。


「秀ちゃん、この木、桜だよ!」


 未央は木に抱きつき、ニコニコしている。


「桜ってね、『さちる』が名前の由来なんだって! 秀ちゃんもこの木からパワー貰おうよ!」


 未央に言われるまま、秀一も木に抱きついたが、この木がとっくに精気を失っているのが分かった。


「秀ちゃん、抱っこして。枝の匂い、かがせて!」


 秀一は未央を抱き上げた。

 小柄な未央は意外と重い。

 そういえば以前体重をきいた時、秀一より上だった。


「おかしいな、桜の匂いがしない」

「……枯れてるから」


「子供の時、お祖母ばあちゃんにかがせてもらったら、冬なのに桜の花の匂いがしたんだ。桜はずっと日本人に愛されてきたから、愛情がたっぷり詰まってるんだって。だから枯れてるように見えても、匂いがにじみ出てくるんだよ」

「——未央、下ろすよ」


「別の枝も、かいでみる!」

「もう、行こうよ!」


 秀一が未央を下ろそうとした時だった。


「君たち、どうやって中に入ったんだ?」


 突然背後から男の声がした。

 秀一が振り返ると、鉄柵の向こうに立つ痩せた男と目が合った。


「高森さんですか?」


 地面に下りながら未央が訊く。


「——そうだが、君たちは?」


「こっちは霊媒師の秀ちゃんで、僕は友人の乾未央です」


 高森は驚いた顔で、秀一を見つめた。


「……君が、霊媒師なのか——」


「高森さん、三十年前に殺された石塚幸恵さんのこと、何かご存知ないですか? 殺人犯を探し出さないと、幸恵さんは成仏できないんです」


 未央の言葉に、高森の顔は青ざめた。


 

 秀一には、すぐに分かった。

 幸恵から呪われている男の一人が、高森だということが——。


 この男から事件の顛末を聞き出せば、他の三人の身元も判明するだろう。

 だが問題は、事故死か病死かに見せかけて、四人の命を奪わなければならないことだ。


 それを考えると、秀一の心は重く沈んだ。

 

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