第43話 吉備の回生

 ————早朝に私はナビィさんとチトセとの三人で洞穴を後にして糸麻(イトマ)がある東に向かって早くも半日が経過した。

 道中は窪三刀(クボノミト)以外にもサソリが現れてムラムラを襲ったのか廃村ばかりで、避難民が老若男女そして身分に問わず手を取り合って村の再建に努めているのを見た。

 

 山の木々も炭のように真っ白でほんの少し触りだけでボロボロと崩れ落ちる。

 少なくとも吉備の南は人が住めるような場所では無くなっている。


 本当は何かしてあげたいけど、それができる時間など私にはない。

 そう胸を痛ませながら本音を押し殺してただ歩き続ける。


 それからしばらく歩き、平野に出るとボロボロの甲冑を身に包んだ敗残兵らしき集団が隊列をなして歩いてくるのが見えた。

 兵士たちはほとんどが負傷し、何人かはおんぶされているのが見える。


 私とナビィさんは道脇に寄り、道を譲ると大将らしき兵士は後ろに続く部下に「お前たちは先に窪三刀(クボノミト)に行け」と指示を出すと私たちの目の前に来てお辞儀する。


 「かたじけない。して、お前たちはこの先に向かおうと言うのか?」


 大将は自分たちが来た道に指を指す。

 その道はちょうどウガヤと通じる道であったため首を縦に振る。


 「はい。これよりウガヤに向かおうかと思っていたのですが」


 私の言葉に兵士は首を横に振ると肩に手を置くと真剣な眼差しでながらも、冷静な口調で話し始めた。


 「死ぬぞ。東よりユダンダベアの軍勢が攻めてきている。その大将はあの名将大源クマソの子、大源ユミタレだ。すでに多くのものが寝返った。我々はまだ抵抗を続けているがこれ以上持つかどうか……」


 大将はそう口にすると突如後ろからからが飛んできた矢が大将の首を射抜く。

 大将は体を一瞬ビクンと体を揺らした後、何が起きたのかが理解できない様子でキョロキョロあたりを見渡す。

 その光景に後ろをすすんでいた兵士は足を止めて大将に視線を向けて動揺が広がる。

 大将は首に刺さった矢に触れると私に向かって手を伸ばした。


 「ごぼ? ご……ご」


 苦しそうな声を上げながらこちらに何か訴えかけようとするも途中力尽きてそのまま倒れてしまった。

 大将が死んだのを見た兵士たちは先ほどまで意気消沈していた能登は打って変わって目が一斉に光り輝くと一斉に声を荒げた。次の瞬間北にある山の林から矢野嵐が降り注いだ。

 私はそれを盾でなんとか防ぐものの守るものがない兵士たちは無惨に刺されながらも地面には倒れず底力で立ち続けた。

 矢が降り注ぐのが止んだ後、彼らは最後の力を振り絞るように一斉に北の山の方に体を向けると武器を構え大声を発した。


 「て、敵襲だ!」


 「大麻部(オホアサベ)の連中だ!」


 「よくも大将を!」


 辺りはあっという戦場となり、弓兵は一斉に北の山に向かって反撃の矢を放ち始めた。

 それを合図に林の中からおびただしい数の甲冑を見にまとわず、上半身裸の鬼人(オヌヒト)と戦士たちが唸り声を上げながら棍棒と剣を手に一斉に出てくると弓兵は矢を放つのをやめて全員が剣と矛を手にして突撃し始めた。

 私は兵士たちに推されながらも逃げ場を探しているとナビィさんは私の着物をしっかりと掴む。


 「今のうちに離れましょう。近くの部族らの攻撃です」


 ナビィさんの言葉に合わせて兵士たちは林にいる兵士に向かって突撃し、また林の戦士たちも

十人以上が飛び出してきたと思えばぞろぞろとその倍の数が突撃してきた。

 最悪なことに私がいる場所はその中間の場所だ。


 私は剣を抜き、ナビィさんの手を握ると全速力で走る。


 「マカさん!?」


 「全力で押し通ります!」


 「それしかないからね〜」とチトセの地下抜けた声に合わせるかのように鬼たちは私に向かって五人ほどの男が走ってきた。


 「女だ!」


 「若い女はさらって売れば金になる! 傷をつけるなよ!」


 「であぁ!」と私は声を荒げて一人目の鬼の溝うちを柄頭で殴り気絶させ、もう一人には急所を蹴り上げ立てなくすると二つの勢力が争う狭間を突っ切るようにして再び走り出す。

 


 私は行く人もの鬼を退けながらこの修羅場を後にした——。


 ——————。


 マカが大麻部(オホアサベ)付近で争いに巻き込まれたのと同時期、大源ユミタレの軍勢は土豪が即座に降伏し味方として寝返ったのもあって予想以上の速さで伊里辺(イサベ)を抜けた。

 伊里辺(イサベ)では残党軍が奇襲をかけたがそれを難なく返り討ち、窪三刀(クボノミト)へと向けて着実に前進していた。


 馬に乗るユミタレの後ろで神輿に座る時期吉備王、吉備細石彦(キビサザレビコ)は弓タレに声をかける。


 「ユミタレよ。吉備の下々は我が臣下となる。下手に争わず味方に引き入れておくれ」


 ユミタレはサザレビコのあまりにも大人びた様子に苦笑いをする。


 「大丈夫です。後の臣下を無碍にするのは末代までの恥ですので」


 ユミタレはサザレビコと言葉を交わしながら辺りにポツポツと見える炭となった木々を見る。

 許嫁であるマカが吉備に向かっていると言うことははなから知っていたものの、垣間見える惨状にユミタレは息を飲んだ。


 ——。


 それからユミタレの軍勢はしばらく進み、道中行き倒れていた残党兵や市民を救助しているうちに気づけば兵士たちが皆疲れ果ててしまったため昼前に近くのそこそこ大きな街に入り泊まることにした。


 ユミタレは先導の兵士に屋敷に案内され、休憩をしていると部下の一人が吉備の兵士を一人連れてきた。


 「ユミタレ様。どうやらこの者は窪三刀(クボノミト)の吉備王の子、オヌガマからの使者のようです」


 「オヌガマ? あの唯一話が通じると言うやつか」


 ユミタレの言葉を聞いてか吉備の兵士は一礼すると中に入りその場に座ると平伏した。


 「我はオヌガマ様が下人、オオボロと申します。オヌガマ様からの伝言で、吉備はユダンダベアに帰属いたしますと言うことで、我が窪三刀(クボノミト)への案内の任に就かせていただきます」


 「——」


 ユミタレはその言葉を疑う。

 なぜなら誇り高い鬼(オヌ)がそう容易く一刻を譲るとは思えなかったからだ。幾度もユダンダベアに反発に完全な服属を嫌がっていた彼らがなぜそれを望むのかが見当がつかない。


 するとオオボロは信じられていないのを察したのか息を飲むと顔を上げた。


 「ユミタレ様。吉備はもう滅んでおります」


 「——どう言うことだ?」


 オオボロは窪三刀(クボノミト)で起きたおぞましい出来事について話し始めた。

 オオサロリが窪三刀(クボノミト)を完全に焼き払い住民のほとんどを殺し、王族はおむがまを除いて死んでしまったこと、それを好機と見た北方の諸族が反乱を起こし今にもなんかする勢いであることを話した。


 そしてマカと名乗る源氏の女子がオオサソリと牛鬼を二体倒したことも話した。


 ユミタレはその言葉に喜びとともに恐怖を覚えた。

 まず喜びはマカが禍の神の手先を倒してくれたことへの感謝、反対に恐怖とはざわ材の神の手先が二体だけで大国と謳われている吉備を無政府状態に陥れたことだ。


 ユミタレは唾を飲み込み立ち上がるとオオボロの目の前に移動してしゃがむ。


 「オオボロよ。よくぞ伝えた。してオヌガマ殿はどうしている?」


 「——窪三刀(クボノミト)でお待ちしております」


 「そうか。分かった。道中下々にはその言葉、伝えておるか?」


 「はい。少なくとも窪三刀(クボノミト)までの近くにいる豪族たちには話をしております」


 「分かった。その言葉信じよう」


 ユミタレはオオボロの後ろに座る配下を見る。


 「おい、此奴を休ませてあげろ」


 「ハハッ! ではオオボロ様、ご案内いたします」


 オオボロはユミタレの配下に案内されこの場を後にする。

 一人だけとなったユミタレはこの道中マカと遭遇しなかったことに違和感を覚える。

 もし討伐が出来ていたら糸麻(イトメ)に向かっていてもおかしくない。それなのにユミタレは彼女と出会う事もなかった。


 「——もしかすれば、筑紫の方に向かったか?」


 ユミタレはほんの一筋の希望を胸に祈った。


 ————。


 私は突如発生した戦場を駆け抜けて夜になった頃、ようやく一つの街に着くことができた。

 長引く戦闘の中山に逃げ込むも今度は野党やら妖怪と獣など休む間もなく戦うことになったせいで着物は自身の血や獣の血や泥などが混じって赤黒く染まっている。


 ナビィさんの着物も同じ口や泥が混じったような色になり、多分この中で一番綺麗なのはちとせだろう。

 けどチトセは逃避行の中安全な経路を空から見つけてくれたからむしろ1番の功労者と言ってもいいだろう。


 そして街の門に近づくと見慣れた感じの顔の松明を持った兵士がおり、私か近づくと驚きの声を上げた。


 「なんと! マカ様でありまするか!?」


 「——?」


 疲労が蓄積しているせいでぼんやりとしか見えない。

 兵士は私たちの服を見て察したのか後ろに回って背中を押す。


 「私どもはユミタレ様の配下です。屋敷にご案内します。皆様もご一緒に!」


  親切な兵士はそう口にして私とナビィさん。それからチトセをユミタレのいる街の少し外れの屋敷に案内してくれた。

 案内された後私はユミタレに連れてこられた女中たちに着替えさせられ。ナビィさんとチトセとは途中で分かれ私だけがそのままユミタレが待つ広間に案内された。


 正直夜遅いのだから寝かしてほしい。


 その後広間に着くと中には寝起きなのだろうか眠そうな顔のユミタレが上座に座っていた。


 ユミタレは私を見ると微笑む。


 

 「マカか。よくぞ無事だった。で、聞くところによると禍の神の手先を倒したそうだな?」


 「はい。なんとか……。けど、吉備を守る事ができず後悔しかないです」


 「良い。大王は——」


 「——それなんですがユミタレ様。私としては兵を動かして欲しくないです」


 「それはどうして?」


 私はユミタレに吉備で起きたことの詳細を話した。

 吉備では牛鬼に対する結界の管理ができていたこと、むしろ彼らも禍の神の手先が復活しようとしていたことを把握していたことなどを伝えた。


 けど、これは予想通りだけどユミタレは分かっていたようで諸王がすでに大王に向けて使者を随時送って伝えてきていたようだ。

 そこで今回吉備に兵を送ったのは禍の神に関しての情報を一つも伝えてこなかったことが一因らしい。


 ユミタレと私は長話を終わらせた後お互い安堵の息を吐く。


 「にしてもマカよ。オオサソリと牛鬼を相手によくぞ生きて片方を倒した」


 「——サソリは逃しましたけどね」


 「——恐らくだがお前の話していたサソリは源氏の神話に出てくる古の時代、当時の大王に滅ぼされた国が祀っていた神であろう。神話ではあの後に禍の神の家来になったと語り部より聞いた」


 「——じゃ、アイツがあれほど人を恨んでいたのは国を滅ぼされたからなんですかね。体の隙間からまるで怒りに溢れているかのような炎を吹き出していたので」


 「それもあるかもしれない。しかし、人に手を出したのならあやつを再び封じねば話は終わらない。——あとこれは予想だがあやつの次の目標は糸麻であるに違いない」


 ユミタレはそう言って私の前に移動すると懐に入れていた地図を取り出すと床に広げた。


 「糸麻にはサガノオに討たれた古の荒ぶる神が封じられている場所がある。それは糸麻の南にあるウガヤ川だ」


 「オホウガヤ川?」


 「あぁ、この川には水を司る大蛇が住んでおり、昔は大暴れをして辺りを水に沈めて人を食らっていた話がある。もし此奴が復活すると水運を奪われたのも等しい。」


 「——糸麻(イトマ)は大王がいる場所だからここが抑えられると遠島からの情報がきにくくなると言うことですね」


 私の言葉にユミタレは頷くと顔をゆっくりとあげると満足そうに笑みを浮かべた。


 「あぁ、あと大王のみの安全を確実にするためにな。吉備のことは任せて欲しい。オヌガマの処遇は……もし生きていたら殺して欲しくないんだろう?」


 「——それは……ユミタレ様の判断で。私としては生かしておくべき人です」


 「——分かった。対応はこちらに任せてくれ。将来夫となるものが助命を願う妻の願いを聞けぬほど愚かだとお前も生活しづらいだろうからな」


 「——ありがとうございます」


 私はユミタレの言葉を聞き流してお礼を言った。

 もしオヌガマがまだ生きていればユミタレと話して欲しい。吉備は再び蘇れると思うから。

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