第14話 大島に住まう神

 ここ最近あまり眠ることが出来ない。天の川大島に朝焼けに着き蒼穹が地上を見下ろし始めた時に怪物が島を襲撃し撃退はしたけど山の中に逃げた。

 そこで私はチホオオロさんと共に山の中に入り天河の神で祖先神である天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)を祀る祠に向かっている。


 この山は大皇主(オオスメラヌシ)山と呼ばれ、長老曰く天河の神とのことだ。

 山の中は昼前にも関わらず薄暗く、霧がかったかのように道の先が見えない。

 私はチホオオロさんの手を握って道に沿って進む。


 「チホオオロ様。大丈夫ですか?」


 「えぇ、マカ様が手を握ってゆっくり歩いてくれているので大丈夫です。けど——」


 チホオオロさんは鼻を抑える。


 「——少し心がざわつきます。まるで山に祀られた神を守る主たちが怒っている?」


 「主?」


 「えぇ、声が聞こえます」


 チホオオロさんは歩きながら当たりをキョロキョロ見渡す。


 「マカ様にだけお伝えしますが、天河の族長にしか教えられない技に神々の声を聞くことができる技があるのです」


 「神の声が聞くことが?」


 「はい。とりあえずマカ様。もし動物が現れても剣を抜いてはダメです。山に逃げた怪物の仲間と思われかねないので。もし抜けば敵と思われかねません」


 「分かりました。で、ところでその山の主はなんて言っているのですが?」


 「我が山を穢すな。出ていけ……と」


 チホオオロさんは上品な口調から急に低く太い声で真似をした。笑いを堪えつつ口を抑えた。


 「ふふっ、ありがとうございます」


 「もう、真面目にしてください」 


 チホオオロさんは少し呆れたような顔をしながらも私にくっつきながら歩く。そんな時チホオオロさんは突然足を止めた。


 「どうかしました——うん?」


 足元から泥に入った音が聞こえた。そして気のせいか足がひんやりとする。足元を見ると当たり一面泥だらけで一歩後ろにいたチホオオロさんはどうやら私みたいに泥には突っ込んでいたかったようだ。


 「——あ、無事で良かったです」

 

 「えぇ、そのこの先はどうしましょう……」


 チホオオロさんは悩んだ素振りを見せず、私に目で何かを求めているような仕草をする。

 なるほど、抱き上げろか。


 「分かりました。では抱き上げますね」


 「はい。お願いします」


 私は一旦泥から出るとチホオオロさんを抱き上げる。意外にも重たくはなくゆっくりドロの奥に進んでいく。

 チホオオロさんの顔は見えないけど大丈夫だと信じよう。


 そしてしばらく進んだ後、ようやく泥が途切れチホオオロさんを下ろした。


 「ふぅ。着きました」


 「ありがとうございます。重かったですか?」


 「大丈夫です。子供のようでしたよ」


 「そうですか」


 チホオオロさんは安堵の顔を浮かべる。すると当たり一面の雑木林がざわざわと騒ぎ始め、風が荒ぶり始めた。

 チホオオロさんは髪を押さえ私は当たりを見渡した。だけど霧で何も見えない。

 私はチホオオロさんの手を掴むと走った。

 このままここにいると良くない気がする!


 次の瞬間地面は大きく揺れ、霧の至る所からの咆哮で身の毛がよだつ。そして荒れた道を転けそうになりながらも走る。

 霧は奥に進めば進むほど薄くなりようやく霧が晴れたと思えばずっと霧の中にいたせいか眩しい光に包まれた。


 私は咄嗟に目を抑えた。


 ——————。

 ————。

 ——。


 目をゆっくり開ければ辺りは山の中では無く、どこか見覚えのある建物が並ぶ。よく見ると狛村によく似ている。

 

 「あれ? チホオオロ様?」


 当たりを見渡すがチホオオロさんはいない。


 「どこに行ったんだろう?」


 私は奥に進んでいく。

 

 この村は狛村に似ているけど人が少ないのと建物がボロボロだ。例えるのなら小切谷村の猿神に襲われた後かのように寂れている。

 奥に進むと見慣れた神社があった。

 そう、徳田神社だ。


 ——どうしてこんな所に?


 神社の上を登っていくとそこには銀色の髪に赤い眼を持つ私より背丈が高い青年——いや、私の兄、ゼロがいた。

 お兄ちゃんは目の前に立っている腰まである藍色の髪を持つ私と同い年ぐらいの綺麗な女性とはなにやら話していた。


 「え? あ。あれ?」


 気づけば目の前の光景が歪み始めた。兄とその女性の体は細く引き伸ばされ木と神社も細く細く。そしてグニャリの回り始めやその時目の前が一瞬真っ暗になった。

 

 ————。

 ——。


 すごい吐き気と寒気と共に目を開ける。頭が痛いが枕が気持ちいい。あたりを見渡し左を見ると祠と岩で塞がれた洞窟。上を見るとチホオオロさんの顔があった。


 「あれ? 私どうなってました?」


 「端的に言いますと急にここまで走り出して止まったかと思えば倒れたんです。ですが目覚めるのが早くて良かったです」


 「え、あ〜。あ、すみません!」


 私は咄嗟に立ち上がるとすぐに謝る。

 チホオオロさんは「別に気にしてませんよ」よ口にするとゆっくり立ち上がり少し体を伸ばした後、祠に指を差す。


 「マカ様、体調は大丈夫ですか?」


 「はい。おかげさまで」


 「では、早速祠の中に入りましょう」


 チホオオロさんは私を置いて祠に向かう。私は小走りでそれを追いかけ祠の前で止まった。


 「とりあえずマカ様がいれば開くとは言われたんですけどどうすれば……一応儀式の調べでもしますか?」


 「え、ですけど私は知りませんよ?」


 「えぇ、なのでツボミ様が歌っていた歌を私が歌います。なので——」


 私は勾玉を掴むと何もない場所からナビィの竪琴を生み出しそれを手に取った。チホオオロさんは驚いたように私を見る。


 「えーと。マカ様? 今のは……」


 「え、どうかしました?」


 「先ほどマカ様が付けておられる勾玉から光の粒が出てきてその竪琴を作り出したかのように見えたのですが……」


 「あぁ、これは——」


 私は思い出したかのようにチホオオロさんに伝えた。


 ——それは三日前、タキモト師匠との修行が終わった時のことだ。

 その日の夕方ご飯を食べた後、ナビィさんに呼び出されてこの勾玉の力道具などを光の粒にして中に収められる術が仕込んであると教えられた。


 正直もっと早くに教えて欲しかったが仕方がない。


 説明を終えるとチホオオロさんはまだ聞きたそうな顔を浮かべたが諦めて祠の方を向いた。


 「では、歌いますので声に合わせて竪琴を弾いてください」


 チホオオロさんは深く息を吸うとゆっくり歌い始めた。


 「天の河、星の宿りを手で覆い。愛おしき日向の神の神子を守る」


 ——チホオオロさんの歌はどこか寂しく、山はざわざわと音を立てず風も吹かなかった。

 その歌は何かを捨て、それを埋めるかのように別の人を主人として戦に出る兵の歌に聞こえた。


 チホオオロさん少し汗を流して歌い終えると洞窟の入り口を封じていた岩に文様が浮かぶと光出した。

 チホオオロさんはそれを見て息を飲む。そして徐々に岩の奥から男の人の乾いた声が徐々に大きく聞こえた。


 『我、天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)の末裔よ……。そして、大源神(オホミナノカミ)の末裔よ……。よくぞ来た。長く、長く話を聞きたいのは山々だが我が祠にはいい利子不届き者を討ち滅ぼしておくれ……』


 その言葉を聞いてチホオオロさんはハッとした。


 「まさか怪物が中に逃げたのでは!?」


 「——恐らくそうです」と私は返事をした。


 声がしなくなったのに合わせて岩は光の粒となって消えた。すると次の瞬間洞窟の奥から触手のような泥が飛び出して来たと思えばチホオオロさんを掴んだ。


 「キャァ!」


 チホオオロさんは声を上げ私が剣を抜いて触手を切ろうとしたが触手の方が早く洞窟の中に逃げた。

 絶対あの怪物の触手だ!

 私は剣を鞘に戻すと洞窟の中に駆け込んだ。


 洞窟はひんやりと肌寒く、聞こえるのは私の走る音だけ。

 中は一本道だけど地面はヌルヌルしており気を付けないと軽い怪我では済まない。

 しばらくそのままずっと坂道を下っていると大きく曲線に沿った道になり右側には丸い大きく、そこが真っ黒な泉があった。


 すると耳鳴りと共に私の頭の中に声が聞こえてきた。


 『大源神(オホミナノカミ)の末裔よ……。少し足を止めよ』


 「え?」


 私は言われるがまま足を止める。


 『泉の中に我が祠を穢す怪物がいる。我が末裔はそいつが捕らえている……』


 「なるほど……。けどどうすれば?」


 『お前の左にある岩を破壊するんだ。そこに入っている我が宝物を使うが良い』


 私は左の壁を触る。

 どう見ても岩だけど壊せるのかな。物は試しだ。

 私は少し助走を付けて壁に体当たりするといとも容易く崩れ、勢いのあまり地面に落ちた破片につまずいて地面に頭をぶつた。その時頭に痛みとともに何かが割れる音がした。


 ヒリヒリする頭を撫でな出ると手に温かい感触がする。上半身を起こし手を見てみると血がついていた。

 そして目の前にはツボの破片が散乱しており、ツボが入っていた場所も私一人が寝転べるのが精一杯な程度の広さだった。

 頭をぶつけた場所を見てみると布切れと先端にワシの手の様なものがついている杖が落ちていた。


 私は布切れと杖を手に取ると再び耳鳴りがした。


 『それを手に持ったか。まずその布は口元を覆うように結べば水の中でも息が出来る。そしてその杖は遠くのものを掴み、引き寄せることが出来る宝具だ』


 「——なるほど」


 すると次の瞬間地面は徐々に揺れ始めた。天井からは埃が降りてくる。私は今いる部屋から出て通路に戻ると泉の中心がボコボコと波打っている。

 そして一瞬赤い光が見えたと思ったその時上半身裸の灰色の肌の上半身裸の女性が泉から出てきた。


 その女性は巨大で女性の瞳だけでも私の足から腰までの大きさがある。

 いや、女性ではない。ましてや妖怪でもない——。


 その女性は私をみると口から泥をぼたぼたの泉に溢した。

 これだけでもわかる。こいつは港に現れた怪物だ!


 怪物が大きく口を開け喉の奥が見える。その時一瞬泡が見えその中にチホオオロさんの顔が一瞬見えた。


 「——っ!」


 私は咄嗟に杖の先端を向けたが時すでに遅く怪物は口を閉じるとそのまま泉の奥に逃げた。怪物が逃げたせいか泉には渦潮が起きている。


 私は布切れで口を覆うと大きく息を吸って泉に飛び込んだ。


 ————。


 渦潮に体を攫われながらも奥に手をかき怪物が逃げた先を追う。水の流れのおかげか徐々に魚の尾びれと怪物の上半身が見えた。


 なるほど。こいつの下半身は魚で上半身は人間か。あのカニみたいな姿から変えられるんだ。

 そして大広間に出ると怪物はゆっくりこちらを振り向くと大きく叫ぶ仕草を見せた。

 怪物は口を開けて私目掛けて泳ぐ。


 私は焦らず冷静に及び迂回して怪物から距離を取る。

 だけど魚の体を持つこいつの方が有利だ。逃げていては確実に負ける。


 その時足元を見ると怪物が伸ばした手が見えた。なんとか間一髪で避けたみたいだ。

 私は杖の先端を広間に立つ石柱に向ける。


 「——物は試しだ。だけどどうやって使えばかはこの際関係ない!」


 試しに杖を強く握ると先端のワシの手が石柱に向かって縄を出しながら伸び、遠くから石に突き刺さる音が聞こえたと思えば石柱に向かって引っ張られるかのように私の体が動いた。

 そして後ろに目をやると怪物が驚いた顔で私を見る。

 ——怪物は再び私目掛けて動き始めた。


 こいつ、動きが遅い。


 石柱に到達すると私は石柱に手を置いて今度は怪物の後ろにある石柱にワシの手を飛ばし背後に回る。


 「——っ!」と怪物は翻弄される。


 そして後ろに回り、怪物を見ると頸に赤い目がある。こいつを斬ればいいんだ!

 だが、怪物は反応が良いみたいだ。ここは隙を見て攻撃するしかない。


 私は石柱を杖を使って怪獣を引き寄せながら飛び回る。

 怪物は相変わらず反応が良い。まず背後に回るなんて無理だ。


 ——なら!


 私は怪物が突進して来たのに合わせて額目掛けてワシの手を飛ばすとすぐに突き刺さり怪物目掛けて私の体が引き寄せられた。


 怪物が両手を使って私を掴もうとするが流石に反応し斬れない。私は水流に抗って剣を無理やり鞘から抜き刃の先端を怪物の額に向けたのと同時に剣の刃が完全に怪物の額に入った。


 「グギャァァァ!」


 怪物の叫び声が水中にも関わらず響き渡る。怪物はジタバタと暴れ、私は咄嗟に剣を抜くと吹き飛ばされた。

 怪物は暴れ回り石柱に体をぶつけ次々と破壊する。


 「これが最初で最後だ!」


 私は杖の先端を上手いこと怪物の赤い目に合わせてワシの手を飛ばして掴む。

 しかし落ちてくる気づかずそのまま石片にぶつかり手を離してしまった。


 「しまった」

 

 私は頭を押さえながらも怪物に向かって泳ぐが追いつかない。

 それに落ちてくる石片が邪魔だ!


 怪物は痛みが収まってきたのか私を睨むと全速力で泳いできた。怪物は大きく口を開けて水を吸い込むとその沖おいに飲まれ私の体が怪物の口の中に引き摺り込まれていく。


 「まずい!」


 私は必死に逃げようとするが水流に負ける。そして怪物の口が目の前に来た瞬間死を覚悟して剣を引き抜くと口を閉じる前に口の中に入り内側から喉に剣を突き刺し一気に食道から胃袋にかけて切り裂く。


 すると怪物の体が急に動き今度は喉の底から異臭を放った紫色のものが私目掛けて噴き上げてくる。

 私は顔覆うと怪物の口の外に吐き出された。

 怪物は大量の血を吐き出す。


 私はその隙に怪物に近づき怪物の髪の毛を掴むと頸に向かって動く。

 怪物は私に気づくと暴れ始めたが髪を掴んでそれを堪えついに頸に到着した。

 よく見ると赤い目にワシの手が突き刺さっている。私は剣を握る力を強め足を広げると赤い目に剣を突き刺した。


 赤い目は一気に膨らむと爆発し赤黒い液体を噴き出す。

 怪物は急に動きを止めるとそこにゆっくり落ちていった。上を見ると杖が浮いていたためそれをつかんだ。


 ゴゴゴ……。


 どこからか水が抜ける音が聞こえる。

 私は怪物がそこについたのを確認すると近づく。水は思った以上に早く抜け気づけば私の腰ぐらいまでになり、瞬く間に無くなった。


 怪物は急に体を萎むと喉を一気に膨らませチホオオロさんを吐き出した。

 チホオオロさんは地面をゴロゴロと転がり、急いで近づいてみるとまだ息があった。


 すると怪物は魚の尾びれだった下半身を二つに裂き人間と同じ二足歩行になる。

 そしてゆっくり立ち上がり私を見た後ケラケラを笑い出すとドス黒い煙となって祠の外に逃げたしてしまった。


 ——しまった。倒せなかったか。


 「う、うぅ……」


 チホオオロさんは瞼を震わせた後ゆっくり目を開けた。

 私の顔を見た瞬間驚いたのか急に頭を上げた。


 「あ、マカ様怪物は——いたっ!」


 「いっつ!」


 急に顔を上げたせいでチホオオロさんの頭と勢いよくぶつかった。

 チホオオロさんは両手で頭を抑え、私も痛みで頭がクラクラする中チホオオロさんを落とさないようになんとか我慢する。

 おでこを赤くしたチホオオロさんは私を見ると少し笑った。


 「——その怪我。怪物と戦ったんですね?」


 「——おでこのは先ほどチホオオロ様にやられましたけどね」


 チホオオロさんは私の髪を上げて傷口を見ると悲しい顔をした。


 「何もできなくて、すみません……」


 「いいえ、チホオオロ様が無事で良かったですよ。本当に」


 私はチホオオロさんを起こし一緒に立ち上がる。すると広間全体が光始めた。そして私とチホオオロさんは青白く輝く光の輪に囲まれ眩い光とともに真っ暗な場所に連れて行かれた。


 チホオオロさんは辺りを見渡す。その時、後ろから誰かが近づいてくる水音が聞こえる。チホオオロさんと顔を合わせゆっくり振り返るとどこかしらチホサコマさんに似た風貌の人狼が立っていた。

 その人狼の男は少し歳を取っているがわかるのはこの人はもうこの世の人ではないことだけ。

 人狼の男は私とチホオオロさんを見た後薄く微笑んだ。


 『よくぞあの怪物を祠から追い出した。我が子孫よ……』


 その言葉を聞いてチホオオロさんは驚きのあまり目を開いた。

 そして緊張の中言葉を振り絞って出す。


 「ま、まさか貴方が天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)様?」


 チホオオロさんの言葉を聞いた人狼の男、天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)はゆっくり頷いた。


 『いかにも。そして大源神(オホミナノカミ)の末裔——源マカも大義であった』


 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)は私を見ると優しく微笑んだ。そして私に手を向けた。

 え、私の名前を知っている?


 『お主が山に入った時から見て名前も子孫が口にしていたからな』


「な、なるほど」


 『されど、そなたが来るという事は国難の時か?』


 「——いえ、津翁の討伐についてお聞きしたくて。ですよね? チホオオロ様」


 チホオオロさんは私と目が合うと「えぇ」と口にしてゆっくり顔を天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)に向ける。


 「如何にも。津翁様の御討伐についてお聞きしたく馳せ参じた次第です。神よ。津翁を討伐するための術を教えてくださらないでしょうか?」


 『なるほど。津翁か……』


 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)は顎に手を当て少し考えた後、私に近づき、持っていた杖を掴むと取り上げた。


 『津翁は倒せぬ。せめて体にまとわりつく邪念を払うことだけ』


 「そ、そんな……」


 思えば津翁を倒せるのならとうの昔に倒せていた。それが無理だからこそ封印をしていたんだ。

 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)は続けて話した。


 『津翁は元は天地を開墾した夫婦の神々が最初に産み、流された子供。その子供がユダンダベアの国中に肉片を散らし津翁となったのだ。そこで我がいた時代よりも昔、天河の三神が津翁を天河の地に封じ、そして我の代で大源神(オホミナノカミ)と共に封印をより強固のものとした。だが、それも時期に解けようとしているのだな』


 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)はそういうと私から取り上げた先端にワシの手がついた杖を持ち上げた。


 『源マカよ。そして我が子孫チホオオロよ。津翁は封じてはまた復活する。それを避けたいのだろう?』


 チホオオロさんと私はその言葉に頷く。

 そして天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)は私に杖を返した。


 『マカよ。津翁をその剣に封じよ。さすれば津翁はその剣の糧となり、剣に眠る力を少しは目覚めるだろう。そして倒すにはその杖を使え。津翁の五つの目を引き摺り出してそれを剣で真っ二つに切るのだ』


 「分かりました! ありがとうございます!」


 私の声に天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)は微笑むと最後にチホオオロさんを見ると頭の上に手を置いた。


 『我が子孫よ。天河を頼んだぞ……』


 「——はい!」


 チホオオロさんは真剣な眼差しで天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)を見てそう答えた。

 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)はゆっくり両腕を上に掲げる。すると私とチホオオロさんは徐々に全身が光の粒となっていった。


 『お前たちを洞窟の入り口まで送ろう。——では、さらばだ』


 天河統彦命(アマカワノスメラヒコミコト)のその言葉を最後に間の前が眩しい光に包まれた。

 

 ————。

 

 「ここは……洞窟の外? 霧も晴れてる」


 気がつくと私とチホオオロさんは洞窟の前に戻っていた。

 チホオオロさんも困惑しているようであたりをキョロキョロ見渡す。手にずっしりとした重みを感じてみてみると洞窟の中で手に入れた杖——いっそ鷲杖と称するものを握っていた。

 口元にもしっかり水の中で息ができる布がつけてあった。

 チホオオロさんは冷静になったのか深呼吸をして私をみる。


 「マカ様。取り敢えずですが津翁様について知ることが出来ました。早速ですが天河村に戻ります」


 「はい。行きましょう」


 私を返事の気分が良くなったのかチホオオロさんは私を置いて嬉しさを隠し切れないのか早歩きで下山した。


 「あ、ちょっと!」


 私はそれを後ろから小走りで追いかけた。


 山を降り集落に戻ると何やら騒がしかった。一度チホオオロさんを見てみるが彼女も困惑の顔を浮かべている。

 早速二人で声のする場所に駆け足で向かうと半壊した集落の広場にツボミさんを囲うように島民たちが宴会を上げていた。

 ツボミさんは嬉しいのか頬を染め、その隣には——可憐な姿の背丈の高い女性が座っている。

 

 えーと背丈が高いのならコノワシかな?

 そして彼女たちの周りを上半身裸のシシハゼ様とカゲリさんが肩を組んで愉快に歌いながら踊っていた。見なかったことにしよう。


 彼らの視線に入らないように歩くと宴の離れた場所で眺めていた宗介さんが私たちに気づき。手を振る。私たちは宗介さんの元に向かうと苦笑いで話し始めた。


 「お二方。ご無事で何よりです」


 「え、えぇ。それより宗介これは?」


 「——私めにも分かりませんが。ツボミ様が水神様と和解し雨乞いの力を取り戻したそうなんです。それでマカ殿をお助けしたということで長老が非礼を詫びたいと宴を始めたんですよ」


 「——やっぱりあの雨はツボミさんなんだ」


 私はツボミさんを見る。コノワシさんの見た目がもし水神様の祟りならそれが晴れて本来の綺麗な姿に戻ったんだろう。

 するとツボミさんとコノワシさんは私に気づくと手招きしてきた。島民たちも私とチホオオロさんに気づくと歓喜の声を上げた。


 「あぁ! 天河様と源氏様が戻られたぞ! 皆の者、飯と酒を持って来い!」


 一人の中年ぐらいの人がそう叫ぶとわらわらと皿に食料を盛り付けて、そして酒が入った樽をそのまま持った女たちがやってきた。

 コノワシとツボミさんは呆れた顔で何も言わず頑張れと言いたげな顔を向けてきた。


 それから火が完全に沈むまで無理やりご飯と豆や魚と漬物を口に入れられ吐きそうになったところで酒を飲まされ今でも本当に吐きそうだ。

 宴が終わったあたりで長老が「今宵は皆家が無事の人たちのところに泊まりますので。源氏様と天河様、天谷様方は我が屋敷に泊まりください」と言われ私はチホオオロさんをおぶっている宗介さんの後ろを千鳥のようにして歩き屋敷に向かった。


 そして侍女に寝床に案内され今すぐ眠ろうとそのまま寝転ぶと枕元に誰かやってきた。私は下げようと思っていた重い瞼をこじ開けるとツボミさんが座っていた。

 私は腹のものが吐き出すのを我慢しながらゆっくり口を開いた。


 「え、えーとツボミさん?」


 「はい。マカ様。今日はその、怪我をさせてしまったことの謝罪に来ました」


 ツボミさんはそう口にしてから今までの気持ちを吐き出すように語り出した。


 ————。


 ツボミさんは当初雨乞いの巫女の一族としては異端として虐められていた兄に相談しようにも、兄のカゲリは仕事に熱中して目を向けてくれずツボミさんは誰からも愛されていないと思うようになった。

 しかし、コノワシだけはずっと味方でそれがツボミさんを勇気付けて今まで虐めていた人たちは虐めるのをやめてツボミさんを認めてくれた。

 しかし、その光景にツボミさんはどうして仲良くするのかがわからなかった。


 そんなある日、日常だった夜遅くの魚との会話で偶然か不運かでナマコを見つけた。

 ツボミさんはナマコに何度も話しかけたが何も答えなかった。ツボミさんはやけになって何度も、何日も話しかけたが何も話してくれなかった。


 その時ツボミさんはナマコには口がないから話ができないんだと考え、善意で短剣で口を裂いて作ってあげた。

 次の瞬間、マカ子が叫び始めた。


 『ギャァァァ!』


 ナマコはツボミさんに握られたままジタバタすると大きな声を出して言霊をツボミさんに投げつけた。


 『貴様よくも俺を! 性悪の醜女が、無表情で何を考えているのかわからないお前に心を開くわけがなかろうて!』

 

 「え?」


 ツボミさんはその言葉を聞いて衝撃を受けた。

 ナマコは口から大量の真っ青な血を流しながら続けて話した。


 『みんなそう思っているさ。裏では何をしでかすのか分からないから、仕方なく付き合ってやっているんだとね。近くにガタイが良く、家柄も上の人間がいたから仕方なく付きやっているんだよ!』


 「——」


 その時ツボミさんは何も返さなかった。むしろ次第に憎悪が大きくなり気付けばナマコをぐしゃぐしゃに刺し殺したのだ。


 ————。


 ツボミさんは語り終えた後ゆっくり笑った。

 「その結果、私の周りには何も無くなった。兄のカゲリは何も言わず見てくれたのは族長様だけだった。恐らく族長様もそんな水神に祟られた私の暴走を恐れて嫌々妻に迎えたに決まっています」


 ツボミさんは酔っているのかかなり饒舌で座りながら体をフラフラさせる。


 「だけど、もうこれで大丈夫です。みんな、私の勘違いでした。みんな本当は私のことを見て認めてくれていた。勝手に他人を恐れて言い出せずじまいなだけだったんです。なので天谷村に帰ったら私が起こした祟りのせいで口が裂けた娘たちに謝ります」


 「——そうですか。ならその方が良いですね」


 起こしたことは取り消せない。だけど防ごうとする事はできる。

 ツボミさんは私の手の甲に触れた。


 「マカ様。コノワシから聞きました。どうやら天人との戦をしておられるのですね」


 「——まぁ」


 「その戦に私、参戦します」


 「——へ?」


 「水神様に言われたので。膝を地に当てて末代まで源氏に仕え、そして源氏の子孫を悠久の果てまで愛でよと」


 ツボミさんは言い終えると頭を床にくっつけた。


 「——どうか?」


 「——死ぬかもしれないですよ? 先の戦でも四十人が挑み生きてかれてたのは七人」


 「覚悟はできています」


 「いつ終わるのかは分かりませんよ。シシハゼ様が悲しむと思います」


 「先程別れました。私みたいな村の恥が村にいて良いはずが無いので」


 「——コノワシさんはどうするのですか」


 「私に代わり族長様の妻となります」


 どうやらツボミさんの覚悟は本当のようだ。

 仕方ない、今日はもうしんどい。


 「分かりました。それでは……よろ…しくお願いします……」


 こうしてツボミさんは私の仲間となり同時に私は眠りについた。


 翌日、朝を迎えて屋敷から出て港に向かった。船は昨日の怪物の襲撃を受けた際奇跡的に無傷でなんとか帰れそうだ。

 チホオオロさんは少し眠そうな顔をしており宗介さんはいつも通り。コノワシはツボミさんをおんぶしてカゲリさんはシシハゼ様をおんぶしていた。

 ツボミさんはシシハゼ様と別れたけどこういう所は一応夫婦として生活したせいか似ている気がする。


 そして天谷村に帰るため船に他の人たちがぞろぞろ乗り、荷物を載せたりしていた。私は鷲杖と布をナビィの勾玉に納め船に乗ろうとした時長老に止められた。


 「源氏様。どうかご無事で」


 「はい。ありがとうございます」


 「安雲の東にある宇賀夜(ウガヤ)国のかつユダンダベアの都、糸麻(イトマ)に都を置く大王をお支え奉る源氏の宗家、大源氏(オホミナウジ)の部民でここの長として、改めましてお祈り申し上げます」


 え、部民?

 そういえば幼い頃に兄さんから聞かれた気がするけどなんだったっけ?


 すると船からチホオオロさんが顔を覗かせ「マカ様!」と呼ぶ声が聞こえる。

 仕方ない。だけど私の一族に縁のある人たちなのは間違いない。


 最後に私は長老に「分かりました! その祈り、無駄にしませんから」と口にし船に乗った。私が船に乗ったのを確認した水夫は大きな声を出し四隻が一斉に動き始めた。


 これで後は津翁を何とかするだけ。

 私は湖の潮風を浴びながら勾玉を握った。次の満月まで後七日。

 もう満月は意味がないとは言え油断は出来ない……。

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