第10話 天人狛の役


 天人たちはしばらくこちらをじっくりと眺めた。私はその光景に息をのむ。チホオオロは剣を強く握りしめて私を見る。

 

 「こいつらはどう攻めて来たのだ?」


 「——分かりません。私の時は突然地上に現れて不思議な術を用いて来ました」


 「なるほど。実に厄介なものどもだな」


 チホオオロは静かにそう口にした。すると一人の天女が唐突に土笛を吹き始めた。

 天人たちが乗る雲はそれに合わせるようにドス暗くなると雨を降らしそれは私たちに掛かる。地面に落ちた雨水は瞬きをするよりも早く白く光を放ち、私たち前に集まり水溜りを作る。


 その異様な光景にも関わらず、兵士たちは動じなかった。むしろ小切童子ですら私と違って眉間に皺を寄せて何が起きても大丈夫なように構えていた。


 ——私もこのぐらいで怯えてはダメだ。来るなら来い!

 

 風が止んだその瞬間にs地面から生えるように白く輝く甲冑に身を包んだトカゲのような怪物が水溜まりから無数に出てきた。

 トカゲたちは私たちを見ると雄叫びをあげた。

 するとそれに康応するかのように甘皮の兵士たちも「ウオォ!」と雄叫びをあげた。


 「恐るな! 立ち向かえ!」


 宗介さんのその言葉と同時に兵士たちはトカゲたちと剣と剣がぶつかり合う音がなる響き叫び声が響き渡る。

 トカゲは短剣を持ちながらも動きが早く天河の兵士たちを翻弄する。

 私は家の前に立ちながらもこちらにやって来るトカゲたちを斬り伏せていった。


 「か、数がおかしい!」


 トカゲは減るどころが増え続けている——っ!

 私はトカゲを斬り伏せるとトカゲが湧いて出てくる水溜りを見る。

 

 辺りを隙を突いてみると天河の兵士たちは恐れるどころか果敢に立ち向かっていた。そして雄叫びの中で声が聞こえてくる。


 「これが月の民か!」


 「月のトカゲなんぞ吉備の鬼と比べれば赤子の如く!」


 「守れぇ! 家族を救わんとする者を守るのだぁ!」


 そんな叫び声が戦いの中で聞こえる。


 今辺りはツキトカゲと入り乱れて間違えて味方を殺してしまいそうだ。

 そんな時私の後ろでツキトカゲの断末魔が聞けえる。


 「ギュェッ!」


 「え!?」


 振り返るとそこにはタキモトさんがいた。


 「強くなったな。やはり」


 「——タキモトさん」


 しかし、お礼を言う間もなくツキトカゲたちはどんどん丘に登ってくる。気づけばトカゲの他にバッタのように飛び回りに両手に剣を持った人影が見えた。

  タキモトさんは大きく息を吐くと私を見た。


 「こいつらは弱いが数は多い。だから斬る時までは力を抜きその瞬間に斬れ」


 「——はいっ!」


 タキモトさんはそういうと目に出て私に見せつけるかのように踊るようにして敵を斬り伏せていった。

 

 「なるほど。斬る瞬間に」


 私はそれを意識して盾で攻撃を防ぎながら家を守る。すると空から不思議な声が聞こえる。


 「天河の兵。なるほど奴らは厄介だ。我が前に出よう」


 上を向くと鎧を着た月の者が私目掛けて飛び降りた。

 それに気づいた時小切童子が私に飛びついた。


 「危ない!」


 次に瞬間私がいた場所を中心に衝撃が走り地面は抉られたかのように辺りに土埃を飛ばし、私は小切同時に抱き抱えられたまま吹き飛ばされ家を突き破る。


 「マカ!」


 「か、カグヤごめん!」


 体を起こすとカグヤの真横に尻餅をついていた。

 後少しずれていたら——いや、想像するのはやめよう。

 すぐに立ち上がり前を見るとそこには月の者がたち、ツキトカゲとバッタ男は攻撃を止めて私を見た。


 天河の兵士とタキモトさんたちは彼らの後ろに立ち武器を構えた。

 カグヤは鎧を纏った月の者に指を差す。

 

 「マカ、あいつがアタベ」


 後ろに立っていた小切童子がそう口に出してくれた。

 この人がアタベか。


 私は剣を握ると家から出た瞬間アタベに飛びかかった。


 「アタベ!」


 私は剣を大きく振りかぶるが、その時にはアタベは私の後ろに周り、剣を光らせていた。


 「源氏もいるのか。さらに厄介だ」


 「——っ!」


 私は咄嗟に振り返るとアタベの斬撃を盾で食い止める。

 それからアタベは何度も剣を振り下ろし、私はそれを盾で防ぐがその一つ一つがかなり重い。

 

 私は次に横腹を目掛けてくる伸びてきているアタベの右腕を掴むと勢いよく引っ張り引きちぎった。

 アタベの右腕の付け根から血の代わりに光の粒が漏れ出て剣を落とした。

 私はその好機を見逃さす剣を振るとアタベは瞬きよりも早く腕を生やすと何も無い場所から剣を生み出した。


 アタベはその場で仰向けになり私の攻撃を避け、私は止まれずその場に転び腹を見せてしまった。

 アタベは私を見下したように見て腰を曲げると両足で私の腹を蹴り上げた。

 

 「——っ!」


 激痛と吐き気と共に気づけば宙を舞って地面に叩きつけられる。

 私はすぐに立ち上がろうとするともう目の前ではアタベは足を振り上げ、私の横腹を蹴り、再び中に舞う。


 すると突然チホサコマさんが走ってきて。私を体を軽く捕まえ地面に下ろした。

全身が痛い。だけど私は生きている。


 「ありがとうございます……!」


 「くるぞ!」


 「——!」


 前を見るともう目の前にはアタベがおり、私を見ると足を踏み出し、風のように私に近づいた。すると前にチホサコマさんが立って二本の剣で物凄い音を立てながら食い止める。

 私はそれに感謝して後ろに周り背中を切る。

 しかし、背中には切り傷の一つが出来ていない。


 「甘い」


 「あぁっ!」


 私は吹き飛ばされ木にぶつかる。

 

 「う、うぅ……」

 

 ぼやける視界でアタベを見るとそこではチホサコマさんと宗介さんが戦い、小切童子と兵士たちはツキトカゲの軍勢と戦っている。

 

 アタベは宗介さんとチホサコマさんを薙ぎ払うと私目掛けて剣を投げた。すると目の前にタキモトさんがやって来て、声を張り上げながら剣を弾いた。


 「マカ、避けろ!」


 「え?」


 気づけば私は苦渋の痛みでこけそうになるが足を踏ん張って立ち上がり、その場から離れる。

 次の瞬間タキモトさんの渇いた大き声が聞こえた。


 「ぐぅっ」


 振り返りタキモトさんを見ると、先ほどまで前にいたアタベが後ろにおり、私のあった木は後ろに倒れている。

 タキモトさんをよく見るとどこか不自然だった。


 手に握っていたはずの剣がない。腕も同じくない。

 すぎの瞬間背筋が凍り、タキモトさんの足元を見るとそこには力一杯剣を握っている腕が落ちていた。

 タキモトさんは口から血を吐いた後右肩を押さえてゆっくり地面に膝をついた。


 その時身の毛がよだち、共に心の奥底から怒りが湧き出てきた。


 「アタベぇぇ!」


 私が叫んだ瞬間、アタベは私を見るとゆっくり歩く。

 私はアタベに飛びかかり、何度も斬りつけるが全て避けられる。


 「稚拙な剣術。赤子にも当たらんわ」


 「アタベ!」


 私はアタベに突進し、押し倒すと馬乗りになって胸に剣を何度も突き刺した。

 怒り、そして憎しみをぶつけるようにして。

 すると一瞬アタベの両腕がブレる。


 「え」


 両肩が痛い。力が入らない。肩を見ると今までに見たことがない量の血が出ていた。そして口から血がでた。

 言葉にも出来ない激痛。何も考えれない。


 「——あああぁ!」


 「マカ!」


 目の前は真っ暗で何も見えない。だけどチホサコマさんが私に近づくのが分かった。


 「くそっ、皮一枚と骨は繋がったままか。切り落とせなくて残念だ」


 私はアタベに突き飛ばされる。

 声がどんどん遠くなっていく。


 「貴様!」


 宗介さんの叫び声が聞こえ激しく鉄同士がぶつかり合う音が聞こえる。

 早く、早く立たないと——。

 私はゆっくり真っ暗闇に意識が飲み込まれた。


 ————。


 お兄ちゃんは強い。


 私のお兄ちゃんはとっても強い武人で、タキモトさんからも褒められてる。


 私は弱い。


 すぐに怖いと感じたり、痛みを感じたら大声で泣く。けど、みんなは怒らずや優しく頭を撫でてくれた。


 お兄ちゃんはもういない。


 みんな怖くなった。みんな私を追い詰める。みんな私に過度な期待をする。私は弱いのにみんなは私が剣が使えてとっても強い子って期待する。

 それは私じゃない。それはお兄ちゃんなんだもん。

 なんでイナメさんは私を蔑むような目で見るの? なんでタキモトさんは失望の目を向けるの? なんで、なんで村のみんなは私を残念な子みたいな目で見つめるの? みんなは誰を見てるの? 私は源マカだよ? みんなが見ている人は誰?


 ————。


 目を開けるとそこは見慣れない家だった。ゆっくり起きあがろうとするけど両肩が痛い。かろうじて首で上がると両腕はついているけど、包帯が巻きつけられ、少しも動かすことができないようにされていた。


 窓をの外を見ると夕方だった。


 「——あ」


 すると扉が開き、中にカグヤが水瓶を持って入ってきた。


 「マカ起きたの?」


 「カグヤ……」


 「動いちゃダメ。外でも怪我がひどい人が多いけどマカは本当に危なかった。血が止まらなかったんだもん。けど、ナビィが不思議な術を使っててね、みんな瞬く間に傷が癒えた。けど、無理はしないで」


 「——そう」


 カグヤは口を動かしながらも、慣れた手つきで私の着物を脱がすと擦れた布で私の背中を拭いた。

 それから私が気を失った後にことをカグヤは教えてくれた。

 あの後宗介さんとチホサコマさんが奮闘して、最後に小切童子が放った妖怪の血がついた矢がアタベの体を掠ったおかげで、退却を余儀なくされアタベは天人たちと逃げたようだ。


 ——私は何もできなかったんだ。

 

 「そういえばタキモトさんは? 腕切り落とされたと思うけど……」


 「——大丈夫。息がある」


 「——そう」


 カグヤはとても優しい音色のような声でそう告げた。

 タキモトさんは私のことを嫌っていると思っていた。

 自分の理想じゃない姿になった私をとことん嫌っていると思っていた。だけど、タキモトさんは剣士の命である腕を一本犠牲にして私を守ってくれた。


 タキモトさんはもう昔のタキモトさんじゃなくて、ただ一応師匠と見てきた。だけどどうしてだろう、どうして胸が痛いんだろう。

 

 タキモトさんは兄さんがいた時はすっごく優しかった。だけどいなくなってからはすっごく怖い人になった。

 あれは兄さんがいつも知っているタキモトさんだってすぐに気づいた。だけど、兄さんが知っているタキモトさんとは違う。

 あのタキモトさんは兄が死んでも私がいるから余裕があった。だけど、兄がいなくなった後のタキモトさんから見れば私しかいない。兄がいたという事実が消えてしまっているから。


 だから兄の存在が消えたこの世界は私とはまた違う私の人生があったから。

 

 私は兄がいなくなってからじゃずっとタキモトさんが大嫌い、怖いというのが頭によぎってしまっていた。

 だけど、実際は違うかな?


 タキモトさんも突然弱い私がきて混乱していたのかもしれない。だからこそタキモトさんは私を叩いたんだ。

 そうすれば沢でタキモトさんが言いたいことは大体理解できる。

 だけど私の心がそれを許さない。


 私はカグヤの頬に手を当てた。


 「カグヤ。一人にしてくれる?」


 「うん」


 すると突然カグヤは私の頭を膝に乗せた。

 私は目からあふれる水を、気づけばいっぱい零していた。


 「カグヤ。どうして?」


 「——泣いて良いんだよ?」

 

 「——泣かない」


 「嘘。タキモトさんと沢で一緒に釣りしてたでしょ? その時タキモトさんは言いたい事言えたからって満足してた。だけどカグヤは言いたいこと話せなかったでしょ? タキモトさんはそれが不満そうだったけど、マカが話を最後まで聞いてくれて嬉しかったみたい」


 「——昨日のカグヤが企んでたの?」


 「ううん。前タキモトさんがマカが旅を終えて帰ってきた時話したいって言っててね、昨日マカが帰ってきたからタキモトさんに伝えに行ったの。それから私がマカを沢に連れて行って理由をつけて話に行くから話に行ってみたらって提案したらこうなったの」


 カグヤはどこか自慢げにそれも太鼓判を押すようにそう言った。


 なるほど、全てカグヤが一人で頑張って動いていたんだ。だからタキモトさんが私のところに。


 「マカは強い子だよ。マカはとっても頑張り屋さんで私のために体を張ってくれる」


 「私は弱いわよ。カグヤは本当の私を知らないだけ。本当の私は弱くて泣き虫で、怖がり。何も自慢できる箇所なんてない」


 「はいはい。ほら、涙を流して」


 カグヤは珍しく適当にあしらうと私の頭を優しく撫でる。

 カグヤの私を触る手はどこか安心感を感じさせるのはどうしてだろう。まるで昔のイナメさんが撫でてくれたように優しい。その成果目元が熱くなる。

 すると急に優しい音色でカグヤは歌い始めた。


 「——さぁ坊やよ。カカの胸に飛んできな。坊やの寝る顔お日様さ。愛おしき眠る声、笑み笑み坊やは心打つ」


 どこかで聞いたことがある歌……記憶にはないけど、小さい頃に聞いた覚えがある。


 「——やっと素直になってくれた」


 「え?」


 ——目から水が流れてる……私、泣いてるの?


 涙が止まらない、どうして?


 「ほら、本音を話して?」


 「あ、うぅ……」


 私は涙を流した。

 兄がいなくなって四年間溜め込んでいた涙が、一気に流れ出た。

 私は口では言えなかった。口で言ったらカグヤにも見限られそうで怖かった。だけどカグヤはただ何も言わずに撫でてくれた。


 この後話を聞けばこの戦いで半分近くの兵士が死んだ。


 私は守りきれなかった。私が見えてない場所でも、チホサコマさんも、宗介さんも、小切童子も涙を流しているはずだ。

 何せ十三人した生き残らなかった。

 私が身勝手にカグヤを守ろうとするあまりそれに巻き込まれて四十六人は死んだ。彼らにも家族がいるはずなのに、その家族を私と同じ喪失感を味合わせてしまったんだ。


 みんな、みんな私のせいで——。


 

 死んだんだ。


 しばらく涙を流し、そして朝日は空高く昇った。


 

 

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