第7話 来る災禍
大根部の蝦夷達と分かれて少し、まだ昼前だが少し休憩することになった。
私を剣を手に持つとオトシロさんに昨日言われたことをツムグさんを相手に実践してみた。
ツムグさんはオトシロさんと何か話したまでは教えてくれたけど、詳しくは教えてくれなかった。
まぁいいか。
ツムグさんは剣を抜く。
「えーと剣を君に向かって振り下ろせばいいんだよね?」
「うん。お願い」
「分かった。怪我しても知らないよ!」
ツムグさんはそう言うと私に向かって斬りかかってきた。そしてツムグさんが私の間合いに入った瞬間紡ぐさんの腕を掴むとそのまま後ろに投げ、ツムグさんが転んだ瞬間に剣を引き抜き、ツムグさんの首筋に剣を当てた。
「よし」
なるほど。これは使うのは一つの勝負に一度だけでいいだろう。二回目は多分効かない。
私は剣を鞘に戻すとツムグさんはゆっくり立ち上がり剣を鞘に戻すと、ジト目で私をみた。
「君〜。ボクを痛めつけたいわけじゃなくて? 昨日の仕返しに」
「そんな訳じゃないけど。ただ、ツムグさんは優しいから請け負ってくれるのかなって」
私がそう言った瞬間ツムグさんはみるみる満面の笑みとなり、私の肩を強く叩いで嬉しそうに鼻歌を歌い始めた。
「いや〜そう言うことなら初めから言ってよ! 最初ボクをいじめたいのかなって焦ったんだからぁ〜」
よし、とりあえずツムグさんが嬉しそうだからいいか。
それからしばらくして休憩が終わり再び歩き始めて昼頃に天河村に到着した。
最初門番は私とツムグさんを疑ったが、宗介さんとセリさん、ヒルコさんの三人が説明すると入ることを許された。
そして私含め救助された天河人狼の方々は宗介さんの案内で族長がいる宮殿に案内されることになった。
ツムグさんは何もしていないため、ヒルコさんが「では私の家でお泊りください」と言われ、セリさんに家まで案内されていた。
道中、村の中を見渡すとここは狛村より遥かに大きく人の数も多い。市も狛村と比べるととても大きいが外からの往来を止めていたせいか寂れている。
だが工房から運ばれてきたであろう土器はどれも綺麗で価値が高そうだ。
それから程なくして大きな門の前に来た。
その奥にある山の頂には綺麗な紋様が描かれた宮殿があり、門番達の鎧も宗介さんと比べて華やかな代物だ。
宮殿の中に入ると、中は至って質素だが柱には細かく籠目の紋様が描かれ、籠目の中には星模様がある。
まるで私の心の奥底で天河村がかつてはユダンダベアとは異なる国だったことを感じさせた。
私はヒルコさん達と同じように宮殿の中に案内されたものの。今は別室で待っている。
別室に案内されるとき、宗介さんからあることを言われた。
『ではマカ殿。これからこの村の長たる天河(アマカワノ)千穂多路(チホオオロ)様とのご謁見ですが。マカ殿の場合は秘宝を貸し出すかのご交渉ですのでヒルコ様方の後となります。念のためですが長はお優しいとはいえ礼儀に一際厳しいお方なのでそこだけはお気をつけて……』
礼儀作法については心配ないと思いたい。イナメさんから教わったことを活かすしかない。
それから何刻過ぎたか。
今更ながらこの部屋はとてもボロボロで何か飛び出してもおかしくない。
そらもついた頃は昼にも関わらず、そろそろ空が夕焼けに染まり始めた。
やがて廊下側から慌ただしい音が聞こえ私の部屋の前で止まると襖が勢いよく開けられた。
襖の外から見えた人物は白髪で腰が折れて背が低くなっている老人で、その老人は私を見ると鼻息を荒くしていた。
「うおし! 喜べ! 族長様がお呼びであーる!」
老人は耳が壊れそうなほどの声量で嬉しそうに声を上げた。
私は老人に案内されるがまま宮殿の階段を登り一番上に出ると大きく開いた場所があった。老人を見るとそこに入れと手と首で仕草をする。
「ここですか……」
「うむ。はよう入れ」
私は恐る恐る大きき入り口が開いた部屋に入っていった。
中に入ると正面には数多の祭具を身につけ化粧をした一人の藍色の毛を持つ私と同い年ぐらいの少女。
そして左右には髪を耳もとに縫いつけたみずらと呼ばれる髪型の男達がこちらを見ているけど……視線が怖い。
目の前の女の子が長なのかな?
すると後ろから少女と同じく藍色の毛をした男が部屋に入ってきてあの少女の隣に座った。
「我こそは天河千穂佐駒(アマカワノチホサコマ)である。我はこの村の長たるチホオオロの兄で、長を補佐する者である。客人、名を申せ」
気づけば私は頭を地面につけていた。これはチホサコマと言う男の威厳に私が恐れたから? ——多分そうに違いない。
「わ、私は狛村の源マカと申します」
「狛村の源マカと申すか」
チホサコマは嬉しそうに少し笑った。
「何が望みだ。お前がしたことは女子供、それから宗介より聞いた。念の為だ」
「——」
私は息を飲む。
周囲の鋭い視線に胸が張り裂けそうだ。
いや、黙っているのも良くない。正直に話そう。
「失礼承知で聞きますが。この村に神のお力が宿っている勾玉はご存知ありませんか? 私はそれを頂きたく馳せ参じた次第です」
「ほう。秘宝か。なぜそれを望むのだ?」
ここからは慎重にいかないと小切谷の二の舞だ。
私は少し深呼吸する。
「月より来る異形の者どもを打ち払うのに必要だからです。大切な家族を守るために。どうかお願い致します」
すると周りに座っている男達が笑い始めた。
やはり月より来る異形のことなんて誰も信じるはすがない。だけど私は見たんだ。かぐやに羽衣を着せた大男と、テレイルという男を。
少しだけ顔を上げると意外なことにチホサコマは冷静に考え、そして私を見た。
「なるほど。異形の者か。して、望むは秘宝だけか? まず奴らはいつ来るのか分かっているのか?」
「——分かりませんが……。もし、来たらば払ってみせます」
「ふむ、分かった。とりあえずだ。我が村は今少々問題が起きている。秘宝の話は考えさせて頂く」
「あ、ありがとうございます」
こうして私とチホサコマさんとの話は終わった。
その後私は宮殿の外で待っていてくれた宗介さんにヒルコさんの家まで案内された。宗介さんは私を案内し終えると「では、また明日」と言って帰っていった。
ヒルコさんの家は宮殿からとても近く、大きさも周りのと比べると宮殿よりかは劣るが遥かに大きく、高床だ。
扉を開けて家の中にお邪魔すると囲炉裏を囲うようにツムグさんはセリさんと共に男の子を寝かしつけ、ヒルコさんはのんびりと暖を取っていた。
「すみません。お邪魔します」
「あぁ、マカ様。どうぞ」
「あ、セリさんも今晩は。今夜はこちらにお泊まりさせて頂きます」
「えぇ、構いませんよ」
セリさんは何か言いたげだったが許してくれた。
ツムグさんは……男の子を寝かしつけているから良いか——と思っていたら男の子は突然目を覚まし、私をみると嬉しそうに飛びついてきた。
「わー!」
「え、ちょっと……」
試しに男の子を持ち上げると男の子は欠伸をして眠そうな顔で嬉しそうに私を見た。
隣ではセリさんがまた困った顔をしている。本当に申し訳ない。
「えっと、君名前はなんていうの?」
「名前ー? えーとねユミビコ!」
男の子は嬉しそうに教えてくれた。なるほどユミビコって言うんだ。
私はユミビコを床に下ろすと優しく頭を撫でてあげる。気持ちいのかユミビコは目を細め尻尾を振る。
「私の名前は源マカ。よろしくね」
「うん……寝る」
ユミビコは疲れたのかセリさんに抱きつくとそのまま寝てしまった。セリさんは一度ヒルコさんに頭を下げると寝床に向かう。
ヒルコさんは和やかで嬉しかったのか嬉しそうに私を見ていた。先ほどの私を見てか打って変わってツムグさんはニマニマと笑うとセリさんを追うように「じゃ、お二人だけで何やらお話があるでしょうしボクは少し抜けますね」と告げてその場から離れた。
私はヒルコさんの隣に座ると、ヒルコさんは微笑みながら喋り始めた。
「マカ様。族長様に気に入られましたか?」
「族長様とはしていませんでしたが補佐のチホサコマ様とはお話しましたけど。印象としては怖かったです」
「まぁ! やっぱりそうですよね!」
私の返答はどうやら正解だったのかヒルコさんは嬉しそうに反応した。
「そういえばヒルコさん。この村の秘宝について聞いたのですけど、具体的な伝承とかはありますか?」
ヒルコさんは自慢げに手を腰に当てると寝かせたのかセリさんだけが戻ってきてヒルコさんは咄嗟にセリさんを見る。
「セリ。そう言うの詳しいでしょう?」
セリさんはヒルコさんに急に話題を持ちかけられ、若干嫌そうな顔を見せる。だが、ヒルコさんに私が秘宝について聞きたいと教えると主人の姪であるためか諦めたかのように教えてくれた。
「天河の秘宝は今から数百年前に旅をしていた巫女より頂いたのです。この地に眠る津翁という怪獣を封じ続けるのに良いと。マカ様。これで分かりますね?」
「あーはい」
もし復活した際に勾玉がなければ困る感じね。
「その津翁って何ですか?」
私が聞くとセリさんは少し思い出しながら教えてくれた。
「詳しくは知りません。太古昔に天河の神々が封じたということまでは知っております」
それから程なくしてセリさんは気怠そうにヒルコさんを見る。ヒルコさんはそんなセリさんの反応を見て楽しかったのか体を左右に揺らしご機嫌そうだった。
「ヒルコ様。族長が申しておりましたでしょう? 明日より神事やら祭事を致すと」
ヒルコさんもセリさんのその言葉を聞き、苦笑いをすると私を見た。
「マカ様ごめんなさい。天河村での神事は本来族長が一任するのですが、族長はまだ幼いので代わりに私がしないといけないのです。なので今日は寝ましょう」
「そうですね。セリさんもヒルコさんも色々と教えてくださりありがとうございます」
すると後ろから肩を叩かれ、振り返るといつの間にかツムグさんがいた。
「あ、ごめんマカ。ちょっと良い?」
「え、うん。あ、ヒルコさん。では少しだけ出ますね」
「えぇ、気をつけてください」
私は壁に立て掛けていた剣と盾を持つと家を後にした。
村はもう夕焼けに染まり人も少なくなり、家からはかまどから煙ただっているのが見える。
それから宮殿の裏に回るとツムグさんは足を止めた。
「君、あれを見て」
ツムグさんは宮殿の裏に指さした。目を凝らしてよく見るとそこには道があり、さらに族長のチホオオロさんが裏道を通ってどこかに向かっているのが見えた。
「え、チホオオロさん? どうしてあんなところに」
「秘宝を得るには津翁をなんとかしないといけないでしょ? ほら、話しかけに行くよ」
私はツムグさんに強く腕を掴まれるとチホオオロさんを追うように走った。
それからチホオオロさんの後を付け坂を下ると気づいたのか後ろを向いた。
チホオオロさんは一瞬驚いた顔をしたがすぐに真剣な眼差しに戻る。
「……何か御用ですか?」
先に言葉を投げかけてきたのはチホオオロさんだった。私は咄嗟に平伏し地面に頭をつけようとした次の瞬間ツムグさんはチホオオロさんの肩を掴んだ。
——ツ、ツムグさん!
「族長。津翁復活するんですよね。近々。現にこの辺りの獣や草木を狩ればそれらは急に溶け始めおどろおどろしい色の水となり流れるのです」
「——」
チホオオロさんは何も言わない。
しかし、それは本当なの?
試しに足元の草を抜くとさっきツムグさんが話した通り草はドロっと溶けた後おどろおどろしい色をした水となって地面に滲んだ。
こんなこと普通ありえない……。
そんな状況でもツムグさんはチホオオロさんに詰め寄り続けた。するとチホオオロさんはツムグさんの肩に手を乗せた。
チホオオロさんは眉間を震わせながらも冷静さを装う。
「もちろん存じております。これらの原因は確かに津翁様です。津翁様は大昔に封印したきり復活するとは思ってもいなかった。そのため封印の儀も祝詞も残っていません。唯一秘宝を用いて封じるという一言のみが伝えられています」
そしてチホオオロさんは私を見るとニコリと笑みを浮かべた。
「マカ様はオトシロ様より剣を教えていただいたのでしょう? 宗介が見ておいでだったそうです。オトシロ様に認められる程の者であれば秘宝なくても月の異形は払えますでしょう? なので秘宝は諦めてください」
諦めろ? そんなことできるはずが無い。
私の背中が徐々に冷える。これは怒りか悲しみ、焦りかはわからない。
胸の鼓動も激しく動きそれに合わせて息も荒くなる。だけど怒ったらダメだ。
「——月の者は私でも苦戦しました。私は家族を守るため月の者を地上から追い出し、もう二度降りて来られないようにしたいのです!」
「けど貴女は一人で払えましたよね? それなのにいつ来るかわからない月の者のためにどうして封印の要の秘宝を渡さないと?」
チホオオロさんはツムグさんの手を振り払うと私の前に立ち屈んで視線を合わせた。
「私には役目があります。この命を犠牲にしてでも津翁様を鎮めれないといけない。兄にも、ヒルコ姉様にも苦しんでほしくないので」
よく分からないけどチホオオロさんの声が震えている。
気のせいか涙を堪えているような、辛そうな息遣いだ。
「貴女の脅威はまだ刻がある、けど、私にはもうありません。今復活してもおかしく無いのです!」
——なんだろう、どこかカグヤを守ろうとしている私に似ている。
もしかしたらこの人は私と同じように誰かが自身の理想でそれに近づかなければならないという人かも。
チホオオロさんは冷静を装いつつも涙を堪えているのが分かる。
「だから、秘宝は諦めてください。その代わり増援は送りそこに兵を置きますので……」
チホオオロさんは目に涙を浮かべながらも強がり弱いところを見せないようにする。
——この人に寄り添うべきだ。
「族長様。私は族長様がどのような人なのかはわかりません。ですけど、今貴女の声を聞いてこれだけは約束できます」
「——」
「津翁——津翁様は私が封じます」
「は?」
チホオオロさんは呆気に取られたような声を出す。
無理もない。
「——貴女に、できるのですか? 私たちを見殺しにして火事場泥棒のように楽に秘宝を持ち出せるのですよ?」
その言葉に私は一息ついて自身の持った眼差しをチホオオロさんに向けた。
「だとすれば今すぐにでもしています。でも、そうしないで貴女の前に来たのです」
「ふふふっ、あはははは!」
何がおかしいのかチホオオロさんは笑い始めた。
ツムグさんも少し困った顔をした。
しばらく笑満足したのか、チホオオロさんは笑い過ぎて溢れ出た涙を拭った。
「まぁ、そうですよね。早く秘宝が欲しければこっそり持ち出せば良いのにそれをしない。むしろ津翁様について聞きに来るうつけはおりませんよね」
チホオオロさんは満足したのか後ろに振り返り、肩の力を抜く。
「では、こうしましょう。今晩、宗介をマカ様がお住みの狛村に二十の兵とともに送ります。狛村に着き次第、狛村の方々と交渉したあとに私と共に津翁を討伐してもらいます。良いですか?」
言い終えるとチホオオロさんは顔を振り向き、私に期待しているような眼差しを向けてくれた。私は咄嗟に頭を地面につける。
「——はい! 族長様!」
「えぇ、こちらこそ。では、少しヒルコ姉様の家でお待ちください。日が落ちたあたりに宮殿前に来てくだされば宗介たちがいますので」
「分かりました。その、今日はありがとうございます」
「宗介からです。蝦夷のオトシロ様より食事をしているときに少し教わっていたでしょう? オトシロ様は剣の腕があり、気に入った人にしか指南しないので。貴女を信頼できます」
「——分かりました。では、その時は」
「はい。では。あ、流石に一人だと怪しまれるのであなた方が見つけて連れ帰った体で宮殿に共に来てください」
「は、はい」
私はその場で立ち上がるとチホオオロさんは急に私の前に来るとどこか嬉しそうに私の顎に触れた。
「あぁ、あとマカ様。これからは平伏なさらないで良いですよ。こうやって友人と面を向き合ってお話ししたかったもので」
チホオオロさんの言葉につい唖然としてしまった。しかし、彼女はどこか満足げな顔で私を見て、私の隣に立つツムグさんには露骨に怒りの眼差しを向けた。
「ボク、やりすぎたかな?」
「え、うん」
ツムグさんの言葉に私はそう返すしかなかった。
それから私とツムグさんはチホオオロさんを宮殿まで連れ帰り、ヒルコさんの家に戻る。
まだ起きていたセリさんにチホオオロさんと話したこと、その時起きたことの顛末を伝えると納得してくれたようでヒルコさんに伝えると言ってくれた。
次の瞬間急に眠気に襲われ、その場に倒れるようにして目を閉じた。
————。
辺りを見渡せば真っ黒だ。
確か私はチホオオロさんと約束をした後急に体が疲れて、眠りについたんだよね。
まぁ、あれだけ緊迫したんだからそれもそうか。
そういえばカグヤと話す約束していたのに忘れていた。きっと怒っているよね。
本当に暗いな。
私は小さい時暗闇が怖くて、厠に行く時は兄に連れて行ってもらっていた。兄がいなくなってから一人で行く様になったらあっという間に慣れちゃったよ。
兄さん……。ねぇ、兄さんは本当にどこにいるの? 暗いよ。怖いよ。
兄さんを数年前に失った。だけど失ったのは兄さんの存在ごとだ。私が兄さんと楽しんだ十年は藻屑となって川の底に沈んでしまった。
兄さんと遊んだおもちゃも無くなって、兄さんが作ってくれたおもちゃもまた消えた。
残っているのは私が描き続けた兄さんの似顔絵だけだよ。
兄さん。兄さん……。お兄ちゃん! お兄ちゃん!
————。
「あれ?」
私の目の前に真っ白な光が入ってきた。
「どう言うこと?」
私は目を擦る。そしてもう一度見てみると周りは暗闇ではなく見知った光景。記憶から探って考えてみるとそこは狛村にある廃墟となった石造の神社だ。確か名前は狛主神社。
その神社の入り口の前に私が立っていた。
相変わらず剣の台座には何もなかった。
「——あれ? 私天河村にいたのになんで?」
あたりを見渡しても本物そのものだ。だけど空は不自然にも雲が低く見える。おかしいな、確か秋のはずなんだけどこれだと夏としか……。
すると急にその台座に天から光が差し込んだ。その光のあまりの眩しさで私は目を閉じた。
瞼で目を覆っても光が差し込む。
「な、なんなの!?」
光はしばらくの間続き、それから徐々に消えていく。光が完全に失ったところで目を開けるとかつてその台座に刺さっていた剣を握った兄によく似た人物の姿があった。
癖毛の混じった軽い毛先が風に流されている。
『ここは……どこだ?』
その男は銀髪赤眼、まさしく私の兄、ゼロで間違いない!
目から涙が溢れる。私は兄さんに走って近づいた。
「兄さん!」
私がそう呼びかけたが帰ってきた言葉は——。
『誰だ!?』
「え?」
兄さんは私を見ながらそ拒絶の言葉を呟いた。するとこの空間は再び暗闇に包まれ、それに合わせて兄さんの顔も徐々に暗くなる。
「やだ、私だよ? 私だよ兄さん?」
『なんだ? どう言うことだ?』
兄さんは私を見ながらよく分からない返しをする。
どうして気付いてくれないの? 私なんだって!
「私よ! 私だってばお兄ちゃん!」
『俺は君のことは全くと言って良いほど知らないが』
「いや、いやぁ……」
私が涙を流し泣き崩れたと同時に再び意識が途切れた。
——————————。
——————。
———。
「マカ様。そろそろお時間です」
あれ? 声が聞こえる……。
ゆっくり目を開けるとセリさんが心配そうに私を見下ろしていた。
「マカ様。宗介様とチホサコマ様のご準備ができました」
「え、あ! ごめんなさいありがとうございます! では、またお会いできる日があれば! ——あれ? ツムグさんはどこですか?」
私は丁寧に置かれていた荷物をセリさんから受け取り周りを見るけどツムグさんは何故かいなかった
私はセリさんを見るとセリさんは事細かに教えてくれた。
「詳しくは話しませんがマカ様が寝てしまわれた後に宮殿の兵が来て牢獄に入れると申して連れていきました」
——どうやら族長様は本当に無礼者には厳しいようだ。
家から出て灯火を頼りに暗闇の村を歩いて宮殿前に着くと入り口には探していた人物、チホサコマさんがいた。その隣には護衛であろう宗介さんがおり、その周りには二十人ほどの兵士たちがいた。
チホサコマさんは私に気づくとゆっくりと振り向き手をあげた。
「うむ。ちょうど呼ぼうかと思っていたが——。マカ殿」
私はチホサコマさんの前で跪いた。
予想に反してチホサコマさんは困った感じの声を出した。
「別に妹の前ではないから跪伏までしなくても良かったが……。とにかく面を上げよ」
私はゆっくりと面を上げる。
あれ、チホサコマさんも行くの?
「事はチホオオロより耳にした。あやつが気に入ると言うことはマカ殿は面白き人だ。あやつが懐く人間はさぞ変わり者揃いだからな」
チホサコマさんがそういうと隣に立っていた宗介さんが笑い始めた。
「ははは。チホサコマ様にそう言われますと照れますなぁ」
宗介さんは愉快に大笑いを見せると後ろに立っていた兵士たちも釣られるようにして口を押さえながらも笑っていた。
それからチホサコマさんはチホオオロさんから聞いたであろうことを話してくれた。
「なるほど要するに。チホサコマ様は一度月の者と戦いたいのですね?」
そう、チホサコマさんはどうやら月の者と戦いたかったようだ。
宗介さんは純粋に狛村を守るためだそうだけどチホサコマさんだけは本当にそうらしい。
チホサコマさんは狛村のある方角に手を伸ばした。
「我は家族を守るという義理硬い者が好きだ。天河は一族を大事にする。それと同じ心情を感じたのだ」
なるほど。確かに月の者によってカグヤ以外の人が死んで欲しく無い気持ちは嘘ではない。
それじゃ、向かおう。
「分かりました。では向かいましょう——っ!」
すると次の瞬間私の首にかけていた勾玉が輝くとここにいないはずのカグヤの声が聞こえ始めた。
『——マカ!』
「この声は何だ?」
チホサコマさんは腰にかけていた剣を取り出し、それに続くように宗介さん含めた兵士たちが武器を構えあたりを見渡す。話は後だ、まずはカグヤを!
「カグヤ! どうしたの?」
『——天人、月の民が来た!』
「え!?」
すると隣からチホサコマさんの声が聞こえた。
「話を続けるのか!? まずその勾玉から説明しろ!」
「ごめんなさいこの勾玉は遠くの人とでも話せるんです! 今説明したので少しお静かに!」
チホサコマさんは私の焦りを見て悪く思ったのか小さな声で「す、すまない。礼儀を無碍にしてしまった」と呟いた。本当にこの人、根はかなりの善人なんだろう。
私は視線を勾玉に戻した。
『天人がやって来たの。おばあちゃんが、おばあちゃんがっ!』
「天人が来た!? まだ一月もたっていないわよ!?」
すると勾玉からカグヤの泣き声が聞こえる。
『月を模した仮面を被って、ナビィさんとおばあちゃんがっ……』
イナメさんが!?
「分かった。すぐに戻る!」
私が言うと勾玉は輝きを失った。
周りを見るとチホサコマさんは少し興味深そうに私を見た。
それからチホサコマさんは私をみると微笑んだ。
「来たのだな。では、参るぞ」
「——ありがとうございます」
味方がいるというだけでありがたいし、もし天人であれば彼らは私が嘘をついていなかったという証人となる。
「では先程の無礼は謝ります。それと天人は我が故郷狛村ですがよろしいですか?」
「構わぬ。——よし、者共!」
チホサコマが大きな声を上げると兵士たちを姿勢を正した。
「敵は狛村にあり。怪物を討つぞ!」
兵士たちがチホサコマさんの声を聞くと声を張り上げた。チホサコマはこれで用意が終わったのかゆっくりと私に振り返ると頷いた。
「——案内します!」
私は狛村へ帰る。カグヤを守るために。
私の後ろから戦士たちが身につけている甲冑が擦れる音が聞こえた。
————————。
————。
——。
天人が襲来する前日。月から雫がもれ出ようとしているのが地上から見えた。
————小切谷村。
小切谷村の神社から一人の老婆——ツバキが境内から月を見ていた。月は半月で満ちてはいないが雫という今までなかったものが目に入った。
「——これがあやつが言っていた月からの災禍か……。おい、来なさい」
ツバキがそういうと庭に一人の童——小切童子がやってきた。
「こちらに」
小切童子は跪く。
「お前に二人の兵(つわもの)を渡す。彼らを連れ狛村に行け」
「え、戦をするおつもりですか!?」
小切童子は動揺するがツバキは逆に呆れて月に指を向けながら少年を見る。
「阿呆。あの月を見よ。今まさに雫が落ちようとしている。もしあれが天人であり彼らが狛村を滅ぼそうなら……。我らは気付いていながら恩を仇で返した外道に成り下がろうて」
「あ、万が一の援軍ですか」
「そうだ。ここからなら半日もかかるまい」
ツバキはそういうと縁側にゆっくりと腰を下ろした。
「それと破魔のお札を託そう。これを武器にくくりつけよ。マカが天人討伐に神の力が宿る勾玉を欲したのであれば、それはつまり天人が神のおまじないに弱いからかも知れぬからな」
「分かりました!」
小切童子はツバキから破魔のお札を受け取ると即座に兵(つわもの)を集めに向かった。
ツバキはゆっくりと立ち上がる。
「我が祖先よ。もう良いだろうさ。憎しみ続けても何も残らない」
誰にも聞こえない声で、ツバキは静かに呟いた。
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