第5話 サルタケノミコト

私は地図を頼りに山を越え、日がそろそろ沈みそうな頃合いにようやく小切谷村に到着し門をくぐった。

 門の前には村人は立っていなかった。

 くぐり抜けた先には見せしめのように片目を失った蟲神——それも私が追い払ったバッタに似たものだったけどよくこんな気味が悪いものを置ける。


 あたりを見渡すと荒れた畑がたくさんあり、コオロギが亡霊のように蠢いている。

 村は人気がなく家はボロ屋がほとんどで何か起きたのかな?


 一応イナメさんが話すには通るだけなら問題無いらしいが長居するのは避けろと言われた。これ本当に行っても大丈夫なんだろうか。

 

 村の中を進み、人を探す。この時期祭りがあるはずだから暇をしている人になるべく話しかけたい。

 それからだいぶ奥に進むとまだちゃんと手入れがされている畑が目に入り、そこで畑仕事をしている小切谷の早乙女が一人で草を抜いていた。


 

「あのーすみません!」


 試しに早乙女に声をかけて気づいてくれたのかゆっくりと振り向いてこちらを見た。


 「旅のものですがこの村に勾玉が祀られていると聞きました! ご存知ないですか!」


 「——」


 早乙女は私を無視するとそそくさに家の中に逃げていった。

 やっぱりダメか。

 それから手当たり次第目に入った人に声をかけたけど誰一人聞いてくれない。余所者にかなり厳しいの所なのだろう。

 空を見れば既に日が落ちそうになっており、ひぐらしの鳴き声も聞こえてきた。今日は野宿をして明日もダメだったら昼頃には村を出て天河村に行ったほうが良さそうだ。

 

 重い足取りで門に向かうとその周りには複数人の男たちとその中央には老婆が立っていた。私は足を止める。


 老婆は私を見ると鬼の形相と変わり私に杖を向けると男衆が縄を持って私に近づいた。

 身構えると老婆は真剣な生な時で私を見る。

 

 「娘。取り敢えず牢獄に中に入れ。そう悪いことはせん」


 ——これは抵抗しないほうがいいか。

 それから私は男衆に剣と盾など着物以外の身包みを剥がされ、縄で体を縛られると神社に連れられ物置小屋にある地下牢に連れて行かれた。

 彼らは私を牢獄に入れると縄を解いて柵の中に入れ、暫く沈黙が続く。

 最初に口を開いたのは老婆だった。

 

 「まずお前がここに来た目的はなんだ? この村を滅ぼそうてか?」


 これは変なことをしたら殺される。私の感がそう言うのだ。とりあえず目的だけは伝えよう。


 「違います。私は狛村の源マカです。あなた方の秘宝のま、勾玉が必要で——」


 「ダマらっしゃい!」

 

 老婆は目を鋭くして私を睨んだ。


 「我が村の勾玉は古に狛村の源氏より託された秘宝だ! それに源氏はまず村から出る際は基本ここを通らぬ! 寝言は寝てから言え!」


 老婆は目を血で真っ赤にすると一度杖で地面を殴り息を荒くしながら続けて話した。


 「数年前我が村は妖怪共の群れによって多くのものが死んだ。その為周りの村には食料がないから長居するなと伝えたはずだ。だが! お前は日が落ちるまでこの村にいた。つまりこの村を滅ぼそうとする妖怪か盗賊でしかない! その戯言、人でないのは確かなり!」


 老婆はそう告げると首にぶら下げていた瓢箪の蓋を外す。すると老婆の後ろから一人の男が大合わせて私が持っていた赤い勾玉を手にやってきた。


 「長老様! 娘の荷物から狛村の源氏が持つ赤い勾玉が!」


 その言葉を聞いた老婆は「なんだと!?」と声を漏らして振り返ると男を見ると勾玉を受け取る。


 「これは狛村の源氏が持つと言う勾玉……。娘、その言葉は嘘ではないか?」


 老婆の言葉に私は息を呑んだ。

 そして老婆は再び振り返って私を見るとコツコツと杖で重い体を動かして私に近づく。


 「ふんっ。小娘が愚かよのう。この長老たる私が惑わされるはずがない。さぁ、真の姿を見せい!」


 次の瞬間老婆は私の頭の上に瓢箪を持ってくると中から液体を私にかけた。

 臭っ、酒!?

 私は目を閉じて鼻を押さえた。


 「ゴホッ! ゴホッ!」


 つい鼻が痛くなり咽せる。


 「ん? ん?」


 少し目を開けると老婆は驚きのあまり目を細めてまじまじと私を見た。


 「——?」


 私が困惑していると老婆と男衆はコソコソと何か話し始めた。耳を傾けてよく聞くと老婆は何やら焦っているようだった。


 「おいお前たち。あの小娘、妖怪じゃないのか? この勾玉は普通持ち出さないはずじゃろ」


 老婆の言葉に男の一人は困惑する。

 

 「え、髪色は白ですよね? 我が村を襲った妖怪と同じです」


 「バカたれ! 狛村の源氏も同じだ! 源氏も白い髪を持つ者が生まれるのじゃ!」


 これ、なんとか切り抜けられそう。


 「あ、あの!」


 私の声を聞いて癪に触ったのか老婆は素早く振り向くと「黙れ!」と口にし、その迫真さに私は声が出せなくなった。

 確かにさっきの会話から数年前に妖怪に襲撃されていたら警戒していてもおかしくない。けど古の時代のきた源氏って一体誰なんだろう? 源ちゅらの可能性もあるのかな?


 それから程なくして男衆と老婆がいまだに言い争いを続けていると遠くから走る音が聞こえ、それは徐々に大きくなり右から松明を持った童がやってきた。

 老婆たちは音に気づいたのか右に振り向く。

 童は私より幼くみえ十歳ぐらいだろうか。

 男らしい面構えをしているものの女子のような体つきで可愛げさもある。童は一度横目で私を見ると老婆に近づいた。

  

 「長老様。お待ちあれ」


 「なんだ? ここにくると言うことは何かあったのか?」


 童は一度老婆に平伏すると私を横目で見る。


 「それよりもこの娘は?」


 「分からぬ。恐らく盗賊か妖怪だ。本当に狛村のものなら長居するなと来る前に聞かされているだろうから」


 それから私を抜いて童と二人で会話を始めた。

 なるほどイナメさん。そう言うことか。


 

 「長老様。私からはこの娘が盗賊でも妖でもないと思います。理由はございましてなぜ帰ろうとしたのでしょう?」


 「それは仲間に伝えに行く為だろう」


 「いえ、そうであればよろしいのですが。この娘が源氏ではないと証明も、盗賊や妖であることの証明は無理だと思います、なのでそこは猿神様のご裁量に任せるほかございません」


 「むぅ、そう言われるとそうだな……」


 イナメさんとともに男衆は苦しい顔で考える。すると先程私を妖と言った男が何か閃いたのかその場で平伏すると顔を少し上げて喋り始めた。


 「長老。ここは童の言葉を持ってした方がよろしいでしょう。頭の固い我々が言葉をぶつけ合っても時間の無駄でしょうし。それに牢獄に長居すると食料が足りなくなった際に殺せとの言葉が大きくなり最悪狛村と戦う羽目になるのと、源氏であれば我々が朝敵となります」


 長老はその言葉を聞くと「それもそうかと」言葉を漏らした後、私を見た。

 なんだろう、話がわけわからないことになっている。これは逆に黙っていたら逆効果じゃないかな。

 

 「とりあえずだ。なぜ我が村の勾玉を欲するかの理由だけは聞いてやる。申せ」


 「つ、月からの使者から大切な人を守るためにです。月からの使者から守るためには勾玉に宿る力が必要なのです。どうか!」


 老婆は少し考える。

 私は続けるように妹同然の大切な子を守りたい、そして守るためにはあなたの力が必要でそのお礼は必ず返すと伝えた。

 老婆の後ろに立つ男衆は老婆を見て悩ましい顔をすると童は私に近づき檻の柵を掴む。


 「娘。その言葉には偽りはございませんか?」


 「——もし偽りであれば初めからこの村に訪れることはございません」


 「そうですか。確かに賊もこんな貧相で滅びしかないこの村を攻めても美味しくないでしょうし。——では長老様」


 童は顔だけを老婆に向けると小声で私に聞こえないように老婆に語りかけた。老婆は童の明か村を侮蔑した発言に不満げな顔であったが、次第に強張ってる表情が穏やかになっていった。


 「なるほど」


 老婆は一言そう告げた後私を見た。


 「猿神様に聞いてからだ。お呼びするまでお前を信じぬ」


 私は老婆の目をじっと見る。

 老婆は毅然として落ち着いているが私のことは全く信用していない瞳だった。周りにいる男衆も童も同じ顔だ。

 ——多分これは無理だ、時間の無駄でしかない。体を震わせながらゆっくり地面に頭を付けた。

 


 「どうか、私は大切な人を守りたいだけなんです……。こんなにゆっくりできません! 証明は後でお願いします! 無理であれば解放してください!」


 目から自然と涙が出てきた。だが、現実は無常だった。


 「——ならん。大切な人を守るというのは義があって美しいものだ。だがな、涙を流すことが信念を伝えるのに役立てると思うか?」


 「——!」


 「人を甘く見るな娘。心を動かしたいのなら。別のやり方があるだろう!」


 「べ、別のやり方?」


 老婆は杖私の頭に振り下ろした。頭から暖かい液、血が流れ落ちる。


 「聞くぞ。私はお前の気持ちは理解できる。しかし、周りを見ろ。心が動いているか? 納得をしているか? 勾玉はこの村の宝だ。それを貸してもいいという判断は私のみではできぬ。周りを納得させないとダメだからな。それにお前の正体もだ。もし妖の一味であればこの後村を襲われるかも知れん。そんな者を野放しにできるものか」

 

 ぐうの音も言えなかった。老婆の言った通りどう考えても私のわがままだ。村の宝をただ貸せと言われても貸したくないのは至極当然。

 現に周りの男衆は険しい顔を私に向けている。老婆の言ったとおり誰にも響いていなかったのだ。


 「……お前たち行くぞ。あと、丁重にもてなしてやれ」


 老婆と男衆、そして先程の童はここから立ち去った。


 暗闇の牢獄の中、私はただ一人が残された。


 「——やってしまった」


 それからどのぐらい泣いたのか。時間なんて分からない。涙は枯れて喉がイガイガする。

 一応水だけは童が持って来てくれているため、辛いのは空腹だけ。

 その日は眠れないまま凍える秋風に耐えて気づけば鳥の歌声が地下にまで聞こえてきた。


 その時外から誰かが歩いてくる音がした。

 最初はぼんやりと壁に映る灯火はどんどん大きくなった。そして死角から老婆と童が器を膳に乗せてやって来た。

 童は握り飯と水が入った器を柵の隙間から中に入れた。


 「わ、私はただ——」


 「良い、まずは飯を食べなさい」


 私は前に置かれた握り飯をゆっくり食べる。老婆はそれを見て少し強張っていた顔を緩めた。


 「——随分品のある食い方だな」


 老婆はそう言うとその場に座った。


 「娘よ。お主のその言葉は誠なのか? 月から使者が来たと言うのは」


 「——嘘じゃないです」


 「そうか。確かに、本当に欲しければこうも話し合う気で村の近くで野宿はまずしないし、なんなら寝ようとせんな」


 「——ならどうして私を!?」


 私は柵を掴む。老婆は私を見てため息を吐くと優しい手つきで頭を撫でた。

 

 「昨日聞いたと思うが数年前ここに妖の群れが襲った。その群れを率いたのが白い毛に赤い目をした大猿。だからこそ猿が人に化けた姿だと皆勘違いしておるだけだ。猿神様が来れば全て分かる。だからしばし待て。今夜には来てくださると仰せだ」


 老婆はそういうと重い腰をあげる。


 「とりあえず、納得させるには神の御前でせぬことには——」


 その時、地面が大きく揺れた。握り飯は地面に転がり、土埃が降る。


 「——っ!」


 「ツバキ様!」


 私はその揺れに耐えれず吹き飛ばされ、老婆は童に守られなんとか無事だった。ていうかこの老婆はツバキさんって言うんだ。

 私は足の痺れでこけそうになりながら立ち上がる。


 「あ、柵が壊れてる」


 檻はさっきの揺れで壊れたみたいだ。

 私は檻から出る。するとツバキさんは腰を押さえて苦し紛れに私を見た。


 「待て! どこに行く!」


 「原因を探りにです! それとここで動かないと信用してくれないでしょう」


 私を見て何か感づいたのか童は私を見ながら会釈するとツバキさんと顔を合わせた。


 「——ツバキ様。ここは許してあげてください。今この村は兵が少ないので。娘は剣を持っておりましたので腕は立つはずです。それにもし賊ではなければ助けてくださるでしょう」


 「——分かった。この子に剣を返して上げなさい」


 「御意。娘、こちらです」


 「はい!」


 私は童について行くと倉庫に案内され、そこに置かれていた勾玉を首にかけ、剣と盾を返して貰い、すぐに牢獄から出た。


 

 外に出ると村は火に包まれており、目の前では巨大な龍みたいな何かと猿にも見える大きな獣が見えた。

 隣に立つ小切童子は目が泳ぎ気が動転していた。

 とりあえず彼の名前だけ聞こう。


 「君、名前は? 私は源マカ」


 「え、あ、私は——小切童子とお呼びください」


 「小切童子。とりあえず君は村人たちの避難を。倒すのは私に任せて」


 「は、はい!」


 小切童子は動揺を隠せず足を震わせていたため手を無理やり握り共に炎の中に走り出した。

 炎の中に進むに連れ逃げ惑う人々の声が大きくな李、脂が弾ける音と焦げた臭いが鼻に付く。二人で炎の中に進むと肌が焼け爛れてもがき苦しむ人と真っ黒焦げになった死体で散乱していた。私は鼻を押さえて前に進む。


 そこにいたのは村を襲っている張本人と思われる大猿がいた。大猿の前には逃げ遅れている人々がおり、大猿はそれをまるで遊ぶかのように一人一人つまむあげると握り潰している。

 

 小切童子はやるせない顔で私を見て会釈しすると素早く離れ逃げている村人たちを追いかけて走っていった。私はそれを見届けた後村人たちとの間に入るように大猿の前に立つ。

 大猿は白い毛に赤い目をしていた。

 そして大猿は私を見た途端新しい遊び相手だと勘違いしたのか遠吠えを発したあと抱きつくかのように両腕を広げて飛びかかってきた。


 「はっ!」


 私は大猿の股下を滑ってくぐり抜けると背中に回ると巨大なウニョウニョと動く奇妙な虫が顔を出していた。

 虫は一つ目で口は見当たらない。虫は私に気づくと突然激しく暴れ始めると猿が体を反って咆哮を発した。


 私は耳を抑えたが耳鳴りが頭に響く。


 「もしかしてこの猿あの虫に操られている?」


 虫は視線を私に捕らえたまま飛びかかってきた。


 「キシャー!」


 私は前に跳ぶと虫の頭の乗る。すると虫は暴れ始めたのと同時に大猿も暴れ始めた。虫のあた頭から付け根を見ると虫は大猿と完全にくっついている。


 「くっ!」


 虫の瞼を掴みながら揺れに耐える。

 体が激しく揺れ胃の中が出そうになるのをがそれを堪え、手を離す。

 私の体は高く空に飛ばされ、大猿の頭に乗ると剣を下に向けて高くかがげた。

 

 「ふぅ……はぁっ!」


 私は力一杯大猿の頭に剣を突き刺すと大猿は叫び声をあげて暴れ始めた。


 「グァー! アァァ!」


 私は大猿から飛び降りると少し離れた。


 

 すると後ろから小切童子が弓を片手にやって来た。

 よかった。避難できたんだ。


 「みんなはどうだった?」


 「朝皆が起きていたので被害は少ないです!」


 小切童子は手に力を込めて大猿に弓を向ける。


 大猿は声を上げるのをやめると私たちを見る。背中の虫も目から涙のようなものをこぼしながらじっと見つめた。


 「ウゥぅ」


 大猿は覚えているのか呻き声を上げたまま私たちに近づかない。

 恐らく本能的に虫が私たちを恐れている。なら、殺すのであれば今しかない。

 童子は背中の虫に気づくと足を震えさせる。


 「童子、大丈夫」


 「あの、マカ殿。あの背中の虫はなんですか?」


 「多分この猿を操っている。狙うのは猿じゃなくてあの虫。良い?」


 「——はい。幼い頃からの特技です。お任せを」


 「じゃ、援護お願い」


 私は剣を構えて大猿に向かって走る。大猿もそれに合わせるかのように走り出した次の瞬間頭の上を矢が風を切る音を出しながら進み、虫の目に命中した。

 虫が苦しそうに悶えると大猿も似たようにその場で苦しみ始めた。

 大猿は怒りに任せて至る所を地面を大きな手で叩く。


 「ウガァー!」


 私は高く跳んで大猿の手に乗り、肩の上に乗ると剣を骨の間に突き刺し全体重をかけて肩の関節を外した。

 すると背中の虫は叫び声をあげて体勢を崩して倒れた。

 私がすぐに飛び降りて地面に着地すると虫はこの体を捨て肉を引きちぎる音を立てながら大猿から離れると回り込んで蛇のような動きで私を体で囲む。



 虫は鳴き声を出しながら私を睨む。


 「カカカカカ」


 すると虫の目がぽろりと落ちて、目があった穴には歯がびっしりとありまるで口のようになっていた。


 「嘘でしょ……」


 「マカ様!」


 小切童子の声がしたと思えば童子は虫の体の上に乗り、手に持っていた瓢箪の蓋を開けると虫の穴の中に放り込んだ。

 虫は獲物が来たと勘違いしそれをすぐに喰らうとすぐに苦しみ始めた。



 「ウガァァァ!」


 虫は頭が痛くなる叫び声を発した後体の隙間や穴から大量の緑の血を流しながらもがき苦しみ始めた。

 私は顔についた返り血を拭うと虫の頭に近づき切り落とすと止めで剣を突き刺した。それからしばらく動いたがやがて動かなくなった。


 私は返り血を浴びて服や顔が緑色となっている小切童子を見る。多分私に似たようなことになっているだろう。



 「よくやったわね」


 「は、はい!」


 小切童子は嬉しかったのか、仇を取れたのかやり切った顔になると虫の死骸の体から降りて私に向かって走ってきた。

 小切童子が私の前に来た瞬間、突如として強風が吹き荒れ村中の火が次々と消えていき気づけば先ほどの光景が嘘であったかのように黒く焼けた家屋が散乱しているだけだった。


 「マカ殿後ろから大猿が!」 


 振り返るとさっきの猿とはひとまわり小柄で白い毛に赤い真子を持った猿が穏やかな顔で私を見ていた。

 猿は私を見ると嬉しそうに微笑む。


 「見事だな」


  私は息を整えていると童子は咄嗟に平伏した。


 「ようこそお越しくださいました猿神様」


 この猿がどうやらこの村が祀る猿神様のようだ。


 ——————。


 同時から聞いたところ猿はここ小切谷村の方々が崇めていた猿神で。先ほど私と小切童子が倒した大猿の行方を追っていたらしい。

 

 猿神は同時を少し見た後ゆっくりと顔をあげると私を見た。


 「お前の名前は何だ?」


 「私は源マカと言います」


 「ふむ。良い名だな。古に我を家族としてくれた者と似ている」


 「そ、そうですかね」


 猿神は優しく私の頭を撫でた。


 「で、お前が猿神と戦ったのか?」


 「え、はい。——えっと猿神はあなたでは?」


 「——ふっ、ふふふ……」


 猿の口から笑い声が漏れ、それは次第に大きくなると手足を叩いて笑い始めた。

 

「え?」


 「フハハハハ! 面白いぞ小娘共! 猿神とも知らずに果敢に立ち向かうとは! あれはかつては猿神と呼ばれた者だ。数年前神の獣に取り憑く虫によって死んだと分かって地下深くに封じたが逃げられるとは数年前と同じことをしてしまった。幸にしてこの辺りは人を狙う妖怪が少なくてよかった」


 猿は私の背中を叩く。


 「苦労をかけたな小娘たち」


 猿の言葉に小切童子は安心したのか声を漏らす。


 「——とういうことは数年前この村を襲撃したというのは先ほど倒した大猿——昔の猿神様ということですか。で、その猿神様は虫に操られていたと」


 「うむ。そうである」


 猿神は嬉しそうに頷くと小切童子の髪をくしゃくしゃに撫でた。

 小切童子は嫌がっている顔をするが受け入れる。

 ということは私の無罪であることが証明できたと言うわけか。とりあえず恩人——猿神様のお名前だけでも聞こう。


 「あの! あなたの名前はなんと申すのでしょうか?」


 猿神様は私を見てゆっくり口に出していった。


 「我が名は猿岳命サルタケノミコト。お前たちが倒した猿神の跡を継いだ、猿の妖よ。この村には千年も昔から世話になっている」


 「なるほど。サルタケノミコト様でしたか」


 すると後ろから小走りでツバキさんとその後ろからは逃げ延びた村人たちが走ってきた。ツバキさんはサルタケノミコトの前に来るとすぐに平伏した。


 「あぁ、猿神様。こちらに来られましたか」


 「うむ。昔の猿神が逃げたため捕らえに来たらこの子らが先に倒していた。労ってやれ」


 「ははっ」

 

 ツバキさんは深く平伏し、気づけば小切童子も平伏していた。あ、これ私もしたほうがいいのかな?

 続けて平伏しようとすると突然サルタケノミコトは不機嫌そうに唸った。


 「お前はするな。お前は顔を上げろ」


 「え、はい」


 どうして不機嫌そうなんだろう。

 サルタケノミコトはツバキさんを見る。


 「長老よ。お前の娘は我が棲家にいる。辱めを受けた身を恥とし村に帰らないことを選んだのだが、来年には帰るそうだ」


 「——そ、そうなのですか」


 ツバキさんはよく理解できなかったのかほんの少しだけの間固まるが、サルタケノミコトは話を続けた。


 「お前の娘、クサヨリは数人の子供を産んだ。その際母親であるお前に我が子を見せたいと我に告げ、だが辱めを受けたものが村にいていいのかが分からなかったようだ。長老、どうだ?」


 猿神の言葉を聞くとツバキさんは涙を流しながら頷き始めた。


 「もちろん構いませぬ。娘が、娘が生きていただけでも嬉しいので……っ!」


 ツバキさんの言葉を聞いたサルタケノミコトはただ静かに穏やかな目で頷いていた。周りを見ると村人たちが私とツバキさん、小切童子を囲うようにして集まると猿神に気づき平伏した。


 その後ツバキさんがサルタケノミコトに経緯を話した。サルタケノミコトは少し考えた後私に指を差した。

 

 「長老よ。この娘、赤色の勾玉を持っていなかったか?」


 ツバキさんは驚いた顔をすると後ろで平伏していた男衆を見る。


 「おい、持っていただろ?」


 男衆はその言葉にすぐに頷くと一人が大慌てでどこかに走っていく。それから少しして男は大慌てで大切に両手で包み込むように私が狛村の祠で手に入れた赤い勾玉を持ってきた。

 サルタケノミコトは男から勾玉を受け取ると私に返した。


 「長老、そして村人たちよ。この娘が持っている勾玉は源氏の一族した持たぬと知っておるだろう。持ち出すのも源氏しか取れるところにある。娘、その勾玉から何か感じるか?」


 「——ほんのり温かいです」


 私の言葉にサルタケノミコトはどこか嬉しそうに私の頭を撫でた。


 「良いか。この子は源氏のものだ。この猿神が宣言する」


 サルタケノミコトの言葉に小切谷村の方々はゆっくりと平伏した。

 あれから村人からお詫びの言葉を言われたが、私が気にしていないというと安堵の顔をした。そんな時サルタケノミコトは私に指先をゆっくり近づけると胸に触れた。


 「え?」


 私とその隣にいるツバキさんも困惑する。一度後ろに下がるとサルタケノミコトは少し悲しそうな顔をした。


 「つい思い出してしまった。千年前、幼き我をずっと抱きしめてくれて母代わりに育ててくれた源ちゅらを。ちゅらは六十歳になるまで会いにきてくれたが、以降は来なかった」


 「——そ、そうですか」


 「村を守るのもちゅらとの約束だったが、来なくなってからやる気が失せていた。だが、もう一度頑張る」


 サルタケノミコトはそういうと少し微笑むと、後ろを向き森の中に入っていった。

 私はそれをツバキさんと見届けた後、ツバキさんは私の方に手を置いた。


 「マカよ。もしかしたらお前はそのちゅらと似ておられたのであろう。猿神様が笑う姿は初めて見た」


 ——ひょっとしたらサルタケノミコトはずっと寂しかったのだろう。

 私の脳裏には森に帰る少し嬉しそうな足取りのサルタケノミコトの姿が焼きついた。



 サルタケノミコトが帰った後、私は男衆からボロボロになった私の着物に代わる新しい着物を受け取った。一応都に行った妹が来ていたものみたいでありがたくそれに着替える。

  この日は猿神のサルタケノミコトは送ってきた猿と村人たちと協力し春の用意をしつつ再建にほんの少し手伝った。

 翌日、私は天河村に向かうことにした。


 村はまだ家とか畑が全然元通りになっていたかったけど、ツバキさんがあとはなんとかできると言ったため、今日でこの村とはおさらばだ。

 村の入り口に向かうと後ろから村人たちがついてきて手を振ってきた。よくみるとツバキさんは少し微笑んでいた。


 ツバキさんとはあの後お互い自己紹介をして何度か話し合ったが、とりあえずいい人なのはわかった。

 村のため、娘のためならどんな手でも使うとても過保護なんだろう。だとしたら私にしたことも許し他ない。


 そして門に着いた後飾ってある蟲神の頭が目に入る。

 私が足を止めてみると二人は足を止めて私を見て「どうしたんだ?」と口にした。


 「えぇ、あの頭は蟲神のものですよね?」


 「あぁ、そうだな。、前の新月の日に突然やってきてな。小切童子が倒したのじゃ」


 「へぇ、凄いですね。見た感じ視力を奪ってから首を切り落とした感じですか?」


 「いや、最初から目は見えておらんかったようで切るのは容易かったのよの? 童子よ」


 「はい。とても容易でございまいました」


 「へぇ〜。——うん?」


 目が見えない蟲神。何だろう既視感が。


 「飛んできた方向は確か北の狛村——」


 私は咄嗟に頭の中に見覚えのある光景が現れた。確実にバッタは確実に私が追い払ったやつだ。よし黙っておこう。

 そして門を出る時ツバキさんから勾玉を渡された。特に変哲もない勾玉を。


 「これは?」


 「これが我が村の秘宝だ。古の時代に恐らくお前の祖先から受け取ったもの。お前が末裔なら別に問題なかろうと村で話し合って出た結果だ」


 「——ありがとうございます」


 「それともう一つはこの毛皮を持っていきなさい」


 「これは?」


 「お前が倒した古の猿神様の毛皮だ。サルタケノミコト様が清めてくださったおかげで穢れを払うものとなっておる。持っておれば何かいいことがあるはずだ」


 「なるほど。大切に使いますね」


 私は勾玉を大切に懐に入れ、毛皮を腰に巻いた後軽く手を振り村を後にした。


 「——進もう」


 私は次の勾玉がある場所、天河村へと向かった。

 この日の月は満月から少し欠けていた。天人が来るのは次の満月だから急がないと。

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