第3話 泣き虫
「いたたた……。別に放り投げなくても良いじゃない」
私はお尻を擦り、ゆっくり立ち上がった。
私は今いる場所を見渡す。あたり一面はぼんやりと輝いており、壁や地面は石で出来て洞穴と何ら変わりがない。
けど、一部壁にある模様や床に敷き詰められた石はどう見ても明らか人によって作られたものだ。
私は目の前に続いている坂を下る。
坂を下りると広大な空間が広がっていた。その空間には一回り大きい蜘蛛妖怪カブラギが二体徘徊している。
私は気づかれる前に剣を抜き、まず近くを徘徊しているカブラギの頭を踏み潰すともう一体のカブラギの頭に剣を突き刺して絶命させた。
「ふぅ……」
私は周りを見渡す。
「この部屋には私が入ってきた道の他に鍵が掛かった扉が一つか」
私は鍵が掛かった扉に近づき、取っ手についている鍵穴に触れる。多分これは鍵は先がでこぼこした針でないと開かない奴だ。
「でも一体どこに?」
私は髪を揉みクシャにする。
私は自分一人では何もできない。こんな時ぐらいどうしてつまづくの?
「けど、そうしないとカグヤを救えない。もしこの状況お兄ちゃんならどうするの?」
私の体が憤怒で熱くなった。
葛藤した私はカブラギから剣を引き抜き、何度も腹を突き刺した。
「私はただカグヤと普通に過ごしていただけなのに! どうしてこんな目に! 本当は怖いところなんて行きたくない。痛い思いをしたくなんかない。でもカグヤは何も悪くないの。ナビィさんも悪くない。悪くない! みんな、私が悪いんだ。私がお兄ちゃんの真似事ばっかりしてるから、神様が怒ったんだ!」
私の衣はカブラギの血で緑色に染まり、異臭があたりに充満した。
「臭っ」
カブラギの体液の匂いで一旦冷静になる。
こんなことをしても意味がないのは分かるけど、分かるけど今日1日で天人と呼ばれるものに襲われて、そしたらカグヤから私と過ごした記憶が消えて、挙句にいきなりきたナビィさんに文句を言われる。
正直言って私は今心が壊れる直前なのかもしれない。
私はカブラギの腹から剣を抜く。
その時、カブラギの腹で何かが光っていた。
「これは……?」
私はカブラギの腹に手を入れてその光るナニカを取り出した。
それは針状で、先がでこぼこしていた。
「あ、これ鍵だ! ——ひゃっ!」
後ろからカランコロンと無機質な音が響き渡る。
うっかり変な声で驚いちゃった。
後ろを向くと足元に勾玉が青白く輝いていた。勾玉には首に掛けられるよう紐がついている。
私は勾玉を拾い、顔の近くに持ってきて観察した。すると勾玉にぼんやりと半透明な不思議な文様な浮かび上がった。
『受け取って』
勾玉からここにいないはずのカグヤの声が辺りに響き渡った。
気づけばつい苦笑いをしてしまいたい気持ちになる。
「私って馬鹿なのかな。カグヤの声が今聞こえるわけなんて無いのに」
『これは幻聴じゃない。だから安心して』
「え?」
そのカグヤの声は確かに勾玉から発せられていた。
『拾ってくれてありがとう』
カグヤは優しい声でそういった。
どうしてこの勾玉を?
『貴女は私を守ってくれるって言ってくれた。でもそれだと私は貴女に何もしてあげられない。だから貴女を助けたかったの』
「助けたかった……?」
そんなはずがない。見ず知らずの人をそう簡単に救うことなんて出来るの?
カグヤは続けて話す。
『うん。何故かそうすると恩返しをしている感じがして気持ちいの。恩は恩で返すと言うように、助けてくれるのなら私は貴女の心を助けてあげたい』
『だ、そうですよ』
「ナビィさん?」
カグヤが話し終えた瞬間にナビィさんの声が割入ってくる。
『カグヤさんは貴女を助けようと自分から私に言ったんです』
「カグヤが?」
『貴女が守りたいって言ったんでしょう? もし貴女に勇き(タケキ)心があるのなら、剣を握って前に進みなさい』
「あー分かりました」
私は鍵を勾玉の前に持ってきた。
「けど見てください。鍵、見つけましたよ」
『——すごいですね』
ナビィさんの声が先程の感情がこもったものから淡白であしらうような声に変わった。
「……」
『なーんて。冗談です。もしかしてですがその鍵、臓物に入ってましたよね』
「え、はい」
ナビィさんは元の優しい言葉に戻り、声から見てナビィさんは純粋に褒めているように聞こえた。
『こういう祠や遺跡では妖怪が食っているのでそれが正しいです。ですが、時には猛毒を持つ妖怪の腹からは取り出さないように』
「ふふっ、分かりました」
不思議と笑みが溢れた。これは孤独感から解放されたからか、もしくはナビィさんへの変な誤解が解けたのかはわからないけど、ただ、分かるのは嫌ではないということ。
『それではマカさん。引き続き先に進んでください』
「質問ですがその霊力は物体ですか?」
『姿があるかないということですか? それならありません。が、それを宿しているモノはあるはずです』
「宿しているもの……」
霊力は森羅万象に宿る。どれに宿っているかは分かるはずがない。
『とにかく、奥にあるはずです。聞いた話によると勾玉です』
「分かりました」
私はそう一言で返事をし、奥に進んでいった。
先に進んだ先はおびただしい数の大中小を問わないカブラギが襲いかかり、体がズタボロだ。
身体中がカブラギの体液で異臭を放ち、カブラギの糸がベタベタと体に張り付いていて気持ちわるい。
そんな不愉快感を抱きながら先に進むと巨大な空間があった。
その空間の天井には巨大な穴がカッと開き、天井の穴の奥を見るとねちゃねちゃと音を出し続け、激しくうごめいている虫のものと思われる卵がぶら下がっていた。
「気持ちわる……」
私は天井の穴を避けてあたりを見渡す。
この巨大な空間にあるのはただ天井の真下にある一見私に見える石像。
私はぶら下がっている卵が落ちてこないように恐る恐る石像に近づく。
石像には古くボロボロな甲冑が身につけられ、手には本物の弓を持っていた。
「この石像笑ってる?」
私は石像に顔を覗き込む。
石像はどこか目はおぼろけで口だけが微笑んでいた。
「——不気味」
私は弓を取る。
弓があるのなら矢を入れる……そう矢筒だ。
私は石像の周りを回る。そして運よく石像の腰に矢筒がついているのを見つけ、矢筒を石像からいただき、自分の腰につけた。
すると首に掛けてあるナビィの勾玉が暖かくなる。
『これは古の勇者の像……。ですね』
「ナビィさん?」
勾玉からナビィさんの声が聞こえた。
『この勇者は大勇源明美神(オホタケミナノカミ)。民の間では源ちゅらと呼ばれているものです』
「源……ということは私の祖先?」
『まぁ、とりあえずそんな所です』
「あ、だったらこの弓は返した方が」
『大丈夫ですよ。とても優しいと言い伝えられておりますので』
「そうですか、ではそのまま貰いますね」
ナビィさんは『それはさておき』と息を吐きながら言う。
『早いとこここから離れた方が良さそうです』
私はナビィさんの言葉に従い、この場を後にした。
——————。
————。
——。
それから奥に進み続ける。
その間にナビィさんから祠について聞いた。
この祠は大昔に太平の剣を祀っていたのをちゅらが抜き、その後祀る場所をあの廃墟となった石造りの神社に移したのだ。
「だとするとこの祠はもう意味がないんじゃないのですか?」
私はナビィさんに愚痴を言う。
だってかれこれ何刻もここを探索して見つけたのは埴輪、土器や楽器などの祭事に使うものだけだ。
そして中に徘徊している妖怪はオホイモリ妖怪とカブラキと、なぜそこにあるかはわからない変な服を着た骸骨が襲ってくるとかだ。
しかし、ナビィさんは冷静に分析した。
『そんなはずはありません。剣を抜いた後もここに人が来ているのですから』
「だとしても周りを見てください。蜘蛛の糸だらけですよ。多分これ食われてません?」
『あ、確かに』
ナビィさんは間抜けな声を出す。
ナビィさんの声のせいで足から力が抜けそうになった。
「あのですねー」
『とにかく! お腹が空いてきているだろうと思うので目の前にある大き扉の先を見た後一度戻って話し合いましょう』
私はナビィさんの言葉に従って扉の先に進んだ。
扉の先の空間は石像が鎮座してあったのと同じかまたは少し大きいぐらいの広さを誇る。
違うと言えば中央にぽっかりと穴があった。
さらに目の前には天井にぶら下がっていた卵。
要するに卵がぶら下がっていた場所にいつの間にかきていたのだ。
あたりを見渡してもこの卵以外目立つものがにない。
とりあえずこの卵とても目障りだから破壊しよう。
私は卵に剣を突き刺す。
すると卵から黒い液体が飛び出した。
私は咄嗟に除ける。
黒い液体からはまるで獣が腐った時の臭いが鼻をついた。
「変な臭い」
すると後ろから巨大な何かがこちらに迫って来る音が徐々に大きくなってきた。
「——!」
私は盾を構えて扉の方に振り返り、攻撃に備える。
『上!』
カグヤの声が耳を叩く。
上から巨大なカブラキが降ってきた。
カブラキは口から炎を吐き、上を向くと大きな声を上げた。それはまるで赤子の鳴き声みたいな高い声で。
けど、おかしい。カブラキは火を吹かないはず。
『カグヤさん、いきなり取り上げないでください!』
勾玉からは揉めてる声で役に立ちそうにない。
「——!」
オオカブラは私目掛けて火を吹く。
その時カグヤが『下に逃げて!』と初めて大きな声で叫ぶ。
私の体はその声に反応して、卵の下を姿勢を低くしながら滑って潜り、下の階に続く穴の中に飛び降りた。
なんとか着地した後、私は天井からぶら下がった卵を見る。
そしてそれに合わせる様にして巨大なカブラギ——通称オオカブラも下の回に降りて、私の目の前に立つ。
私は剣を抜く。
次の瞬間オオカブラは額を赤く光らせたと途端火を吹き、私目掛けて突進してきた。
私はすぐに走って逃れるも、オオカブラはすぐに私の方向に向き直り蜘蛛の糸を吐き地面に捲く。
「しつこい!」
私は蜘蛛の糸に触れないように跳んで避けるがオオカブラは正確に私目掛けて糸を吐く。
「一体どうしたら……」
するとオオカブラの額が赤く光る。
『マカさん! あの額から霊力を感じます。どうにかあの額を攻撃してください!』
「額……蜘蛛の糸そうか!」
私は肩に掛けていた弓を取り出すと矢筒から矢を一本取り出すと額目掛けて放った。オオカブラは額が光っている間は動けないのか呆気なく私の矢が額に当たる。すると額から赤い炎が吹き上がった。
続けて私は壁を蹴り、空中で体を回転させて矢を再び構えるともう一発頭に当てる。
オオカブラは悲痛な声をあげる。
「シャァー!」
地面に着地するとあたり一面に広がっていた糸が突如燃え盛る。
「なっ!」
「キシャー!」
私はオオカブラを見る。オオカブラは顔の半分が吹き飛んでいるものの辛うじて私を視線から逃していない。
ほんと、しつこい。
「——!」
しまった蜘蛛の糸が!
「シャー!」
オオカブラは私目掛けて突進し、私は避けることも出来ずに吹き飛ばされると壁にぶつかる。
激しい痛みとともに口内が血の味でいっぱいになる。
「しまった、剣が……」
ぼんやりとする視界で剣が遠くに飛ばされている。だめ、体が……。
オオカブラの唾液が顔に掛かる。
こんな強い妖怪となんって、戦ったことない——。
「ここにいたぞ! タキモト殿!」
「任された!」
タキ……モト?
オオカブラは瞬きを間もなく体がバラバラになるとそのまま肉塊となって崩れ落ちた。気づけば私は誰かに持ち上げられる。
まだ視界がぼんやりとしているけど、この暖かさ……。
「タキモト、師匠?」
「全く、世話の掛ける弟子だ。源氏の風上にもおけんな」
どうやら私を助けにきてくれたのは、師匠であり私の心に大きな傷を負わせた老人——タキモト師匠だった。
私は師匠の言葉を最後に意識を失った。
————。
えっと、私は何をしていたんだっけ? 目を開けるとそこは私の家ではなかった。むしろ幼い頃、兄がまだいた時一人でよく遊びにきていたイナメさんの家に似ていた。
それにしても足が動かない——。
足を見るとその原因は分かった。なぜならそこにいたのは私の足を枕にカグヤが眠っていたからだ。
「目が覚めたんですね」
「ナビィさん——わっ!」
声をした方に向けると予想以上に近くにいた。ナビィさんは安心したのか私の手を握る。
「貴女の傷、カグヤさんの涙に触れた途端ゆっくりとですが塞がりました。跡も残っていない様で安心です。あと手、ひどい火傷なのに痛くなかったのですか」
「あ、確かに痛みがない……。手は……いたたた」
怪我が治っているはずなのに痛みだけを思い出して右手を抑える。
それにしても涙で傷が癒えるなんて、カグヤは一体何者なんだろう? 天人はカグヤを知っていた。もしかしたら本当にカグヤには何かしら事情があるのかも知れない。
「入るぞ」
突然襖が開けられたと思えば寝起きなのかイナメさんが不機嫌そうに入ってきた。そしてそれに続くようにタキモト師匠も入ってくる。
二人はその場に座ると腕を組んで私を見た。
「とりあえず、細かい事情はそこのナビィとやらに聞いたよ」
イナメさんはナビィさんを見ながらそういう。
「え、それによれば天人に襲われ狛主神社に立て篭もった後祠に入って大怪我。全く何をしているんだ」
「——ごめんなさい」
「謝れば済む問題ではない。お前はただせさえ弱い。今までの源氏一族の中でも一番弱い。そんなお前がどうして祠に入ったのだ」
「私じゃなくて……ナビィさんが」
「人のせいにするのか? お主は源氏の女であるが立派な源氏一族の一人じゃ!」
イナメさんは床を叩き、私を叱る。するとタキモト師匠はイナメさんを宥める。
タキモト師匠は怒りを隠しているのが分かるほど眉間を震わせていた。
「とりあえずマカ。お主、四年前に某の稽古へ参加するのを辞めたな。一度家に某が来た際大きな声でなんといった?」
「——あなたの稽古なんていらないと言いました」
「で、どうだ? 負けただろ。当たり前だ。お主の剣術は全て稚拙。蛙人は槍しか使わないからわからんが、某ぐらいになれば分かる。誰かの真似事ばかりでは適当に赤子が木の枝を振り回して喜んでいるのとなんら変わりがない。むしろ赤子のほうが剣を扱える」
「わ、私だって努力した! 私は必死に剣術を学んだ! だけど、叱るばかりで何も教えてくれない! 最初からそうだ! みんな私はなんでもできるって! 出来るわけないじゃない!」
「馬鹿なことを言うな。その基礎は教えていたはずだ。なのに知らない、覚えてないと言われて舐めているのか?」
「——っ! そうやって貴方はずっと私のことを理解してくれない。そんなのだったらもう私に構わないで!」
「違う、待て!」
私は立ち上がるとタキモト師匠を無視してカグヤを起こさないように布団から出て今いるイナメさんの家から出て行った。
それから私は自身の家に向かって森の中をただひたすら歩く。
剣術なんて分かりっこない。みんなが言う私は全部お兄ちゃんの成果。私の成果じゃない。なのになんで昔はできたのにって言われなきゃいけないの!?
必死に努力だってした、剣術を思い出せって言われてお兄ちゃんの剣術を見様見真似でやった。だけど基礎なんて知らないし、聞いても教えてくれなかった!
あれ、目元が温かい……私、泣いているの?
「て、なんで泣いてるのよ私……? バカ、泣いたらダメでしょ? 泣いたらだめなんだ!」
私は顔を殴る。
私はずっと一人でやってきた。一人でやってきたんだ。泣いたらいけない。絶対ダメなんだ。
私はヒリヒリする右頬を触る。
もう嫌だよ、誰も私なんて見ない。みんな本当の私なんて見てくれない。本当の私はすでに四年前に死んでいるんだ。今の私はお兄ちゃんの代わり。
「う、うぅ… …」
私は記憶の片隅に残された、イナメさんとタキモト師匠の姿を思い出す。
優しかった師匠、優しかったイナメさん。
この二人はお兄ちゃんが消えて私が助けを求めた際信じてくれず、お兄ちゃんの変わりが私となったと理解できたのは本当にすぐだ。
そう、タキモト師匠に叩かれた時だ。今まで叩かず、優しかったタキモト師匠が殴ってきたその時『甘えるな、お前は源氏の跡取りだ』と言われたときでようやく理解できた。
私は源氏の跡取りじゃないのにそう言われると言うことは、兄がこの世界から消えたんだと実感してしまった体。
「もう嫌だ! 死にたい! 死にたい死にたい! 全部大嫌い! みんな大嫌い! 誰も私なんて見てくれない、私なんてもうどうでもいいんだ!」
私は木を殴る。何度も、何度も殴る。
すると林をかき分ける音が後ろから聞こえてきた。
「おぉ〜。こんだけ荒れてると荒ぶる神は怒りじゃなくて恐怖で荒ぶれそうだね?」
「——誰よ?」
振り返るとそこには短い赤毛の少女だった。彼女は腰に短剣を携え両手には剣を抱えて私をじっくり見ていた。
少女は胸に手を置き、私を見て微笑んだ。
「ボクの名前はツムグ。ただの旅人さ。君は源マカだね?」
「なんで私のことを知っているの?」
私はツムグと名乗る少女を見る。敵はないみたいだけど一応身構えておくほうが良いだろう。
「そんなことはどうでも良いでしょう? まぁ、ボクには神様のお声が聞こえるからここに行ったら君に会えると言われたんだよ。これで信じてくれる?」
「——」
だめだ。これ以上喋ればこの場を持っていかれそうになりそうで怖い。でもなぜ今来たのかが分からない。こんな夜中でこの村にバレずに侵入しているなんて盗賊しかありえない。
だけど盗賊にしてはツムグさんの服装は質素すぎるし裾が短いから太ももが見えてる。どう見ても怪我をしやすい格好だ。
私も人のこと言えないけど。
「分かった信じる。でも、説明は早くして」
「分かった分かったよ。まず君にこの剣を届けに来たの。神様が渡しに行けって」
ツムグさんはそう言うと持っていた剣を渡す。私はそれを両手で受け取るとどこか懐かしい匂いがした。
「この剣は?」
「翡翠の剣。遠い昔に鬼が作ったとされる剣だよ。君も知っていると思うけど」
「——知らない」
「そっか〜」
ツムグさんはあからさまに残念そうな顔をする。そして私を見てニヤリと笑った。
「じゃ、ボクはこの剣を届けに来ただけだから帰るね。君も、早く帰りな」
「帰りたくない」
「どうして?」
ツムグさんは驚きの顔を見せると私に近づいた。
何よ、来ないで。
「——君、もしかして人を怖がっている? その顔は昔嫌なことをされて心を失った人の顔だ。ずっと泣きそうな顔で肩に力が入り続けている」
ツムグさんは私の顔に向かって手を伸ばした。
「来ないで!」
私はツムグさんから受け取った剣を向ける。しかし、ツムグさんは怯えず私の手を優しく包んだ。さらに何をとち狂ったのか刃を自分の首にくっつけた。
「斬れる?」
「——」
「ほら、斬ってごらん。——なーんだ。手が震えてる」
「ふ、震えてないっ」
「嘘はダメだよ」
ツムグさんはそういうと私から離れる。
一体、なんなの? この人は何がしたいの?
「なるほどね。君は一度人に裏切られたけど、もう一度信じたいと願っている。だったら話してごらんよ。本音をね」
ツムグさんは少しづつ後ろに下がり、下がって深淵の中に入っていく。
「怯えてばかりで何もしない姿は滑稽だよ。生きている間は幸せに。そう……幸せに。その言葉、信じて」
ツムグさんはそれを最後に深淵の奥に姿を消した。私は剣を下ろす。
「おーい! マカどこにおる!」
「イナメさん?」
振り返ると明かりの列が見える。もしかしたら探しに来たのかな。
会うのが怖い。会って何かが言われるのが怖い……。
「ここにいたのか」
葛藤しているうちに、明かりの列は私を見つけとり囲んだ。顔を上げると松明を持ったイナメさんと、村の人たちが私を見て安堵の息を漏らした。
「全く、心配かけさせおって」
イナメさんは私を見るとホット安堵の息を漏らし、それ以上は何も言わず優しく抱きしめてくれた。
どうして?
「お主は血は繋がっておらんがワシの大事な孫娘だ。もうこんな体に悪いことはやめておくれ」
「——あっ」
私の杞憂だったんだ。
私が勝手にあの日からイナメさんを恐れて避け続けていた。タキモト師匠も含めて。
あれ? 目元が熱い……。
「——すまんかったな。ワシも言い過ぎた。そうだな、お前はもう大人だ」
「わ、私こそ、ごめんなさい」
気づけば私は泣いていた。それも四年分。イナメさんは私に何も言わず泣き止むまで抱きしめて頭を優しく撫でてくれた。
イナメさんも怖かったんだ。私はイナメさんをあの日から他人と思っていたけど、イナメさんは私を孫娘としてずっと見てくれていた。だからによくあの日からも私に話しかけてくれたんだ。
それもそうだ。イナメさんはお兄ちゃんのことなんて知っているはずがない。知っているのは私だけなんだから。
それからしばらく泣いた後、一人の村人がイナメさんに近づくと気を遣っているのか一瞬だけ私を見ると軽く頭を下げてイナメさんに話しかけた。
「あの、そろそろ戻りませんと。みなさん待ってますよ」
「あぁ、そうだな」
「待っているって何?」
するとイナメさんは私を見た。
「天人の件だ。ほれ、戻るぞ」
「——はい」
私はイナメさんの後ろに続いて徳田神社に戻っていった。
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