最後通告 天女の調べ

皐月

一章 天人襲来

第1話 心が無い少女

 明け方の薄暗い森の中。秋風を肌に感じながら私は長い黒髪を左右に揺らしながら歩いていた。

 この森は狛神の森と呼ばれ、薄暗く不気味だけど不思議と心が安らぐ。

 私は兄、源ゼロの着物の袖を引っ張りながら足場が悪い道を歩く。

 この森は深い霧に覆われているため、入ってくる者はあまりいない。

 そんな時兄は寝起きで不機嫌そうな顔で私の隣であくびをした。


「……お兄ちゃんは寝坊ばかりするんだから」


「しょうがないだろう。お前の寝相が酷すぎて寝られなかったんだから」


兄は頭を掻きながら文句を垂れる。けどその顔には申し訳の無さのかけらが無い。

私はため息をついて兄自慢の銀髪を掴む。


「このアホ!」


私は兄の耳元で怒鳴ってやった。


兄は一瞬優しい笑みを浮かべた後、かなり手加減したであろうゲンコツを頭に食らった。とても痛い。


さて、私と兄がこの森に入るのはこの奥にある神社を見に行くためだ。兄が話すに神社は遠い昔からあるが、ずっと放置しているためボロボロらしい。

兄は小さい頃から神社に立ち寄っているけど、私は今回が初めてだ。


 私は兄が話してくれた後、少し気になって質問した。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。どうして神社を直さないの? ボロボロだったら神様がかわいそうだよ」


「そんなことはない。古の時代では丁寧に祀っていたが、徳田神社ができた後は森そのものが神となり、奥にある神社はありのままにすることになったんだ」


「——絶対この家。いつか神に祟られる気がしてならないんだけど」


しばらく歩くと苔に覆われ、光に照らされた石の柱を見つけた。その光景はどこか幻想的で同時に寂しさを感じる。


「これがお前が目にしたかった狛主神社だ」


「私が見たかった神社……」


神社自体はほとんど原型を留めておらず、崩れたのはだいぶ昔であろう。石の柱には苔が多い茂っており触ったらすぐに崩れそう。

私はその神社に指をさす。


「お兄ちゃん。本当にあれ?」


「あぁ。これがずっとお前が行きたがっていた神社だ」


「でもこれ廃墟としか思えないんだけど」

 

 すると再び風が神社に誘われるかのように境内に入る。


 「——またか……」


 お兄ちゃんは全速力で勝手に一人で入っていく。

 え、なんで!?


 「ちょっとお兄ちゃん!!」


 私も兄に続いて中に入った。

 中は悠久の間雨にさらされ続けていたためか草木が生い茂っている。

その奥には錆びた剣が台座に突き刺さっていた。


 お兄ちゃんは顔を青白くしながら剣を見つめる。


「お兄ちゃんあれは?」


「——また声」


 お兄ちゃんはあたりを見渡し始めた。

 急にどうしたんだろう。


「声って? 私の耳には入ってこないけど」


「―――!」


「お兄ちゃん!?」


お兄ちゃんは突然剣の元に走り出した。そして剣に触れる。次の瞬間辺りの風が強くなった。


「ちょっとそれ触っても大丈夫なの?」


私は暴風の中を歩きお兄ちゃんにゆっくり近づく。すると突如地面が揺れ始めた。


「きゃっ!」

 

 私はその場に倒れ、手足を地面につける。

 顔を上げると地面からは五本の触手が生え、兄を包んだ。


「お兄ちゃん!」


私は触手を掴むがびくともしない。むしろを徐々に縮んでいる。

だめ、中にお兄ちゃんがいるのに!


『——剣は深き闇に沈む。源氏の勇者と共に』


触手の中から女性の声が? どう見てもお兄ちゃんの声じゃない……。それにあの憤怒に溺れた女性の声は?


やがて触手は球となり、最後は徐々に小さくなり光の粒となって消えた。剣と、兄とともに。


「お兄……ちゃん?」


そんな私を見てか、周りの草木が嘲笑うかのように音を鳴らした。


————。


 「マカ殿!」


 「ん、あぁ……」


 私が目が開けると目の前に2本の足で立つ蛙が槍を持ちながら声を発した。辺りを見渡すとどうやら森に入って疲れて木の根を枕に寝てしまっていたようだ。空を見ればほんのわずかに明るい。

 あ、もう朝か。

 私は蛙——いや、蛙人と呼ばれる者たちの一人、アマさんに視線を合わせた。


 「ごめんなさい、寝てました」


 「いえいえ! 昨晩からここで見張りをしていたらそれはお疲れですので! さて、もう大丈夫ですか?」


 「はい。では行きますか」


 私はアマの手を借りて立ち上がると森の奥に進んでいった。

 

——あれから約四年の歳月が経ち、私は14歳となった。私はかつて兄がしていたことの真似事を四年間続けた。

もちろんそれだけではダメなため、偶然山奥で出会ったアマさんに剣術について教わった。


本当の師匠はいるけど……あの人とは正直近づきたくない

そして今、私が住んでいる狛村にある徳田神社のイナメさんと蛙人の取り持ちとして蟲神退治に向かっているところだ。

 鬱蒼とする山の中、乾いた枯葉が擦れ合う音が響く。私はアマの後に続いて山を登る。


 早朝。まだ薄暗い時間帯に私を案内するアマは見た目がそのまま蛙で人らしい要素は全くない。あるとすれば二つの足で歩いている点だけ。

 やがてアマさんはしばらく私を案内した後声を殺し、ある場所を指差した。


 私は剣を握る。


 地鳴りと共に大きな怪物が地面を突き破るように声を発しながら出てきた。その怪物こそが秋になって田畑を襲う蟲神だ。

 私の目の前にいる蟲神は姿形は蝗そのものだが、大きさは私や周囲の木より遥かに大きい。

 蟲神は私に気づくと悍ましい顔をゆっくり動かし私にを見る。そして口をクパァと広げると人に似た歯がびっしりと生えそろっている。

 次の瞬間蟲神は私に噛み付かんとばかりに飛びかかってきた。


「はっ——!」


私は剣を構えると横に飛んだ後咄嗟に蟲神の眼を斬る。すると蟲神の切り傷から緑色の血が流れる。

蟲神はその場に倒れ、私は続けて足を二本切り落とした。すると蟲神は暴れ始め、辺りに土埃が舞う。

 私は一度後ろに下がる。

 すると砂埃の中から大きな声が聞こえた。


「アンヤーっ!」


 蟲神は奇妙な鳴き声をあげると羽を広げそして羽ばたかせてその場から飛び去った。

 え、思ったより弱かったけど……まぁ、良いかな?


 「ふぅ……」


 私は剣を納め、振り返ると先程まで木影に隠れていたアマさんが嬉しそうに飛び跳ねながら私に飛びついてきた。


 「いやー! さすがですマカ殿! 我々蛙妖怪の剣術をここまで巧みに使うなんて、数えるばかりですぞ!」


 私はアマさんから少し離れる。

 

 「いえ、これもアマさんのおかげです。——その、師匠と喧嘩別れした私にわざわざ……」


 アマさんはケラケラ笑うと嬉しそうに腕を組む。


 「おや? まだ仲直りしていないのですか? それは行けませんなぁ。人は絆を大事にすると言います! 絆さえあればいいことが必ず起こると神様の時代から言われておりますぞ!」


 アマさんは私に教えを説いた。


 ……今の私の普段の日常はこんな感じだ。

 秋になれば時折アマさんのお手伝いをして、それがなければ村の人たちのお手伝い。


 四年前。私の髪は兄と同じく髪が白銀となり目が赤く染まった。この変貌は私が四年間兄として過ごさなくてはならないてはならない始まりの時だった。


 帰り、私はアマさん含むその他の蛙人たちからの感謝の言葉を受け取った後、家に帰る。

 私は家の中に入ると一度ため息を吐き壁に頭を打ちつけた。


 「泣いちゃだめ。私が泣いたらお兄ちゃんが泣き虫になる。私が弱いとお兄ちゃんが弱くて泣き虫の貧弱者って言われちゃう。——がんばれマカ、我慢。我慢が大事だから」


ここはユダンダベアと呼ばれる国。

私の住んでいる家があるこの村は狛村と言われ、場所は機内から見て西国に挟まれた中津の国。村がある場所は北海に面している安雲と呼ばれる国の山の中だ。


私の家は丘の上にあり小さな社のような家で村の外れにある。

本当は兄と一緒に住んでいた家。だけど今は私一人だけ。


「寂しい……」


 出てくる言葉はそれしかない。


 兄がいなくなった後村のみんなは私の髪は最初から白髪だったとしか言わないし、兄のことなんて知らないとしか返さない。

 私と兄が過ごした十年はなんだったの?


 私は外に出る。

 お兄ちゃんはもう帰ってこない。なぜか私の心はそれで納得してしまっている。本当は帰ってきて欲しいのに。帰ってくると思ってるのにどうして帰ってこないって分かってしまうの?


 私は倉庫に置いてある絵を見る。


「もう、どうでもいいか」


 お兄ちゃんが消えてからずっと描いてきたお兄ちゃんの似顔絵を見ながらつい口に出す。

 最初の頃はあまり上手く描けず化け物だったけど、今では私の記憶の中の兄と変わらない絵になっている。少なくとも兄は私の心の中で生きている。

私はそっと箱を閉じた。


 その後私は薬草やアマさんから貰った妖怪の骨などが入った大き袋を持り、幼い頃から割かしらお世話になっているトベさんという中年ほどのおじさんがいる器を作る工房にやってきた。

工房は徳田神社から東にずっと坂を登った先にあり、そこに行くと中央には陶器を焼く大穴が空いており、その周囲では男達が女から受け取った土器を慎重に大穴の中に入れていく。

私は袋を持ったまま奥の建物の屋根を影に敷物の上で粘土を手で練っているトベさんの元に来た。

トベさんの隣には大きな筒が置いてあった。

 私はそれを見た後足元に袋を置きトベさんに声を掛けた。


「トベさん。筒って出来てます?」


「ん? あぁ〜マカちゃんか。おう! 出来てるよ」


「本当にいつもすいません。あ、焼くのはいつですか?」


「今日は少し乾燥しているから早く焼くんだ。一応筒に水をかけたりしているから火が沈むまでに頼むよ」


「分かりました」


私はそう返事をするとその場に座ってトベさんの足元に置いてあるお盆の中から針を借りるとそれで筒に絵を描いていった。

この光景を見てトベさんは何を思ったのか嬉しそうに笑う。


「どうしたんですか?」


「まさかが土産で土師(ハジ)の集落から貰ってきた古の物語が綴られた土器が人気になるとはね。あれは土師の集落で物語を土で作った筒に描いて、それを上から下に向けて話しながらか回すのだから面白いもんだよ」


「——ですね。私も最初はトベさんから子供の相手をする道具でこれを出されたときは疑心暗鬼でしたけど、楽しいです。イナメさんから昔話を教えてもらって描いているわけですし」


「うむ。それにあれは元々土師たちが子供に模様を覚えさせるための方法で編み出したんだそうだ。けど今になっては語り部が使うようになったんだよ」


「あぁ、そういうことだったんですか」


私はトベさんとそんな他愛もない会話をしつつ筒に絵を描き、作業を終えた頃には夕方になっていた。


私はトベさん一家と共にご飯を頂き、持ってきた大きな袋との交換で漬物をいただいた後家に帰った。

私は壁の戸を開けて星空を見る。

すると私の体を秋風が撫でる。まるで私の冷たい心のようだ。


「——もう山が紅葉色に染まるぐらいかな」


とにかく今日は寒いから寝よう。

私は藁を掛けると目を閉じた。


「たーすーけーてー」


 すると近くから小さな女の子の声が聞こえてきた。


「誰?」


私は間戸を開けて辺りを見渡す。確かにさっき聞こえたはずなんだけど。もしかして村の方で子供が迷子になったのかな?


私は家から出ると月明かりを頼りにあたりを散策する。

——どこにもいないじゃない。


松明の光で見える範囲では確実に誰もいない。だけど距離は近かった。

もし人ではないとすれば触れざる者の声に違いない。


「私を抜いて……」


すると先程と同じ声が聞こえる。

一歩後ろに下がると私は何かに躓き尻餅をつく。

その時一瞬足元で「痛い」という声が聞こえた。


「いたたた……は? え?」


私は目の前の光景を疑う。

もし足元にあったのがいたずらで置かれた岩であればため息で済むが、それが岩でなければどう言った反応をするのが正しいのであろうか。

何故ならそこには首から下が地面に埋まっている女の子がいるからだ。

私がしばらく女の子を見るとその子は首を傾げた。一瞬妖怪の類かと疑ったが、地面に埋まっているだけの恐れがある。

 私は恐怖心で震えそうになっている足と声を我慢すると女の子をじっと見る。

 女の子はジト目で私を見る。


「どうして何も反応しないの?」


「するほうが難しいでしょ」


「なら抜いて」


 女の子は私から視線を逸らさない。


「——」


私は一度家に入る大きな器を取り出す。そして家から出ると女の子の頭を軽く叩いた。

 女の子は一瞬目を瞑ると痛そうにぎこちなく目を開けた。


「痛い」


「——妖怪じゃないみたいね」


私はため息をつきつつ女の子の周りの地面を掘り、眠気で体が重くなるも耐えて長い時間掘り進めてようやく女の子を救出した。


女の子は嬉しいのか無表情であるもののその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


私は体についた土を払うと女の子を持ち上げて丘の下まで連れて行った。

  女の子は何されているのか理解していないようだったけどまあいいか。


 「早く村に帰りなさい。お父さんとお母さんが心配しているだろうし。怖かったら送るけど?」


 「いない。お父さんとお母さんなんて」


 「――それは冗談でも言っちゃダメ」


 私は丘からずっと続く道の先に向かって指を差す。


 「この道をずっと下った先が村だからね。途中徳田神社があって、そこには巫女がいるから——」


 「やだ、寒いもん」


 女の子は私に帰るところがないのに放置するのかと言いたげな目で見てくる。

 ——秋の夜の山は獣がいて危ないし今日ぐらいは仕方がないか。


 私は女の子の手を握るとそのまま家に戻り、土を流すため沢に行き着物を脱いだ。私は桶に水を入れて流すと隣で女の子は着物を脱いでじっと私を見ていたため、水をかけると女の子は少し嬉しそうに息を吐いた。

 

 「ありがとう」


 「はいはい。ほら、そこに置いてある布で体を拭いて。体が冷えるから」

 

 私は体を布で拭き、女の子の体についている水を拭き後着物を着て家の中に入れた。

 そしてガサツに置いてある布団の中に女の子は家主の私の断りもなく入った。そして気持ちよさそうに眠る。


 「いや、早すぎ……」


 多少呆れるけどまあ良いか。

 私は女の子に着物を被せて上げると、私はその隣に寝ることにした。

 布団の上に伏すと女の子は私にしがみついてきた。


 「ちょっと——」


 女の子は目から雫を落とした。

 どうしてこの子を見ると胸が痛むんだろう? 別に嫌な気持ちにはならないけど、どこか苦しい。


 「はぁ……」


 私は女の子を抱きしめるとゆっくり眠りについた。


 それから夜が明け目が覚めた。

 女の子は私の枕元で足を崩して座り、私を見下ろしていた。


 「私は抱き枕じゃないけど」


 「最初に抱きついたの貴女だからね?」


 私はゆっくり体を起こす。

 すると女の子は私にデコビンを仕掛ける。しかも虚な瞳で。


  「しばくわよ?」


  「——カグヤ」


  「え?」


 今カグヤって言った? もしかしたらこの子の名前?


 「それ、貴女の名前?」


 「うん。私はカグヤ」


 「そう。分かった」


 私は一度笑顔を向けるとカグヤにゲンコツする。しかしカグヤは何事も無かったかのように見つめる。


 「朝ごはんは?」


 「……はぁ」


 何なのよこの子は。

 とりあえず朝は軽食でも良いか。私は倉庫に向かう。後ろにはカグヤが子犬のようについて来ていた。


 私は壺の蓋を開けると根を取り出すと桶に入った水で洗いカグヤの口に突っ込んだ。


 「ふぉふぇふぁ?」


 「大根。貴女昨日何も食べてないよね?」


 「――うん」


 カグヤはそういうと大根を先からそのまま食べ始め。しばらく噛んで飲み込んだ後。


 「大根辛い」


 表情には出ていたいけど濁声で苦言を呈した。


 「そりゃ料理してないからね」


 「——いけず」


 カグヤは頬を膨らませたまま大根を手に家の中に戻った。


 「もしかして子供なのは私の方かもね」


 私はさっさと食材を選び、台所に向かった。

 今日は適当に塩漬けにした野菜と干し肉を食べるだけで良いか。


 朝食を終えた後カグヤは隣でただじっと私を見ていた。

 とりあえず改めてこの子について確認しよう。


「ねぇ。貴女のお父さんとお母さんは?」


「いない」


「いないの?」


「うん。生まれた時からただ一人」


「じゃ〜育ての——」


「いない」


いないって。それはそれでおかしい。だとしたら盗賊とかに襲われてい逃げて、逃げてここまで来たのなら納得いくけど。

 けどカグヤの喋りからその可能性はかぎりなく低そうだ。


 「ならどこから来たの?」


 「知らない。そもそもどこかも分からない」


 「そう……なんだ」


 「分かるのは白い地面に真っ暗な空で青く、そして大きな月を見ていたことだけ」


 「白い大地? なら雪国の出身——」


 だとしてもここからかなり距離があるし、もしそうなら子供一人で耐えられるはずが……。


 「雪でもないの」


 カグヤは首を横に振って否定する。


 「風景すべてが白と黒。他に色なんてないの。そこに存在していたのは私と言う存在だけ」


 「寂しかったの?」


 「分からない。そこでは何も感じなかった。空腹や眠気、そして何かに興味を持つことも」


 カグヤは私の腕を抱きしめる。


 「気づいたら私はここにいたの。自分ということを認識せず、何も考えられなかった。ずっと山道を歩いていたら貴女の家にいたの」


 「―なるほどね」


 そう答えたけど実の所あまり理解できない。


 要約するとカグヤはこことはまた別の場所にいた。そして気がついたらカグヤは山奥にいて歩き続けていたら私の家にいた。

 そういう認識で間違い無いだろう。

 なら結局のところ私は何をしてあげれば良い?


 私は手元を見る。そうか。


「あー私、筒に絵を描いて子供達に物語として読み聞かせているんだけどカグヤも来る? 物語になんというか……没入すれば感情は分かるんじゃないかな」


「本当?」


カグヤは目を輝かせながら私の顔を覗き込む。


「分からないけど。貴女がそれで良かったら協力する」


「――――」


カグヤは私の目をじっと見る。多分何か考えてるんだろう。

 しかもその顔は誰よりも知っているような顔。


「分かった。ならお願い」


「――――」


そうか……私がこの子を気にしてしょうがないのは兄を喪失した時の私に似ているからか。 


        *


 山は秋なだけあって肌寒い風が降りる。多分今年は去年より雪が積もりそうだ。

 村人たちは総出で稲を刈り、畑や山から採取した木の実を冬に備えて干物にしたり付けたりして蔵に保管する。


 私はいつものように徳田神社を横切ろうとすると屋敷から何やら怒っているおばあさんが複数人の男を連れて出てきた。おばあさんはこの神社の巫女で尚且つこの村の長。

 名前はイナメさんという。一応私の育て親だ。

 イナメさんは私の前まで来るとため息を吐いた。

 多分、水浴びについてだろうが念のために確認しておこう。私は寒さか恐怖のどちらかで震える声でイナメさんに話した。


「え、えーとイナメさん。どうしたんです?」

 

「お前なぁ。昨日夜遅くに沢に行ったろう! 何度も言うが賊に襲われたらどうするんじゃ!」


 「大丈夫ですよ。私は丈夫なんで」


 「それでもじゃ。お主はもうすでに子を産むことができる体。子供が少なくなってきた外の村のもの達に連れ攫われたらどうするんだ……。ん? その子はなんだ?」


 イナメさんはカグヤに指を指した。やっぱりこうなるよね。

 面倒くさいけど説明しよう。


 「この子は昨日私の家の前にいて、遅かったから昨晩泊まらしたの。イナメさんはこの子のこと知ってる?」


 イナメさんは首を横にふる。


 「いや、初めてみる顔だねぇ」


 「そうですか……」


 「私の方も一応みんなに聞いておこう。子供たちは今広場で首を長くしとるから早く行ってあげな。祭りの準備で忙しいのに待たせると大人たちが怒るわい」


 「は、はぁ。分かりました」


 「まぁ、昨日のことはアマから聞いているから己の身を休ませるように努めるんじゃぞ」


 イナメさんはそう言うと他の村人と共に畑に戻った。

 それから私は徳田神社の近くにある広場に着くと小さい子供達が一斉抱きついてきた。


 「「「マカー!」」」


 「はいはい。いい子にしてた?」


 すると一番大きな男の子、もう十二歳になるトベさんの息子八戸ノ助(やとのすけ)が呆れた顔で私を見た。


 「当たり前だよマカ様。だって祭りが近いんだしその用意とかで俺が面倒見てるよ」


 ヤトノスケの言葉に子供達が返事をする。

 彼は前からそんな子だ。私が語り部をすることになった途端、きちんと子供達を呼びに村中をわざわざ回っているのだ。


 あ、いけない。カグヤのこと紹介しないと。

 

 私は後ろに隠れているカグヤを無理やりに子供達の前に動かした。

 それを見て真っ先に反応したのがヤトノスケだった。


 「ん? マカ様その子は?」


 「この子は今日からこの村に住むの。みんな仲良くしてくれる?」


 子供たちは純粋だ。除け者にするか友とするかは極端だけどいい経験にはなるはず……どうかな?

 けど逆にこれが嫌な思い出になるかならないかは完全に運なんだけど……。


 次の瞬間真っ先にヤトノスケはカグヤの前に来て嬉しそうに鼻息をフンと大きく出すとにやけながら私を見た。


 「なるほど。これからこの村に住むのか! けど、最初は何からが良いのかな……。お祭りの準備か稲刈りか……」


 「そう言うのはこれが終わった後でいいかな?」


 「あ、うん」


 ヤトノスケは返事をするとその場に座りようやく静かになった。

 私はその場に敷物を引いて木に持たれて座る。


「じゃ、今からお話し始めるね」


 ――――――。

 ――――。

 ――。


 語り部の仕事は昼前あたりで終了した。

 終えた後ヤトノスケは真っ先に立ち上がると子供達に家の手伝いをしに戻るよう指示を出し、最後に私を見ると「マカは神事の舞をするでしょ? 頑張って」と言って手伝いに戻っていった。

 子供たちにとってこれは良いことか分からないけど、みんなで集まってこうして話す時間はいいのかもしれない。

 カグヤはカグヤで満足そうに私を見つめる。


 「なら帰ろっか」


 私はカグヤの手を握り徳田神社の奥にある家に帰った。


 そして家に着くと私は剣を振り、カグヤはイナメさんと話したいと言って神社に向かい、夕方に帰って来て日が沈む前にごはんを軽く食べて寝る。

 その生活を一週間も続けて次第にカグヤは感情を行動で出すようになってきた。

 例えばお腹が空いた際は私の裾を引っ張り、かまって欲しい時は私のお腹に顔をくっつける。


 特に驚いたのはあのカグヤが積極的に子供達と働いていることだ。

 一応ヤトノスケがあの日来れなかった子供達にもカグヤについて話してくれていたみたいで、円満に会話も弾んだようで、よく一緒に稲刈りや都に送る税を籠に入れるのを手伝っていたりと頑張っている。


 けどやはりカグヤの正体だけはいまだに掴めない。

 イナメさんも調べてくれていたけど分かったのはカグヤがこの村の人間ではないことだけ。ならカグヤは知っているのかとそうではない。カグヤも知らないのだ。自分の出自が。どうしたものか。


 「ねえ、カグヤ」


 「何?」


 「お友達といるの楽しい?」


 カグヤは満面の笑みを浮かべる。


 「うん。とっても」


 カグヤは幸せそうにそう答えた。

 

 今思い出せばカグヤの親がもし見つかれば帰らないといけない。この村からも出ていかないといけない。

 この村の近くであれば会えるのかもしれないけどどこか遠い場所だったらもう会えないと思ってもいい。


 「ねぇカグヤ。もし親が見つかったらどうする?」


 「親?」


 「うん。帰らなければいけない場所があって、もしそこに帰らなくてはいけなくなったら」


 カグヤは悲しそうに頭を下げた。違う、今カグヤはその言葉を求めているんじゃない。


 「ううん。ここはもう貴女の家。だからずっと居ても良い。貴女の気が済むまでね」

 

 「貴女は私がここにいても良いの?」


 「それは貴女が考えて。……少なくとも私は許す」


 「―ありがとう」


 「――!」


 私の目の映るカグヤは、赤面しながら笑みを浮かべていた。


 それからも毎日カグヤは子供たちと日が沈みまでお祭りや冬越しの準備を手伝うようになり、私はそれをトベさんのところに向かうついでに木陰から見た。

 よく見ると小さい頃は一緒に遊んだことがある子たちもカグヤと仲良く話しながら狩人たちのためか笠を編んでいた。


 「――楽しそうね」


 カグヤは家族を知らなくても楽しく生きてる。だけど私は兄を失ってから家に引きこもり続けまだ立ち直れていない。

 私は兄のいない村の生活に馴染めないけど、カグヤがいるだけで十分だ。


 「カグヤは強いよ、私より。ずっと引きずってる私と違って今を楽しく生きているんだから」


 次の瞬間カグヤは私に気づくと私を見ると駆け寄ってきた。


 「どうしたの?」


 「――その……」


 カグヤは顔を赤くしながら目を背ける。

 するとさっきまで一緒に作業していた子が私を見ると嬉しそうに笑った。


 「「カグヤがマカ様の為に笠を編みたいのですって!」」


 「―――」


 カグヤは恥ずかしそうに目を逸らす。残酷なことに子供達は笑っているけど。

 カグヤはモジモジしながら話す。


 「——マカにはいつもお世話になっているから、少しばかり恩返ししたい」


 カグヤはか細い声で恥ずかしそうに言った。

 あぁ、そういうことか。

 私はカグヤと視線を合わせると頭を投げた。


 「うん。楽しみにしているね」


 

 私がそういうとカグヤは嬉しそうに口角をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る