第33話 覚醒と再会




 私は二人に呼び掛け、ケイアさんを取り囲む。


 ここから同時に仕掛ければ、避ける事は出来ない。私が炎を出そうとした瞬間、先程と同じように彼が目の前まで迫ってくる。


 同じ攻撃が繰り出されると思い、私は反射的に腕を前に出して防御する。


 しかし、ケイアさんはその場で高く飛び上がり、回転しながら踵落としの体勢に入る。


 その回転力で攻撃すれば、人間の脚は折れてしまう。その凄まじい回転に、彼はいたって冷静に、関係ないと言った表情をしている。




『このまま私に攻撃が当たっても、アナタの方が致命傷で――』




 だが、彼の脚に纏わりつくように何やら液体が追従している。


 何だこれは。水のような、透明なものが。




「水流……縦円脚」




 彼が放った言葉と同時に、受け止めた腕に重く衝撃が圧し掛かる。


 凄まじく重い。人間から繰り出される脚力ではない。それに今までの彼に似つかわしくない、鋭い眼光。


 いったい彼に、何が起きている。


 これ以上、腕が持たない。押し戻そうとしても、ピクリとも動かない。


 私があぐねる隙も与えぬまま、後方に吹き飛ばされ、意識はそこで途切れる。























 アルゲが後方に飛ばされ、暫く砂上を滑る。


 その力に圧倒され、他二人の伏魔十二妖星は身をたじろかせる。その光景を見つめていると、横に居たメニカがアタシに進言する。




『ツバキサンッ、マスターヲ助ケナクテイイノデスカ。優勢ノヨウニ見エテイマスガ、マスターノ生体反応ガ弱クナッテイマスッ。コノママ続ケバ、体ヘノ負担ガ増エ、最悪ノ場合……甚大ナ後遺症ガ――』




 表情が分からないメニカの顔を見ても、その鬼気迫る言葉の語気が、強くケイアへの想いが伝わってくる。


 でも、アタシはあの中で一緒に戦えるとは到底、思えない。今のケイアは


 明らかに何かが憑依している、そう思わざるを得ない。




『今のケイアに、アタシらが認識できる精神状態だとは思えない。知らない技も繰り出すし、あんな無茶な動き、ケイアの体には耐えられない……』


『デハッ、尚更止メルベキナノデハ――』




 アタシだって止めたいさ。


 後ろに一般人がいなきゃ、何か出来たかもしれない。コイツらさえ居なければ、もっと考える手段はあった。


 体を痛めつけて、ケイアが戦う必要なんか無かったかも知れない。


 黒い感情が心の中で巣食い始めたが、アタシは拳を握り締め、それを押し殺す。それを見ていたメニカは、察するように謝る。




『スミマセン……。私ガ浅ハカデシタ』


『いいさ……。誰でも主を助けたいのは、本能だからね。それに、アタシらが助けに入って、こいつらが一人でも死んだらケイアは納得しないからね』




 メニカは顔を落とすと、キラが叫んだ。




『おいっ、あの女、死体に何かしてるぞっ』




 スピカが少女の体に手を触れ、何かを唱えている。


 黒紫色の煙が少女を覆い、影が徐々に大きくなる。そしてそれは、少女の体躯から考えられない程、醜い化物へと変化していた。


 肉体は腫れ上がり、巨大な手足が浮き出てくる。後ろの背中には触手のように伸びた刃に、お腹の辺りには嘗て少女だった頃の手が垂れ下がっている。


 まるで奇形。


 あの可愛らしい少女の面影は、今は何処にもない。




「ブラウト……」




 後ろに居た妹の兄が、醜く歪んだ少女の姿を見て落胆する。


 許せない。


 過去のトラウマを穿り返すような行動、このスピカという女、絶対に許せない。今のケイアであっても、心のどこかで叫んでいるに違いない。


 アタシはスピカに殺意を覚え、穴が開く程、凝視する。


 そして、スピカはケイアに笑いながらふざけた事を抜かす。




『良心の呵責で少女に手を上げる何てこと……優しいアンタには出来なんじゃないかしら?』


『アアァァァァアアァァァッ……』




 ふざけてる。


 ケイアの弱みに付け込んで、戦わせるつもりか。この女、どこまでふざけてるのか、理解し難い。


 化物と化した少女は奇声を上げ続け、それに向かってケイアが歩み寄る。


 何をするつもりなのか、無表情のまま、ケイアはどんどん近づいて行く。


 射程距離に入った化物は、背中の触手を伸ばして切り裂く。だが、ケイアにはそれが当たらず、化物の腹部まで距離を詰める。


 そして、ケイアはお腹にそっと手を置き、寂しげな表情と共に小さく呟く。




「ごめん……」




 その言葉と同時に、ケイアは脚に力を入れ、砂が柱のように高く舞い上がる。


 化物の背中から火柱が上がり、今まで見た事も無い火力に驚愕する。その一撃で、化物はズシリと音を立てて後ろに倒れた。


 砂上に残る風切りが、その場を通り過ぎ、静かな時間を破るように怒号が後ろから聞こえる。




「人殺しっ……! 何で妹を助けないっ……。助けられた命をっ、何でっ……」




 その兄の言葉に、アタシは反射的に憤る。


 ケイアが居なければ、ここに居る全員、助かっていない。それをコイツは――。


 アタシが出掛けた言葉より先に、ケイアが冷静に被せてくる。




「今の俺に、彼女を助ける手立てはない。野放しにしていても、彼女は必ず……人間を喰らうだろう。……兄であるお前は、妹にその業を背負わせるのか?」


「――っ」


「妹が生き延びれば、お前だけじゃない。父や母、お前の知り合いも……ころ、され……る……」




 継ぎ接ぎで言葉を紡ぐケイアは、火が消えるように静かに倒れる。


 砂に伏すケイアを見つめ、アタシは自然と足が前に出る。覚束ない足取りで、ケイアの下に歩み寄る瞬間、メニカが叫ぶ。




『ツバキサンッ、避ケテッ!』




 絶叫と共に横から風圧を感じ、アタシは誰かに顔面を殴られていた。


 その力に押され、体は地面から離れて、暫く滑空する。頭を振り、自分の元居た場所を見ると、そこアルデが立っている。




『召喚獣は倒れたが、コイツの動きは止まった。後は容易く屠るだけ。スピカ、早くアルゲを起こせ』


『はいはい、今やってる』




 くそっ。今アイツが起きたら、ケイアがやられる。


 アタシは咄嗟に気絶しているであろうケイアを起こそうと叫んだ。




『ケイアッ! 起きろっ!』


『煩いぞ、オーガっ』




 アルデは斧を構え、こちらに飛びついてくる。


 メニカとキラがこちらに駆け付けようとした時、スピカの罠魔法で近付くことが出来ない。


 戦った時、力は互角のはず。なら、正面でぶつかり合って隙を作れば、こちらにも利はある。




『オレばかりに気を取られるなよ。後ろだ……』




 その言葉に、アタシは後ろを向いた。


 その瞬間、肩に熱い痛みが走る。あまりの痛さに声を上げることが出来ず、体がよろける。斧は深くまで体に斬り込まれ、自分で取ることが出来ない。




『返してもらうぞ』




 手が届く距離までアルデが近付き、アタシの肩から斧を引き抜く。


 体から離れた斧から、栓を抜いた如く、大量の血が噴水のように流れ出る。傷口が痛み、ドクドクと脈打つたびに意識が朦朧としてくる。


 立っていられない、手に力が入らない。


 霞んだ瞳で、倒れているケイアを見つめる。


 その横に、歩み寄るアルゲの姿があった。




『ケイ、ァ……』
























 喧騒の中、俺の意識は徐々に戻り始めた。


 目を開け、体を起こそうと体を捻る。だが、体に鉛でも付いているかのように自由に動かせない。


 それに、全身が激痛で悲鳴を上げている。ここまでに何があったか、思い出せない。


 少女の最期を見た時、そこから記憶が飛んでいる。その間に何かあったのか、周りを見る。


 メニカとキラは、茨のような蔓に巻かれ、身動きが取れていない。


 ツバキは――。




「ツバキ……」




 思わず声が漏れ出る程、彼女の姿は見ていられなかった。


 肩には千切れるほどの大きな傷口。そこから絶え間なく流れ出る、鮮血。ツバキはうつ伏せで、ピクリとも動かない。


 嘘だ、こんなの嘘だ。




『心底アナタには、うんざりしますよ……。あそこまでの力を隠し持っていたとは、アナタも人が悪いですね……ケイアさぁん』




 力、何の事だ。


 そして、何故ここまでアルゲがボロボロの姿をしているのか理解が追いつかない。


 徐々に近付くアルゲから遠ざけようと、俺は必死に体を動かす。だが、一向に動く気配がない。


 彼が目の前で立ち止まり、再びニヤニヤした顔で俺の腹部を蹴り上げる。息が止まり、せり上がってくる胃液を抑えて耐える。


 その姿が滑稽なのか、笑いながら俺の体を何度も何度も蹴りを入れる。


 蹴りを入れられている最中、俺はツバキの事が気掛かりだった。ツバキの方に目線を移すと、血の勢いは弱くなり、明らかに血色も悪い。


 早くなんとかしないと、早く。




『ケイアさんの使い魔は、時期に尽きるでしょう。アナタに従う従魔は、悉く死んで逝きますね……哀れです。本当に……。あのホテプさんのようにっ』




 顔面に強い痛みが走り、口の中が割ける。


 このまま仲間が殺されて逝くのを、黙って見ている事しか出来ないのか。悔し涙が溢れ、全身の力が抜けて行く。


 そして、アルゲは手から蒼い炎を生み出し、最後の別れを言う。




『アナタの事ですから、使い魔が殺される時間は耐えられないでしょう。あの時の炎で、ホテプさんとあの世で待ってて下さい。すぐに御二人も、後を追わせますので』




 アルゲは少し離れ、蒼い炎の勢いが増していく。


 俺はこれで最後だと、静かに悟った。俺は夕暮れの空を見上げ、この綺麗な景色も、もう見ることが出来ないとなると寂しく感じる。


 物思いに耽る俺は、暫く空を見上げていた。


 すると、遠くで何かが飛んでいる事に気付く。


 こっちに向かってる、どんどん近づいて――。




『これでサヨナラですっ、ケイアさんっ!』




 蒼い炎が覆い被さる程、大きく膨れ上がった。


 目の前に迫る炎に、俺は身を委ねていると凄まじい破裂音が耳を貫く。


 その破裂音は、先程近付いてきたがデューネ帝国を覆っていたバリアを突き破り、俺の目の前で壁になるように立ち塞がった。


 その凄まじい衝撃と風圧に、俺は視界が遮られた。


 徐々に瞳を開けると、誰かが立っている。その姿は、褐色の肌に包帯が巻かれ、絢爛な衣装を身に纏い、杖を携えている。


 その姿に、俺はどこか懐かしさ感じた。


 そして、その人は蒼い炎を片手で受け止め、こちらに振り向き、俺にこう言った。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る