放課後、君と二人
部活の後荷物を取りに教室に帰ると、そこには人影が一つ。
遠目からでも分かるようになったその姿は、彼女のものだ。
「あ、部活終わったの? おつかれさん」
誰もいない教室でひとり机に向かう彼女は、俺に気付くと笑って手を振った。
手にはピンクのシャーペン。机の上には小さな文字で埋められたノートと、所々にマーカーの引かれた教科書が並んでいる。
「え、こんな時間まで勉強してんの? 偉すぎん?」
「ああ、えっと……家じゃあんまり集中できないから学校でやっちゃおうかなって思って」
「その感覚からしてもう偉いと思う」
試験ではどうにか平均点を取れるくらいの俺に比べて、彼女は成績優秀者の名簿に度々名前が載るくらいの優等生だ。
今日もまた、うっすら黒くなった右手がその努力を物語っているようだった。
「それ、昨日出た課題? ちょっと見してよ」
「やだ。自分でやんなよ」
「じゃあ教えて」
「やだよ、私教えるの下手だって知ってるでしょ」
彼女は嫌そうに首を振った。最初はいつも通りの冗談半分といった感じだったけれど、後者は多分本気だ。
本人はそう言っているが、その実彼女の教え方はそこまで下手ではないと思う。ただ、少々ごり押し気味なだけで。……自称感覚派め。
「……分かった。分かんないとこは頑張るから、自分で出来るとこは自分でやって」
「マジで助かります」
何度か頼み込んでいる内に観念したらしく、彼女は「机くっつけてよ」と隣の俺の席を指さす。お言葉に甘えて近寄れば、放課後の勉強会は始まった。
そのお陰か、課題はこれまでにないくらいのペースで進んだ。だが、苦手と言いつつも淀みなく続けられる彼女の解説を聞きながら、俺は調子に乗って近くに寄りすぎたのを内心後悔していた。
元々隣の席だから距離の近さには慣れたけれど、今のこの距離はお互いのノートを覗き込めばすぐに肩が触れ合うくらいしかない。
女子としては少し低い穏やかな声も、呆れたような柔らかい笑顔も、今だけは独占できると思うと役得だけれど、これだけ近いと色々な意味で心臓に悪い。
とはいえ今更離れるのも不自然だし、離れるのが何だか惜しいと思ってしまうのだから、自分でも本当にどうしようもないと思う。
そんな、到底集中できているとは言えない状態だったからか。
この時の俺は、隣の彼女の頬もほんのり赤く染まっているということには気づくはずもなかった。
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