推し
大観衆の前に突然空から現れてしまった俺。なんてわけのわからない状況なんだろう?
飛び降りている最中に体の制御権は戻っていたが、だからといって今できることなんてなさそうである。おなかが痛くなってきた。
「何者だ?捕らえろ!」
王の護衛の騎士たちが武器を構えてくる。
俺はパニックになりながらもとりあえず結論を出した。やはりここはおとなしく両手を挙げて降伏し―――
ん?右手が動かないだと?
ふと視線を下すと、右肩から先が石になってしまっていた。
は?なんで?意味が分からない。
俺が混乱しているうちにあっという間に剣を突き付けられ、騎士たちに連れられて行く。
これから牢屋暮らしだろうか?もしかしてその前に拷問とかされてしまうのか?怖い・・・。
「お待ちください。」
そのとき、会場全体に透き通った声が響き渡った。
何事かと周りが動きを止め、その後しばらくして少しずつざわめきが広まっていった。
皆が同じ場所を見始めたのでその視線を辿ると、あれは・・・天使?
世にも美しい白い髪の女性が空から舞い降りてきていた。青空を連想させる美しい瞳、それに合わせたのか青く美しいドレスに身を包んでいた。
そして外せない特徴として、その耳は長く尖っていた。エルフ?だろうか?
その女性は優雅に椅子に座っているかのような体制で空を飛び、ふわりと着地した後に立ち上がり、商国の王と向き合った。
その一つ一つの動きに目を惹きつける魅力がある。なかなかにやばい状況なのにその美しさに引き込まれてしまっていた。
「ランタナム国王、このような形で邪魔してしまい申し訳ありません。ですが、急遽ご報告しなければならないことがありますの。」
「シオンツイ伯爵か。いいだろう。話せ。」
どうやら、この人はどこかの国の伯爵のようだ。伯爵といえばかなり上の方の貴族である。思わず目で追ってしまう美しさはあるが、お近づきになりたくはないな。って今はそれどころじゃないんだった。
「先ほど何者かが王に向かって体を石化する魔法を放ちました。この少年はなんとその射線上に身を挺しましたの。」
ん?知らないうちに俺はこのおっさんを守ってたのか?
ってことはもしかして俺は牢屋に行かなくて済むのか?
「なに!犯人はどうなったのだ?」
「ご心配なさらないでください。犯人は私共の方で捕らえましたわ。」
「そうか、石化か。この闘技場は殆どの魔法に対策はできているが石化であれば儂も危なかったかもしれぬな。ところで、この少年の腕は・・・。」
俺の腕はこのおっさんのために犠牲になったんだろうか?腕が石になったことで引きこもる理由ができたと考えれば・・・それでも不便すぎて割に合わない気がする。
「本来ならば全身が石になるところでしたが、私がとっさに風の魔法で少年を包んだため、威力が減衰し、腕一本で済みましたの。とはいえ、腕が使えなくなってしまったのはとても気の毒に思いますわ。」
あぶな!全身石になるところだったのかよ!
いや、そもそもこの人が助けてくれなかったらどちらにせよ落下死してたのか。これからの人生は、このお姉さんを崇めながら暮らすべきだな。こういうのを推し活っていうのだろうか?
「そうか、この勇敢な少年は儂のために腕を犠牲にしてくれたのか。後で褒美を取らせなければいけないな。」
王様がそんなことを言い出したが別にいらない。褒美なんて貰うと面倒ごとがやってくる予感しかしない。腕を治す薬があればもちろん欲しいが、たぶんないんだろうし、お金にも困ってないからな。
「この子は私が魔法で助けるなんて思っていなかったでしょうから、腕だけではなく命を失う覚悟だったのでしょうね。それに見合った報酬が必要かと。」
ちょっと余計な事言わないでほしい。どうやら俺は推しを全肯定するタイプにはなれそうもない。
「それもそうだな。少年、楽しみにしておけよ。」
商国の王はそう言ってにやりと笑うと、騎士の一人に拡声の魔道具を持ってこさせた。
「予想外の出来事が起きたため、品評会は中止とする。なんと何者かが儂の命を狙ったのだ。だが安心しろ、この素晴らしい少年が身を挺してそれを守ってくれたし、シオンツイ伯爵によって犯人はすでに捕まった。あとは我が国の優れた技術を使えば犯人の背後にいる者だってすぐに特定し、根絶やしにできる!他国から来た者たちはこれからの迅速な動きを見て、商国の技術の素晴らしさに驚くことになるだろう!」
よくわからないけど、普通こんなに事件の詳細まで喋っちゃっていいものなんだろうか?
もし何も説明がなければ突然飛び降りて品評会を中止に追い込んだ目立ちたがり屋の戦犯とかにされ兼ねなかったし、助かったとは言える。そうなると間違いなく家族に多大な迷惑がかかっただろうし。
ただ、身を挺して他国の王を守った変な奴とは思われるだろう。そのくらいだったら商会の経営に影響しなくて済むのかな?
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