小学生からやり直し

「今日から、皆さんに新しいお友達ができます。さあ、自己紹介して」


手招きに導かれ、琥珀は教室に入る。


アンモニアのつんとした匂いと牛乳をぞうきんで拭いたようなにおいの混合物が、鼻孔をくすぐる。


忘れかけていた匂いが、今の自分が小学生であるという現実を否応もなく突きつける。


小学校の思い出は、必ずしもきれいで美しいだけではなかった。


そんな現実を琥珀は思い出した。


「とらおーこはくでーす。よーろーしーくーおねがいーしまーす」


大人の男ぶってかっこつけるのはやめ、小学生らしい舌ったらずな棒読みで自分の新しい名前を琥珀は読み上げ頭を下げた。


ざわざわと教室が騒ぐ。


「はいはい。しずかにしずかにー」


南田先生の声に、教室内のざわめきが再び静まる。先生はクラスのみんなに向かって言った。


「みんな、琥珀ちゃんは新しいクラスメイトだから、みんなでしっかりサポートしてあげてね」


琥珀は、久しぶりの小学校の洗礼に少し緊張していたが、クラスメイトたちの温かい反応に少しずつ安心してきたように見えた。


彼女は席に向かい、周りの子たちからも「いらっしゃい!」という声が上がる。


南田先生は授業を始める前に、琥珀にもう一度言葉を振る。


「琥珀ちゃん、何かクラスのみんなに伝えたいことがあれば、どうぞ」


「どうぞって……」


「普段、興味のあること遊んでいることとかかな?」


正体が大人の男である琥珀の興味は、もっぱら考古学の研究だった。


休日は、洋画を字幕付きで見て、英語のリスニングの勉強をしている。


焼酎をソーダで割るのが好き。


とても、小さなお友達と仲良くなれそうな趣味をしていなかった。


昨今の自分の休日の過ごし方でなくてもよかった。


子どもの頃、自分は何になりたかったのかを脳の海馬に存在するディープウェブを検索した。


「あ……」


そして、子どもの頃の夢に行きついた。


「わたし、お休みの日は漫画描いてます」


琥珀の言葉に、クラスメイトたちの目が一気に輝いた。


「えー!すごい!どんな漫画?」


猿の王様、ウキウキング。


悪と戦い宇宙を旅するヒーローギャグマンガ。


だが、今の外面は女児。


そんな本当のこと言うわけにはいかなかった。


ふと、自分を女児の体にしたウサギの姿が頭に浮かんだ。


「ウサモフっていうウサギの幽霊が頑張って幸せを見つけるお話です」


「かわいい!」


子供たちの純粋な好奇心があふれる中、琥珀はほっと一息ついた。


大人の趣味を話すことなく、子どもたちと共通の話題を見つけられたのだ。


南田先生もにっこりと微笑んだ。


「それは素敵ね。琥珀ちゃんの描いた漫画、いつかクラスで見せてくれる日があったらいいわね」


先生の言葉に、琥珀はうなずき、少し照れくさい笑顔を浮かべた。


クラスメイトたちからの期待の視線を感じながら、彼女は新しいクラスの一員としての生活をスタートさせたと思われた。


だが、少女は忘れていた。


小学生の世界が意外と波乱万丈であることを。

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