第46話 「出会い」の裏にあったもの

「そうは言うけど……」


 リシュールはクモイの表情を伺いながら、切り出した。


「僕が絵本を描いたところで何にもならないと思うんだ。魔法使いは架空の存在だと思われているし、それに僕が有名な画家だったら多少は耳を傾けてくれる人もいるかもしれないけど、そうじゃないんだよ? どうやって僕が描いた絵本に真実味を持たせるのさ。色んな人に危険なことを伝えるなら、それこそ王様に頼ったほうがいいと思うし、絵本なんかにしないで、『危険です』って言いまわったほうがいいんじゃない?」


 するとクモイの視線がシルヴィスのほうへ向く。リシュールはそれを追って、再びシルヴィスのほうを見ると、彼は目でクモイに何かをうったえていた。何だろうとリシュールが思っていると、クモイが重々しく口を開いた。


「絵本で問題ありません。人々に信じ込ませるのは……私の魔法で何とかしますから」

「え……?」


 一方で、リシュールは驚きで目を丸くしていた。魔法を使うのにあまり前向きではない彼が、「魔法を使う」と言ったからである。


 マントの出入り以外で、一度だけ、魔法で服を直したことがあったが、そのときもあまり使うことに前向きではなかった。それ以来、魔法らしい魔法を見たことはない。

 クモイができるだけ魔法を避けてきたのが分かるがゆえに、彼の言った言葉が信じられなかったのである。


「……魔法、使うの?」


 リシュールの問いに、クモイは気の進まない様子でうなずく。


「でも、どうやって……」

「情報に関する『収集』や『操作』などの魔法です。リシュが描いた絵本に私が魔法をかけて、それをまるで本当のことのように皆に信じ込ませるのです」


 リシュールは目を見開く。それはつまり「人の記憶」を、都合のいいように操作するのと同じではないだろうか。


「そんなこと……できるの?」


 緊張した面持ちで尋ねるリシュールに、シルヴィスが意外そうな顔をして口をはさんだ。


「クモイ、リシュに今まで魔法を見せたことがないのか?」


 その問いに、クモイの表情はさらにしずむ。


「……それは」

「その口ぶりだと、情報系の魔法は見せてなさそうだな」


 しかしクモイは答えない。


「……」

「クモイ?」


 クモイが黙ってしまい、リシュールが、どうしたら分からないでいると、シルヴィスがこう言った。


「あんた、リシュの身辺を魔法で調べていたじゃないか」

「……え?」


 リシュールは、その意味を理解するのに少し時間を要した。だが、考えても何故クモイが、自分の身辺のことを調べる必要があるのか分からなかった。


「ど……どういうことですか?」


 リシュールが尋ねる。しかしクモイはけわしい表情を浮かべたまま黙っているので、代わりにシルヴィスが答えた。


「そのままの意味さ。クモイはリシュのことを何でも知ってる」


 シルヴィスの告白に、クモイの表情はみるみる青くなり、脂汗あぶらあせが浮かぶ。どうやら真実らしい。


「じゃあ、僕がクモイと出会ったのは……」

「最初から決まっていたのさ」


 リシュールの気持ちは揺れ動いていた。シルヴィスの言っていることが、リシュールのこれまでの疑問に全て答えてしまっているからである。


 クモイが情報収集が得意であるなら、靴磨きの流行を知っていたり、おいしい大衆食堂のことを知っていてもおかしくないだろう。また、部屋を決めて来るときもとても早かった。


「……」


 だが、もしそうであるならば、リシュールは最初からクモイが望むほうに誘導されていたということだろう。つまり、「利用された」ということだ。

 リシュールはかぶりを振り、それを否定する。

 何か、「利用された」ことを否定するものはないか。何か、何か……。


 そのとき、大衆食堂「ディオール」で話したことを思い出した。あのときクモイはリシュールのことを教えてほしい、と言った。もし魔法で調べることができるなら、わざわざ聞く必要がないのではないか。


 リシュールはそこに希望を見出して、シルヴィスに言った。


「で、ですが、僕の過去を聞かれました。知っていたら聞かなくていいのではありませんか?」


 これが否定されなければ、クモイとリシュールは偶然に出会っただけとなる。

 だが、シルヴィスの口から放たれた言葉は、望んだ言葉ではなかった。


辻褄つじつまを合わせるためさ。リシュがクモイに話していないはずの過去を、クモイがうっかり話してしまったら大変なことになるだろう? だから聞いたんだよ」


 リシュールは彼の説明に絶句した。


「シルヴィス、何故……!」


 クモイは立ち上がり、彼の肩を強くつかんだ。その先の言葉は続かなかったが、どうしてそんなことを言うんだ、というとがめるような言葉が、暗に潜んでいる言い方だった。


「本当のことだろ」


 肩を掴まれても、シルヴィスの態度は変わらなかった。そして放たれた言葉は、一つひとつ冷たくてとげがある。クモイを責めるような言い方は、一方でリシュールをかばっているようにも思えたが、当のリシュールは何が何だかよく分からず混乱していた。


 クモイはぐっと奥歯を噛みしめると、シルヴィスから離れ、ゆっくりと主人に向き合う。だがうつむけている。亜麻色のさらさらとした髪が彼の表情を隠していた。


「リシュ……。黙っていたことは謝ります。申し訳ありません。ですがどうしてもこの願いは叶えたくて――」


 クモイが精一杯言葉をつむぐが、リシュールはそれをさえぎった。


「ごめん……」


 そして彼は椅子から勢いよく立ち上がると、マントを持ってそのまま部屋を飛び出した。

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