第31話 この僕が、手ずから始末してあげるからね

 ■ ■ ■


 アルトたちが街づくりに取りかかっていた頃。

 レイモンド王家の中には不穏な動きがあった。


 王宮内にある戦略室で、第2王子であるユーバー・レイモンドは、みずから鎧を着込み出陣の準備をしていた。


 そのドアを開けて、可憐なドレス姿の少女が青ざめた顔で、


「ユーバーお兄様、アルトお兄様にまた刺客を送るというのは本当ですか!?」

「ジェリダか。ふん、お前に関係あるのかい?」


 部屋に飛び込んで来た妹姫に、冷めた視線を向ける。

 20歳のユーバーと、16歳のジェリダ。金髪の王子と黒髪の王女は、腹違いの兄妹だ。女であり、王位継承権を持たない婚外子こんがいしのジェリダなど、ユーバーにとっては眼中にない。


 しかもこのジェリダは、病弱で平凡、お人好しという……生まれに恵まれただけで何の才能も持ち合わせない少女だ。


 ただし、美貌だけは突出していた。

 まっすぐと艶やかな黒髪も、彼女の真珠のような美貌を彩っている。『政略結婚の駒』としては使えそうなので、ユーバーたちから排除されずに済んでいるだけの小娘。


 それが分かっているから、ユーバーの側近たちも、場違いな王女の登場にうっすら嘲笑を浮かべているだけだ。


「ヤツの死体を確認していないからね。国家反逆の大罪人なんだ、生かしておいていいワケがないだろう」

「そんな……! わたくしたちは兄妹ではないですか、それにアルトお兄様は、そんな恐ろしいことをする方では――」


 つくづく平和な娘だ。

 アルトの罪をでっち上げたのも、ユーバーたち兄弟の仕業だなどと疑ってすらいない。


 ユーバーにとって、2つ下の弟であるアルトは邪魔な存在だった。王位継承権でいえばユーバーのほうが上位ではあるが、いつ寝首をかかれるかもしれない。


 あの弟は――


(何を考えてるか分からないヤツだ)


 権力に興味がなさそうに振る舞っていて、どこか平和ボケしていた。まるで、『血みどろの争いごとのない場所からやって来た異邦人』かのような弟。


 そのくせ、すべてを見通しているかのような達観した目つきもしていた。兄弟間で王位争いが本格化したとき、どう動くか先読みのできない、そんな不気味な男だった。


 しかし、ユーバーがアルトに執着するのはそれだけが理由ではない。


 当時まだ婚約者だった妻・エリザがアルトに色目を使っていたのを目撃してしまった。さらに信じられないことに、アルトはエリザの誘惑をあっさり断っていた。それがなおさら――


(僕をバカにしたアイツだけは……許さない!)


 ユーバーのプライドを、いたく傷つけた。


 だから、アルトに濡れ衣を着せたときも、処刑方法を決めたのはユーバーだった。兵士の失態でアルトに逃げられたあとも、執拗に追っ手を送ったのもユーバーだ。


「ジェリダ、お前にも見せてあげるよ。あの大罪人の首を取ってきたらさ」

「そ、そんな……っ、ひどい……」


 言葉失う妹に、側近ともども冷笑を浴びせる。


 そこへさらに、


「あなた、準備はできましたの?――あら」


 妻のエリザが姿を見せた。

 ユーバーより1つ上の、妖艶な色香を常にまとった美女だ。そんなエリザは、ジェリダの姿を見定めて、


「こんなところで何をしているのかしら? これから王子は出陣なさるのですよ。役に立たないお飾りの王女は――貴女は、お気に入りのお庭で、花とでも戯れていたほうがよろしいのではなくて? あの貧乏くさい庭園で」

「わ、わたくしは……」


 エリザの、華やかだがキツい美貌で迫られると、気弱なジェリダは縮こまってしまう。


「まあまあ、そんなでも僕の妹なんだ。許してやってくれよ」

「ふふ、お心の広い御方。さあ、兄君もこうおっしゃってるのですから、さっさと消えなさい。子供が来るところではありませんのよ?」

「…………っ!」


 目を滲ませ肩を震わせて、けれど何もできずにジェリダは部屋を飛び出していく。

 エリザはその背中を鼻で笑ったあと、鎧を纏ったユーバーにしなだれかかってきて、


「ユーバー様……なんと勇ましいお姿。これで今度こそ、あの浅ましい男を殺してきてくださるのね? あのアルトは、私を誘惑しようとした愚かな男……絶対に殺してくださいね?」

「――ああ。もちろんさ」


 エリザは、ユーバーがあの現場を目撃したことに気づいていない。やはりプライドの高いエリザは、自分の誘いを断ったアルトのことが許せないのだろう。

 

 毒婦どくふというのが周囲からのエリザに対する評価だが――


 そんなことはどうでも良かった。

 この美貌と肉体を思いのままにできる。それがユーバーの自尊心も満たしてくれる。


(ふん。アルトのやつは、こんないい女なんて知らずに死んでいくのさ……今だって、惨めな逃亡生活で死にかけていることだろう)


 それでも容赦しない。

 そろえた側近たちは百戦錬磨の戦士たちばかりだし、ユーバー自身も【白銀級】に匹敵する剣と魔法の腕を持っている。


 この圧倒的な戦力で追い詰めて、たっぷり恐怖を味わわせてやる。


「震えて待つといい、みじめで脆弱な弟。この僕が、手ずから始末してあげるからね……! フフフ、アハハハハ……!」


 

 ――と。

 このときのユーバーは、欠片も想像なんてしていなかった。


 アルトが、王宮よりずっと恵まれた環境で、ユーバーたちよりずっと強大な力を手にしていたことなんて。そして、そんな死地にみずから踏み入れようとしているだなんて――


 まったく考えていなかったのだ。



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