第7話 私、えっちなことされちゃうの!?



 村娘ちゃんの歩く近辺にモンスターはいない。


 人間に目を付けられたくない俺は、ダンジョンでもっとも危険な『モンスター』は入口付近から遠ざけている。そしてまだ何のトラップも設置していない。


 つまり、彼女の安全は今のところ保証されているわけだ。


「一番いいのはダンジョン自体が見つけられないことなんだけどな」


 じつは入口を塞いでみようとしたこともあるんだが、うまく行かなかった。《クリエイト》で物理的に封鎖しようとしても無理。巨大な岩を置いてみたんだが、直後に消滅してしまった。


 この迷宮が人間を誘い込もうとする本能は、ダンジョンマスターの俺でさえも止められないらしい。


 おそらく、人間の侵入自体はどうしようもないんだろう。


 だとすれば俺にできるのは、このダンジョンを脅威だと思わせずに、平和的にお帰りいただくこと。


「村娘ちゃんは――話せば分かるタイプか?」


 彼女にはダンジョンを探索したり攻略しようという意志はない。盗賊や冒険者とは違う。こうしてモニターで観察してみても、ただ迷っているだけに見える。


 モンスターの顔だけ見せて脅かしてもいいんだが……すぐにヤラれちゃう村娘ちゃんの特性を考えると、『勝手に敗北して勝手にヤラれる』なんて未来もあり得なくもない。


 ゲームではだいたいそんな感じだし。

 絶対勝てないのに素手で殴りかかっていって返り討ちにあう。


 同じ『女』であるメディを派遣する手も考えたが、この子は石化の能力持ちだ。


「すぴー、すぴー……」


 俺に抱っこされて寝息を立てているパジャマの少女。そんな姿からは想像もつかないが、この子は村娘ちゃんが1万人集まっても倒せない強力モンスターなのだ。


 トラップも、モンスターと同じ理由でNG。

 ポンコツ村娘ちゃんは、しょぼいトラップであってもエッチな目に遭うキャラクター。


 捕縛用の縄を設置しておけば、どんなに怪しくても自分から触りにいってしまい、設定していないはずなのにSMプレイっぽい姿で縛られてしまったり。


〝そうはならんやろ〟


 と言いたくなる、エッチなトラブルに巻き込まれやすい体質をしている。それがポンコツ村娘ちゃん。


 ……なので。

 どうにか自分の足で無事にここを出て行ってもらいたい。


 なるべくこちらから接触をしないように。


 ただ帰すだけなら――そうだな。

 例えば《クリエイト》で行く手の通路をすべて壁でふさぐ手もある。迷路になっているダンジョンを、帰り道だけの一本道にするんだ。


「でも、言いふらされたら困るよな……」


 村に帰ったあと『あそこにダンジョンがあった』なんて語られたら、けっきょくは他の誰かがここにやって来る可能性がある。


 彼女の口は塞ぎつつ、無事に帰す――


「……アレを使うか」


 俺はモニターの中の村娘ちゃんをにらんで、そうつぶやいた。



 ■ ■ ■




「どういうこと……? なんで洞窟の中がこんな」


 村娘は困惑していた。


 山肌の裂け目、洞窟らしき入口から足を踏み入れてみると人造物らしき通路があって、それがどこまでも続いている。


 壁にはたいまつが掛けられてあって、それなりの明るさが保たれている。

 その中で見る限り、どこもよく整備が行き届いている。


 それでいて人の気配はない。

 もしかしたらこれが伝承に聞く『ダンジョン』なのかも。非道なダンジョンマスターが支配し、悪辣なモンスターたちが蠢く迷宮をそう呼ぶ。


 人間を、特に女性を食い物にし、体を貪り尽くされるというおそろしい場所。

 

 しかしここには、モンスターどころか獣の1匹すら見当たらない。


「不気味だわ――」


 ……なんて言いながらも、村娘はどんどん奥へと進んでいく。

 と。


 ――ガコンっ!


「きゃっ!?」


 目の前に突然なにかが

 村娘の行く手を阻むように。

 は通路に突き刺さった――


「看板?」


 看板だ。木製の立て札。

 文字が書いてある。


==============

   この先には進むな!

    あぶないぞ!

==============

 

 簡潔。

 どストレート。


「ふ、不審すぎるっ!」


 もっともである。

 だが、そんな不審物に村娘は吸い寄せられるように手を伸ばす。


 ぺたぺたと触って確かめて、


「木の看板……普通の」


 もしもこれがダンジョンのトラップだったら、彼女はあっさりと餌食になっていたことだろう。


「ううん、ワケが分からないわ」


 しかし、この看板のの期待したとおり、彼女はきびすを返した。

 そのままダンジョンの外に向かえばいいのだが、


「あれ? どっちから来たっけ?」


 分かれ道。

 明らかに広い道のほうから進んできたはずなのだが、極度の方向音痴である彼女は、


「こっち! 間違いないわ! 懐かしいにおいがするもの!」


 自信満々にハズレの道を選んだ。

 と、すぐさま、


 ――ガコンっ!


「きゃっ!?」


 さっきと同じやり取りが行われる。


==============

   こっちじゃない!

   もう1本のほう!

     戻れ!

==============


「え? そんなはずないけど……」


 今度は看板からの忠告を無視してそのまま進もうとすると、さらにもう1本、


==============

    違うって!

 幼なじみに会いたいんだろ!

   指示通り進んで! 

==============


「えっ誰? なんで知ってるの? 怖いっ」


 誰かがどこかから見ているんだろうか。それにしても幼なじみのことを知ってるなんて。

 半信半疑ながらも戻って、もう1本の道を進む。


 なんて不思議な場所なんだろう。

 村に帰ったらみんなに言いふらさないと。


 そんなことを考えながら歩いて行く。

 しかし、


「ああ、足が疲れた……もうダメかも」


 ヨロヨロと壁に手をつく。

 すると、また看板が。


==============

   そんなあなたに!

   曲がり角を右に

    休憩所あり

==============


「休憩? 本当に?」


 ダンジョントラップへの警戒などすっかり頭にない村娘は、疲れた身体を癒やせるのならと、看板の誘導に従う。


 そこには――


「イス! イスだわ!」


 綺麗な木のイス!

 他になにもない小部屋に、不自然にポツンと置かれた木のイス!


 イスの足下には、見たこともない妙な形状をした器具が置かれてあるが、


「やっと休める……!」


==============

    靴をぬいで

     裸足になる

    疲れ取れるよ!

==============


「靴を? でも疲れが取れるなら……」


 少しでも警戒心のある人間ならせめて安全を確認してから座るところ、村娘は素直に靴を脱ぎ、そのしなやかな素足を謎の器具に乗せ、着席する。


 これがダンジョントラップなら、すぐさま酷い目に遭っていたことだろう。いや――


「ふう…………、あッ!?」


 謎の器具がひとりでに動きだし、村娘の足を左右からギュッと拘束した! 動けない!


「そ、そんなっ!? こんなトラップが!?」


 村娘は絶望の声を上げた。


「私、えっちなことされちゃうの!?」




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