第8話 除夜
受験生にはクリスマスは無かった上に、大晦日も正月も無い。
大晦日の日は、冬期講習という名目でいつも通り塾があり、元日、二日も正月特訓という名目で塾がある。しかし、三日から数日だけは休講日がある。束の間の休息というやつだ。
「今年も終わるねえ」
「そうだな」
今日は大晦日。いつも通りの道をいつも通りに彼女と歩いていた。
彼女とはクラスが別なため、塾での彼女の振る舞いは分からない。おそらく変わらず友達と楽しく過ごしていることは予想もつくが、彼女との会話の内に勝手に分かるものだった。
しかし、彼女は少し変わったと俺は思った。初めて話した時と比べるとほんの少しだけ柔和になったというか、穏やかさが増した気がした。元気でお喋り好きなのは変わらないが、それは彼女の長所なので変わらなくてもいいのか、と最近思い始めた。初めこそは彼女のことを敬遠していたが、今はそんなことはない。この帰り道が大変な塾生活の疲れを飛ばしてくれる、と思っていた。恥ずかしいので彼女に直接は伝えられない。
「あ! またいいこと思いついた!」
「今度はどうした」
「塾休みの日あるじゃん? その日のご予定は?」
「何もないけど」
「だったらさ、初詣一緒に行こうよ!」
彼女は目をキラキラさせながらこちらを見てきた。そんな目をされると断れないことは、理解して欲しいものだ。なぜここまで俺を誘うのか。他の同中の友達とでも行けるだろうに。答えはなんとなく分かっている。彼女のやりたいことを俺が一緒にやる。それが彼女にとっての楽しみなのだろう。
「あ、家族とか友達と一緒に行ったりするなら断ってもらってもいいけど」
「いいよ、俺なんかで良ければ」
「ほんと? ありがと!」
嬉しそうに笑って飛んで跳ねていた。感情がよく表れる少女だ。
「これで正月特訓も頑張れるよ」
「是非とも頑張ってくれたまえ」
俺が冗談交じりにそう言うと、彼女はまた笑った。
そんな風に、彼女にはずっと笑っていてほしい。ただ、何回も言うがそれは俺の考えの押し付けであって、優しさではないことも分かっている。自分が、彼女の立場になって考えないといけない。彼女の命が、そう長くないから。どれだけ辛いかは、彼女にしか分からないはずだ。もしかしたら、笑顔の奥底で苦しんでいる彼女がいるかもしれない。
あれこれ考えだすと止まらなくなるのが俺の悪いところかもしれない。
「啓一郎くーん、話聞いてた?」
「聞いてるよ」
「じゃあ何話してた? 私」
「友達が授業中に寝てて先生に起こされた時、帆乃花もめちゃくちゃ眠かったって」
「ほんとに聞いてた」
なんとも内容が濃いとは言えない会話だったが、ちゃんと彼女の話は聞いていた。
彼女と別れて、寒空の下を俺は一人で歩きながら彼女と出会ってからの数ヶ月の出来事を顧みていた。
彼女と出会って、それから彼女の命が残り少ないということを知った。そうして今では彼女のやりたいことを俺は手伝っている。簡単にまとめるとこうなる。
彼女が俺に病気のことを話した理由は『俺の目が彼女と似ていたから』だった。それに関してはいつまで考えても正解が見えてこない。
『俺の目』は俺自身から見ても何も分からないし、特に何も感じられない。鏡を見てもただの目だ。
彼女の『目』を考えるとどうだろうか。彼女はあの瞳で何を見て、何を想っているのだろうか。死ぬまでにやりたいことをひたすらに楽しむ、と彼女の目は言っているのだろうか。間違ってはいないと思うが、正解ではないような気もした。
結局答えは出ずに家に帰りついた。
今日は、除夜の鐘を聞いて眠りについた。
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