二〇章 青春は卒業した

 「なるはやで、建築チームを作ってやってくるから」

 AIKAのその言葉はまったくもって正しいことだった。

 一週間後には建築チームを率いてやってくるというフットワークの軽さでいつきたちを驚かせた。そのままハーヴェストハウス収穫の家の規模やデザインに関して話し合いが成された。

 とは言っても、自分の家を建てるわけではないので、いつきたちに特に要望があるわけでもない。ほとんど『お任せ』状態でありその分、話はとんとん拍子に進んだ。

 すぐに話はまとまり、工事がはじまった。その間、わずか二週間あまり。そのスピード感はさすがの一言だった。

 「ハーヴェストハウス収穫の家だけじゃなくて、太陽電池と燃料電池を組み合わせた植物式発電システムを設置して、光触媒と自然の浄化作用とを利用した水処理循環システムを構築。さらに、『強敵ともよ! 食ってけ』を増築して笑苗えなの作る美容製品や石鹸、アロマキャンドルなんかを売るスペースを確保……」

 AIKAは指折りながら、これからやるべきことを数えあげた。

 「やることは多いけど、来春の新生活スタート期間に合わせて入居者を集められるように間に合わせるから、その点は心配しないで」

 「してないよ」

 いつきをはじめとする六人の仲間たちは口をそろえて言った。

 「あなたたちの仕事の早さはここまででよくわかっている。安心して任せられるよ」

 「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」

 AIKAはニッコリ微笑み、そう言った。

 そんな笑顔を浮かべるとさすがプロの太陽ソラドル。一般人にはとうてい使えない魅了の魔法があふれ出し、いまにも抱きつきたいぐらいの思いになってくる。

 もちろん、いつきも、慶吾けいごも、雅史まさふみも、まちがってもそんなことはしない。いつきたちにはAIKAの魅了の魔法にまさる愛の絆がすでにある。

 「あなたたちにもやってもらうことはあるわよ」

 AIKAが、くっきり見える谷間もまぶしい胸元に抱いたタブレットの画面のなかから、愛蘭アイラが声をかけた。

 「前にも言ったけど、近隣住民とのトラブルは絶対に避けなくちゃならないことだから。特に、ソーラーシステムには太陽ソラドル印の太陽電池が設置される。つまり、きわどい格好をした女の子たちのおっきな写真がバ~ン! って、かけられるわけだから、それを嫌う人も多いしね。実際、AIKAなんてクレームをつけてきた人相手に暴言、吐いて怒らせちゃったこともあるし」

 「怒らせた? そんなことがあったのか?」

 「べつに、怒らせるつもりなんてなかったんだけどねえ。うちの看板太陽ソラドル、ふぁいからりーふのセンター赤葉あかばが以前、言ってのけたことがあるのを思い出して、つい言っちゃったのよ」

 「なんて、言ったんだ?」

 「わたしたちの胸の谷間からは、世界を照らす輝きがのぼるの。あなたたちはなんの役に立つの?」

 ――そりゃ怒るわ。

 いつきたち六人はそろってあきれた。と同時に、そんなことを堂々と言ってのけるAIKAの度胸と根性に感心した。いや、この場合はオリジナル発言をしてのけた、ふぁいからりーふのセンター、赤葉あかばに感心するべきか。

 「と言うわけだから、近隣住民には本当にきちんと説明してね。ソーラーシステムが広まれば水も食糧もエネルギーも全部、タダになる。エネルギーがタダになれば、すべての物価が安くなる。

 その点をきちんと説明して協力を求めて。それと、ソーラーシステムには宣伝のために定期的に太陽ソラドルの歌も流れるから、騒音だとしてクレームをつけられることもあるの。歌が流れるのは害獣除けのためでもある。その点もきちんと説明して理解を得て」

 「わかった。忠告ありがとう」

 いつきは真面目くさってAIである愛蘭アイラに礼を言った。

 そんないつきを見て、AIKAはクスリと笑って見せた。一所懸命な弟を見守る姉のような笑みだった。

 「がんばってね、みんな。あなたたちには富士幕府のトップも期待しているのよ」

 「期待している? なんで?」

 「あなたたちも気づいているでしょう? 農業は深刻な後継者不足にあえいでいる。このままでは農業は壊滅してしまう。そんなことになれば、恐ろしいほどの食糧危機が世界中を襲うことになるわ」

 AIKAのその言葉に――。

 いつきたちはそろってうなずいた。

 どの顔も真剣そのものの表情になっている。

 危機感を抱いている。

 そう言ってもいい表情。

 AIKAの言葉はいつきたち六人全員が骨身に染みて知っていることだ。

 「だから、富士幕府では、そんな事態を防ぐために農業の地位をあげようとしている。そのために農家を『生活のあるじ』として再定義しているのよ」

 「生活のあるじ?」

 「そう。単に作物を生産するだけじゃない。人々の生活そのものに責任をもち、暮らしそのものを作っていく存在。ソーラーシステムを経営することで水・食糧・エネルギーをタダで提供する。そうすることで人を集める。人が集まれば店が集まる。店が集まればさらに多くの人が集まる。そうして人を集め、自分の望む暮らしを作りあげていく存在。それが『生活のあるじ』。言ってみれば、現代の領主と言うところね」

 「現代の領主……」

 「農家を地域社会の経営者とすることで、若くて優秀な人間を引き込もうというわけ。そのためには、ひとりでも多くの手本が必要。そして……」

 と、AIKAは口もとに人差し指を当ててイタズラっぽく笑って見せた。

 「いつき。あなたはその手本にピッタリなのよ」

 「手本にピッタリ? おれが?」

 さすがに驚いて目を丸くするいつきに向かい、AIKAは説明した。

 「そう。あなたは高校生のときからすでに世界とつながり、実際に世界に出て、世界を体験してきた。そしていま、『食わせる』という明確な理念をもってソーラーシステムの経営に当たろうとしている。その思い、その行動力はまさに、富士幕府のトップが人々に求めているもの。

 だからこそ、あなたに『生活のあるじ』としての手本になってもらいたい。新しい世代をこの道に引き込んでもらいたい。そう期待しているのよ」

 口もとに人差し指を当てたまま片目を閉じてイタズラっぽく、それでもたしかに大きな期待を込めて、AIKAはそう告げた。そして、つづけた。

 「『朱夏』って言葉、知ってる?」

 「しゅか?」

 「青春・朱夏・白秋・玄冬。人生の四つの季節。日本では青春ばかりが取りあげられるけど、本当は四つの季節のひとつ、それも、はじまりの季節に過ぎない。そのあとにつづく季節こそが人生の本番。そして、朱夏は燃えさかる夏の季節。

 種が芽吹き、苗木となって、よそから栄養をもらってグングンと育っていく青春時代。自分のことだけを考えていればいい青春時代を卒業して、自ら旺盛に葉を茂らせて大地を肥やし、実をつけることで多くの生き物に糧を提供する。自分が生きることで世界を豊かにする季節。それが朱夏。『食わせる』ことを目的として行動をはじめたあなたたちは、まさに青春を卒業して朱夏の時代に入った。だからこそ……」

 だからこそ、と、AIKAはその一言に特に力を込めた。言葉を語る瞳にもいつも以上の生気が宿り、キラキラと輝いている。

 「あなたたちの生き様を世界に示して、あとにつづく人たちを増やしてほしいの」

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