八章 民営国家・富士幕府
「民営国家、富士幕府。民営国家?」
なんだ、それ? と、さすがに怪訝そうな表情になった
「『民営国家』という名前の民間企業だ。売れっ子マンガ家の赤岩あきらを代表として設立された企業でな。神奈川全域と東京の一部、それに、富士山以東の山梨・静岡を中心に活動している。
主な業務内容は小説・映画・マンガ・アニメ・ゲームといったジャパニメーションの制作。アイドルのプロデュースと、宝塚みたいな劇団運営も手がけている。それに、建築部門や伝統工芸部門もある。経営理念は、
『誰もが自分の望む暮らしを送れる世界を作る』
富士幕府代表の赤岩あきらはこう言っている。
『法は守る。税金も払う。しかし、そのなかでどんな暮らしを送るのかは我々自身が決める。他の誰にも決めさせない。文句を言うやつは札束で横っ面を張り倒して黙らせる』
つまり、文句を言う人間は賄賂づけにして黙らせる、と言うことだ」
「賄賂づけとは……またずいぶんと正直な言い方だな」
「だが、有効な方法だ」
「『金で飼えない人間はいない』
それが、富士幕府の言い分だからな。邪魔なやつは賄賂づけにして酒池肉林の檻に閉じ込め、現実世界から隔離してしまえばいい。そうあけすけに言っている」
「……それって、犯罪なんじゃないの?」
「犯罪だな」
と、
「しかし、さっきも言ったように有効な方法だ。賄賂の効能は人類文明発祥当初から証明されている。
『賄賂で買収できるなら、我々が賄賂づけにして操ってしまえばいい』
と、まさに逆転の発想だよ。はじめて、それを聞いたときには『それは思いつかなかった!』と、痺れたものだ」
「……はあ」
「まあ、それはともかく」
「『誰もが自分の望む暮らしを送れる世界を作る』という理念を実現するために、富士幕府では『
「
「そう。
そこで
典型的なクール系メガネ優等生キャラだけに、そんな笑い方をすると本当に悪い表情に見える。戦隊ものの悪の幹部そのもので、子どもたちが喜びそうな姿である。
「ここで、先ほどの『札束で横っ面をひっぱたく』が出てくる。つまり、国の法と対立することがあったら政府責任者を賄賂づけにして黙らせる、と言うことだ」
「……はあ」
「そして、富士幕府が
つまり、
「たしかにそれは、おれが言ったことと同じだろうけど……」
「食糧はわかるとして、水やエネルギーをどうやって無料で提供するんだ?」
「農地に太陽電池を設置して、農業廃水を電気分解することで水素を製造。その水素を使って燃料電池で発電。それによって、太陽電池の最大の欠点である『発電量の不安定さ』を解消。同時に、燃料電池による発電の副産物である水と熱も存分に活用する。そうすることで、食糧のみならず水とエネルギーも無料で提供できる」
「いやいや、ちょっとまて」
「おかしいだろう。なんで、それで水とエネルギーがタダになるんだ? ドイツでは、農地に太陽電池を設置することは広く行われているし、日本でも『ソーラーシェアリング』として実証試験が行われていることは知っている。しかし、コストが課題になって広まっていないはずだぞ。それなのに、どうやってタダにするんだ?」
「そのために、プロジェクト・
突然、椅子から腰を浮かせ、身を乗り出して、テーブルを両手で叩きながらそう言ったのは
「プロジェクト・
「そう!
「
と、熱く語る
一方、夫の尻をつねって跳びあがらせた妻の
「このアイドルオタクは置いておいて」と、
「富士幕府では、アイドルに直接、課金できるシステムを取り入れている。通常、ドルヲタはアイドルを応援するためにあれこれグッズを買い込むわけだが、富士幕府ではグッズを買い込むかわりに直接、課金することでアイドルを応援できる。課金された分は、一部はアイドル自身と富士幕府の収入になるが、大半は太陽電池や燃料電池といった発電に必要な設備の購入にあてられる。そして、太陽力発電は火力や原子力とはちがって燃料を必要としない。設備代さえ
文字通り、アイドルたちが世界を照らす光となる。だから『
「それは……すごい発想だとは思うけど、そんなことでどれだけの太陽電池を買えるんだ?」
「現代日本の推し活市場を舐めるなよ! その経済規模はいまや三.五兆円にも達しているんだからな」
「三兆円⁉」
そして、
「それに対し、世界中の人々に安全な飲み水と最低限の衛生設備を提供するために必要な資金はおよそ一兆円。太陽電池を買いそろえるぐらい楽勝だ」
「だとしても……」
と、
「ドルヲタたちに、太陽電池を買うどんな利点があるって言うんだ?」
「そのために!」
ドン! と、テーブルを叩きながら熱く語りはじめたのは、意外なことにいつも冷静なあきらだった。
「富士幕府では太陽電池の購入をゲーム化しているのよ」
「ゲーム化?」
「そう。日本各地に戦国時代の城を模した拠点、ソーラーシステムを建設。課金額に応じてそれぞれのソーラーシステムにアイドル印の太陽電池が設置される仕組みなの。そして、あるアイドルが特定の割合を達成すればそのソーラーシステムを制覇したことになる。自分たちが応援することで推しアイドルに全国制覇させることができるのよ。これはまさに、アイドル戦国時代!」
ドン、
ドン、
ドン!
と、テーブルを立てつづけに叩きながら、あきらは熱く語る。
その勢いたるやテーブルに口がきけたなら、抗議の声を張りあげているにちがいない、と思わせるものだった。
「富士幕府は三代目
「三代目
「そう! 初代・鎌倉
小田原
「あ、ああ……」
あまりと言えばあまりにも意外なあきらの熱意。そのあまりの熱弁ぶりに
――そう言えば、あきらって歴女だったな。
いつも冷静で、沸点も高く『アツくなる』ことなどまずないあきらだが、歴史だけは別。とくに、戦国時代となると別人のようにアツくなる。
普段のあきらからは想像もつかない姿なのでついつい忘れがたちだが、ふたりとも長年の連れの『裏の顔』を思い出したのだった。
「それに……」
と、その歴女の夫たる
「北条軍と言えば五色揃い。まさに、スーパー戦隊の元祖。その点も見逃せない」
――そう言えば、
クールメガネ優等生キャラの意外な一面を思いだし、
幼い頃からの連れである
幼稚園の頃はむしろ、
それが、あるときを境にスーパー戦隊ものにドはまりし、とくに青ポジに憧れ、キャラ作りするようになった。視力が悪いわけでもないのにファッションメガネをかけ、気取ったポーズをとるようになったのだ。
――根っからのメガネ優等生だと思ってたのに、コスプレだったのか。
それを知ったときの
「そういうわけでだ」
「おれとあきらは前々から富士幕府に注目していた。富士幕府ではゲーム化することで太陽力発電を普及させようとしている。現状では富士幕府単独だが、全国に広めようとしているし、徐々にだが、それぞれの戦国大名を模したご当地ソーラーシステムも誕生してきている。そして、ソーラーシステム作りに協力してくれる農家も募集している。実は、おれたちもいままでに何度か富士幕府の本拠地である小田原ソーラーシステムに出向いて、話を聞いている」
「そうか。
「そういうことだ。それで、どうだ?
「それは魅力的だが……だけど、うちの畑は一ヘクタール程度の小さなものだ。そんな小規模農家でもソーラーシステムとやらは作れるのか?」
「問題ない。同程度の規模で契約している農家は幾つもある。それらの農家にも訪問して話を聞いている。そもそも、日本の農家なんてみんな、その程度のものだからな。同じような規模のところが多い」
「そうか。それなら……」
「よし。行ってみよう。くわしく知りたい」
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