六章 目的は『食わせること』
「そうそう。ちょっと遅れちゃったけど、はい、これ。お土産」
「うわあっ」
と、いかにも『かわいいの王道』を
テーブルの上に所狭しと並べられたもの。
それは、色とりどりの石鹸やアロマキャンドル。どれも、オシャレな雑貨屋で売っていそうなかわいらしいものばかりで、小物好きの女子高生あたりが見たら飛びついて買っていきそうなものばかり。
試しにアロマキャンドルのひとつに火をつけてみると、たちまち心地良い、それでいて強すぎない香りがあたり一面に漂いはじめた。
「へえ、すごい。本格的」
そんな仕種がまたなんとも様になる。
それこそ、ネットにあげればたちまち大バズりしてファンの一万や二万はつくのではないかと思わせる。そのあたりがさすが『かわいいの王道』の容姿の持ち主なのだった。
「うん。香りも良いわね」
と、まるで、素人の手作り品を審査するプロのような態度で言ってのける。
生意気と言えば生意気な態度だが、そんな態度が逆に魅力的に映るのが、いまだに『美少女』な容姿を保っている
「でも、本当。どれも、すてきね」
あきらはあきらで色とりどりの石鹸を手にとり、興味深げに眺めている。
色も形も様々で、オブジェのようにかわったデザインの石鹸もあれば、小さくて丸い石鹸をいくつもラップで包みこんだ、まるで宝石のような石鹸もある。
それこそ、使って形をくずしてしまうのが惜しくなるようなものばかり。むしろ、香りのする置物として飾っておきたいようなものばかりだ。
あきらはそのうちのひとつ、キラキラした八角形の石鹸を手にとった。
「これはなに? 普通の石鹸とはちがうようだけど」
「さすが、あきら! お目が高い。それはなんと、オートミール入りの特製石鹸なのよ」
「オートミール?」
「そう。オートミール入りの石鹸には、肌の角質や汚れを落として肌をクリアにする効果があるし、保湿成分が含まれているから肌に潤いを与え、しっとりとした洗い心地になるっていう優れものよ」
「へえ」
あきらは感心した様子で手にした石鹸の向きをあれこれかえて、眺めている。
年頃の女子として美容には当然、気を使っているので、効果の高い石鹸と聞けば興味を惹かれる。
「その他にもエッセンシャルオイル入りだったり、お茶やコーヒー入りだったり、色々な特徴をもった石鹸があるわよ。普通に石鹸として使うのはもちろん、リラクゼーション効果のある『香りのする置物』としても使えるから遠慮なく使って」
「すごいねえ。でも、こんなにたくさん、それも、かわいいものばっかり。高いんじゃないの? どこで買ってきたの?」
「ふっふっ~ん」
「実はこれ全部、あたしの手作り」
「
「そうよ」
それこそ、ふんぞり返りすぎて椅子ごと後ろに倒れるのではないかと夫の
「あたしだって、ただ
いくら自慢してもしすぎと言うことはない。
「畑には美容製品にも使えるものがたくさんある。だから、美容製品にも手を出したいと思っているんだ。その方が高く売れるから。でも、おれひとりではそこまで手がまわらないし……」
を聞いた途端、『ピコ~ン』と、音を立てて
「それ、あたしがやる!」
そう叫んで、
「美容製品に関しては絶対、あたしの方がくわしいんだから! 美容製品作りはあたしがやる!」
そう宣言したものである。
この宣言がきっかけとなって
「なるほどねえ。
「
「でしょ、でしょ。もっと言って」
なにしろ、小学校時代から大学卒業までついにスクールカースト上位を守り抜いた傑物。自己肯定感はとうにMAX。『照れる』とか『謙遜』とか、そんな態度とは縁がない。褒められたらほめられただけ自慢しまくる。
そんな妻たちの様子を、三人の夫は微笑ましそうに見つめている。
「
「ああ。旅の最初から本当に熱心だったよ。『自分の作った品で、
その顔に浮かぶ穏やかで愛情たっぷりの表情。それは、世の女子という女子が『自分もこんな目で見られたい!』と心から願うようなものだった。
「
それは、愛しい妻を自慢する愛妻家の夫から、シビアなビジネスの世界に生きる起業家へとかわった瞬間だった。
「ああ。おれも本当に為になった。ネット上で世界各地の取り組みに関して調べてはいたけどやっぱり、現地に行って直接に見て、人々にふれるとまるでちがう。世界各地の取り組みや、人々の姿勢は本当に勉強になった。なかでも一番、思い知らされたのが『目的をもつ』ことの大切さだ」
「目的? お前の目的は、じいさんの畑を守っていくことだろう?」と、
だからこそ、祖父が亡くなったときに『自分がこの畑を継ぐ』と心に決めた。そのために、農業を学び、世界中の視察にも出た。
そのはずだった。
だったら、いまさら目的もなにもないはずだった。
「ああ、そのとおりだ。そのつもりだった」
「でも、アメリカに行ったとき、知り合った投資家からはっきり言われたんだ。
『世間は君の親ではない。君の感傷のために金を払う人間などひとりもいない』ってな」
「そ、それは……なかなかに厳しい言葉だな」
「だが、正しい言葉だ。少なくとも、経営者としての立場からはうなずける。ビジネスを成功させるためにはなによりもまず、顧客に利益を与えることを考えないとな」
「ああ、そのとおりだ。まさに、その点を指摘されたんだ。その人に
ビジネスを成功させるためにはなによりもまず『顧客にどんな利益を与えるか』という目的をもたなくちゃならない。その目的を顧客と共有できたとき、単なる商売関係ではない、お互いに支えあう関係を築くことができる。そのとき、顧客はファンとなる。こちらが苦しくなったとき、自腹を切って支えてくれる。そんな存在になってくれる。だからこそ、ファンを作ることのできる目的が重要なんだ。そう教えられた」
土産を前にはしゃいでいた三人の妻たちも、生真面目な表情となってそう語る
「だから、おれは、自分がもつべき目的について考えた。
「食わせること?」
「そうだ。農家の誇りは食わせること。誰も飢えさせることなく、うまいものを腹いっぱい食わせることだ。じいさんもまさに『うまいものを腹いっぱい食って、幸せになってもらいたい』って言うその一心で、死ぬまで農業をつづけていた。おれもその思いを受け継ぐ。誰も飢えさせない。誰でも腹いっぱい食えるようにする。それが、おれと
もちろん、おれたちだけでは食わせることのできる人の数なんてたかが知れている。でも、それでも、おれたちが身のまわりの人たちを『食わせる』ことができるビジネスモデルを確立できれば、それを世界に広めるこどができれば、結果的に世界中の人に『食わせる』結果になる」
「美容製品は食べられるわけじゃないけど……」
と、
「畑の産物から美容製品を作って売ることで収益が増えれば、農家の暮らしは安定する。そうなれば、『食わせる』こともやりやすくなる。あたしは美容製品作りで『食わせる』目的を達成するわ」
そう断言する
その口調。
その表情。
その仕種。
そのすべてに揺らぐことのない『断固たる決意』が込められている。
「そう言うわけだ。おれたちは自分たちの目的を『食わせる』ことに決めた。みんなはどうだ? この目的に賛同してくれるか?」
「もちろん!」
「おれこそ『みんなにうまいものを腹いっぱい食ってもらいたい』っていう思いで料理人になったんだ。お前の目的はおれの望みそのものだ。賛成しないわけがないだろう」
「あたしも賛成」と、
「あたしだって、みんなにおいしいお菓子を食べてほしいっていう思いは同じだもの。『我が意を得たり』ってやつよ」
「おれは経営担当だ」と、
「数字を扱うのがおれの役目。経営理念に関しては『キャプテン』である
「わたしも賛成」と、あきら。
「わたしもこの三年間、畑仕事をしてきて『いつもおいしい野菜をありがとう』って言われて、嬉しかったもの。『食わせる』ことには大賛成よ」
「わかった」と、
「賛同してくれて感謝する。ありがとう。では、いいな。おれたちはチームだ。『食わせる』という目的のもと、そのためのビジネスモデルを確立する!」
「おおっ!」
と、五人の仲間たちは腕を突きあげ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます