六章 目的は『食わせること』

 「そうそう。ちょっと遅れちゃったけど、はい、これ。お土産」

 笑苗えながそう言って、足元に置いておいた紙バッグのなかから取りだしたものをテーブルの上いっぱいに並べていく。

 「うわあっ」

 と、いかにも『かわいいの王道』をく容姿のみおはもちろん、その長身とスリム――一部、のぞく――な体型、そして、ボーイッシュな雰囲気で『クールなお姉さん』に見られがちだがその実、ちゃんと可愛いもの好きだったりするあきらもまた、その目を輝かせて笑苗えなの『お土産』に見入った。

 テーブルの上に所狭しと並べられたもの。

 それは、色とりどりの石鹸やアロマキャンドル。どれも、オシャレな雑貨屋で売っていそうなかわいらしいものばかりで、小物好きの女子高生あたりが見たら飛びついて買っていきそうなものばかり。

 試しにアロマキャンドルのひとつに火をつけてみると、たちまち心地良い、それでいて強すぎない香りがあたり一面に漂いはじめた。

 「へえ、すごい。本格的」

 みおが小さな灯のともる、かわいらしいデザインのアロマキャンドルを手にのせて、感心した声を出した。両目を閉じて、まるでキスでもするかのように口もとを差し出し、小さな火から漏れ出す香りを吸い込んだ。

 そんな仕種がまたなんとも様になる。

 それこそ、ネットにあげればたちまち大バズりしてファンの一万や二万はつくのではないかと思わせる。そのあたりがさすが『かわいいの王道』の容姿の持ち主なのだった。

 「うん。香りも良いわね」

 と、まるで、素人の手作り品を審査するプロのような態度で言ってのける。

 生意気と言えば生意気な態度だが、そんな態度が逆に魅力的に映るのが、いまだに『美少女』な容姿を保っているみおの特権である。

 「でも、本当。どれも、すてきね」

 あきらはあきらで色とりどりの石鹸を手にとり、興味深げに眺めている。

 色も形も様々で、オブジェのようにかわったデザインの石鹸もあれば、小さくて丸い石鹸をいくつもラップで包みこんだ、まるで宝石のような石鹸もある。

 それこそ、使って形をくずしてしまうのが惜しくなるようなものばかり。むしろ、香りのする置物として飾っておきたいようなものばかりだ。

 あきらはそのうちのひとつ、キラキラした八角形の石鹸を手にとった。

 「これはなに? 普通の石鹸とはちがうようだけど」

 「さすが、あきら! お目が高い。それはなんと、オートミール入りの特製石鹸なのよ」

 笑苗えなは『ふんぬ!』とばかりに胸を張る。

 「オートミール?」

 「そう。オートミール入りの石鹸には、肌の角質や汚れを落として肌をクリアにする効果があるし、保湿成分が含まれているから肌に潤いを与え、しっとりとした洗い心地になるっていう優れものよ」

 「へえ」

 あきらは感心した様子で手にした石鹸の向きをあれこれかえて、眺めている。

 年頃の女子として美容には当然、気を使っているので、効果の高い石鹸と聞けば興味を惹かれる。

 「その他にもエッセンシャルオイル入りだったり、お茶やコーヒー入りだったり、色々な特徴をもった石鹸があるわよ。普通に石鹸として使うのはもちろん、リラクゼーション効果のある『香りのする置物』としても使えるから遠慮なく使って」

 「すごいねえ。でも、こんなにたくさん、それも、かわいいものばっかり。高いんじゃないの? どこで買ってきたの?」

 「ふっふっ~ん」

 笑苗えなみおの言葉に『ドヤ顔の極致!』とも言うべき笑みを浮かべ、自慢気に胸をそらして見せた。

 「実はこれ全部、あたしの手作り」

 「笑苗えなの⁉」

 「そうよ」

 笑苗えなはふたりそろって驚きの声をあげたみおとあきらに向かって、ますます鼻息荒く、自慢そうにふんぞり返って見せた。

 それこそ、ふんぞり返りすぎて椅子ごと後ろに倒れるのではないかと夫のいつきが心配するほどに。

 「あたしだって、ただいつきについてまわってたわけじゃないんだから。あたしはあたしで、ちゃんと美容製品の作り方を学んできたのよ。石鹸やアロマキャンドルの他、洗顔料に化粧水、美容液、乳液、クリーム、シャンプー、トリートメント、ヘアオイル、日焼け止めに至るまでね。それこそ、なんでも学んできたんだから。どれも天然成分一〇〇パーセント。交じりものなしの本物ばかりよ」

 笑苗えなはドヤ顔連発。あふれる鼻息が荒い、あらい。

 いくら自慢してもしすぎと言うことはない。

 笑苗えなにとって美容製品作りは単なる趣味や仕事の範疇には収まらない。それは、笑苗えなの人生そのものを決めたきっかけ。いまだ、嘘告からの嘘カップルを演じていた頃――笑苗えなはすっかりそんなことは忘れていたが――いつきが呟いた一言、

 「畑には美容製品にも使えるものがたくさんある。だから、美容製品にも手を出したいと思っているんだ。その方が高く売れるから。でも、おれひとりではそこまで手がまわらないし……」

 を聞いた途端、『ピコ~ン』と、音を立てて笑苗えなの頭の上で電球が閃いた。

 「それ、あたしがやる!」

 そう叫んで、いつきを驚かせた。

 「美容製品に関しては絶対、あたしの方がくわしいんだから! 美容製品作りはあたしがやる!」

 そう宣言したものである。

 この宣言がきっかけとなっていつきに必要とされるようになり、結婚にまで至った。

 笑苗えなにとってはまさに、自分の人生を決めた運命の出来事。そうである以上、美容製品作りをおろそかにはできないし、そのための修行に費やした時間と労力とはいくらでも自慢しようというものだ。

 「なるほどねえ。笑苗えな笑苗えなでやることやって来たわけね」

 「笑苗えな、すごい! 立派、賢い、世界一!」

 「でしょ、でしょ。もっと言って」

 笑苗えなは小学校時代からの連れふたりに口々に褒められて得意満面。どんどんドヤ顔になっていく。

 なにしろ、小学校時代から大学卒業までついにスクールカースト上位を守り抜いた傑物。自己肯定感はとうにMAX。『照れる』とか『謙遜』とか、そんな態度とは縁がない。褒められたらほめられただけ自慢しまくる。

 そんな妻たちの様子を、三人の夫は微笑ましそうに見つめている。雅史まさふみいつきに尋ねた。

 「笑苗えなはずいぶん熱心に学んできたようだな」

 「ああ。旅の最初から本当に熱心だったよ。『自分の作った品で、いつきの畑の経営を支えてみせる!』って言ってな。本当にありがたかったし、頭のさがる姿勢だったよ」

 いつきは素直に妻のことを自慢した。

 その顔に浮かぶ穏やかで愛情たっぷりの表情。それは、世の女子という女子が『自分もこんな目で見られたい!』と心から願うようなものだった。

 「笑苗えなが充実していたのはわかった。けど、お前の方はどうだったんだ?」

 慶吾けいごがそう尋ねた。

 いつきは表情を改めた。柔和で愛情たっぷりの笑顔から、厳しくも真面目な表情へと。

 それは、愛しい妻を自慢する愛妻家の夫から、シビアなビジネスの世界に生きる起業家へとかわった瞬間だった。

 「ああ。おれも本当に為になった。ネット上で世界各地の取り組みに関して調べてはいたけどやっぱり、現地に行って直接に見て、人々にふれるとまるでちがう。世界各地の取り組みや、人々の姿勢は本当に勉強になった。なかでも一番、思い知らされたのが『目的をもつ』ことの大切さだ」

 「目的? お前の目的は、じいさんの畑を守っていくことだろう?」と、雅史まさふみ

 いつきがまだ幼い頃、忙しい両親にかわって面倒を見てくれた祖父。その祖父の畑で遊び、農業を学んだ思い出。

 だからこそ、祖父が亡くなったときに『自分がこの畑を継ぐ』と心に決めた。そのために、農業を学び、世界中の視察にも出た。

 そのはずだった。

 だったら、いまさら目的もなにもないはずだった。

 「ああ、そのとおりだ。そのつもりだった」

 いつきは過去形で答えた。

 「でも、アメリカに行ったとき、知り合った投資家からはっきり言われたんだ。

 『世間は君の親ではない。君の感傷のために金を払う人間などひとりもいない』ってな」

 「そ、それは……なかなかに厳しい言葉だな」

 慶吾けいごは思わず引いてしまったが、雅史まさふみはお得意の『メガネを指で直してクイッ』のポーズと共に肯定して見せた。

 「だが、正しい言葉だ。少なくとも、経営者としての立場からはうなずける。ビジネスを成功させるためにはなによりもまず、顧客に利益を与えることを考えないとな」

 「ああ、そのとおりだ。まさに、その点を指摘されたんだ。その人にさとされて、自分の甘さを思い知ったよ。自分の思いばかりで顧客となる人たちのことなんて考えていなかった。『良い物を作れば客はつく』なんて、無邪気に考えていた。その人は『それでは駄目だ』ということを教えてくれたんだ。

 ビジネスを成功させるためにはなによりもまず『顧客にどんな利益を与えるか』という目的をもたなくちゃならない。その目的を顧客と共有できたとき、単なる商売関係ではない、お互いに支えあう関係を築くことができる。そのとき、顧客はファンとなる。こちらが苦しくなったとき、自腹を切って支えてくれる。そんな存在になってくれる。だからこそ、ファンを作ることのできる目的が重要なんだ。そう教えられた」

 いつきはそこまで言ってから言葉を切った。自分の言った言葉の意味を自分自身で噛みしめるかのように。いつか――。

 土産を前にはしゃいでいた三人の妻たちも、生真面目な表情となってそう語るいつきを見つめていた。とくに笑苗えなの表情、誇りと信頼と愛情のこもったその表情は『夫婦のかがみ』とも言うべきものだった。

 「だから、おれは、自分がもつべき目的について考えた。笑苗えなとも何度も話しあった。そして、おれたちは、おれたちの目的を『食わせること』に決めた」

 「食わせること?」

 「そうだ。農家の誇りは食わせること。誰も飢えさせることなく、うまいものを腹いっぱい食わせることだ。じいさんもまさに『うまいものを腹いっぱい食って、幸せになってもらいたい』って言うその一心で、死ぬまで農業をつづけていた。おれもその思いを受け継ぐ。誰も飢えさせない。誰でも腹いっぱい食えるようにする。それが、おれと笑苗えなが打ち立てた目的だ。

 もちろん、おれたちだけでは食わせることのできる人の数なんてたかが知れている。でも、それでも、おれたちが身のまわりの人たちを『食わせる』ことができるビジネスモデルを確立できれば、それを世界に広めるこどができれば、結果的に世界中の人に『食わせる』結果になる」

 「美容製品は食べられるわけじゃないけど……」

 と、笑苗えな。先ほどまでのドヤ顔が嘘のように引きしまり、真剣な表情になっている。

 「畑の産物から美容製品を作って売ることで収益が増えれば、農家の暮らしは安定する。そうなれば、『食わせる』こともやりやすくなる。あたしは美容製品作りで『食わせる』目的を達成するわ」

 そう断言する笑苗えなである。

 その口調。

 その表情。

 その仕種。

 そのすべてに揺らぐことのない『断固たる決意』が込められている。

 「そう言うわけだ。おれたちは自分たちの目的を『食わせる』ことに決めた。みんなはどうだ? この目的に賛同してくれるか?」

 「もちろん!」

 いつきの問いに対してニパッと笑い、真っ先に賛同してのけたのは慶吾けいごである。

 「おれこそ『みんなにうまいものを腹いっぱい食ってもらいたい』っていう思いで料理人になったんだ。お前の目的はおれの望みそのものだ。賛成しないわけがないだろう」

 「あたしも賛成」と、みお

 「あたしだって、みんなにおいしいお菓子を食べてほしいっていう思いは同じだもの。『我が意を得たり』ってやつよ」

 「おれは経営担当だ」と、雅史まさふみ

 「数字を扱うのがおれの役目。経営理念に関しては『キャプテン』であるいつきに従う」

 「わたしも賛成」と、あきら。

 「わたしもこの三年間、畑仕事をしてきて『いつもおいしい野菜をありがとう』って言われて、嬉しかったもの。『食わせる』ことには大賛成よ」

 「わかった」と、いつき

 「賛同してくれて感謝する。ありがとう。では、いいな。おれたちはチームだ。『食わせる』という目的のもと、そのためのビジネスモデルを確立する!」

 「おおっ!」

 と、五人の仲間たちは腕を突きあげ、ときの声をあげたのだった。

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