1-37 訓練にもならないってこれ

 雷人と唯の二人が来たるべき時に備え覚悟を決める決意をしていたその頃、ビルの乱立する舞台で戦う二人がいた。……というか完全に片方が逃げて片方が追い掛ける構図だった。


「うわあああああぁぁぁぁ!」


 空は走っていた。行く当てもなく走っていた。

 ただ、その災害から逃げるために。


 ゴオオオオオオオ! という轟音と共に迫り来る炎が走る空の背中をあぶっていた。

 もし炎に上に向かう性質が無ければ、空は既に真っ黒焦げの炭になっていただろう。


「はぁっはぁっはぁっ、うわぁっ! いたっ!」


 空は全力で逃げる途中で石につまづいて盛大に転がった。

 そして、うつ伏せに止まった空の頭のすぐ上を炎が通過していった。


 チリチリと髪を焼かれている感触に空は勢いよく横に転がって建物に身を隠した。

 焦げ臭いにおいが最大限の警鐘を鳴らしている。


「やばいやばいやばいって! フィアさん強過ぎだって! 訓練にもならないってこれ!」


 空はこの訓練を開始したことを後悔していた。

 訓練なのだからフィアさんも手加減してくれるだろうと思っていた。


 甘かった。全然そんなこと無かった。

 開始直後、やる気満々だった空は突然襲い掛かって来た氷を避けるのが精一杯で、それからというもの、ずっと逃げ続けていた。


 やる気なんてものはどこへやら、フィアさんを攻撃する自分が全く想像出来なかった。


 空には遠距離攻撃がないので当然近付かなければならないが、どう近付いても辿り着く前に燃やされるか、凍らされるだろう。手も足も出ないとはまさにこのことだ。


 建物の陰で空が絶望感に打ちひしがれていると大きな声が聞こえた。

 いつの間にか炎も氷の攻撃も止んでいた。


「そーらー! でーてーきーなーさーい! いつまで隠れてるつもりなのー!?」


 その声にビクッと身を震わせながら恐る恐る顔を出して声のする方を見上げると、ビルとビルを繋ぐように何本もの鎖が架かっていた。


 その上にフィアさんが立っている。

 すると不意にフィアさんがこちらを見て、鎖ごとこっちにって来た。


「そこね。よっと」


「へっ? ちょっ! ぎゃあああああ!」


 もの凄い音を立てながらアスファルトの地面に鎖が突き刺さり砂埃を上げる中、何気ない様子でフィアさんが着地する。


 そして震える空の目の前までやって来ると呆れたように話しかけてきた。


「はぁ、あんたねー。逃げ回ってるだけじゃ訓練の意味ないでしょうが。あんたの能力は何のためにあるのよ?」


「そ、そんなこと言ったってさ! 身体強化しか出来ない僕にどうしろと!? とてもじゃないけど、あんな中を通って近付く事なんて出来ないよ!」


 弁解する空をなぜかいぶかしげな眼で見降ろすフィア。

 すると彼女はとんでもないことを口にした。


「空、あの時の能力説明、嘘吐うそついてたでしょ?」


「へ?」


 突然の勘繰かんぐりに空はほうけた声を上げた。

 しかし、フィアはお構いなしに話し続ける。


「サリアさんには話は通してあるわ。ここで起きた事は一切記録されないし、見る事も出来ない。さあ、あなたの全力を見せてみなさいよ」


 絶対逃がさないとばかりに、フィアさんはにっこりと微笑ほほえんでいた。

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