第7幕 デバッグが終わり、そして次の冒険へ

第46話 おじさん、終末世界を託される


 【バーストスラッシュ】の一撃により、【アトラク=ナクア】は鐘撞かねつき堂ごと吹き飛ばされた。【ジャイアントモスキート】の群れも灰の嵐も消えて、真っ青な空が眼前に広がっている。

 地面を満たしていた汚水は凍ったままだ。爆炎の影響でクレーターができていた。



「あちち……。さすがにまだ熱を持ってるか」



 俺はそんなクレーターの端に佇み、魔法の余波で熱を帯びている無銘を氷上に突き刺した。



「タクトさん。ご無事ですか……!」


「お~……。これはまた派手にやったのう」



 戦いが終わって、リリムとエリカが合流してくる。

 リリムは氷湖に穿うがたれた巨大なクレーターを眺めながら、感嘆の声をあげた。



「まさか数万匹の蚊蜻蛉かとんぼごと吹き飛ばすとは。爆炎剣の威力、パないの!」


「これもエリカが作戦を考えてくれたおかげだ」


「いえ、そんな。ワタシはほんの少しチカラを貸しただけです」



 俺が笑いかけると、エリカは照れたようにそっぽを向く。



「フィーレ先輩に教えてもらった爆炎魔法、それとリリムちゃんの魔力があってこその超広域魔法です。未熟な今のワタシでは到底扱えませんでした」



 そう語ったエリカは砕けたアミュレットを握りしめながら、俺を見つめてきた。



「作戦が上手くいったのもタクトさんがいたからこそ。膨大な魔力を秘めた聖剣を巧みに扱い、人的被害を出さずに的確に敵だけを倒す。そう簡単にできることではありません」


「おいおい。急にどうした? そんな褒めても何もでないぞ」


「いえ、その……。フィーレ先輩と【アトラク=ナクア】の戦いを経て、改めてタクトさんのすごさを思い知ったと言いますか」



 エリカはなぜか頬を赤く染めてモゴモゴと口をつぐむ。

 そんなエリカにリリムがニヤニヤと笑いながら、肩を小突いていた。



「いろいろと並べ立てておるが、ようは礼を言いたいのだろう。ワシさまたちが助けなければ今頃はムシの餌だからな」


「リリムちゃんもありがとうございました。お礼に美味しいご飯を作りますね」


「はははっ! わかっておるではないか! たくさん動いたあとは美味いメシに限る!」


「おまえはヤンチャ盛りの小学生か」



 リリムが豪快に笑う。エリカも釣られて微笑む。

 強敵を倒した開放感も手伝ってか、俺も一緒になって笑みをこぼす。



(ああ、そうだ……。これだ……)



 氷上に刺していた無銘を引き抜いて青空に掲げ、俺は思う。


 エリカも言っていた。

 俺はこういう冒険がしたくて、片田舎の道場から飛び出したんだ……。



『――エクストラクエスト【アバドンの呪い】、見事クリアじゃな』



 俺たちの笑い声に合わせるように、モルガンが現れて拍手を送ってくる。

 モルガンの背後には虹色に輝く宝石……【運命の石リア・ファール】が空中に浮かんでいた。



『――よくぞ”バグ災”を鎮めてくれた。心より礼を言うぞ、タクト・オーガン。おかげで我が器をようやく眠りにつかせられる』


「礼はいい。俺たちは盗賊を捕まえにきただけだ。バグ災はで止めたに過ぎない」


『――ふっ。世界を救ったというのにその態度。ヴィの見立ては間違ってなかったな』


「ヴィヴィアン先生をご存じなんですか?」


『――魔女仲間としてお茶したことがあってな。魔法の研究に没頭した妾と違い、あやつは人を見出すことに情熱を注いだのじゃ。男の趣味は……まあまあかのう』


「俺の顔を見て言うな。そういうのを逆セクハラって言うんだぞ」


『――最近は冗談のひとつも言えぬのか。世知辛いのう』



 モルガンはヤレヤレと肩をすくめると、今度はエリカに語りかけた。



『――エリカよ。おまえにはまだ褒美を渡していなかったな。運命の石は渡せぬが、どれ……。システムメニューをひとつ解放してやろう』



 モルガンがちょちょいっと指を上下に動かす。

 すると、俺たちの目の前にメッセージウィンドウが浮かび上がった。



【――



『――これで一度訪れた街へ瞬時にテレポートできる。【アトラク=ナクア】によって悪用されていたが、ようやっと制御を取り戻したのじゃ』


「おお! すごいではないか! さすがはワシさまのエリカ。一家に一人、万能お手伝い勇者なのだ」


「だから言い方……」


『――バグを修正していけば、『勇者の権能システムメニュー』を復元できるじゃろう。いずれは運営との対話も可能になるやもしれぬな』


「”バグ災”か……。同じようなことはこれからも起こるのか?」


『――可能性は高い。神がログドラシル・オンラインの管理を手放した結果、地上に生まれた世界のひずみ。それがバグじゃ』



 俺の問いかけにモルガンは悲観に暮れるわけではなく、むしろ希望に満ちた表情を浮かべた。



『――とはいえ、何が起きるかはフタを開けてみなければわからぬ。おまえらのような希望がパンドラの箱の底に隠れておるやもしれぬからのう』


「希望……か」



 ヴィヴィアンもそんなことを言って俺に無銘を託してきたが……。



『――そろそろ時間か』



 幽体であるモルガンの体がさらに希薄きはくとなる。

 ヴィヴィアンの時と同じだ。体の一部が灰となって風に溶けていく……。



『――ボスが倒されて財宝も勇者の手に渡った。ダンジョンマスターの役目はこれでしまいじゃ』


「おまえもヴィヴィアンみたいに消えるのか」


『――左様。ゲームだった頃と違い、このダンジョンは二度と世に姿を現すことはないじゃろう。【トランスウォーター】を生み出す【運命の石】も封印せねばならん。課金アイテムが無料タダで、しかも無限に手に入るなんて最悪のバグじゃからな』



 モルガンの体がふわりと移動して、運命の石と一体化する。

 燃え尽きる蝋燭ろうそくが最後に放つ炎のように、運命の石がひときわ強く輝いた。



『――後のことは頼んだぞ。タクト・オーガン。デバッグを行い、世界をまともな姿に直せ。さすれば”真の崩壊”を避けられるじゃろう』


「デバッグって……。俺は勇者でもエンジニアでもない、ただのおっさんなんだが」


『――ククッ。だからと言って放置はできぬじゃろう。おまえはそういう男だ』


「ちっ……。わかってんじゃねぇか」



 俺が剣士を目指したのは、おとぎ話に出てくる勇者に憧れたからだ。

 チュートリアルおじさんとして新人を育てようと思ったのも、いずれ勇者になるPCたちの背中を押したかったから。


 けれど、サービスが終わって自由になって。

 それでわかったことがある。

 おじさんは自分で思っていたよりも冒険野郎で、人の笑顔を見るのが大好きで。

 だから――



「託された。頼れる仲間もいる。二度目の青春を謳歌するのも悪くない」


『――ああ。それでこそヴィが選んだ勇者じゃ』


「だから俺は勇者じゃないって」


『――クククッ。それはどうかな? あとでエリカに見てもらうといい」


「どういう意味だ?」


『――今のおまえたちはノンプレイヤーではない。自らの意思で行く道を決められるプレイヤーの一人じゃ。勇者……『いさみ進む者』を名乗るのにふさわしい』



 運命の石が虹色の輝きを放ち、灰の都全体が消滅しはじめる。

 最後に、俺たちの足下にテレポート用の魔法陣が描かれた。



『――さらばじゃ。最後の勇者たちよ。終わる世界で精一杯足掻あがくがよい。今を楽しめるのは生ある者の特権なのじゃから』

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