第44話 おじさん、バグの女王と戦う


「パパ上直伝! 【デンジャラスブラックサンダーDBTオーバードライブ】ッ!!」



 リリムの叫びと共に、黒い魔力の雷が降り注ぐ。




 ――――ズガァアアアアアアアンッ!!!!




 黒い稲妻は鐘撞き堂を直撃。

 【アトラク=ナクア】は一瞬で焼け焦げに……。



「クスクスクス……」



 だがしかし、【アトラク=ナクア】は無傷だった。

 相手を嘲笑するような女の声が町中に響き渡る。



「【アトラク=ナクア】もバグモンスターだったのか!?」



 モルガンが語っていた。【アトラク=ナクア】は人が魔物に変身した姿だと。

 設定だけかと思ったが、どうやらトランスウォーターの影響もあって人であることを完全に捨てたようだ。



「ワシさま必殺の【BTOD】が効かなかったか。蜘蛛退治はタクトに任せるしかないようだな」



 バグモンスターには通常の攻撃は効かない。唯一の対抗手段は俺の持つ無銘だけだ。しかし、リリムはニヤリと笑ってみせた。



「だがこれで糸は焼き切れたな!」


「……っ! そうか。エリカの拘束を解いたんだな! でかしたぞ」


「起きろエリカ! 朝ごはんを作れ。役目であろう!」


「……っ!? はいっ!」



 リリムの大声に応じてエリカが目を覚ます。

 そして近くにいる【アトラク=ナクア】と目が合った。

 女の擬態は吹き飛ばされているので、目の前にいるのはただの巨大な蜘蛛だった。



「……っ!」



 不気味な複眼に射すくめられたエリカだったが、起きてすぐ状況を理解したのだろう。叫ぶより先に懐から魔法の杖を取り出した。



「F1……!」



 【ショートカット】で氷魔法を使用。

 自分の周囲を凍らせると氷の滑り台を作って――



「きゃああああっ!?」



 その場から滑り落ち、鐘撞き堂から空中へダイレクトに身を投げ出す。

 地上までの高さはおよそ20メートル。



「エリカっ!」


「タクトさん……っ!」



 俺は【ムーブ】を使って壁を駆けのぼり、空中でエリカの体をキャッチした。

 エリカの体を両腕でしっかりと抱きしめながら、近くの屋根に着地する。



「大丈夫か? 今回は酔わなかったみたいでなによりだ」


「ありがとうございます。先輩から頂いたアミュレットのおかげで雷の直撃も耐えられました」



 エリカが胸にぶら下げていたアミュレットは一部が砕けていた。負荷に耐えられず壊れたのだろう。



「はははっ! エリカなら大丈夫だと信じていたぞ」


「リリムちゃんもありがとうございます。ですが今度からはひと言先にください」


「そんな悠長にかまえておったら敵に遅れを取るではないか。臨機応変で良い感じにヨロシクするのが冒険者の戦い方だぞ」


「成り立て冒険者がよく言う。だが、リリムのおかげでエリカを助けられたのは事実だ。よくやった!」


「ふはーーーはっはっ! これくらい朝飯前なのだ。だから美味いメシを作れよ、エリカ」



 【アトラク=ナクア】の本命は【運命の石】だ。エリカは人質として連れ去ったのだろう。実際のところエリカを助け出さなかったら、こちらから手が出せなかった。



「どれ。魔王の慈悲じひだ。勇者を回復してやろう」



 リリムは魔力が有り余っているのか、エリカの肩に手を載せるとチカラを分け与えた。



「ありがとうございます。ですが、こんな膨大な魔力どこから……?」


「あの幽霊BBAからちょっとな。今はとにかく敵に集中するのだ。見ろ、彼奴きゃつめ怒っておるぞ」


「シャァァァァ!」



 件の【アトラク=ナクア】はエリカを奪われたことにご立腹だ。

 鐘撞き堂の上からこちらを威嚇してくる。

 鐘撞き堂には、虹色に輝く【運命の石】が置いてあった。

 お宝を護ろうと必死なんだろう。



「ギギギギギ……っ」



【アトラク=ナクア】は野太い金切り声をあげながら、多脚を器用に操って複雑な魔法陣を空中に描く。すると――




 ゴゴゴゴゴゴ――――。




「なんだ!? 地震か!?」


「アレを見ろ!」



 リリムが都市の上空を指差す。

 灰が舞う真っ白な空……。いや、違う。灰だと思っていたものは。



「【ジャイアント・モスキート】の群れ!?」



 その数は……数えるのもバカらしい。

 見渡す限りの空一面に、真っ白なからだをもつ蚊蜻蛉かとんぼの大群が舞い飛んでいた。



「なんてこった。人気がないと思ったら、市民が全員【ジャイアント・モスキート】に変身させられていたのか……」



 灰の都は一晩で滅んだとされる。その原因は【アトラク=ナクア】が住民を魔物に変えたためだ。バグ云々以前に、こんなものが解き放たれれば世界が終わる。



「あははは……。この世の終わりみたいな光景だ。これが”バグ災”とやらか? こうなったからには、もう……ね」


「おいこら。逃げようとするな。リリムも戦え」


「無理無理無理無理無理だ無理! 一匹でもキモくてクサかったのにそんなのが数千、いや数万はおるんだぞ!? ワシさまに死ねと!?」


「待ってください。下からも地響きが……。これはまさか……!」



 そのまさかだった。

 地面にテレポート用の魔法陣が描かれ、貯水湖を満たしてたはずの紫色の汚水が瞬く間に地上を水浸しにした。



「今度は水攻めかっ! 屋根に避難していなければ溺れ死んでおったぞ!?」


「死ぬだけならまだマシだ。忘れたのか。汚水はすべてトランスウォーターだ」


「下を流れる汚水に落ちたら敵の仲間入り。逃げようにも空は【ジャイアント・モスキート】で埋め尽くされているわけですか……」


「【アトラク=ナクア】は灰の都そのものを使って俺らを罠にはめたらしい」



 言っているそばから、今度は子蜘蛛が屋根の上に這い出てきた。

 町中の建物があっという間に子蜘蛛で占拠される。


 子蜘蛛は普通のモンスターだが、【アトラク=ナクア】と【ジャイアント・モスキート】はバグモンスターだ。俺の無銘でないと攻撃が通用しない。



「万事休すではないか!?」


「クスクスクス……」



 リリムの悲鳴を聞いた【アトラク=ナクア】は、鐘撞き堂のテッペンに陣取って嫌らしい笑みを浮かべる。勝利を確信しているんだろう。

 だが――。



「勝ったな。がははっ!」



 俺はリリムの真似をして笑ってみせた。

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