第41話 おじさん、バグの元凶にたどり着く


「アレを見ろ!」



 リリムが天井を指差す。その指が指し示す先には、3人の男の死体が浮かんでいた。囚われた男たちは、全身に黒い糸が巻き付いており白目を剥いて事切れていた。



「これは……蜘蛛の巣か!?」



 リリムが突撃した部屋には、至る所に真っ黒な蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 部屋の中は薄暗く、声をかけなければリリムは蜘蛛の巣に囚われていただろう。



「おい、リリム。あまり暴れるなよ。糸に絡め取られたら上の連中みたいに巻きにされる」


「さっきの蜘蛛どもが仕掛けた罠か。こしゃくな!」



 足場になる床は部屋の半分までしかなく、柵の向こうに貯水湖が広がっている。

 水は紫色に濁っており、俺でもわかるような濃厚な魔力の気配に満ちていた。



「宙に浮かんでいる男たちが例の密売人か。奥の湖が……」


「間違いありません。ここがトランスウォーターの源泉です」


「あの男、見覚えがあるぞ。ギルドでワシさまに喧嘩をふっかけてきたクソザコ盗賊なのだ」



 リリムが言う通り、俺も見覚えがあった。リリムをノービスだとバカにしてきた盗賊だ。牢屋にぶち込まれてたはずだが、宮殿崩落のドサクサにまぎれて逃げ出したのだろう。



「盗賊は伯爵と繋がりがあった。トランスウォーターの売人として接触してコネを手に入れた。そう考えれば辻褄つじつまは合う」


「そうか! アジトを放棄せねばならなかったクソザコ盗賊どもは【トランスウォーター】の源泉を抑えようとしたわけだな」


「ああ。源泉さえ抑えればいくらでも薬を量産できる。金の湧き出す泉ってわけだ。一か八か。起死回生のチャンスに賭けたが……」


「ふんっ。その結果が蜘蛛の餌か。ざまぁないな。悪党にふさわしい末路だ」



 リリムは盗賊達の最期を鼻で笑ってたあと、エリカに声をかけた。



「同情するつもりは毛ほどもないが見るに堪えぬ。エリカ、ひと思いに燃やしてやるのだ」


「わかりました」



 炎魔法を使おうとしたエリカが杖をかまえた、その時――



「その前に部屋の主のご登場みたいだ」



 俺はエリカを護るように前に立ち、無銘を構える。



「フフフフ…………」



 女の含み笑いのような鳴き声をあげながら、奥の暗闇から巨大な蜘蛛がい出てきた。ドクロ模様の後腹部に女の上半身が合体した蜘蛛型のモンスターだ。



「あのモンスターは!?」


「知っておるのか、エリカ!?」


「【アトラク=ナクア】です。女郎蜘蛛じょろうぐものモンスターで、毒素を含んだ黒い糸で得物を捕えて巣に運びこむ習性があります」


「そいつの名前なら聞いたことがある。とある街を一晩で滅ぼしたとされるレジェンドモンスターだ!」


「クスクスクス…………」



 女の上半身と笑い声は、冒険者を油断させるための擬態ぎたいだ。【アトラク=ナクア】は狡猾こうかつな性格で、罠を仕掛けて得物がかかるのを待つ習性がある。

 案の定、いつの間にやら子蜘蛛が部屋中に涌いていた。道中で戦った蜘蛛はコイツらの斥候せっこう隊だったのだ。



「ザコだと油断させて奥に誘い込み、見えない蜘蛛の巣で絡め取る。そういう算段だったわけか」



 俺らを盗賊の仲間だと勘違いしたのかもしれない。仲間の死体を回収しようと近づいたところを襲う。そのつもりでいたが焦れて姿を現したのだろう。



「をのれ節足動物の分際でちょこざいな! エリカ、やってしまうのだ!」


「F5!」



 エリカが炎魔法のショートカットを使う。

 無詠唱の超高速魔法だ。回避する間はない。

 だが――



「ギッ!」



 母体を護るようにして子蜘蛛たちが炎に飛び込む。

 子蜘蛛の肉壁と蜘蛛の糸による防御膜に阻まれ、不意打ち攻撃は失敗した。



「あやつら学習しておるのか!?」


「【アトラク=ナクア】は下手な冒険者より頭がいいからな。油断してるとやられるぞ」


「シャーーーーーーー!!!!」



【アトラク=ナクア】は一番弱そうに震えているリリムに狙いを定め、蜘蛛の糸を吐き出す。上半身は人間の女性そのものなので、糸を吐く姿はホラー映像だった。



「ひぎぃ! ワシさまばかり狙うな!」



 リリムは悲鳴をあげて糸を回避しようとする。

 しかし部屋には蜘蛛の巣が張り巡らされており、すぐに逃げ場がなくなる。



「エリカ、俺たちにかまわず蜘蛛の巣を焼き払え!」


「わかりました!」



 エリカは続けて炎魔法を放ち、蜘蛛の糸を焼き払う。

 炎が糸を伝い、瞬く間に部屋中に広がっていった。子蜘蛛たちも炎に巻かれる。

 俺もリリムもレジスト効果がある武具を装備している。ある程度の炎なら耐えられるだろう。



「ギヤッ!」



 【アトラク=ナクア】は攻撃を中断して、慌てて巣の奥に引きこもった。

 燃え尽きた糸の代わりに、新たに蜘蛛の糸を壁や天井に張り巡らせる。



「妨害のつもりか!」



 これだけひらけていれば大丈夫だろう。

 俺は無銘により【スラッシュ】をブーストさせて、衝撃波を飛ばす。

 多重に張り巡らされた糸の防壁を蹴散らし、【アトラク=ナクア】の上半身を吹き飛ばした。



「クスクスクス…………」



 だが、人間姿の上半身は擬態だ。本体は妖艶な笑い声をあげると、壁に魔法陣を描いてその中に身を消した。



「消えた……?」


「テレポートの魔法でしょう。他の場所に身を隠したようです」


「入り口のトラップもアイツの仕業か」


「ふんっ! ワシさまに恐れをなしたか。臆病なクソザコモンスターだのう」


「恐れをなしてたのはおまえだろうが」



 【アトラク=ナクア】が、エクストラダンジョン【灰の都】のボスだろう。

 伝承では、古の時代に栄えてたとある都市を一夜で滅ぼしたとされている。その都市こそが、ここ灰の都だったのだ。



「鬼のいぬ間になんとやらだ。後ろは俺とリリムに任せて、エリカはトランスウォーターの源泉を探ってくれるか」


「わかりました」



 俺とリリムが得物を構えて警戒している間に、エリカが貯水湖に近づく。

 足場から下に広がる湖までは5メートルほどの高低差があり、誤って柵を踏み越えれば水面に真っ逆さまだ。エリカは注意しながら柵に近づき、魔力感知を行う。



「この魔力……。やはりこの貯水湖が源泉です。元凶となる魔石が地下水と混ざり合い、トランスウォーターを生み出したんです」


「魔石……?」


「リリムちゃんならご存じじゃないですか? よく宣伝していたじゃないですか。魔法のカードで買える不思議な宝石のことですよ」


「課金石……【運命の石リア・ファール】か!?」





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バーチャルアイドル リリムちゃんの宣伝コーナー

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 リリム「ここまで来るのに大変だったから詫び石よこせ!」


 おはボウクン! 地下におっても宣伝なのだ!

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