第24話 おじさんと新しい仲間


「んで。そこにいる怪しい女魔法使いを仲間にした、と」


「そう睨むなって」



 商業都市バイデンを出発した馬車の中、俺は同席しているリリムに睨まれる。

 馬車にはリリムの他にも昨晩会話を交わしたエリカもいた。

 エリカは申し訳なさそうにリリムに声をかける。



「リリムちゃんにも伝えようと思ったのですが、気持ちよさそうに眠っていたので」


「だからって、ワシさまとの相談もなしに次の目的地まで決めるやつがあるか」


「嫌ならついてこなくてもよかったんだぞ。俺とエリカだけでも盗賊を退治できる」


「別に嫌とは言っておらんだろ。ワシさまの【ブラッディソード】は血に飢えておる。盗賊どもを退治してお金も魔力もガッポリだ」



 リリムは頬をムクリと膨らませたまま、背中の鞘に差した【ブラッディソード】を引き抜く。馬車を運転していた商人は、リリムの剣を見て慌てて振り返った。



「お客さんっ。馬車の中で剣を振り回さないでください。荷物にキズでもつけたら弁償してもらいますよ」


「すまんすまん。こいつにはキツク言ってきかせますんで」



 俺はリリムの頭を無理やり下げさせて商人に謝る。

 俺たちの目的地である【モンムーン】へ向かう馬車は、この商人が使う定期配達便しか存在しなかった。



「しかし、【モンムーン】に向かうなんてお客さんら物好きですな。アソコにあるのは寂れた寒村と古い遺跡だけだ。あっしだって、ほぼボランティアで物資を運んでるようなものですぜ」


「俺たちは冒険者だからな。詳しくは秘密だが、あるクエストを受けてね」


「あ~、なるほど。奥さんもお子さんも強そうですからな。ご家族で冒険者をなさってるんですか」



 商人の何気ない会話を耳にしたエリカは、顔をほんのり赤く染めて否定する。



「い、いえ。タクトさんとは行きずりの関係と言いますか……」


「誤解されるような物言いはやめてくれ。俺とエリカは利害が一致して、パーティーを組んでるだけだ」


「ワシさまは認めておらんがの! タクトの娘でもない!」


「これ以上話をややこしくするなっ!」


「がはははっ。賑やかな冒険者さんたちだぁ。っと、そろそろ曲がらねぇと」



 俺たちの漫才に商人は朗らかな笑い声をあげて自分の仕事に戻った。街道の分かれ道で馬車を北に向けて【モンムーン】にある寒村を目指す。



 俺たちが【モンムーン】を目指すのには理由があった。

 それは昨晩のエリカとの会話が発端だった――。




 ◇◇◇◇◇◇



「タクトさん。ワタシとパーティーを組みませんか?」


「どうして俺なんだ?」


「理由はふたつあります。ひとつはイレギュラーな存在であるタクトさんを監視するため。もうひとつはバグの対抗手段となるアナタの武器を利用するためです」


「いいね。そのストレートな物言い。俺は好きだぜ」


「お褒めいただきありがとうございます」


「俺の監視はわかるが、無銘を利用するってどういうことだ?」


「先日の伯爵との戦いで思い知りました。ワタシにはバグモンスターに対抗する手段がありません」


「バグモンスター……。あの溶岩スライムのことか」


「はい。あのモンスターは火山帯に住むボスモンスター【ラヴァ・スライム】です」


「あ~、そんなのもいたな……」



 火山地帯は大陸の南端にある。

 あまりにも遠く離れた場所にあるので、モンスターの情報がスポっと頭から抜けていた。



「伯爵はある特殊な薬品を使って【ラヴァ・スライム】に変身しました。これは本来のクエスト【エルメリッヒ伯爵の危険なお誘い】にはありえなかった現象です」


「チートやバグの類いだと?」


「その通り。ワタシは伯爵が特殊な薬品……【トランスウォーター】を入手したことを突き止めました」


「【トランスウォーター】? それって動物に変身できるジョークアイテムじゃないか?」



 【トランスウォーター】とは、ログドラシル・オンラインが稼働していた頃にで売られてた課金アイテムだ。

 紫色のポーションが入っている小瓶で、効果は10分間だけ猫や犬といった愛玩動物に変身するもの。一種のジョークアイテムとして売られていたものだ。


 と、そこで大事なことに気がつく。



「【トランスウォーター】は外の世界……現実世界で売られてた課金アイテムだろ。どうしてそんなものがこっちの世界に存在するんだよ」


「ご自身で口にしたではないですが。チートやバグの類いだと」



 エリカはそう言うと懐から化粧瓶を取り出す。中には紫色の液体が入っていた。



「これは別口で回収した【トランスウォーター】の現物です。成分を調べたところ、強力なモンスターに変身する特殊効果が付与されていました」


「そいつで伯爵は【ラヴァ・スライム】に変身したわけか」



「普通の【トランスウォーター】なら10分もすれば元に戻り、ペナルティーもありません。ですが、バグによって生じたこの液体を飲むと体が崩壊して完全にモンスター化してしまいます」


「伯爵も最後はただのスライムになってたな」


「バグモンスターと対峙するのはあの時が初めてで、ワタシも不覚を取りました。まさか魔法が通用しないなんて」


「んで、たまたまそこに居合わせた俺だけが攻撃を加えられたわけだ」


「はい。バグモンスターへの唯一の対抗手段である無銘と、チュートリアルおじさんとして有名なアナタのチカラがあれば世界を救えます」



 エリカはそこでぺこりと頭を下げてきた。



「タクトさん。どうかワタシとパーティーを組んでください。それが嫌ならワタシに雇われてくれませんか?」


「あんたが俺を雇う……?」


「【トランスウォーター】は北にある廃墟【モンムーン】が出所です。そこを根城にしている盗賊たちが好事家こうずかに高値で売りさばいているとか」


「俺を護衛にしたいって話か」


「相手もバカではありません。襲撃に備えてバグモンスターを迎撃に当たらせるでしょう」


「まあ、そうだろうな……」



 伯爵はギリギリになるまで変身を躊躇っていた。人に使うと有害なのはわかっているんだろう。

 だったら動物や奴隷に使わせればいい。【トランスウォーター】飲ませるだけで、あっという間に最強のバグモンスターの集団が現れる。



「事情はわかった」


「なら……」


「その話を受けるとして俺に何のメリットがある? あんたから差し出せるものはなんだ?」


「それは……」



 俺の問いかけ。それはエリカを試すものだった。

 エリカは贖罪しょくざいの意味もこめて、チートやバグによって生じた事件を解決しようとしている。何の見返りもなく衛兵や奴隷を助けたりと、心根が優しく正義感に溢れているのもわかっている。

 騎士団長のシェルフィが言うように、元PCのエリカは勇者としての素質を備えているだろう。


 だが……。



「俺はチュートリアルおじさんを辞めて冒険者になったんでね。ボランティアで人助けをしても腹が減るだけだ」



 金でもアイテムでもいい。何か報酬があるなら気持ちよく力を貸せる。

 俺は勇者ではない。銀等級というそれなりにランクが高い冒険者だ。

 一度でもタダで仕事を請け負ってしまったら他の冒険者に示しがつかない。

 これはケジメやメンツの問題だ。



「ワタシが差し出せるものはこれくらいです……」



 俺の問いかけにエリカは頬を紅く染め、静かにローブを脱ぎ捨てると――。



「美味しいご飯を作りますっ!」



 思いもがけない交換条件を提示してきた。


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