第13話 おじさん、魔剣士にクラスチェンジする


 レジェンドだろうが倒してしまえば、アイテムは残していく。

 俺は【ブラッディファング】から剥いだ黒い毛皮、真紅の牙をカウンターに並べた。伝説級のドロップ品を目にした受付嬢は「はわわっ」と声に出して驚く。



「えらいこっちゃです。プラチナ級の冒険者でさえ討伐が難しいレジェンドモンスターを倒すなんてっ」


「リリムも手伝ってくれたんだ。俺と一緒にランクを上げてもらえるか? それと適性も見たい」


「よろこんでっ!」



 受付嬢は水晶玉を取り出す。

 リリムが手をかざすと【適性職業:】と出た。

 これには俺もリリムも首を傾げる。



「【魔剣士の娘】ってなんだ? そんなクラス聞いたことないぞ」


「ワシさまもしらん。設定資料にもなかった」


「【魔剣士】ならクラスガイドブックで見たことあります。確か……」



 受付嬢は分厚い本を取り出すと、ペラペラとめくって概要箇所を指差す。



「ありました。類い希な魔力と技量を持つ者のみが成れる特殊クラスで、魔法剣スキルを習得できるのだとか。クラスチェンジ条件は、レジェンドモンスターを倒すことだそうです」



 そこで受付嬢は俺に視線を向ける。



「リリムさんの適性は【魔剣士の娘】ですよね? おそらく……」




 慌てて水晶玉に手をかざすと、本当に【適性職業:魔剣士】と出た。



(無銘に宿ってる魔力。それと【ブラッディファング】を倒したことで条件がクリアされて、自動的にクラスチェンジしたパターンだな……)



 無銘はイレギュラーな条件が重なって手に入れたバグった剣だ。

 その影響で俺やリリムも知らない新しいクラスが生まれたのだろう。



「っていうか、ワシさまの肩書きから【娘】の文字は消えんのか!?」


「おかしいですね。普通は剣士や魔法使いと言った定番のクラスに落ち着くんですが」



 リリムも存在がイレギュラーだ。

【~の娘】という初期設定が外れなくて、クラス名についてまわっているんだろう。



「便宜上、リリムさんも【魔剣士】で登録しますね」



 受付嬢は登録名簿を更新して、俺とリリムの名前の横に【魔剣士】と記入した。



「これでリリムもノービスを卒業だ。やったな」


「ふふん。見たか! ワシさまの名前は、リリム・メッチャボウクン・シュトロノーム18世。伝説の魔獣をほふりしアイドル魔剣士だ! 一同、頭が高い。控えおろう!」



 めちゃくちゃ調子に乗ったリリムは、大笑いをあげながら声高に自己主張する。

 これには酒場の隅で酒を飲んでいた柄の悪い冒険者も立つ瀬がなくなる。



「くそ……っ! あんなガキがレジェンドモンスターを倒せるわけねぇ」


「あーーーん? 文句があるのかぁ? 万年低ランクのクソザコ冒険者どもが」


「なんだとっ!?」


「おいこらリリム。煽るな」



 レジェンドモンスターを倒したのは俺だが、指摘すると話がややこしくなる。

 なるのだが……。



「けどまあ、新人相手に喧嘩をふっかけてくるようなの上がらない連中より活躍したよ」


「タクト……」



 【ダイアウルフ】を狩りまくったリリムの頑張りは本当で、活躍的にはノービスから銅等級にランクアップしてもおかしくない。

 頑張った子は正当な評価をされてほしい。それが【チュートリアルおじさん】としてだけでなく、俺個人の心の持ちようだった。



「チッ、親子で舐めくさりやがって」



 売り言葉に買い言葉。柄の悪い男の冒険者は酒場でナイフを取り出した。



「どうせペテンだろ。化けの皮を剥がしてやるよ!」



 職業は盗賊だろう。目にも見えない速さで移動して俺の背後を取る。

 俺の首筋にナイフを突きたてようとして――



「これで正当防衛だ」



 俺は男の腕を掴むとその場で投げ飛ばした。

 腕を放さず関節を決める。



「いでででで! は、はなせっ! 騎士にチクんぞ!」


「そっちが仕掛けてきたんだろう。騎士に通報されて困るのはおまえだ」


「はっ! バカめ。てめぇは新参者だから知らないんだろうが、オレたちのバックには……」



 関節を決められながらも盗賊はえてみせる。

 するとそのとき、ギルドの入り口が音を立てて開かれた。



「そこまで!」



 ギルドに入ってきたのは、白銀の鎧に身を包んだ女騎士だった。

 示威行動だろう。女騎士は金色のショートカットを揺らしながら、身の丈ほどもある大きな盾で強く床を打つ。



「そこの冒険者たちを引っ捕らえろ!」



 女騎士の背後には同じく白銀の鎧に身を包んだ部下たちがいた。

 女騎士の号令に従い、部下は俺とリリム……ではなくて盗賊一味をお縄にする。

 捕まった盗賊は女騎士の顔を忌々いましましそうに睨みつけた。



「てめぇはシェルフィ! どうしてここに!?」


「通りを巡回していたら『騎士を呼べ』という声を聞きつけまして。何事かと様子を見にきたのでありますが……」



 シェルフィと呼ばれた女騎士は、盗賊の足下に転がるナイフを一瞥いちべつする。



「殺人未遂の現行犯です。商業都市バイデンにおける法と秩序は守られねばなりません。たとえ冒険者といえど罪はつぐなっていただくであります!」


「んだと!? 貧乏貴族の跳ねっ返りが! てめぇが騎士団長だろうが怖かねぇ。オレらに楯突いたらどうなるかわかってんか!? 武器を捨ててかかってこい!」


「捨てません。遠吠えが趣味なら牢屋の壁に向かって存分にどうぞ」


「くそっ! てめぇら覚えてやがれ!」



 盗賊は最後に俺とリリムも睨みつけながら、騎士に連行されていった。

 俺は肩をすくめながらシェルフィに話しかける。



「助かったよ。俺はタクト・オーガン。こっちの小さいのがリリムだ」


「略すでない! ワシさまは……」


「リリム・メッチャボウクン・シュトロノーム18世さん、ですよね。ギルドの外まで聞こえていたであります」


「ほほーう? よくぞワシさまの名前を噛まずに言えたな。そこな騎士よ、名は何と申す?」


「ご挨拶が遅れました。私はシェルフィ・カタローグ。バイデンを守護する白銀はくぎん騎士団、その団長をしてるであります」



 騎士団長のシェルフィは背筋を伸ばすと、胸に右手を当てて敬礼した。



「シェルフィか。その名前覚えたぞ。ワシさまが伝説の魔剣士になった暁には、魔宮殿パンデモニウムの警護隊長に任命してやる」


「俺の時は親衛隊の第二部隊の宣伝隊長だったよな。待遇が違わないか?」


「細かいことをよく覚えておるな。あまり気にしすぎるとハゲるぞ」


「余計なお世話だ!」


「ふふっ。仲の良い親子さんでありますね」


「親子ではない!」



 シェルフィが上品に微笑むと、リリムが反射的にツッコミを入れた。

 その様子を見て、シェルフィはますます楽しそうに笑う。

 お堅い感じの騎士団長かと思ったが根は素直な子のようだ。



「暴れた盗賊は当然として……。お仲間までしょっぴく必要はあったのか?」


「連帯責任です。それに彼らは以前からギルド内で揉め事を起こしておりまして、ギルド長から注意を払うよう言われていたのです」


「裏で張ってたのか。突入のタイミングがよすぎたもんな」


「申し訳ありません。本当なら彼が口論を始めた瞬間に突入すべきところを……」


「いいって。現行犯で逮捕しないと牢にぶちこめないからな」



 口論のきっかけになったのはリリムの罵倒だ。話を蒸し返すとこっちまでお縄になりかねない。



「私はこれにて。お騒がせしました」



 シェルフィは最後にまた敬礼をしたあと、部下を伴ってギルドを出て行った。

 途端に静かになる酒場。遠巻きに様子を見ていた冒険者は「清々した」とばかりに盗賊連中の悪口を言い始める。



(あの盗賊、後ろ盾があるみたいな口ぶりだったな……。ギルド長が問題児を放置する理由もわからない。訳ありなのか?)



 俺が顎髭を撫でながら首をひねっていると、受付嬢が慌てたように近づいてきた。



「タクトさん、リリムさん。ギルド長がお呼びです!」

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