第9話 おじさん、冒険者ギルドへ向かう


「ここが冒険者ギルドだ」


「おお~! これが本物のギルドか。設定資料でしか見たことなかったから生で見ると迫力あるな」



 俺はリリムを連れて5階建ての建物に入った。

 1階は酒場になっており、仲間との合流を待つ間に酒を飲んだり情報交換を行える。冒険者にとっての社交場だ。

 けれど俺とリリムには冒険者仲間はいない。ライセンスも所持していない。だから脇目も振らず受付カウンターへ向かった。



「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」



 カウンターで出迎えてくれたのは、おかっぱ頭で眼鏡をかけた受付嬢だった。

 年の頃は20代前半。ギルド職員の制服なのだろう。

 みどり色のチョッキを羽織り、タイトなスカートを履いていた。



「冒険者ライセンスを発行してくれるか?」


「身分を証明できるものはお持ちでしょうか?」


「これでいいか?」



 俺は首にぶら提げているドッグタグを見せる。


 ドッグタグは傭兵の証だ。

 騎士のように身元を証明してくれる仲間や従者がいるわけではない。

 戦場で頭を吹き飛ばされても誰だかわかるように、タグに名前が刻まれているのだ。


 俺のドッグタグと髭づらを見比べた受付嬢は不審そうに眼鏡を光らせた。



「タクト・オーガンさん……ですか? どこかで聞いたような」


「サイショ村の片隅で道場を開いてるんだ」


「ああ。チュートリアルおじさんですか」


「その愛称、ギルドにまで広まってるのか……」



 道場から外に出たことがなかったのでわからなかったが、どうやら俺はそこそこ有名人らしい。怪しいおじさんとして、だけど。



「道場を畳んで再就職ですか? 魔王が倒されたからと言うものの、冒険者を目指す新人さんの数もめっきり減りましたからね」


「あ~、そういう感じになってるのか」



 ログドラシル・オンラインがサービス終了を決めたのも、ログインするプレイヤーの数や新規登録者が減ったからだ。

 そんなメタ情報を知らない一般のNPCの中では『魔王が倒されて冒険者が減った』ということになっているらしい。



「失礼ながらタクトさんはそれなりにお年を召してますよね。正直、厳しいと思いますけど」


「冒険者に年齢制限はないだろ? 上も下もな」



 俺はさきほどから物珍しそうにフロアを見て回っているリリムを親指で差す。



「あっちの子の登録も頼む。名前は……」


「ワシさまはリリム・メッチャボウクン・シュトロノーム18世だぞ!」


「だ、そうだ。長いからリリムでいいぞ」


「よくない! 正式名称で登録せぬと、なりすましアカウントが大量に発生して誰がオリジナルかわからなくなるからな!」


「ウチの子が騒がしくてすみませんね。フルネームで頼むよ」


「誰がいつおぬしの子になった!」


「うるさい。面倒だからそういうことにしておけ」



 俺は元傭兵で剣術師範という設定があり、冒険者としてやっていけるだろう。

 だが、魔王の娘であるリリムは人間社会では野良犬と同じ扱いを受ける。

 だから冒険者ギルドに連れてきた。

 冒険者になってしまえば、住所不定無職の悪魔族でも身分を手に入れられるからな。



「タクトさんとリリムさんですね。手続きの準備を行うので少々お待ちを」


「だから略すでない。ワシさまはリリム・メッチャボウきゅ…………噛んだのだ!」


「言えてないじゃないか。飴ちゃんやるから落ち着け」


「ありがとー、パパ!」


「現金な奴め……」



 舌を噛んだリリムを飴であやしながら待つこと10分。

 受付嬢は奥から水晶玉を持ってきた。



「お待たせしました。こちらの【ステータスチェッカー】をご使用ください」


「出たな。冒険者の適性を見る謎の水晶玉」

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