待機所の人々

【馬】自己紹介はさておき……1000万の使い途を知りたいよね?【金廻小槌/FMK】




「なんだこの配信タイトル……」


 小槌の初配信枠のタイトルを見て、俺はただただ困惑していた。

 本来の予定では【自己紹介】金は天下の廻り物! 金廻小槌です!【FMK】という配信タイトルにする手筈になっていた……というか数分前まではそうなっていたはずなのに、気が付いたらこうなっていた。ワケが分からない。

 小槌の枠は、リマインダーが設定されているだけでまだ配信は始まっていない。


 配信の開始は15時からだ。

 本来なら配信は最も日本人のリスナーが増えるであろう夕方以降にやるのがベストなのだろう。しかし今日は日曜日で昼間も一定数のリスナー暇人が存在しているということと、ゴールデンタイムは大手のVTuberも配信するためそっちに客を取られる恐れがあること、そして何より一鶴本人がこの時間から配信することを希望したため、意志を尊重する形で希望通り15時からのスタートになっている。


 にしても【馬】ってなんだ。

 サムネには満面の笑顔の小槌と、葦毛の美しい馬(実写)がツーショットで並んでいる。

 初配信のサムネか、これが……?


「どう考えても競馬のことかと」


「うわー! 言わないでくれー! 頑張って現実逃避しようとしてたのに!」


 七椿が冷静に冷徹に現実を突きつけてくる。

 日曜のこの時間帯で馬といえば、それはもう競馬しかない。

 そこに1000万円の使い途だなんてワードが組み合わさったなら、一鶴が何をしようとしているかなんて明白だろう。


「恐らくは15時40分出走のオークスに賭けるつもりなのかと」


「オークスか……」


 馬が擬人化するゲームで学んだが、G1のかなりデカイレースじゃなかったっけか。

 確か翌週には同じくG1の日本ダービーもあったはずだが、今はそんなことはどうでもいい。


「まさか1000万全部賭けるつもりじゃないよな?」


「それは本人に聞いてみなければなんとも言えません」


「電話にでねえんだよなぁ、一鶴のやつ!」


 俺は今事務所におり、他には七椿と瑠璃と幽名が、小槌の初配信を一緒に見るために集まっていた。トレちゃんは用事があるからと欠席。

 そして今日の主役である一鶴は自宅から配信すると言っていたので多分自宅にいるのだろう。

 外に出ずとも仕事になるのが配信者の良いところではあるのだが、不測の事態に対応出来ないのは困ったもんだ。

 一鶴にメッセージを送っても既読にならず、電話も安定のスルーだ。

 15時まであと6分。配信が始まる前にせめて一回だけでも話をさせて欲しいってのに。


「別に良くない? 1000万をどう使うかは自由だって、代表も最初に言ってたじゃん」


 瑠璃が他人事のように言ってくる。

 1000万を貰えてない瑠璃にとっては実際どうでも良いのだろう。

 だが出資した俺としては黙っていられない。


「せめて一言あってしかるべきじゃね? 活動費だって渡した1000万を賭けにつぎ込むのなら」


「配信で使ってるんだから名目上の役割は果たしてると思うけど。人だって増えてるし」


 金廻小槌の初配信枠には、すでに2000人近い人数が待機している。

 元から小槌の初配信に興味があった層、FMKの新人が持つ1000万に興味があった層、G1レースが始まるタイミングで大金のBETを匂わせる枠名に釣られてきた競馬ファン……あたりが集まって来ているようだ。


「本日のオークスを同時視聴しながら賭けもするという配信者は一定数いますが、ざっと調べたところ、非VTuberの配信者で、200万ほど既に賭けている人がいるようですね。競合相手の上限がそれくらいですので、1000万もの大金をリアルタイムで賭けるとなれば、話題性はあると思います」


 七椿が申し訳程度のフォローをしてくるが、1000万の広告費として考えるなら対費用効果が低すぎるのではないだろうか。

 そもそも配信で競馬に大金を賭けるというのがそれなりに使い古されたネタであり、目新しさという点でもインパクトに欠けると思う。

 1000万と言えば一般人には手も出せない金額だが、それくらいの賭け金を平気で出してる配信者は一定数以上存在しているのも事実だ。

 昨年の年末も、某有名配信者が1000万円以上を有馬記念に賭け、見事2300万円くらいの払い戻し金を手にしたことが話題になっていたはず。

 そういう点を顧みるに、真に話題性を狙うなら1000万円という金額ではまだ弱いと評せざるを得ない。

 やるならもっと、それこそ億単位の金でも賭けなければ話題にならないと思う。

 石油王にでもならなければそんな金額はおいそれとは出せないだろうけど。


「なんにせよ、こうなっちまったら止めようがないか」


 待機所のチャット欄は、既にコメントで賑わい始めている。

 ここでまた配信内容を変えるようなことになれば、折角集まったリスナーが不審に思うだろう。

 そうなれば素直に視聴に集中出来なくなって、チャンネル登録まで繋がらないことも考えられる。

 運営への批判なども生まれるかもしれないし、ここまで来たらもう余計なことをしない方がいい。

 俺は諦めの境地でチャット欄を眺めて時間が経つのを待つことにした。


 ■


:小槌ちゃんの配信楽しみ……だったんだけどなにこれ?

:初配信で競馬は草

:1000万賭けると聞いて

:流石に全額は賭けないだろ

:このサムネに映ってるのどっちが金廻?

:馬の方だよ

:見てえよ~有り金競馬で溶かす人の顔が見てえよ~

:小槌ちゃん制服着てるし20歳未満なのでは……? 競馬してええんか……?


 ■


「そういや小槌って未成年設定じゃねえか。競馬とお酒とたばこは二十歳はたち過ぎてからだぞ」


 コメントで指摘されるまで気が付かなかった。


「中の人は21だし大丈夫でしょ」


「初手から設定崩壊やめろ」


「バーチャル世界で年齢なんてものは飾りだから大丈夫」


「ところで皆様、ケイバとは一体なんなのですか?」


「まずそこからの人もいたか……」


 幽名がいつものおとぼけを挟んだところで、ちょうど15時になった。

 待機所の画面が切り替わり、時刻ぴったりに配信中の表示に変わる。

 ついに初配信が始まったのだ。

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