第2章 魔法少女は穏やかに微笑む
2.1 肩が凝ったり疲れが抜けなかったりして大変ですわ
夏の足音が聞こえつつある、そんなある日の夕刻。
復帰を果たした魔法少女と、彼女を支える元・魔法少女の二人は、統括機構本部の会議室にいた。
「報告ご苦労、フィエスタ」
「いえ、これが仕事ですから」
形通りのねぎらいの言葉を待ち構えていたように、ブラインドが開く。
差し込む夕日は狙っていたかのような逆光で、二人の対面に居並ぶ三人の重鎮たちの表情は伺いしれない。所属組織の
「盟友たちが再び手を携えて難事に挑む、か。なすべきことは今も昔も変わらぬ。フィエスタとともに、今一度世の平穏と安寧のために励んでくれたまえよ、グロリア」
「心得ておりますわ」
対して、紫音はいつも通り、ほわほわとした人当たりのいい笑みを浮かべている。お偉方への説明を
「お前さんも、よく戻る決断をしてくれたねぇ」
「またお世話になりますわ。皆様もお元気そうで何よりです」
対照的な二人からみて左に居座る一人は、縁側でお茶でも飲んでいるような口ぶりで紫音に話しかける。帰省した孫を出迎える祖母のようで、魔法少女統括機構なんて小難しい名前の組織にはまるで馴染まず、紫音と波長が近そうだ。
「昔話をしたいところじゃが、さっそく本題にはいるかの」
「そうしていただけると助かります」
「あたしらも老い先が短いでの、大切なことは先にすませんとな」
冗談とも本気とも取れない一言を曖昧に受け流した桃香と紫音は、揃ってそっと評を待つ。
重鎮たちの声はいずれも老いを色濃く感じさせるしわがれ声で、男女の区別がつきにくい。枯れ木が風に揺れる音に似ていながらも、言葉の持つ重さや強さを損なわない、奇妙な響きをしていた。
「グロリア、長く前線から離れてなおあの技の冴え、見事であった」
「状況を鑑みまして、おそらくこの立ち回りが最善、と判断したまでです」
簡潔な称賛に、恐れ入ります、と紫音は小さく頭を下げる。
魔犬と対峙したあの夜、彼女は水面下で【鎖】を張り巡らし、相手の膂力を逆手に取って自滅に追い込み、本来の目的である【救済】までこぎつけた。未だ往時の
「上々。自らの力量を見定めているからこそだ。それすらできぬ者が、未知の敵と渡りあえようはずもない」
「緩急と技で相手を下す。若さと引き換えに巧みさを手に入れたと評すべきなのでしょうが、それにしても……」
ここに来てようやく口を開いた最後の一人、紳士的な物腰の重鎮は、紫音の姿を
「不躾なのは承知でいいますが、君は見かけが変わりませんね……?」
「あら、そんなことありませんわよ? 肩が凝ったり疲れが抜けなかったりして大変ですわ」
野球選手だった亡夫や息子の影響もあって、紫音は足繁くジムに通って鍛えている。おかげで体に余分な緩みや弛みはない。そんな彼女にも、年齢は残酷に、そして確実に体へ積み重なる。若い頃とは違い、全力でアフターケアに取り組んでなお疲れを持ち越す日は、明らかに増えつつあった。
「失礼、話を戻しましょう。いただいた映像を見る限り、魔物の【救済】に関しては問題ないと判断します……ですが、長期戦、あるいは連戦になると、どうでしょうか」
「そちらの方面に自信がないのは、今に始まったことじゃありませんわね」
重鎮たちも、伊達に長いこと魔法少女たちを見続けているわけではない。紫音や桃香が抱える不安要素など、とうにお見通しだ。
「十年……いや、十五年でしたか? それだけのブランクがあってなお、魔物を【救済】へ導いたこと自体は評価に値します。むしろ想像以上の成果です」
「でも、これから瘴気による被害が拡がらん保証もないでのぅ。早いところあのころの力を取り戻してほしい、それがあたしらの総意じゃ」
それなら、と桃香は別の資料を提示する。然るべき手順をすっ飛ばし、最も力のあるお偉方に直訴する機会は、今をおいてほかにはない。
「グロリアが力を戻すか、その見込みが立つまで魔法少女を増派できないか提言しておりましたが、そちらの承認をいただけませんか?」
だいぶ厚めのオブラートに包んで「とっとと人をよこせ」と催促するのだが、漂う空気は
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