貞操逆転×→性欲逆転世界で配信者してなりきりチャットして女装する

坂水雨木(さかみあまき)

第一章、傘宮優理の日常。

配信者してなりきりチャットして女装通学する男。

 貞操逆転世界、というものがある。


 わかりやすく言えば、女がエロく、男はエロくない、という世界観のことである。

 創作者にもよるが、基本的に男女比は男が極端に少ないことが多い。

 女の数は多く、さらには男の性欲が女に移り変わったようなものなので、やたらとエロイ女が多くなるのだ。


 男足らず、女余り。追加で女の性欲過多。

 こうなればもう、それはエロい女が多くなるのも必然的だ。


 ならばそんな世界に、男女比1:1かつ男の性欲過多な世界から転生してきた男がいたとすれば。

 それはもうエロエロドスケベな日々を送ることになるだろう。


 ――と、彼も思っていた。

 

 

 


 ――配信プラットフォーム「Churich」



【ライブ配信】「今週もお疲れさまでした」

Yutchura_live ☆サブスクライブ

#ユツィラ #高身長 #低音ボイス #ASMR


 配信画面を立ち上げ、毎度のごとく意味不明なコメント欄を見る。

 マイクは既にオンだ。


▼チャット▼

焼き鳥ちゃん:待機

焼き豚ちゃん:待機

焼き牛ちゃん:待機

焼き菜ちゃん:待機

焼き魚ちゃん:待機


「相変わらず君らの名前どうかしてるよ」


▼チャット▼

焼き鳥ちゃん:きちゃあ

焼き豚ちゃん:伏して待っておりました

焼き牛ちゃん:遅かったねー

焼き菜ちゃん:うう、電車で見てたかいがあった

焼き魚ちゃん:水族館で泳いでいました


「はいはいお待たせお待たせ。えー、いつも通り名前は消しますねー。あと焼かれた魚は泳げないから」


▼チャット▼

うわ、私の名前消えてる……

いつも通り過ぎる件。ていうか名前消す意味ある?なくない?ないよね?ないと思う。私の名前呼んで

晩酌配信助かる

お名前呼びは限定配信に行って、どうぞ

私、お魚さん。嬉死


「名前ずっと付けてたら、君たち本名にするじゃん。それと晩酌は僕じゃなくて君らが勝手に飲んでるだけでしょ、まったく」


 PC画面に流れるコメントを見ながら喋る男。

 消極的な男性の多い世界でわざわざ配信者をやる男は数少なく、さらに下ネタOKエロOKなスタイルなどありえるはずがない。そう、ありえないのだ。

 

 ならこの男は何なのか。配信者であり、性別は男である。ただし配信上の性別は女である。つまりネカマであった。


「今日はASMRをやろうと思っていたんだけど、コメント的にちょっと時間早いかな。今……もう二十時だよね?え、君たちちょっと働き過ぎじゃない?大丈夫?おっぱい飲む?」


 重ねて言うがこの男、一応は配信上女で通している。


▼チャット▼

ママ……パパ……?

両親同一存在説

私らはママかパパかどっちに親権を渡せばいいんだ

雄っぱい。つまりパパ。証明完了

声はパパ、言い分はママ。つまり……?

あたしらの中のユツィラを信じろ


「実は僕、君らのパパでもママでもないんだよね。しいて言うならお姉ちゃん、かな」


 やれやれと首を振って言う男であるが、母親でもなければ姉であるはずもなく、実際男の年齢(二十歳)と視聴者層(平均年齢三十歳)を加味すれば、弟がいいところである。


 傍から見ればあべこべな配信は実にインターネットらしく、男はマイクをASMR用に変えたり、エッチなブラウザゲームをプレイしたりエロトークを熟したりしつつ、今日の配信を終える。


「……」


 イヤホンを外し、椅子から立ち上がり伸びをする。

 ぼんやりと虚無虚無しい顔でSNSに文章を打ち込む男が一人――――。





 ――某なりきり個別チャット


▼あなたのための夢見チャット▼


八乃院灯華:お初にお目にかかります。私、八乃院灯華と申します。

隣の旦那様:初めましてこんばんは。八乃院さん。本名じゃなくても大丈夫ですよ。

八乃院灯華:そ、そういうものなのでしょうか。ですが私、名前で呼んでもらいたくて……灯に華でトウカと読みます。お願いできますか?

隣の旦那様:構いませんよ。トウカさん。それでは今日あなたが私に求める人物像をこちらにご記載ください。

八乃院灯華:承知いたしました!



――――――。


――――。


――。



 

 ――ピロートーク。


『はぁ……ふぅ……はぁぁ♡旦那様ぁ、キスを……おねがいいたします……♡』

「しょうがないお姫様だ……ほら目、閉じて……」

『ん……ふ、ちゅ……ふぁ♡……うふふ、旦那様、唇熱いです』

「そう言うトウカもずいぶん熱っぽいな。唇も、頬も、額もな。……体温はどうだ?額を合わせれば温度は計れると言うからな」


 未だ脳内に先ほどまでの嬌声がリフレインしているが、演技は続いている。

 マイクの使い方、音の出し方、口調や語調は設定上の物を意識する。おでこを合わせた体温測定は名案だった。


『んっ、だ、旦那様ぁ、恥ずかしいです……♡』

「はは、さっきまでアレだけ叫んでいて今さら恥ずかしいもないだろう。綺麗な顔がよく見える」

『んんぅ……好きです、旦那様』

「俺も大好きだよ」

『ふふ、旦那様、私の名前呼んでくださいっ』

「トウカ、好きだよ」

『あ♡もっと、もっとです』

「トウカ、トウカ。トウカトウカ……俺だけのトウカ。愛してるよ、トウカ」

『――……えへ、私も愛しています、旦那様♡』


 睦言を交わしながら、表情を変えず真顔のままの男が一人――――。

 

 

 


 ――日本某所、百原ももはら大学。


「えー、今日の由梨ゆりの髪形可愛くない?」

「ねーっ。やばいよねー!超可愛い……」

「いや自分で言うの?可愛いけどあんた、自分で言う?」

「まあ実際可愛いからねー。自分で言いたくなるのもわかるよー」

香理菜かりなの言うこともわかるよ?けどこの子、鏡取り出して見惚れてるじゃん」

「あ、あははー。それはほら……個性、みたいな?」

「その個性やばいでしょ」

「む、私のこと馬鹿にしたでしょ?このこのー、超可愛いのは事実なんだし、いいじゃんいいじゃん。私、可愛い。今日はいつにも増してキュートな由梨ちゃんでーす☆」


 学内、東館二階二○三教室、授業開始十分前。

 世界中見渡せばどこかでまったく同じ会話でも見つかるような、そんな緩い話をしている女三人組がいた。


 ふわっふわのゆるふわブラウンヘアーにゆるっふわっとしたコーデでもこもこの女、由梨。

 綺麗系でパシッと決めた大人っぽい金髪ロングストレートなモノトーンコーデの萌花もか

 ロングスカートにクリーム色の長袖シャツを着た、ダークブラウンショートボブのダウナー系な香理菜。


 女だらけの世界でなくともありふれた光景だが、女ばかりのこの世界では至る所で見られる光景だった。現に、少し視線をずらすだけで数人の女学生が待ち時間に雑な会話の花を咲かせている。


「なんか由梨、今日テンション高くない?」

「え、そうかな☆いつも通りでしょ?」

「やー、ちょっと高いと思ったり思わなかったり」

「でしょ!?ほらねー、香理菜もそう言ってるじゃんあたしが合ってるって」

「むぅ、テンション高いかなぁ……。あ、ふっふっふ」

「……何、その笑い。嫌な予感するわね」

「あっ、わ、わたし用事思い出しちゃったぁ。ごめん――っ」

「逃がさんっ」

「ちょ、モカはーなーしーてー」

「二人でいればダメージも分散されるって、前にあんた言ってたじゃん」

「それゲームの話!」

「ふふふー、二人とも楽しそうっ!実はね、揃ってロールプレイをね!やろうと思ったの!」

「「……名前だけでやばそう」」

「ふふー、やばくないよ!一緒にやろっ☆」


 よくある……とまでは言わないが、普通の女学生三人組の会話でしかない。

 しかし一つ、この三人には致命的におかしな点がある。何を隠そう、この中に一人男が混じっているのだ。


 男である。

 男女比1:10のこの世界において街中で見かけはしても直接話す機会は少ない、意外に貴重な存在である男だ。


 最初に貞操逆転世界について述べたが、この世界は別に貞操観念が逆転しているわけではない。

 確かに女性の数は男性より圧倒的に多く、男足らず女余りの状況には陥っている。男の性欲減衰と女の性欲増幅も科学的データとして事実起きている。

 女がエロエロになり、男がしなしなになっていることは事実だ。


 だが、貞操観念は逆転していない。

 女性が人目を憚らず下ネタを言うこともなければ、やたら煽情的な格好で歩き回ることもない。

 アンダーグラウンドな部分の変化はあれど、表面上の変化は少ない。


 つまり、この世界――性欲逆転世界と称するが、性欲逆転世界に男として転生したとしても、その男が意図してアングラな場所へ行かなければ露骨な変化は感じられないわけだ。


「えっとねー。じゃあ私がテンション低い香理菜ちゃんになるから、香理菜ちゃんは恥ずかしがり屋なモカちゃん演じてね。モカちゃんは、私!」

「いやいや、これから授業始まるから!無理無理。第一あたしがあんた演じるって……う、考えただけで頭悪くなりそう」

「わたしがモカちゃんをかー……ふむふむ。由梨の提案にしては結構面白いかも」

「香理菜!何乗ろうとしてるのよ!?あたしやらないからね!絶対だから!」

「そうは言ってもー?」

「気が向いちゃったらー?」

「ま、まあやらないこともないかな――ってあんたらー!」

「きゃー!モカちゃん怒ったー!」

「あ、先生き――」

「えっ」

「――きそうな予感がする」

「……香理菜?」

「あと五分もないし、普通にテキスト出しておかない?」

「うん。さんせーいっ」

「……はぁ。わかったわよ。もう」


 並んで座る三人はどこからどう見ても仲が良く、この中に男が混じっているなど到底思えない。当然のことだが、他二人は友達の一人が男であることを知らない。


 講義が始まり、大学が終わり、家に帰り。

 国から貸与された男性用の五感誤認アクセサリーを外し、ウィッグを取って化粧を落とし、女性もののゆるふわ服を脱いでシャワーを浴びる。


「……はぁ」


 リビングに戻り、携帯の通知だけ確認した後ベッドに放る。

 男物のパンツとインナーシャツだけと言う、性欲旺盛な女性諸氏が見れば垂涎ものの格好で男はベッドに座る。そして頭を抱えた。



「どうしてこうなった……」



 嘆く男は転生者である。


 ある時は配信プラットフォームChurichにて"Yutchura_live"のオーナー「ユツィラ」を演じ。

 ある時はエロボイスなりきりチャットで「隣の旦那様」を演じ。

 ある時は百原大学の女学生「由梨」を演じ。

 またある時は、ネット紳士「エロ侍従」としてエロボイス、エロポエムの投稿を行う。


 迷走を繰り返し、気づけば自分が何のためにネット活動を始めたのかわからなくなってしまった。


「……」


 思えば遠くまで来たものだ。


 ユツィラ、高身長低音女子配信者として多くの女性に楽しみを提供してきた。 

 隣の旦那様として、多くの欲求不満な女性にいやらしいことを囁いてきた。

 由梨として、花の女学生を楽しんできた。

 エロ侍従として、多くの女性にエッチなオトモを提供してきた。


 それなりに金を稼げるようにはなったし、男としての自分を求められるのは気分が良い。女として過ごすのも楽しく、前世では経験しなかった華やかな日々を過ごしている自覚はある。

 性生活の充実はともかく、生活自体は満ち足りているだろう。


 しかし、最初は違ったはずなのだ。

 もっとこう、数人の女性とイチャイチャして「ははは、大丈夫だよ。君たち、この僕が全員を愛してあげるから」みたいな。頭は悪いが、そんな男の妄想を詰め込んだハーレムを求めていたはずなのだ。


 間違っても女装やネカマを楽しむ生活は求めていない。


 エロボイスチャットもエロボイスも全部仕事だ。いかに相手が気持ちよくなれる言葉を選ぶか、相手の求める存在になれるかがすべてであって、そこに自分はいない。何より肉体的快楽は一切ない。


 演じることに慣れ過ぎて、素の自分を知る存在がどこにもいなくなってしまった。しいて言えばユツィラが素に近いので、ユツィラのリスナーが心の友みたいなところはあるが……絶望した。エッチな女性はよくても、エロいだけの女はだめだ。


 エロは求めているが、僕はそれ以上にイチャイチャしたいんだよ。

 転生者の悲しい呟きである。


「……配信しよ」


 ぽそりと呟き、男は立ち上がる。

 パソコンを立ち上げ、携帯で告知やら何やらを進めるこの男。


 現代日本より男女1:10の性欲逆転世界へ転生した、極めて稀なインターネットアンダーグラウンドに生息する女装学生であり、名前をユツィラ――ではなく、傘宮かさみや優理ゆうりと言う。





――Tips――


「性欲逆転世界」

男女比1:10であり、男性の性欲減衰、女性の性欲増幅が顕著な世界を指す。

上記に加え、女性の貞操観念は変化がなく恋に消極的。少子化は徐々に進み、女性ばかりが生まれるため人類は緩やかな滅亡に進んでいる。

余談であるが、女性の肉体が全体的に強靭となっているため、男女の平均身長はほぼ等しくなっている。

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