第18話星降る月夜の砂浜
少し欠けた月明かりの下、日課のトレーニングのために外に出てきた。今日は、まだファイポくらいしか使っていない。限界まで魔力を出し切るのが修行だ。それから寝れば、魔力量やスピードが少しずつでも増して行く。継続は力だ。春の夜は肌寒いけど、海風が心地いい。
夜空にトンビ3羽が風を受けて飛んでいる。ピーヒョロロと鳴いて気持ちよさそうだ。
晴れ晴れとした気分だ。このまま何もかもうまくいけばいい。うまくいく気さえする。
キーラによると、街に入っていたエレム封印のための部隊も解散しているということだ。危険がゼロではないけど、アレイオスの中でビビっていたら、魔獣の森になんか行けない。
繁華街の灯りを見下ろしながら総督府の丘を下って、街外れの海岸にある砂浜まで歩いた。
久しぶりに一人で行動するのが、楽しい。故郷のタイトス研究所を出たのがつい昨日だなんて、信じられない。いろんなことが本当に目まぐるしく起きた。
大蜘蛛や飛竜に襲われたり、炎犬を倒したりもした。
ドラゴンの情報も増えた。タイトスやリブレイオス、死んでしまったカンカラカンまで。
照明のために炎犬の杖にファイポを灯して、砂浜に刺す。少し火を大きくして、辺りを照らす。
ポケットから石のミニゴーレムを出す。魂の魔法についてまだわからないことばかりだ。
水の魔法もまだまだカリンほど使えないし。もう足手まといには、なりたくない。
少しでも戦力になるようになりたい。俺にだけ扱える、このゴレゴレムで!
ドワラゴンが炎犬の歯や小骨など魔道具に使えない小さな骨をたくさんくれた。
試してみたいことがある。
ゴレゴレムでミニゴーレムを出す時、初めてでよくわからなかったけど、ある感覚があった。
人間大のゴーレムを一体出そうとして、ミニゴーレムが出てきた。でも、初めからミニゴーレムを出そうとしたら?それも。。。複数!できるだけたくさん出そうしたら、幾つまで一気に出せるのか。
ゴーレムの大きさはスピードに比例していそうだ。数は魔力の量で決まるのかもしれないというのが、俺の仮説だ。
やってみよう。ついでに無詠唱で。
身体の中がポカポカするのを感じる。行けそうだ。できるだけ多く!
「ゴレゴレム!」
ポコッ
お、地面からポコッと砂を固めたミニゴーレムが一体出てきた。あれ?やっぱり一体ずつなのかな、
ポコ!
おお!
ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ!!
周り一面、ミニゴーレムだらけだ。やった成功!!
いや、よく見ると動いているのは、2体だけで、他の数十個は、形だけで動かない。
汗が吹き出して、くらっと立ちくらみがする。どうやら1日に出せるミニゴーレムは、さっき出したのと合わせて3体が魔力量の限界みたいだ。思ったより一気に魔力を消費した。
ゲホッッ
いきなり口一杯に吐血した。視界が一瞬真っ白になる。
死んだかと思った。
はぁ、はぁ、はぁ
血!?あれ?なんかまずかったのかな。
ちょっと危なかった。ここに一人で倒れたら大変だ。
ふー
水筒を開けて、口の中をすすぐ。真っ赤な血で染められた水を吐き出す。
やばいかな。
でも、体調は、悪くない。むしろ、少し身体が軽くなったような気がする。
あとはランニングと自重を使って筋トレをしよう。
俺がランニングをしたり筋トレをすると、ミニゴーレムも隣りで真似をする。砂の身体を鍛えてどうするのかわからないけど、可愛い。ゴレゴレムを唱える環境によって、ミニゴーレムの素材が変わるみたいだ。炎犬の骨でミニゴーレムを作ったりしたらどうなるのか、今度、試してみよう。すごい量の魔力を使いそうだけど。
身体が重すぎてトレーニングを短めで終えた。筋トレしても回数を数えられない。よほど疲れているみたいた。
今出した砂のミニゴーレム2体の小さな眼の光が弱くなって、動きが鈍くなっていく。
石のミニゴーレムは、まだ元気いっぱいだ。背中に炎犬の骨を刺しているからだ。
そうだそうだ。これを差してやらないと。
指先がうまく動かない。どうしたんだろう?指先の感覚が鈍い。
ポロポロと炎犬の骨を砂浜に落としながら、やっと一つをミニゴーレムの背中に炎犬の歯を差し込む。電池みたいな感じだな。炎犬の歯をミニゴーレムの背中に刺すとまた眼をキラキラさせて動きだした。
魔力を使い切っているから、眠いしクラクラする。ここで寝たら風邪をひく。やけに視界がぼやけるな。そろそろ帰ろう。
はーっ。なんか充実した1日だったな。ポケットからポムルスの実を出して、ゾゾ長老みたいにシャリっとかじる。
あれ?味がしない。おかしいな。
なんだろう思ったより回復しない。まだフラフラする。
「エレム、こんな夜に砂遊び?ミニゴーレム、3体に増やしたのね!いいなー!ミニゴーレム」
え?カリン?!いきなり声をかけられて、びっくりする。
慌てたせいでポムルスの実を服の上に落として、果汁が服につく。
「カリン?!どうしたの?こんな時間に、こんな場所に。危ないよ」
「なによ?ここが危ないならエレムも危ないじゃない。平気よ。
ここは、あたしのお気に入りの場所でもあるの。
ねぇ、寒いからファイポの火を大きくしてよ」
ファイポの火を大きくする。魔力がない状態で魔力を使うと身体がダルくなる。
海を見ると、リブレイオスが怪しく光っているのが見える。
遠く海上のドラゴンを見ながらカリンと並んで砂浜に座る。
ヤシガニのような大きなカニが砂浜をノシノシ歩いている。
「ねぇ、エレム。顔色悪いけど、大丈夫?魂が抜けているみたい。目がうつろよ?」
「う、うん。多分、大丈夫。。。かな?」
ちょっと強がりを言ってしまった。本当は、すぐにでも横になりたい。
「ミニゴーレムをあのカニグモと戦わせてみたら?ミニゴーレムのこともっとよく知りたい」
「え?うん。そうだね。やってみる」
行け!と念じると、ミニゴーレム3体がカニグモに立ち向かう。カニグモの大きさは、3体を合わせたのと同じくらいだ。
驚いたことに、ミニゴーレムが自分達で作戦を考え始めた。信号を出し合っているのか、ミニゴーレム同士の音を出さない会話があるみたいだ。細かい指示をしなくても、勝手にV字の隊形を作っていく。V字の頂点に石のミニゴーレムだ。ガンダルに教わった陣形だから、俺の知識や経験を元にしているんだろう。
砂のミニゴーレム2体がカニグモの両手の大きなハサミと対峙する。
カニグモは、片方ずつハサミを前に突き出す。どうやら両方のハサミを同時に攻撃しないらしい。
「エレム。目を閉じて」
「え?」
「いいから早く」
「う、うん。わかった」
俺の後ろからカリンが両手で俺の眼を塞ぐ。
カリンの大きな胸が首筋に当たる。だめだ、そんなことを考えちゃ。カリンの手が顔に触れているだけでも、幸せだ。このまま眠ってしまいたい。
「エレム、いい匂いがするわね」
うぅ。なんか恥ずかしい。筋トレしてたから、汗臭いとか言われなくてよかった。ポムルスのおかげかな。
何も見えないけど、ガチャガチャとミニゴーレムがカニグモと戦っている音がする。
「す、すごい。エレムが見ていなくても、自分で考えて動いてる」
背中からカリンの声がする。カリンもドキドキしているのが分かる。
カリンの手が熱くて、汗ばんでいく。
「エレム、顔が冷たいわよ?血の気もないし」
カリンが手をどける。
ゆっくり目を開くと、ミニゴーレムが勝ち誇ったように黒焦げのカニグモの上でぴょん飛び跳ねている。
エビやカニが焼けたような香ばしいいい匂いが立ち込めている。
「すごかったわ。
砂のミニゴーレムがタイミングをずらしてカニグモに攻撃し始めたの。
カニグモが右のハサミを前に突き出した時に、カニグモの左のハサミを砂のミニゴーレムが上から押し潰して砂にめり込ませたわ。
ひるんだカニグモの右のハサミを砂のミニゴーレムが上から押し潰して、また砂に埋めたの。
そうしたら後ろから石のミニゴーレムがジャンプして、カニグモの両目の間をドロップキックでかち割った!
素晴らしい連携だったわ」
「連携もミニゴーレム達が考えたなんて。でも、なんで焼けてるの?」
「またそれからがすごかったのよ!
瀕死のカニグモに3体のミニゴーレムがそれぞれファイポくらいの火を出してカニグモを焼いたの」
「え?すごい。魔法まで使えるの!?自分で考えたのかな」
「エレムは、ミニゴーレム達になんて指示を出したの?」
「俺は、カニグモを倒せとしか念じてないよ?細かい指示は、1つも出してないし、魔法を使えることも、使ったこともわからなかった。
ミニゴーレムを作った俺の知識や経験を元に、自律して行動してるのかも」
ミニゴーレム達は、動く時も火の魔法を使う時にも俺の魔力を使っていない。背中に刺した炎犬の骨の魔力を使ったと言うことか。
「驚きだわ。エレムが経験を積めば、ミニゴーレムがもっと強く賢くなるってことかしら」
空からトンビが飛んできて、焼けたカニグモを掻っ攫っていく。
3体のミニゴーレム達が怒ったようにぴょんぴょん飛び跳ねて、獲物を盗られたことを抗議しているみたいだ。
感情のようなものまであるのかな。
ふと、思ったことを口に出す。
「ゴレゴレム、不思議な魔法だ。人類も神様がゴレゴレムで作ったのかな」
「え?そんなこと考えたことなかった。
でも、確かにゴレゴレムって、神様の技みたいよね。びっくりする事ばかりだわ。
やっぱりずるいな。エレムだけ。
そうは言っても、ミニゴーレム、今のところ倒す相手は、カニグモくらいがちょうど良さそうね。炎犬を倒すことはできないかも。
それに、エレムにはドラゴンを殺すほど不運があるから、ぜんぜん羨ましくはないけど。プププっ」
「ははは。なんせ不運のドラゴン殺しだもんね。まいったよ、本当に。。。」
「エレムって怖くないの?あのドラゴンさえ殺してしまう不運の力が。
あたしは別に怖くないけど。エレムはエレムだし」
「怖くないって言ったら嘘になるけど、知りたい!の方が大きいかな。前世からの不運でもあるし」
「そっか、エレムには前世でも不運だった記憶があるんだもんね。ねぇ、聞かせてよ。前世の世界の話」
それからカリンと前世の世界の話をした。
身の上の話、仕事の話、社会がどうなっているか、テーマパークや遊園地、ファッションやスイーツ、ご飯の話まで。
「あたし、原宿に行ってみたいな。なんかその山盛りクリームのフルーツパンケーキとか、並んででも食べたい!
ジェットコースターも絶対乗りたいし、絵本の中に入り込んだような公園にも!
飛行機で世界中を飛び回るのもいいなー!」
下手くそな説明だったけど、カリンの興味が爆発して質問責めされるうちに、あっという間に時間が過ぎていった。
「いいなぁ!エレムは、幸運だよ」
「え?!」
「そりゃ、不運もあるけどさ。
何にもない人生より、ずっと素晴らしいわ。
だってそうじゃない?
エレムの人生は刺激に満ちて、希望が必要で、人が恵まれて、今日を全力で生きてる。しかも、健康だわ」
「そうだね。でも、人やこの星を不運に巻き込んでいるのが、申し訳なくて。。。本当は、すごく辛い。
大切な人を幸せにしたいのに」
「不運を全部自分のせいだなんて思うなんて、そんなの変よ。さっさと不運を解明して、そんな理不尽なこと、ひっくり返してやりましょ!なんか、あたし、腹立ってきたわ!」
「誰に怒ってるんだよ」
「神様にもわからない、エレムに不運を与えた何かに対して怒ってるのよ。あははは。なんだろね。それ」
「本当だよね。酷い話だよ!」
一緒に笑いながら、涙が止めどなく出てきた。
カリンが温かい手で、俺の涙を拭う。
「なによ、エレム。また泣いてるの?泣き虫ね」
カリンの優しい声に、また涙が溢れてくる。
ありがたいな。ありがたすぎる。もったいないくらい幸せだ。
幼いころ階段から転げ落ちた時に命懸けでキュアをかけ続けてくれたクヒカ、俺の将来を真剣に考えてくれるザルム。
さっきだって、言葉はお互い少なかったけど、2人とも旅立ちを応援してくれた。クヒカは、相変わらず心配そうだったけど。
厳しいけど道を示してくれるゾゾ長老、不運に対して怒ってくれたり笑い飛ばしてくれるカリン、力を貸してくれる仲間たち。
なんて俺は、恵まれているんだろう。
そうだ。不運だけじゃない。それに勝る希望がある。旅の中で何かヒントを見つけよう。必ず、この星を、俺自身を救ってみせる。自分の手で助けるんだ。
「ねぇ、エレムは、元の世界で彼女いたの?」
「へ?」
唐突な質問に涙が引っ込む。
「何を間抜けな顔をしてるのよ。中身おじさんのくせに!まさかなんの経験もないの?」
「いや、ええええと」
なんて答えたらいいんだろう。嘘はつけない。正直に言うしかない。
うつむくと3体のミニゴーレムが応援するようにバンザイしている。
「い、いなかったよ」
「うわ!え?本当に!?なんで?不運とか関係ないでしょ?」
「好きになってくれた人はいたんだけど。。。」
沈黙。
ギロリとカリンが俺を睨む。
「はぁ?!」
「ひっ!!」
「何よそれ!それで!?エレムを好きになったのはどんな人?なんで付き合わなかったの?全部話しなさい!」
まいった。
天を仰ぐ。クラクラして目が霞む。
大きな月が夜空の高い場所から俺たちを照らしている。
金星のような明るさの星が月の近くに輝いている。あれ?でも、なんか金星のような星が変だ。俺の目が変なのかな。
「カリン、見て。月が綺麗。
あれ?あれは何かな」
不思議な光のある上空を指差す。
「随分と顔色が悪いわね。何をあからさまに話を変えようとしてるのよ!
流れ星?隕石とも違うわ。フワフワとゆっくりすぎる。
ねぇ、あの星、こっちに近づいてきていない?」
カリンが夜空の同じ光を指差す。
確かに何かゆっくり光が上空から降りてくる。
とっさにファイポの灯りを小さくして、空の光がよく見えるように調整する。
しまった。もう魔力がなかったのに魔力を使ってしまった。
3体のミニゴーレムの目の光が消えて、動きが止まって崩れる。
まだ、炎犬の骨の魔力を使い切るには早すぎるのに。
「近くに落ちそうだ。うぅ」
「いけない!アレイオスの繁華街の方に落ちるわ!みんなに知らせないと!」
「光の中に人の形が。。。見え。。。る」
あ、ダメだ。意識が飛ぶ。
魔力を使い過ぎたみたいだ。
カリンの柔らかい胸の中に倒れ込む。温かい。
「エレム?!ちょっと起きて!大丈夫?
まさか。。。どうして?!」
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