第5話死の森の冒険

「んー!まだまだだな。2年続けても、キキリを育てるのに必要な土の魔力の1/3くらいかな。。。まだまだ時間がかかりそう。カリンは、いいな。もうキキリを育てる草木の魔法を教えてもらえてさ」


 気がつくと、手は畑作業で、ゴツゴツとしていた。よほどの雷雨でもない限り、傘を差してでも、アスパワドを耕した土にかけ続けている。


「うふふ!エレムも修行に励むことね!あ、あたしみたいに毎日魔草の畑作りをコツコツ続けたら、あと1年で土に魔力1000溜まるんじゃない?10歳で畑を完成できたら、立派なものよ。

 ねぇ、エレム。今朝、散歩してたらさ、ザザゲム川の向こうに綺麗な白い花が咲いてるのが見えたんだ。

 一緒に見にいかない?絶対、あの花、魔力があるわ。人類がまだ手にしていないものかもしれないわ!魔草の図鑑でも見たことないもの!」


「そ、それはすごいね。見たい!けど。。。マスタークヒカが、危ないからザザゲム川には近づくなって。

 対岸の死の森は、人類未到の危険地帯だよ。死の森に入って帰ってきた人類は、いないんだよ?」


「ははーん。ビビってるわね」


「違うよ!ビビっては、いるけど。行くべきじゃないって、言ってるんだ。姉弟子だろ?危険に誘うなよ」


「はいはい。わかりましたよ、弱虫。まだ9歳のお子様だしね。なによ。死の森が危険だったことくらい、あたしだってわかってるわ。ペンプス村側から向こう岸の死の森を眺めるだけよ」


「カリンだって、まだ15歳じゃないか。それに、背はあんまり変わらないし。知ってる?長く深淵を覗く時、深淵もまた等しくおまえを見返すのだって、魔法書に書いてあったよ」


「エレムの馬鹿!頭でっかち!もう、知らない!じゃあね、意気地なし!また明日ね!」


 カリンは、ひらひらした服を風になびかせて、夏の日差しの中、マクルタ家の館のある丘を下っていく。

 

 まさか、カリン、本当にザザゲム川に近づいたりしないよな。いや、カリンなら行く。今朝も行ったって言ってたし。

 放っておけばいい。そうだ。その方が無難だ。でも。。。

危険を避けていれば、それでいいのか?あー!もー!

 ちょうどパナニが庭の掃除で通りがかった。


「パナニ!マスタークヒカに、カリンを探しにザザゲム川に行くって伝えておいて。危ないことはしないからって!」


「ええ?エレム坊ちゃま!ザザゲム川に?昨日の雨で増水していますよ!?」


 行こう。嫌な予感がするんだ。元の世界でも、何度だってこんなことがあった。人のトラブルに巻き込まれて、尻拭いばかりの不運な人生だったけど、その分、人を助けてもきた。

 自分の身を守るために、逃げていたいわけじゃない。いいさ、きっとなんてことはない。平和にのほほんと川べりで対岸を見つめているカリンを見つけるだけだ。

 対岸がよく見える川べりの場所は、だいたい見当がつく。それだけ、たった、それだけのこと。


 ザザゲム川の川べりでカリンを探し回った。いない。そうか、結局、家に帰ったのかもな。その方がいい。


「きゃー!!助けてーー!!」


 お、溺れてるぅ!!!!カリンが、なんとかザザゲム川の半ばの岩にしがみついてる。

 あぁ。だめだ。これは絶対、助けに行って死ぬパターンだ。川で溺れた人を助けるなんて、子供にできるわけがない。それに対岸は、死の森。

 大人を呼ぶか?大人なら助けられるのか?それまでカリンは持つのか?

 だめだ!だめだ!うぁぁ!!


 上着を川べりに脱ぎ捨てて、少し上流からザザゲム川に飛び込む!カリンがしがみついている岩を目指して、流れていく。

 もう理屈じゃない。行くんだ。カリンのところに!


「エレム?エレムなの?なんで上稞なの?」


「カリン!きたよ!泳ぎやすいように、上着を脱いだだけだよ。助けられるかは、まだわからないけど」


「ちょっと!来たなら助けなさいよ!でも、ありがとう。心細かった。あたし、足を滑らせてしまって。ごめんなさい、エレムの忠告をちゃんと聞けばよかったのに!あたし、あたし。。。」


「いい。カリン、もういい。生きると信じろ。それしかない。こうなったら、それしかないんだ」

 

 カリンの手を強く握りしめた。

 大きな水の塊がやってきて、俺もカリンも岩にしがみついていられずに流されてしまった。それから、俺とカリンは手を握ったまま、気がついたら川岸に流れ着いた。


「カリン!助かったよ!俺たち!」


 俺とカリンは、川岸でよろよろと立ち上がって、抱き合った。足元には、長いツタが何本も千切れて、散らばっている。


「エレム、ありがとう。あったかい。生きてる。生きてるね!でも、ちょっと熱すぎるような!?」


「グルルルッ」


 ここは、死の森側の川岸。来てはいけない側に来てしまった。そして、いきなり炎をまとった顔が3つの犬、3匹の炎犬に囲まれている。人類が一度も倒したことがない魔獣。


「カリン、見て。炎犬が3匹もいる!」


「エレム、逃げよう!!」


「それしかない!」


 そうだ。戦ってもだめだ。絶対に殺される。1匹でも、兵士十人を一瞬で焼き尽くす炎が恐ろしい。ファラム国一の魔法使いフラザードでも敵わない魔獣だ。それが3匹も!対決するのは、無理がありすぎる。

 しかし、炎犬の足は速い。逃げているというより、追い込まれている。

 森が炎犬の火でどんどん燃えていく。

 俺とカリンは、炎に包まれた死の森の中へ追い込まれていく。どんどん死の気配が濃くなる。絶望しかない。もう川がどっちかもわからない。燃える死の森で、迷子。死んだな。でも、不思議と炎犬は追ってこない。


「助かったのかな、カリン?」


「何も助かってないわよ!死の森で迷子よ!しかも、周りは炎!死んだわ。終わりよ。ごめんなさい。全部あたしのせいだ。

 お母さん、お父さん、怖いよぅ、会いたいようぅ。うわぁぁ」


 カリンが泣きながらへたり込む。カリンの心が完全に折れている。確かに、そうだ。絶望しかない。俺もカリンもこの森から出られない。

 ふと、燃え盛る森とカリンの背中の向こうに、白い花の群生地を見つけた。


「カリン、見て!白い花があんなにいっぱい!」


 死ぬ前に、少しでも気が紛れるだろうか。そんなことに何の意味があるんだろう。


「あは。綺麗。見たことないわ、こんなにキラキラ輝く白い花の魔草。新発見よ!生きて持って帰れたらの話だけど。。。あたしたち、もう。。。うわぁぁ」


 カリンが白い花を見つめて涙を流している。

 ここで僕もカリンも死ぬんだろう。バチバチとすごい火の勢いに囲まれている。炎犬が追ってこなくても、この燃える森の中で、生き延びれない。

 ここまでか。でも、後悔は、ない。


 そのとき、聞いたことがない声がした。カリンは、気づいていないみたい。

 緑色に光るフサフサしたボンボンみたいなものがふわふわと浮いている。


「あらあらあら!さっきから見ていれば、危なっかしいったらないね。

 エレムって、ずいぶん無謀なんだね。

 不運を恐れて、もっと慎重に危険を避けて生きていくつもりかと思っていたのに。勇敢と無謀は違うのよ」


「ごめん。。。なさい。。。」


「本当だったら、謝って済むことじゃないよ。

 僕がいなかったら、もう死ぬしかないじゃない。弱っちいのに、こんな燃え盛る魔獣の森で迷子ちゃんなんて。

 僕は、草木と風の精霊ポッコロ。精霊だよ。君が赤ん坊の時に、一度君の家に会いに行ったけど、覚えてる?大きくなったね、エレム」


「あ、追いかけっこしてた?!」


「そうそう。かくれんぼもしたよね。

 君を助けるように女神様から言われてるんだけどさ、もう少し自分の命を自分で大切にしなよ。

 死にたがりなんて、助けきれない。やれやれだよ。

 それに炎犬は、下級のワンコロだけど、属性相性が悪くてね。草木や風の力じゃ、炎が燃えるのを助けてしまうんだ。ほら」


 炎犬が5匹に増えて、俺とカリンを取り囲んだ。

そして、5匹が同時に炎を吐いた。


「そおれ!」


 ポッコロ様がキラキラと魔法を使うと、俺とカリンの周りを大きな葉っぱが包んだ。葉っぱは燃え尽きたけど、俺もカリンも、無傷だ。


「ポ、ポッコロ様、ありがとうございます!」


 カリンは、何が起こったか分からなくて、当惑している。


「あれ?い、生きてる?エレム誰と話しているの?ポッコロ様?村の守り神の?どういうこと?この葉っぱは?」


 目の前で5匹の炎犬が草木のツルに絡み取られている。

 ポッコロ様が川岸の方向を教えてくれた。


「あっちだよ。早く。ワンコロは、まだピンピンしてる。

 悪いけど、僕は、ワンコロを殺す気持ちなんかないんだ。なんの罪もないしね。

 どっちかと言えば、越境してきた、人間の方が喧嘩を売ったのかもよ?ワンコロは、威嚇して吠えているだけ。炎が出るのは、ご愛嬌さ」


 炎犬に絡みついたツルは、次々と燃え尽きていく。


「行こう!カリン。こっちだ!」


「え?何が起こってるの?エレム、どうして森の出口が分かるの?!」


「いいから!こっち!」


「分かった。エレムについていく!」


 カリンの手を引っ張って、必死に走る。背中を突風が押して、すごい速さで森を駆け抜ける。

 明るい森の出口が見えた。

 ポッコロの声がする。


「草舟を作ったよ。これに乗ってお家に帰りな。

 デートするならもっと安全なところでしなよ。世話が焼ける。まったくさ。

 まぁ、まずは生きることさ、不運に抗って。

 もがくことが生きることだよ」

 

 俺とカリンは、キラキラ光る大きな草舟に乗り込む。大人5人は乗れる大きさ、これなら乗っても大丈夫!

 バチバチと森が燃えている。対岸には大勢の村の人が見える。

 草舟は、急に突風を受けて、増水する川の上をロケットみたいに飛び越える。俺とカリンを一気にペンプス村側の川岸に運ぶ。


 そこにはクヒカとザルム、カリンの両親、村の人たちが何十人もいた。クヒカは、半狂乱で泣いている。

 カリンを彼女の両親が抱き抱える。

 ザルムが厳格に言った。


「お前たち。自分が何をしたのか分かっているのか。

 クヒカが死の森にお前たちを助けに行こうとするのを止めるのがどれだけ大変だったか。

 助けになどいけない。行けば、死があるのみの森だ。ザザゲム川には近づくなと言われていただろう!」


 あぁ、まただ。また、命を危険にしてしまった。

 ザルムは、威厳を保ちながら、涙を流して言った。


「しかし。。、

 よく生還した。よく生きていた。よかった。本当に良かった」


 ザルムが俺を強く抱きしめた。

 やっと生きて帰れたこと実感して、俺も涙があふれ出した。

 俺は、俺は。。。


「ありがとう、父さん。ごめんなさい、俺、カリンを助けたくて。。。でも。。。」


「いい。エレム、もういい。生きていればいいんだ。生きていれば」

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