第12話

 だが、端から見れば若干現実から浮き気味な光景ではある。


「み、皆様、ずいぶん息が揃っていらっしゃるんですね」


 圧倒された河西がやや面食らった様子でそう言うと、部隊長は実に嬉しそうに笑顔を返す。


「ありがとうございます。団結力は我が騎――社の、誇るべき部分でありますな!」

(部隊長、社風に慣れ過ぎてて外面がボロボロですけど)


 しかし危ういものには首を突っ込まない性質なのか、河西は言及しなかった。


「では、皆様。本日はお疲れ様でした」

「はッ。お疲れ様でした!」


 団員たちの姿勢も、派遣先で指揮下に入った相手に対するそれに近しい。

 だが礼儀に適っていないかと言えばそうではないので、特に問題は起こらずに団員たちは各々、帰り支度のために下がっていく。

 勿論、理人もその中の一人としてディアレスト出張店を後にした。

 無事に終わった、成功だと、皆と喜び合えないことに無念さを覚えながら。




 翌日、平常業務に戻ってディアレストをオープンすると、待ってましたとばかりに比奈が入って来た。実際、開店前から待機していなければあり得ない速さだ。


「理人さん、ブレンド一つ。あとサンドイッチとサラダ、お願いします!」


 朝食をここで済ませるつもりのようだ。


「承りました。……随分荒れていますね」

「え! あ、荒れてますか!?」


 理人は比奈の言動を指して言ったのだが、比奈は即座に頬を押さえ、肌の調子を確かめる仕草をした。主語を省くことは、往々にして誤解を生み出す。


「すみません。言葉が足りませんでした。少し苛立っているように見えたものですから」

「あ、そ、そっちか」


 己の早とちりに、比奈は恥ずかしげに苦笑いをした。それからわざとらしく咳払いをする。


「さすが理人さん。慧眼ですね」

「ありがとうございます」

(常連客としての付き合いは、短くないからなあ。気付かないのは、余程他人に興味のないタイプの人だけじゃないだろうか……)


 大して褒められるようなことではないだろう、というのが理人自身の感覚だが、せっかく褒めてくれているのだ。水を差すような真似はしない。


「そう。それもあって理人さんに聞いて欲しくて、こうして朝一で伺わせていただきました!」

「何でしょうか」

「谷坂公平こうへいさん、弘瀬さんを襲った件だけじゃなくて、相原さんの殺害を自供したそうです」

「――それは、また」


 少し驚いて止めてしまった手を再度動かし、比奈の前に注文の品を運ぶ。


「ちょっと変じゃありませんか? 弘瀬さんへの害意が欲望からというのはともかく、相原さんとはどれだけの繋がりで殺意を抱くに至ったのか」

「動機は、何だと言っているんですか?」

「ニュースでは言いがかりをつけられて腹が立った、ってなっていました」


 多くの人に『それだけで?』と眉をひそめられそうな言い分だが、昨今では殺害にまで至る動機として、珍しいものではなくなっているのも事実。

 何も知らずに報道だけを見ていたら、理人は――おそらく比奈も、然程不審には思わなかっただろう。


「それは確かに、変ですね。その供述の『言いがかり』とは、おそらく私たちが遭遇した一件ですよね? それとも以前から確執があったのでしょうか」

「そこまではちょっと……分からないですけど」


 互いに、イベント関係者として顔を合わせただけの相手。経歴などならばともかく、個人の交友関係など分かろうはずもない。まして谷坂はまだ助手という立場だったのだ。比奈の情報収集の対象からも外れていたことだろう。

 しかし喋っている間に、理人は自分の言葉を否定する材料を見つけてしまった。そしてそのままを口にする。


「いえ、知り合いのはずがありませんね。相原さんは谷坂さんの名前を知らなかった」


 弘瀬が谷坂の名を呼んだところで、初めて知った様子だった。


「そうでしたね」


 当時のやり取りを思い出し、比奈はうなずく。


「不快ではあったでしょう。しかしそれで相原さんを優先して殺害した理由としては、不可解です」


 谷坂の殺害動機は、どちらも己の感情だ。

 だがそうであるならば、近しい弘瀬よりも相原の方に強い感情を抱いていたとは考え難い。


(殺人なんて、大事だ。失敗するか、誰かに見つかった瞬間に終わる)


 事実、それで弘瀬殺害は未遂に終わった。


(本命を後に回す理由はない)


 それに、と相原殺害の現場を思い出す。


(他人同然、しかも自分に悪感情を持っていると予想できる相手に、警戒を解くか?)


 相原が谷坂にそんな距離を許すとは思えなかった。


「二つの事件に繋がりがないわけはない、って昨日理人さんと櫻と話しましたけど、これはこれで不可解ですよね」

「そうですね……」


 感情的には、比奈に同意する。しかし。


「何にしても、この件はもう私たちの手を離れています。あとは警察の仕事ですよ」


 民間の警備会社に捜査権はない。できることなど何もなかった。

 何しろ、犯人が犯行を認めている。

 起こったことは取り返せないが、事件はすでに解決しているのだ。


「分かってます。分かってるから、理人さんのコーヒーを飲みに来たんです。癒されないと、こう……モヤモヤしたものを解消するために、元凶に向かって走り出したくなります!」

「やめましょう」


 比奈なら本気でやりかねない気がして、理人も本気の声で止めた。


(比奈さんはむしろ、警察に就職した方が良かったのでは……。……いや、良くないな)


 下手に権限を持っていたら、彼女は言った通りの暴走をするだろう。それが良い様に転がるとは限らない。浮かびかけた考えを、理人は即座に否定する。


「分かってますから、大丈夫です」


 はあ、とため息をついてから、比奈はサンドイッチにかぶりつく。分かっていて解消法を確立しているのなら、彼女自身が言ったように大丈夫なのだろう。

 波立つ心を落ち着かせるのに役立っているのなら、理人としても本懐だ。


 年よりも若干幼い仕草でサンドイッチを頬張る比奈を、微笑ましい気持ちで苦笑して見ていると、入り口のベルが音を立てる。来客だ。


(朝早くから、今日は珍しいな)

「いらっしゃいませ」


 声を掛けつつ顔を向けると、そこには暁と、スーツ姿の男性がいた。


「?」


 ナイツオブラウンドの社内において、スーツというのは珍しい。外部の人間であることがほぼ確定である。

 しかしなぜ、外部の人間をわざわざディアレストに連れてきたのかは謎だ。


 幸いにして、今ディアレストにいる客は比奈だけである。その彼女も出勤前に寄ったらしく、外から直行してきた私服のまま。外部の人間に見られても問題のない服装だ。

 案内をしてきた暁は内勤時の第二制服、つまりは外部へ向けた無難な方に着替えている。


 比奈がここにいたのは暁にも意外だったようで、驚きのために少しばかり目が大きく開かれた。

 だがその戸惑いはほんの数瞬。ついでに言えば、暁よりも理人と比奈の戸惑いの方がずっと大きい。

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