タイムトラベル
瑛
時が癒す? 時が病気だったらどうするの?
タイムマシンがついぞ完成したとニュースで流れていた。
「おはようございまーす」
「おはよう、光ちゃん。ね、ニュース観た?」
オフィスにつくなり話しかけてきたのは、光の七つ歳上の先輩、
パソコンの電源を入れながら「タイムマシンのやつですかぁ?」と言えば、違うと返される。
タイムマシンよりも鮮烈なニュースが、果たしてあっただろうか。パスワードを打ち込み、シフト管理のアプリを立ち上げて出社のボタンを押す。『今日も一日頑張りましょう』と無機質な文字列が並んだ。
加奈子は「これよ、これ」と自身のスマホ画面を光に向ける。
「『魔王軍、国境を破って進軍』……? なんですか、これ」
「知らないのぉ!? 何ヶ月か前に話題になってたじゃない。アメリカで突然『魔王』を名乗る男が、仲間を引き連れて次々に爆破テロ起こしてたやつ!」
加奈子の腫れぼったい目が、爛々と瞬く。
『魔王』は、『行き過ぎた人類発展を壊す』という信念を掲げ、大学や工場といった化学産業を爆破。多くの犠牲者も出たが、究極のエコなのでは、などと一部界隈では盛り上がっているらしい。
そしてその魔王率いる魔王軍が、とうとう日本にやってきた。
「はぁ、知りませんでした」
「もう。ちゃんとニュース観て世界の情勢をインプットしないと。マーケティングにはそれが大事って入社したとき言わなかった?」
「あー……」
なんとなく思い出した。説明会でそんなことを言っていた気もする。光がへらへらと「すいませーん、気をつけます」とちっとも心のこもっていない返答をする。
加奈子はそれよりも魔王の話題を続けたいようで、魔王がどれだけイケメンか、増え続ける魔王信者で彼のカリスマ性が、などと熱く語っていた。
「付き合うなら魔王みたいなイケメンがいいわぁ」
「恋人が世界的犯罪者でいいんですか!?」
「顔が良けりゃなんでもいいのよ。ところで」
突然、加奈子が声のトーンをがらりとかえた。まるで獲物を狙う鷹のような雰囲気を漂わせ、人より少しばかりふくよかな図体を光へ傾けた。
「光ちゃん、彼氏は?」
「いますよー。なんでですか?」
「まじ、いるの? 合コンセッティングしてー!!」
加奈子はがしりと光の両肩を掴み、激しく揺らす。
「彼氏の友達とかさぁ、なんか良い感じの人紹介して!! 流石にそろそろ彼氏欲しいぃ!!」
勢いに押されながらも、光は肩を掴む加奈子の手をなんとか振りほどこうと一歩後退する。
「でも、彼氏とは同い歳だし、その友達ってなったら、みんな加奈子先輩より歳下ですよ! 先輩、前に『歳上しか勝たん』とか言ってませんでした!?」
「そりゃ理想は歳上だけど、歳下の良さにも気がついたのよ!! ていうか、若い男からでしか補給できないエキスがあるの!!」
なおも縋り付くように加奈子の手に力が入り、赤いぎらぎらとしたネイルが光の肩に刺さる。
――ちょ、スーツやぶける。
光はなんとか身体をずらし、加奈子の腕から逃れることが出来た。
「あーもう、分かりました! 彼氏に聞いてみます!」
「キャーッ、さすが、光ちゃん!!」
タイムマシンで過去に戻った自衛隊が、魔王が最初に起こした爆破テロを未然に防いだニュースが報道されたのは、それからわずか半年のことだった。
魔王は抵抗を示し、その場で射殺されたと何処の番組でも大々的に取り上げられていて、色々と物議を醸していた。
心配されていたタイムパラドックスは、改変された現代で存在しない記憶として問題視された。
過去を変えても、どうやら元々の記憶は引き継がれるらしい。確かに魔王軍の起こしたテロの記憶はあるが、爆破されたはずの建物は、形を保っている。
結局、記憶がすれ違うというだけじゃないの。それの何が悪いの? という結論にたどり着いた偉い学者達により、タイムマシンは凄まじい勢いで普及が広まった。
それから、一般人でも気軽にタイムトラベルが出来るようになるまで、一年もかからなかった。
旅行気分で過去や未来にタイムトラベルする人が急増。そんな中、若者で流行ったのが『タイムトラベル合コン』というものだった。
とうとう三十路に突入した加奈子に「やるわよ、タイムトラベル合コン」と鬼気迫る顔で言われたので、光はもう何度目か分からない合コンのセッティングのため、彼氏である
数分後、彼氏から着信が入り、光は給湯室へ移動する。ついでにコーヒーを入れ直そうと、反対の手にはマグカップも持っている。
「もしもし?」
『さすがにもういない!!』
「ですよね」
開口一番、勘弁してくれと項垂れる声色。レギュラーコーヒーの粉をスプーンですくいながら、光は思わず笑ってしまった。
「加奈子先輩、『タイムトラベル合コン』がしたいんだって。もう同級生は誘いきっちゃったし。優太の会社の人とかさ、なんとか誘えないかな」
『あー、合コンはともかく、タイムマシンに乗ってみたいやつなら何人か……。でもそいつら後輩だし、余計に加奈子さんとの歳の差あるけど!?』
「なんか、若い男のエキスがなんとか言ってた。もう男ならなんでもいいのかもよ」
『まじかよ……際限ねぇな、加奈子さん』
送話口の向こう側で、悩んでいるような息遣いが聞こえる。光はその間にお湯を入れ、くるくるとスプーンで混ぜながら優太の返事を待つ。
しばらくの沈黙のあと、優太は『後輩に声掛けとく』と言った。
「ありがと。じゃあ私、仕事に戻るね」
『おお、俺も戻るわ。お互い頑張ろうな』
切れる直前に聴こえた『好きだよ』なんて気の抜けた愛は、何年経っても幸福で満たしてくれるものだ。
「タイムトラベル合コンに乾杯!」
グラス同士がぶつかり、賑やかな合コンが始まった。二対三の男女比は、加奈子のための合コンであると同時に、タイムトラベル合コンに丁度いい人数だった。
少し狭めの部屋に、掘りごたつ式のローソファ。壁には大きな窓がはめ込んであり、外の景色がよく見えた。ここからは、駅が丸見えになっており、みんな出たり入ったり忙しなく行き交っている。来週に向けて点灯されているクリスマスツリーの周りには、立ち止まって写真を撮る若者も多くいた。
長机を挟んで、男女に分かれて座る。その一番端に幹事である光と優太で座った。
「早速、タイムトラベルしちゃいましょうよ!」
優太の後輩である
「これがタイムマシンになるのかな?」
「いや、この部屋自体がタイムマシンで、それはコントロールパネルです」
優太の疑問に答えたのは、もう一人の後輩である
「貸してください」と亮平が晴久からタブレットを受け取ると、亮平は手早く人数やメニューなどを打ち込んでいく。
「過去コースと未来コース、どっちにします?」
「あー、じゃあ多数決する? 過去がいい人ー」
満場一致で過去に決まり、今度は何年前にタイムトラベルするかを決める画面へと移り変わる。
これに意見したのは、加奈子だった。
「はいはい! 私、一年半前がいい!」
「えー、なんか中途半端じゃないっすか。なんでですか?」
晴久が聞けば、加奈子はうっとりとした顔で自分の頬を撫でた。
「魔王が自衛隊に殺される前よ。見てみたいのよね、カリスマ溢れるイケメンを、この目で直接!」
「ひえ……ぶっ飛んでますね、光さんの先輩……」
引き気味で晴久が言う。
否定出来ず、光は乾いた笑みをこぼした。
「まあ他に行きたい時代がないのであれば、一年半前にしましょうか」
亮平が、画面上の日付と場所をいじる。2171年の、2月3日。アメリカのとある大学。魔王が、一番最初に爆破テロを起こした場所だ。
「……じゃあ、押しますよ」
亮平の指がボタンにそっと触れる。
途端にあたりは眩い光に包まれ、全員が思わず目を閉じた。
――次に目を開けた時、景色は変わらず部屋の中だった。
「えっ、……なんにも変わってないじゃん」
加奈子の残念そうな声がぽつりと落とされる。
「いや、タイムトラベルできてます。窓の外見てください」
亮平に促され、加奈子が窓へと視線をやる。
「……!! わぁ……」
同じように窓の外を覗いた光達は、驚きの声を上げた。
そこには、先程の景色とは大きく違った、例の大学が建て構えていた。
五人は部屋から出てみる。
「で、で? 魔王様はどこ!?」
「ええと、捕まったのが『爆弾を校門前に設置中』だったから……こっちですかね」
亮平を先頭に校門へと進む。時刻は17時過ぎ、日曜日のため、ことさら学校内に人気は少ない。爆弾を仕掛けるには、たしかに丁度いいのかもしれないと光は思った。
「あっ! あの人あやしくないっすか?」
晴久が小声で指さす先に、黒いパーカーとジーンズの男がいた。フードを深く被っており顔はよく見えないが、細身で長身。
男の手には大きめの紙袋が大事そうに握られている。キョロキョロと周囲を窺うように視線をさ迷わせたあと、光達には気が付かずにその場にかがみ込んだ。
優太は、男が手もとでごそごそと動かす姿に「もしかして、爆弾仕掛けてる?」と気がつく。
突然、「じゃあもう自衛隊来ちゃうじゃん!」と加奈子が立ち上がった。
「自衛隊が来て魔王様が死ぬ前に……行ってくるわね!!」
「えっちょ、先輩!? センパァーイ!!」
華麗なクラウチングスタートで男のもとへと勢いよく駆けていく加奈子。その体躯からは想像もつかないほど凄まじい速さで、結構離れた位置にいた男のそばにあっという間に近づいていく。
「凄い! 世界記録保持者かなにかですか、あの人!」
晴久が呑気に言う。光は数歩遅れで、慌てて加奈子を追いかけた。男が本当に魔王ならば、爆弾を持っている可能性が高い。そんな危険に自ら飛び込むなんて、加奈子はどれだけ男に飢えているのだ。
流石に、光だけで加奈子を止められそうにも無いので、優太も走る。
「光! 加奈子さん!」
流石にこれだけ騒げば男もこちらに気がついたようで、驚いたように顔を上げる。その拍子に、フードがぱさりと脱げた。
「魔王様ァ! あなたの顔をよく見せてぇえ!!」
「センパァーイ!! 危ないですってぇー!!」
「うわぁあ、な、なんだお前ら!!」
男は弾かれたように逃げ出そうとしたが、足がもつれてしまったようで、情けなく尻もちをつく。
その隙を見逃さずことなく、加奈子が「生きてる若い男のエキス!!」と飛びかかる。
「う、うわぁぁああ!!!!」
その瞬間のことだった。
――パァン。
それは、光の真後ろから聴こえた。渇いた音。
「優太先輩!!」
遠くの方で、晴久と亮平が悲鳴に近い叫び声を上げる。何事かと振り返る光の視界に、どさりと倒れる優太が写った。
「ゆ、優太……?」
物言わずうつ伏せのままの優太から、どくどくと赤い水たまりが広がる。
「優太!? ねえ優太!」
光は優太に駆けより、身体を必死に揺すった。心臓部を中心に溢れ出す生ぬるい血液が、光の手を濡らすばかりで、薄く目を開けたままだらんと力なく転がる優太。
武装し、銃を持った大勢の人間が光と優太を囲む。
「動くな。動けば貴様も撃つ」
――自衛隊が魔王の爆破テロを未然に防いだ。抵抗した魔王は射殺……。
光はニュースの内容を思い出し、あぁ、彼らは自衛隊で、自分たちも魔王軍の一味と思われたのか、と理解した。
「な、優太先輩は何もしてないじゃないですか!」
晴久が大声で自衛隊に叫ぶ。
「タイムパラドックスだ。我々がこの時代に魔王を止めに来ることを未来で知りえたお前たちは、魔王の爆破テロを手伝いに来たのだろう。ならば殺すのみ」
「めちゃくちゃだ……」
晴久のつぶやきと呼応するように、加奈子に押しつぶされていた男が声を荒らげる。
「クソッ、なんだよお前ら!! なんで俺が魔王って知ってるんだ、なんで爆発計画がバレた!」
先頭で銃を構えていた自衛隊のひとりが、「お前はここで死ぬから記憶の引き継ぎは行われないんだったな」と説明を始めた。
死んだ人間は未来では生きていない。爆破テロで死ぬ予定だった命は、タイムマシンによって助かり、未来では生きている。空白の記憶は補完されていたが、過去の出来事はちゃんと引き継がれていた。
だが、魔王はここで死ぬ。死んだ人間は未来には居ない。記憶が引き継がれることもない。
だから、ここで死ぬことも、魔王は知らないのだ。
「なんなんだよそれ……意味わかんねぇ」
「分からなくて結構。死ね」
自衛隊は総勢で銃口を男へと向ける。加奈子が上に乗っかっているため身動き取れの取れない男は、情けなく「やめろ」と洩らすばかりだった。
「……ほんっとうに、イケメンだわ」
まるで空気の読めない台詞を吐いたのは、案の定、加奈子であった。
「イケメンを死なせてたまるもんですか!!」
加奈子は自衛隊を睨みつけると、軽々と男を担ぎ、そして走った。
成人男性を抱えながら出せる速さではない。
「追えー! あ、いや撃て!」
「撃て撃て! 撃ち殺せ!」
慌てて自衛隊の数名が追いかける。加奈子がどたどたと走り自衛隊も散らばっているとなれば、流石に焦点を定められないのか、とんちんかんな場所へ銃を撃つ自衛隊達。
今だとばかりに加奈子が「タイムマシンに戻るわよ!!」と叫び、それを聞いて晴久と亮平も駆けだした。
そして「優太を置いていけない」と抵抗する光の両脇を抱えて、なんとか加奈子に追いつく。
奇跡的に誰も撃たれることなく、急いでタイムマシンの中に入り、亮平が震える手でタッチパネルを操作する。
「あぁあ、えっと、2172年の……」
「貸して」
光は亮平から無理やりタッチパネルを奪い取ると、2167年の4月に日付を設定した。場所は、光の母校。
――光と優太が、初めて出会った大学だ。
迷わずボタンに触れ、途端に眩い光に包まれる。窓の外の景色がうねり、そして懐かしい大学の校舎が現れた。
目を開けた亮平が、光へと怒鳴る。
「何勝手にしてくれてんすか!」
「優太に会うの!! 過去に戻って、優太とやり直して、未来でタイムマシンなんかに乗らないように修正する!! そしたら死なないかもでしょ!?」
「え、それよりテロを計画する前の魔王に会って、そもそもテロを辞めさせればこんなことにならないのでは? 加奈子さんも魔王に会いに来ることはなくなるし、テロも起きないし、誰も死なない。一番平和的解決になるのでは」
「……それもそうかもだけど」
晴久の思わぬ言及は光をまごつかせる。優太の事しか頭になかったが、確かに根本はそこが一番ではないだろうか。
「話が見えないんだが、タイムマシンって何なんだ!? ていうか、お前らは一体誰なんだよ!!」
加奈子の肩に担がれていた男が叫ぶ。フードのはだけた男の顔は、日本人離れの目鼻立ちと青い瞳のイケメンであった。
場にそぐわない加奈子の「あぁー、潤うッ」という台詞に顔を青ざめさせながら、男はもう一度「どうなってるんだよこれは」と説明を求めた。
「……タイムマシンが開発されて、か。皮肉だな」
魔王はもともと『行き過ぎた人類発展を壊す』信念のもと、テロ活動を始めた。光達の話を聞き、男は力なく笑う。
「思ったんですが」
亮平が手を挙げた。
「2171年の2月時点で生きてる優太先輩自身は、死んでなくないですか? 撃たれたのって、2172年の12月……つまりは、2171年からすれば、未来の優太先輩だし。それって、タイムパラドックス的にどうなるんですかね」
「おおっと、もう訳が分からないぞ」
晴久が眉をひそめ、腕を組む。正直なところ光も理解が追いついていない。
「ひとつ、いい案があるわよ。ここって2167年よね。だったら、この時代の優太君じゃなく、魔王様に会いに行けばいいんじゃない?」
加奈子の提案に、亮平がすかさず「ただ魔王に会いたいだけなんじゃ」と突っ込む。
「失礼ね。さっき晴久君も言ってたでしょ、テロを起こす前の魔王様に会って、そもそもテロが起きないように改変すればいいって」
「……ああ! なるほど!」
つまりは、タイムパラドックスによる優太の生死は分からないが、ここで魔王をとめてしまえば、どっちにしろ優太が死ぬ未来は無くなるのでは、ということだ。
そうとなれば、その場の視線が男に集まる。男はしばらく黙り込んでいたが、やがて顔をゆっくりとあげて光を見つめた。
「今更誰が死のうがどうでもいい。俺には関係ないし、勝手に殺されたお前の彼氏の自業自得とも思ってる。けど……なんかこのままは気持ち悪いし、未来で結局捕まるなら、もっと上手くやれって俺に言いたいしな。2167年の4月だったか……、俺が高校一年生の年だな」
「そこはテロなんか辞めとけって止めるところだろ……って、高校生!?」
晴久は目をひん剥いて男を見た。加奈子もこれには驚いたようで「じゃあテロを始めたのは大学一年生?」とまじまじと顔を見つめる。
「とりあえず、この時代の魔王に会いにいくぞ」
亮平の言葉に光は深く頷く。
「うん、そうだね……。優太、待っててね。必ず幸せな未来に帰るから!」
光達は、タイムマシンから一歩踏みだした。
「それで、どうなったの!?」
「魔王を止めることはできたの?」
「優太って人は、結局どうなったの?」
次々と飛び出す質問に、老婆は優しく微笑んだ。それから思いを馳せるように目を閉じる。
「魔王様を止めることは叶わなかったよ。上手くやれって助言を受けた2167年の魔王様は、2172年に別の場所でテロを起こしたんだ。けれど、それもタイムマシンで止められて射殺。今度は2173年、日付を変えてみた。これも射殺。何度も何度もやり直したけれど、結局、魔王様はタイムマシンの開発という最大のパラドックスによって、タイムマシンが出来る前の時代に射殺されて死んだんだ」
「ええ、なんだか可哀想」
「じゃあ優太はどうなったの?」
「優太はね――、」
コンコン、とノックの音に話を遮られる。次いで開かれた扉の向こうから、老父が顔をのぞかせた。
「まだ起きてたのかい、私のかわいい孫たち」
「おじいちゃん!」
老父の足元へ、三人の幼子が駆けよる。老父は一人ずつ愛おしそうに頭を撫でてやり、それからベッドに腰掛ける老婆にも慈愛の視線を向けた。
老父もベッドへと腰掛け、幼子達も次々に乗る。
「なんの話しをしていたんだい?」
「昔話ですよ、ほら、あったでしょう。タイムマシンの……」
「あぁ、懐かしいなぁ」
老父は先程の老婆のように、懐かしさに目を閉じた。
「おばあちゃん、それで、優太はどうなったの?」
「ああ、まだ途中だったね。……優太はね、2172年の12月18日になると、突然死んでしまうようになったんだ。どれだけやり直しても、タイムマシンで過去に行かなくても、その日になると死んでしまった」
「どうして!?」
「タイムマシンで過去に戻って殺されるという経験が、タイムパラドックスを生んだんだろうね……詳しいことは分からないが、何度も何度も恋人を目の前で亡くす光ちゃんの顔が、今でも忘れられないわ……」
「……加奈子」
老婆――加奈子の頬に、涙が伝った。老父は加奈子の肩をそっと抱き寄せ、優しい手つきで涙を拭ってやる。
「じゃあ、バッドエンドじゃん!」
幼子の一人が不満げに声を荒らげ、他の二人も激しく頭を揺らして頷く。
「優太も光も可哀想! 魔王も死んじゃって、全然面白くないよ!」
「おばあちゃん、私たち、ハッピーエンドがいいって言ったじゃん!」
三人の抗議の声に、加奈子はきょとんと目を瞬かせ、「あら、まだ終わってないわよ。ちゃんとハッピーエンドなんだから」と惚けてみせた。
幼子達は、目を輝かせて加奈子を見つめる。その視線に悪戯な笑顔を浮かべ、それから老父の膝に手を滑らせた。
「ね、魔王様」
「そうだね、加奈子。結末はみんなハッピーだ」
「え!? どういうこと?」
「おじいちゃんが魔王なの!?」
「なんで、どうして? 死んだんじゃなかったの!?」
加奈子は期待通りの反応にくつくつと笑い、老父も同じように肩を震わせる。
一通り笑い終えたあと、なぜなぜ、と繰り返す幼子達に答えるために、加奈子はゆっくりと昔話を紡いだ。
それは、運命に翻弄され、しかし最後には幸せになった者たちのお話である。
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