第4話 小さな会談

 宇宙服のようなものを身にまとったその人物は、機械から降り立つと、ゆっくりと大地を踏み締めて、静かに周囲を見回した。そして、小さく声を漏らす。


「ここはどこだ、私は一体……」


 静まり返った空気の中、その者の発言を耳にすると、一同は等しく衝撃を受けた。それらの声を代表し、ゼネックが端的に呟く。


「我々と同じ言葉……?」


 その者は戸惑いつつも、多くの照準が自らを捉えていることを理解して、愕然がくぜんとした様子でその場に立ち尽くした。ゼネックはその様子を注意深く観察した後で、一部の警戒を解除させると、一歩前に踏み出して問い掛けた。


「抵抗する意思はないようだな」


 ゼネックの問いを受けて、その者もまた、ゼネックと同様の驚きを示した。互いに言語を補佐する装備は装着していない。彼らは何の補助もなく、世界共通の言語で会話をしているのだ。


 その人物はヘルメットを脱ぐと、無言のまま手を挙げて、無抵抗の意思を示した。その者はどことなくゼネックに似通っているようでもあった。顔付きや体格などではなく、身にまとう雰囲気、仕草などから、相応の立場を予感させる。


 ゲノムアーク船団の第一陣、第二陣として、この星を飛び立っていった乗組員の顔は、ゼネックを始めとして誰もが覚えている。そして、その者の顔はどれとも一致しなかった。


「ああ、何が何だか分からないが……。私の名はゲイロン・ロックハイル。言葉が通じるようで何よりだが、ここは一体全体どこだ? 私はゲノムアーク計画の一員だ。もし君たちが、その言葉に何かしら思い当たる節があるのならば、非常にありがたい話なのだが、まあ無理な話だろうな」


 皮肉な調子で呟くゲイロンという男の言葉を前に、ゼネックらは、ただただ襲い来る衝撃に耐え続けるしかなかった。


 やがて、ゼネックらはゲイロンを伴い、一同のベースの地まで戻って来た。ベースはプレハブ小屋のようなものだが、十分な研究資材が運び込まれ、ちょっとしたラボの様相を呈している。


 森外れの静かな一角。未来を占うと言っても過言ではないほどの重要な会談が、その重要性からすると、全くそれと似つかわしない規模で執り行われた。


「何だと、そんなバカな話が……」


 先程、ゼネックらが無言の内に嚙み締めたものと同じ驚きを、ゲイロンも等しく味わっていた。そこにはもはや一種の滑稽こっけいささえ窺える。


「あるんだよ、残念ながら、こうして目の前にね。もっとも、それは俺たちも同じ気持ちだ」


 ゼネックが複雑な表情と共に呟いた。その脇ではシャハルが濃厚なブラックコーヒーを口に運んでいた。立ち上る湯気が、独特の香りを巻き上げている。それを見るや、ゲイロンがほがらかな様子で切り出した。


「おお、そうだ、俺も眠気覚ましに、是非ともきついのを一杯飲みたいね」


「ハハ、下手に縮こまられるより、ずっと良い」


 シャハルは努めて陽気な声を出した。その声は一同の緊張を解きほぐす効果を与え、その後の事態の把握を円滑にさせた。


 ゲイロンは情報を隠し立てする必要性を見出さず、簡潔に、そして素直に彼の置かれている状況を語った。彼がゲノムアーク四番艦の副艦長であること、他に数人のメンバーが乗船していたこと。そして、惑星に到着してすぐ、船が自壊のメッセージを告げ始めると、彼らは強制的に船外に排出され、そのまま眠りに就いてしまったらしいということ。


「どう思う、副艦長? あ、ああ、こっちの方だ、全く紛らわしい」


 普段は冷静沈着なキャスターでさえ、雰囲気に飲まれて和やかな声を発していた。ゲイロン含め、もはや彼らはキツネにつままれた心地であり、一時的にせよ思考の無意味さを痛感していた。


「そうだな、考えられる可能性はいくつかある。そして、その内の一つには、重大な憂慮が含まれているように思う」


 ゼネックのその言葉は、和やかな雰囲気を再び一転させる響きを持っていた。彼の考えを要約すると以下になる。


 一つ目は、ゲイロンの船が、ゼネックらの知る四番艦であるが、乗組員を含めて異星人に何らかの操作を施されてしまっていること。次に、ゼネックらの知らない星で、ゲノムアークという同一、同質のプロジェクトが実行に移されていること。


 一つ目の考えはもちろん却下された。ゼネックもそれは半ば冗談だった。真に検討すべきは二つ目の考えであり、そして、短くない議論の後、彼らは差し当たって一つの結論を得た。


「ゲノムアークは、母たる惑星が他の星を侵略する、植民地計画の一端である」


 これにキャスターが所感を交える。


「異常な遺伝子変異が確認されたのは、おそらくそちらの星の生物のDNAが、我々の星の生物に作用して、DNA情報が組み換わった結果だろう。あなたの星でも、この付近の環境と似た地域があると言ったな? DNAが直接生体に作用することで、元々似通った物らが交わるようなことがあるのなら、この著しい変異速度も、その可能性が全くゼロであるとは言えない」


「上層部が何を隠しているのか、問い詰めても無駄だろう。ただ、俺たちは偶然とはいえ、その事実に繋がるきっかけを掴んだ」


 ゼネックが総括する。しかしその時、その場にいる何人の者が、これらの議論の裏にある、残酷な真実の可能性に気が付いていたかは知れない。

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