第49話 vs.魔女(6)


     8.


 ウッドロイはひとつの方法を考えていた。

 それはちょっとした思いつきだった。

 守りに入る考え方をする彼らしくないものだった。『ドロップアウト』との交流でそういう、普段とは違う気分に乗せられたのかもしれない。


 ちょっとした思いつき。

 魔女は人外としての権能を獲得しているが、あくまでも土台となっているのは『人体である』という点からの発想だった。


 きっかけはふたつ。

 一つ目はこの地球そのものを『変換』させていないという違和感だった。

 二つ目はこの『変換』という工程に対しての考えだった。


 その能力は無差別なものではなく、魔女自身が選ぶものなのか、はたまた『変換』できないものがあるのか。その部分は憶測の域を脱しないが、ウッドロイからして、どうしても解せない点が二つ目の点だった。


 触れたものを泡に変えているのはわかるが、そのすべてが対等に同じような泡であるというのは少し納得できない。


 だからあの泡は魔力をエネルギーとして取り込んだ結果のしぼかすのようなものなんじゃないかと考えた。


(ならば、あの魔女は


 外部からの干渉で突破することはできない。

 魔女を崩すことはできない。だけど、魔女自体が人間であるならば――と考えた。

『円』から発生した『何か』が受肉して、それが活動している。

 最初は瘴気しょうきをエネルギーとして受肉を果たした。それからあとはその肉体を成長させるためにはエネルギーが必要となる。そのために、多くの魔力をエネルギーとして取り込んでいる。


(だとしても、だ――)

 あの『変換』の数は過剰なんじゃないのか?


 特にオリオン・サイダーとの戦闘を見てそう思った。

『変換』された魔力は栄養として摂取されている。必要としている量を遥かに凌駕りょうがする栄養を摂取した場合はどうなる?


 これはあくまで、人体で起きている出来事である。

 生物にできることの枠を大幅に外れている存在かもしれないが、生物であるならば、だ。

 一度に過剰な量の食べ物を摂取すると、それを受けた身体は伝達物質を分泌する。その伝達物質によって嘔吐(おうと)中枢が刺激されると気持ち悪くなる。


 そして、吐き出す。

 これは誰だってそうだ。

 何年、何十年と生きてきた人間でもそうだ。

 ご飯を食べていて美味しかったらおなかがいっぱいなのに食べ過ぎてしまう。我慢できることもあれば、できないこともある。毎日三回ご飯を食べてそれを毎日繰り返して何年も生きていく。そんな毎日繰り返していることにも関わらず、人間は食べ過ぎて苦しくなる。

 その失敗は何度もしてきたはずだ。何度もしてきたはずなのに。喉元過ぎればなんとやら。愚かにも同じ失敗を繰り返してきたはずだ。

 食べ過ぎれば誰だって気持ち悪くなる。

 そんな当たり前のことが、魔女の肉体でも起きていた。



 魔女は取り込んでいた未消化の魔力をほとんど吐き出した。

 その中から未消化だったダンウィッチが、吐瀉物としゃぶつまみれて鳩原の近くに転がってきた。

 魔力のほとんどは吐き出されると同時に散り散りになって消える。

 そんな吐瀉物に塗れたダンウィッチを見て、苦笑いを浮かべながら鳩原は言った。


「……おかえり、ダンウィッチ」

「ただいまです、鳩原さん」


 ふたりは短く言葉を交わして、魔女のほうを見る。

 魔女は両手をひざについて、肩で呼吸をしていた。

 顔には汗が滝のように流れていた。口元からは胃液と唾液だえきが垂れている。


「あの『鍵』を壊すんですか?」

 ダンウィッチは短く訊ねた。

『鍵』は魔女のそのすぐ横にある。

「うん。そのつもりだよ」

「そうですか」

 ダンウィッチにも何か思うところがあるはずだ。

 だけど、ダンウィッチは何も言わずに、ただそう頷いた。


「どうすれば壊せるんですか? さっきまで解読していたみたいですけど、あとは短絡ショートさせればいいんですか?」

「いいや、

 鳩原は言う。

「あの『鍵』にはもうひとつの魔法が施されていたんだ。『鍵』が壊れないようにするための魔法。鉄でできている物体が二十万年間も無事に現存していたのはその魔法によるものだ。『門』を開くとか、その辺りの儀式に関する魔法は手を出せなかった。だから、『鍵』に施されている魔法を焼いた。あとは壊すだけだよ」

「でしたら、私は試してみたいことがあるんです」

「…………」

「安心してください。こんな状態を見て、あの『鍵』を持ち帰るなんて言いません。私は今、おまけで生きているようなものなんですから」

「……結構、あっさりと負けを認めるんだな」


 ハウスのときも思った。

 仲裁をしたら、あっさりと負けを認めていた。

「ええ、私は負けるわけにはいきません。負けたときは死ぬときだからです。もし、負けても生きていたら、それは勝者によって生かされている状態ですからね。私に意見を述べる権利はありません」


 この辺りは、鳩原とは決定的に違う点だ。

 鳩原は負けても最終的に勝てばいいと思っている。

 だから負けても負けだとは思わない。


「……試したいことって何?」

「鳩原さん。杖を貸してください」

 鳩原は腰から杖を抜いて渡した。

 それを右手で持った。

「お手をこちらに」

 言われて手を差し出す。


 ダンウィッチは鳩原の手をぎゅっと握った。

 密着している手のひらと手のひらのあいだで膨らむような感触があった。

 それは少しずつ膨らんでいく。


 それは『泡』だった。

「これは鳩原さんの魔力です」

 ぐらりと、立ちくらみがした。


 膨らんでいく極彩色の泡に手を添えているダンウィッチは腕を回す。綿菓子でも作るみたいにくるくると。

 泡は少しずつ小さくなって、テニスボールくらいの大きさになった。

 それから手を離すと、目の前に浮かんだ。


「オリオンさんには散々やられたので」


 ダンウィッチはそう呟いて、杖を『泡』越しに魔女に突きつけた。

『かちん』――! と音がした。


 鳩原の出力では放つことができない魔力を、ダンウィッチは放った。


 オリオンから受けたほんの数回の攻撃で学習していた。周囲にある魔力の使い方は実践を通してコツを掴んでいる。


 鳩原那覇の十七年間に貯えてきた魔力が、一斉に放出された。

 辺り一面を焼き尽くすような魔力が放たれる。



「――――■■」

 魔女は身動きひとり取らなかった。


 取る必要がない。その魔力を受けてもなお、魔女は消滅することはない。


 だけど、それが問題ではない。


 魔女は無事でも、その後ろに控えている『鍵』はとてもじゃないが耐えられない。


 何か対策を取られる前に、何かされる前に――破壊する。


 成長する前に破壊する。


『鍵』に施されている魔法は既に機能していない。

 高出力の魔力に曝された『鍵』は砂糖菓子のように砕け散ったのだった。





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