第31話 EMERGENCY!! INVADER!!


     7.


 扉を開けると――広い空間に出た。


 ぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっ――と、壁にあるオイルランプに火が灯されていく。施されている魔法が鳩原たちを感知して発動したようだった。


 全体が見えるようになった。

 これでは、まるで――上の図書館と同じ構造だ。

 地下にあるというのに、天井が見えないし、何だったら地上の図書館よりも広く感じる。更に下に続いている場所もある。少なくとも今いるこの中央フロアはドーム状の空間であることがわかった。


 周辺には机が並んでいて、背の高い本棚がびっしりと並んでいる。

 背表紙だけではどんな本なのか判断できない。

 隙間なく詰め込まれている本は、一度でも引き抜いたら元に戻せなくなりそうだ。それどころか粉々に砕け散ってしまいそうだ。


「『遺物管理区域』……」

 図書館の地下。

 ここには歴史的資料を保管されている。ここに保管されている本や本棚の一部に置かれている剣が杯などの道具のほとんどが『遺物』である。

 数々の『遺物』が、ここには存在している。

(気分が、悪いな……)

 鳩原は目眩めまいがした。

 自動車の排気ガスを直接嗅いだときの感覚と、小学生の頃に親戚からお酒を飲まされたときの感覚を思い出した。



 瘴気しょうきを放つ物の多くが『遺物』と呼ばれていて、アラディア魔法学校には、その性質上、多くの『遺物』――とりわけ『書物』が保管されている。


 たとえば、魔女狩りの時代には『魔女狩り』に関する指南書が多く発刊されている。

『魔女を殺すための魔法』が流行ったのだ。

 魔女を殺すための魔法なんて存在、それそのものの存在が矛盾している。

 だけど、そんなことを指摘できる人物はいなかった。

 指摘すれば、魔女だと断罪されて処刑されるからだ。


 魔女を殺すための魔法が、そうではない者を魔女であると断ずるために使われた。

 魔女狩りの時代の暗黒さを物語っている。


 アラディア魔法学校は、そういう追放された魔法使いを救済することが目的だった。それらの異端審問を行う魔法に対抗するために、その魔法を解読して解析するために――それらの『遺物』はこうして集められた。

 そして保管されている。


 たとえば、『鉄槌てっつい』という『遺物』がある。

 これは十五世紀に発行された書物で、魔力を感知して発動する『遺物』である。異端いたん審問しんもんは手元の指南書に従って順序通りに行われた。

 あらかじめ魔力も備えられていて、手引書として使用しているとき、魔法が適応されるようになっている。

『鉄槌』は魔女を処刑する際に使われた。

 魔女が死に際に魔法で抵抗を示した場合、首が絞められるというものである。魔法を使わなかった者はそのまま処刑され、魔法を使った者はこの魔法で殺されるという『遺物』である。


 それと類似するものとしては『ホプキンスの手引書』という尋問用の『遺物』もある。

 これは尋問じんもん中に相手を疲労させる魔法で、疲労で限界を迎えときには肺の中に水が満たされていて溺死しているというものである。

 こちらは審問官が微量の魔力を送りながら使われることを前提とした『遺物』である。


 あまりにも無差別に殺人を助長させる『遺物』から、殺さずに苦しめる『遺物』まである。


 こういう魔女を断罪する『遺物』がほとんどだが、魔法を研究する上で切っては切れないような伝説のある『遺物』や、それのレプリカなどもある。


 たとえば、コルクで栓をされている茶色の小瓶に入っている水は『大司教の血』という『遺物』である。あらゆる病気を治すとされている聖人の血を薄めた水が中には入っている。

 仰々ぎょうぎょうしい見た目をした旗は『神託ダルク』と呼ばれている『遺物』で、かつて聖女がかざしていた旗のレプリカである。


 中には近代のものまである。

魔女ゴスペル・オブ福音・ザ・ウィッチ』という魔女から伝授された古代の魔法が記されているという書物もあれば、

ヴァリアンテ』の写本もあるし、ハンガリーの民話で語られている『馬の頭』や、極北の極寒地から伝わってきた『ババ・ヤーガの頭蓋骨』の複製も収められている。

 かつてここに収蔵されていた中からは危険性のある『遺物』の多くは然るべき場所に寄贈されている。


 ともあれ。

 これらを総称して――『遺物』と呼ぶ。


 これらの持つ魔力は、腐乱して――瘴気に変貌へんぼうしている。これらの『遺物』にはリスク管理として等級に応じて区分されている。そういう『遺物』は深いところの、手の届かないところに保管されている。

 そうではないものは、こんなふうに見える場所に並べられている。

「間違いありません。ここのどこかにあります」

 ダンウィッチはそう宣言した。


 そんなときだった。

 まだ到着して間もないというとき――扉から小人が五人、飛び込んできた。

 駆け下りてきた小人たちは、大慌てで両手と全身を振っているが言葉は通じない。小人の中で眼鏡をかけているひとりが、近くの机に行って、埃の上に文字を書いた。


〝Invader!(侵入者だ!)

 OrionCidre(オリオン・サイダー)〟――


 もう間もなく、ここにオリオン・サイダーがやってくる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る