第29話 10月31日(5)


     5.


 ダンウィッチの背中を見ながら、鳩原は数週間前にした会話を思い出す。


 霞ヶ丘と話をして『ドロップアウト』からの協力を得られるとわかった、その後にした会話を思い出す。

 その日は休日だったので、ダンウィッチが住居としている廃村の、あの廃屋を訪れた。

 ビーフのサンドイッチを手土産に。


 この日は天気がよかったので、埃っぽい廃屋の中ではなく、外で話をすることにした。

 ダンウィッチはその辺りにある塀の上に座った。

 鳩原はその近くにあった切り株に座った。


「……今更かもしれないけど、『鍵』を手に入れたらどうやって『門』に開けるんだ? 帰りは気にしないでもいいって言っていたけど」

 霞ヶ丘が提案した『三十分』という時間で、果たして『鍵』を見つけることができるのか。

 ダンウィッチの『航行者トラベラー』としての目的を果たすことができるのか。


 そこはしっかりと見極めておかないといけない。


 作戦の中核になるのは、一度も踏み入れたことのない空間での捜索活動だ。

『遺物管理区域』では大量の『遺物』がある。

 それらの中から果たして『三十分』という時間制限だけで見つけることができるのか。それらの中から『鍵』というだけの情報の『遺物』を見つけ出すことができるのか。下手をすれば、そんな形の『遺物』はいっぱいあるかもしれない。


「『鍵』さえ手に入れば、それでおしまいですよ。『門』はどこかにあるわけではないんです。世界の至るところに偏在へんざいしているんです」

「そんなことで『門』を開けられるなら、とっくの昔に誰かが『門』を開いているんじゃないのか?」


「いえ、それはできないはずです。『支配者マスター』はそれ相応の準備をした上で『門』に辿り着いたんです」

 むしゃむしゃ、とサンドイッチを食べ終えて、指を舐めている。


「それだったら、尚更じゃないのか? 僕たちが『鍵』を見つけても、それ相応の準備が必要になるんじゃないのか? そうだとしたら、『遺物管理区域』で『鍵』を見つけた上で、それを没収されないように回収しなければならないんじゃないのか?」


「うーん。正直、その辺りは『鍵』を実際に手にしてみないとわからないというのが本音です。でも、たぶん――私ならいけます」

「その根拠は?」


 今までなら、そこで流していた。

 でも、行動に移すとなれば、それは曖昧でいてはならない。


「……私のこの泡なんですけど」

 ダンウィッチの人差し指の先には、泡があった。


 しゃぼん玉のように見える泡だが、その表面の極彩色の玉虫色は、陽光に照らされて回折かいせつしまがめまぐるしく動いている。

「これは『ヴォイド』と呼ばれていました」


 その極彩色の泡は、ぱちん――と割れた。


「『支配者マスター』は『門』の先に存在する力を、七つの概念に分断しました。そのひとつが私です。私の本質は、『門』の向こう側にいる概念の一部なんです。私ならば、『鍵』があれば『門』を開くことができます。だから『航行者トラベラー』のひとりに選ばれたんです」


 そこまで断言されると、追及もし辛い。

 開けるというのならば、まあ、いいか。開けなかったとしても、そこにあるリスクは大したものじゃない。

 お叱りを受ける人間がひとりからふたりに増えるくらいだ。


 それに、よくわからないというのが本音だ。

 鳩原に伝わるように言葉を選んでいるみたいだが、どうにも不明瞭な部分がある。ダンウィッチは説明が下手というわけでもないし、きっとダンウィッチ自身がよくわかっていない部分があるんだろう。


 本当はほかの『航行者トラベラー』が知っていたかもしれないが……、ダンウィッチ以外にいないので知る手段なんてない。

「失敗したら失敗したときだな。そのときはそのときで考えよう」

「縁起でもないことを言わないでくださいよ」



「――――ありがとうございます、鳩原さん」

 その声は現実のものだった。

 ダンウィッチは立ち止まっていた。


 どれくらいこの暗闇を降りただろうか。

 狭苦しい階段は終わっていて、いつの間にかひらけた場所に出ていた。

 すぐ目の前には分厚い鉄の扉がある。


「私に協力してくれてありがとうございます」

 ダンウィッチは振り返って言った。

 その表情は、ぼんやりとしていて、よくわからなかった。


「お礼は上手くいってから……って、そのときは『門』の向こう側に行っているのか……」

「はい、そうですね。…………」


 何かを言おうとしていたが、結局は何も言わずに再び扉のほうに振り返った。

 オイルランプを傍らにある台の上に置くと、鉄の扉から、がしゃん――と音がした。


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