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ここ数年は3月でも昼間は凄く暑く、スプリングコートを着ることもしていない。

去年の今日や一昨年の今日の夜よりもずっと寒く感じるような夜の中を、スーツのジャケットだけを羽織っている自分の両腕を自分で抱き締める。




女の子達からは何度も抱き締められたこの身体。




でも、私は男の人からこの身体を抱き締めて貰えたことがない。

1度もこの身体を抱き締めて貰えた経験がないまま30歳になってしまった。




砂川さんから抱き締めて貰ったこともなかった。




抱き締めて貰うどころか、この肩に触ってくれたこともない。

この腕に触れてくれたこともない。

私のこの手を、この指先を、砂川さんは1度も触れてくれなかった。




それでも・・・




それでも、こんな私の身体の中でたった1つだけある女の場所、この穴だけは砂川さんと触れ合えていた。




この穴にだけは砂川さんのモノが入っていた。

何度も何度も何度も、私が入れていたから。




砂川さんの心も砂川さんのモノも全くやる気はなかったけれど、毎回どうにかして・・・たまに出来ない日もあったけれど、入れられていた。




どう思っただろう・・・。




性欲なんて全くなかったような砂川さんは私としか経験がなくて。

増田生命にいるどの男性社員よりも女の子にモテるような私としか経験がなくて。




そんな砂川さんが“素晴らしい”としか言いようがないような羽鳥さんの裸を見て、どう思っただろう・・・。




全然違った・・・。




服の上からでも分かるくらい、羽鳥さんはスーツ姿でも“とんでもない身体”をしているのが分かった。




こんな身体の私とは全然違う。




私の裸なんて見ても毎回何の反応もしていなかった砂川さんは、羽鳥さんの裸を見てどう思っただろう・・・。




どう思っただろう・・・。




昔見た私の裸のことをどう思っただろう・・・。




「私の方こそ忘れて欲しい・・・。

全部・・・全部、忘れて欲しい・・・。」




何にも反応してくれない砂川さんのモノを必死にどうにかしようとしていた私の姿を。

どうにかなった時は必死になって砂川さんの上に股がり1人で動いていた私の姿を。




避妊具なんて意味がなかったのではないかと思ってしまうくらい、砂川さんは数える程しか射精することはなかった。




どう思っただろう・・・。




羽鳥さんの裸を見て、羽鳥さんの身体に触れて、羽鳥さんの穴の中に入って、砂川さんはどう思っただろう・・・。




どんな風にしたんだろう・・・。




どんな風に愛してくれるんだろう・・・。




砂川さんは“女の子”として好きな相手を、どんな風に抱いてくれるんだろう・・・。




“良いな”と思ってしまう。




“羨ましいな”と思ってしまう。




変な妄想ばかりが止まらなくて、“私もそんな風にして欲しかった”と思ってしまう。




“私もそんな風に愛して欲しかった”と思ってしまう。




“あんな風”にしか出来なかったエッチに、“あの頃”の私はどうして満足していたんだろう。




指1本触れてくれなかった砂川さんのことをどうして“彼氏”なのだと思っていたのだろう。




どうして・・・




どうして・・・




どうして、全部を忘れさせようとしてくるんだろう。




砂川さんとの“あの頃”が消えてしまったら私の“女の子”としての心と身体はどうなってしまうんだろう。




砂川さんと再会してしまい凄く凄く最悪だったけれど、この気持ちは確かに私の“女の子”の心で。

砂川さんとの“あの頃”があるから抱く、“女の子”としての最悪な思いで。




忘れたくなんてなかった。




私は砂川さんとの“あの頃”を忘れたくなんてない。




砂川さんにとっては忘れたい出来事だっただろうけど、私にとってはとても大切でとても貴重な日々だった。




この先もう二度とないであろう楽しくて幸せな日々だった。




私の未来にはもう“そういうの”はない。




だって、私は“そういう女”だから。




“そういう人”だった砂川さんは羽鳥さんと出会ったことによって変われたけれど、私はこの先の未来でもずっと“そういう女”でしかない。




“女”なのかも自信はない。




私も“そういう人”。




昔の砂川さんと同じ、“そういう人”。




「会いたかったな・・・。」




“そういう人”だった砂川さんと会いたかった。

私にとっては悪い意味で変わってしまった砂川さんではなく、私は“そういう砂川さん”と会いたかった。




“そういう砂川さん”に“女の子”として扱って欲しかった。




“そういう砂川さん”に“純ちゃん”と呼んで欲しかった。




女の子のことを“ちゃん”付けで呼んだことがないと言って狼狽えまくっていた砂川さんの姿を思い出す。




“純ちゃん”と・・・。




砂川さんは“純ちゃん”と、一生懸命呼んでくれていた。




そんな“あの頃”の砂川さんを思い浮かべながら歩いていた時・・・




「純ちゃん・・・!!」




と・・・。




随分と大きな声で“純ちゃん”と叫ぶ男の人の声がして・・・




「待って・・・!!」




そんな声もしたかと思ったら、その瞬間・・・




誰かが私の肩を掴み・・・




早足で歩く私の足を強引に引き止めてきた。

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