魔法が全ての世界で魔法の使えない敗北者のあれこれ

とりあえず 鳴

第1話 転入生、その名はルーク

魔物や魔族が蔓延はびこるこの世界で生きるには、魔法が必要不可欠だ。


人間は皆、生まれながらに魔力を身体に秘めている。


その魔力を魔法に変えて魔物や魔族を倒す。


それがこの世界の当たり前。


だが稀に魔力を持たないで生まれてくる人間も存在する。


魔力を持たないとはすなわち魔法が使えないということ。


魔法が使えない者に価値など無く、そんな人間をこう呼ぶ。


「くたばれ〈敗北者ルーザー〉」


「かはっ」


魔力無しは人生の敗北者。


だから〈敗北者ルーザー〉と呼ばれる。


そして現在暴力を振るわれている黒髪黒目の男子生徒も敗北者と呼ばれ、魔法が使えないとされる者だ。


「なんでお前みたいな〈敗北者〉が魔法を教えるこの学園に入れてんだよ」


男子生徒に暴力を振るう金髪の男子生徒がキレながら言う。


「何回目だよ。この学園の決まりみたいなやつだろ。強者は弱者の上に立つ者だから、弱者も弱者の敗北者を入学させて強者を作るって」


金髪を後ろから眺める大柄な男子生徒が呆れたように答える。


大抵の魔法学園はその制度を利用している。


〈敗北者〉だとわかった時点で親に捨てられるのがほとんどだから、その子供を魔法学園が買ったり拾ったりする。


その結果なのか、人間は他の種族と近郊を保てている。


「〈敗北者〉に存在価値を与えてやってるんだから感謝しろっ」


「……」


「ちっ、反応無くなりやがった」


「やりすぎなんだよ。程よくやらなきゃすぐに気絶するんだから」


「こいつが貧弱すぎるんだよ。もう飽きたし帰るか」


気絶した男子生徒を置いて、金髪と大柄な男は去って行った。


「……」


そんな男子生徒を見つめる視線が一つ。


「あれが〈敗北者〉への当たり前の権利なの?」


誰に聞こえるはずもないその言葉を呟くと、視線の主はその場を去った。




次の日の教室は少し騒がしかった。


「転入生が来るっての本当なの?」


「滅多に無いことだよな? しかも相当すごい魔法使いなんだろ?」


基本的に魔法使いは十五歳になると魔法学園に入り、他の学園に入ることは認められない。


だから転入生は滅多に無いことだ。


それも相当に腕の立つとなればなおのこと。


「しかも女子!」


「結局そこよな。可愛くないなら興味はないけど」


「うわ、最低」


「同意見だろ?」


「否定はしない」


優れた魔法使いの卵と言っても所詮は子供。


下世話な話でしか喜びを得られない。


「ほら、黙れ。そうやって浮かれてると〈下克上〉されるぞ」


担任の教師が教室に入りそんなことを言う。


〈下克上〉とは、敗北者が同じクラスの魔法使いを倒すと立場を入れ替えられる制度だ。


「そんなの制度があるだけじゃないですか」


「魔法も使えない奴に負ける程落ちぶれちゃいないですって」


「それもそうだな。そもそも〈下克上〉が成功した試しなんてないしな」


今まで〈下克上〉は行われたことがある。


だが、その全てが〈敗北者〉の負け。


勝負にもならずに負けてしまう。


「まぁそんなことはどうでもいいか。それより転入生を紹介する」


「待ってました」


「期待の美少女はどんなかな」


「お前らな……」


担任は呆れた様子で扉の方に「入れ」と叫んだ。


すると扉が開き、美しい紅色の髪をたなびかせながら一人の美少女が入ってきた。


「自己紹介をしろ」


紅髪の少女が担任を蒼眼で人睨みしてから前を向く。


「私はルーク。この学園で一番になるので、あなた達は踏み台として頑張って」


ルークはそう言うと一瞥もせずに机の間を抜けていく。


教室は静まり返る。


そんなのを気にせずにルークは最後尾の机……を無視して教室の一番後ろに黒髪黒目の男子生徒の元に向かった。


「名前は?」


「……」


男子生徒はルークを見るだけで何も答えない。


「無視って感じじゃないか。喋る権利がないとか?」


「生意気な転入生、それは〈敗北者〉だよ」


一番後ろの席で椅子の足二本でバランスを取りながら金髪の生徒が言う。


〈敗北者〉には席が存在しない。


それに許可なく喋ることも許されない。


「別にあなたには聞いてないけど、説明したいならしてもいいよ」


「あんま調子乗んなよ。顔はいいから遊び道具ぐらいにはしてやろうと思ったけど、奴隷にしてやるよ」


「頭の中まで腐ってるの?」


「殺す」


金髪は言いながら雷の矢をルークに飛ばした。


だけどその矢はルークに当たる直前で消え去った。


「殺すんじゃなかったの?」


「教室の中じゃ殺せねぇよ」


「それを知ってて『殺す』って息巻いたの?」


金髪の額に血管が浮かんだ。


「先生、転入生に現実を見せたいんですけど」


「次の授業は転入生の実力を見るからちょうど模擬戦の相手が欲しかったんだよ」


「ルールはいつものっすよね?」


「殺さなければなんでもいいぞ。まぁ滅多なことじゃ死ねないが」


学園では大抵のことは自己責任だ。


傷を負おうが、たとえ死のうが学園は一切の席にを取らない。


死なないように結界は張ってはいるけど、それで制限しきれない攻撃魔法を受けると死ぬ。


学生が出せる力ではないが。


「転入生、逃げんなよ」


「だからあなたの名前は?」


ルークは既に金髪のことなど眼中には無く、男子生徒に話しかけていた。


それがさらに金髪をキレさせる。


「やっぱ今殺す」


「無理なんだからやめとけよ。後で思う存分痛めつければいいだろ」


キレる金髪を体格のいい男子生徒が宥める。


「頑固な。そこの腐り頭」


ルークがそう言って金髪を指さした。


「お前いい加減に──」


「そこのデカブツとセットなんだったら、二対二でやらない?」


「はっ、結局一人で負けるのが怖いのか」


「だから私達が勝ったら名前を教えてね」


ルークはやはり無視して男子生徒に話しかける。


「これは命令だからね」


「……はい」


男子生徒が初めて口を開いた。


「命令なら聞くのね。じゃあ命令。戦ってる間に私があなたに何をしても気にしないで」


「……はい」


「痛いことはしないから大丈夫。ちょっとを借りるだけだから」


そう言ってルークは不敵な笑みを浮かべた。


金髪は怒髪天を衝く勢いでキレている。


ルークはそんなの気にせず、〈敗北者〉の男子生徒から名前を聞けるのを楽しみにしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る