第5話

 ホムラを攫った犯人との通話を終えると、ホムラの父親はさっきまでとは打って変わり、沈痛した様子で、


「すまなかった。どうやら私の勘違いだったようだ……」


 頭を深々と下げて謝罪した。


「ああ……」


 そう返す俺はもう、もぬけの殻のようになっていた。

 たった一言返事をするだけの単純な作業にも、ものすごく気力を使うような、ああなんて言えばいいんだ、これ。


「私は今から資金を調達する。君は、危ないから家を出ないように」


 俺の傷の手当てを素早く終えたホムラの父は、身なりを整えながらそう言った。


「ああ……」


 思考は、ホムラのことでいっぱいだった。

 無事なのだろうか、いやそんなわけがない。

 今、彼女はきっと手錠や鎖に繋がれて、酷いことをされている。


 俺は、どうすれば。


 ホムラとの思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


 寝相が悪くて、嫌だったこと。

 抱き着いてきて、鬱陶しかったこと。

 一緒にご飯を食べて、楽しかったこと。


 楽しかったこと。


 楽しかったこと。


 ――『私がキミに、生き方を教えてあげる』


 ああ、そうか。彼女は、俺を救ってくれたんだ。

 生き方を知らない俺に、道を示してくれたんだ。

 だったら。


「――では、私はこれで失礼する」


 家を出ていこうとする大男の袖を掴み、俺は顔をあげて、自分に言い聞かせるように言い放った。


「……今度は、俺が助ける」



 ******



 犯人の目的は、金というよりはホムラの父親らしい。

 彼ら――10人程度の殺し屋グループで活動しているらしい――にとって、どうしても警察庁長官のホムラの父親が邪魔なのだそうだ。

 だから、娘であるホムラを攫って、のこのこやってきた父親を殺害、というのが彼らの計画――というのがホムラの父から聞いた話だ。


 犯人グループのアジトに潜入した俺は、見張りの二人を難なく気絶させると、廃ビルの中へと入っていった。


『人の命を奪わなくても、行動不能にすることはできるんだよ』


 いつだったか、ホムラに言われたその言葉を思い出す。

 まさかこんなところで役に立つだなんて思わなかった。


 現在、時刻は23時頃。

 薄暗い電灯の光を拠り所に、暗がりの中を駆けまわる。


 道中、何度も襲撃を受けた。

 ナイフ、銃、手榴弾。

 ありとあらゆる攻撃は、幸いにも、ホムラに一年鍛えられた護身術で全て防ぐことができた。


『キミはもう、殺しをしちゃダメだよ』


 殺すことはしなかった。

 遭遇した敵は、全員気絶させた。

 もし殺してしまったら、ホムラとの約束を守れない――いや、それ以上に、『生き方』を見失ってしまうような気がしたから。


 やがてたどり着いた、屋上へと続く階段。

 直感で分かった。


 この先に、犯人がいる。


 気付かれないよう、足音一つたてずに、俺はゆっくりと階段をのぼりきった――瞬間。


「――ッ!!」


 頬を銃弾が掠めた。

 ちょうど、ホムラの父に殴られたところだ。

 傷が開いて、血が滴る。


「へぇ~! 生きてたんだ、死神クン」


 鉄骨にぶら下がったライトに照らされる、二人の人物。

 犯人の男は、俺の顔を見るや否や、嬉しそうにそう言った。

 その横には、鎖に繋がれて動けない状態のホムラ。


「ホムラっ――!!」

「死神くんっ――!!」


 ようやく会えた。

 安全な状況ではないけれど、生きている。

 それだけで、十分だった。


 必ず、助ける。


「手短に済ませよう。ボク等の要求はただ一つ。こいつの父親の殺害だ」


 男は、にこやかに微笑んでそう言った。


 不気味。

 その一言がこいつの印象だった。


「だから、全然関係ない死神クンには下がって欲しいんだけど――でも、もういいや」


 閃いたように、男は汚い笑顔を浮かべ、懐から何かを取り出した。


「……銃?」


 見慣れたその黒色と光沢に、俺はすぐにそれが何なのか分かった。


「ほい、あげる」

「は――」


 あろうことか、男はその銃を俺に投げてよこした。


「一発だけ入ってる。この距離からボクに当てれば、死神クンの勝ちだよ」

「何が目的だ」

「ゲームだよ。キミも、ここまで来てくれたキミへのご褒美さ」


 やっぱり、不気味だ。

 何を考えているのか分からない。


「ああ、ちなみに外した場合だけど――」

「なッ――!!」


 男は、もう一つの銃を取り出し、ホムラのこめかみにその口を向けた。


「この女、死んじゃうよ」

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