21 帝国遺跡編5話:主役は

 隊長エリクディス、正規非正規雇用に拘わらず調査隊総員へ避難令を出す。

「総員、サルツァンまで避難せよ! 要らぬ荷物など捨て置け! 今度のゴーレムは足が馬並みだぞ、命だけ持って行け!」

 カッツェス兄弟団壊走の報は宿場町に広がっており、この場の皆は令が下る前に逃げ出し始めている。

 一方、兄弟団構成員の生き残りの多くは遺跡都市と宿場町間に残っていた。スカーリーフとフェリコスという優れた伝令の足が速過ぎた。

 この度、長距離走で兄弟団壊走を一早く報せたことで評価を得た者、名を今一度、フェリコス。到着時に倒れ込んだが、身体が冷める前にまた走る、ということで宿場町周辺、郊外に散在する各施設へ避難勧告へ回りに行った。

 牛馬は既に出払っている。ほぼ全てが商人達の財産で、足弱の女達を優先して車に詰めた。男の尻の置き場は無い。

 ダンピールの円卓騎士団も撤退開始。彼等は伝統から言い訳はしないが説明もしない。ただ察することは出来る。閣下の命ならばともかく、またヴァシライエ卿の願いならばともかく、そして領民だったならば。

 知神の神官達は一部が残る。配送前の生け捕りゴーレムの内部構造を調べてその命令系統を変更出来ないか試みている。やはり精髄石、その加工された四角柱形体が鍵であろうか? と。また殉職も高徳かもしれない、とも。いやいや、これでは犬死、逃げの一手とも。

 エリクディスは避難令を出した後に魔法使い達へ声を掛けた。精霊術で煙管に詰めた煙草に火を点け、吹かしながら集合を待つ。面々を良く見ると己が年長ではなかったが、長老格として振る舞う。

「同胞諸君、とりあえず集まってくれたことは嬉しい。他所には聞かせたくない話がある。

 あまり助言らしい助言も出来ないが、一つの仮定がある。有意義な自殺の方法について。もし、仮名、兵隊ゴーレム、それに捕捉されて死ぬと分かったら精霊憑きを試してみるのだ。これを利用すればゴーレムの中にある精髄石を涸らせることが出来るかもしれん。その前に魔法で破壊出来ればとも思うが何せ永久銅、どうもならん。

 無限のように周囲の精髄を貪り、精霊を退けて空っぽにするあの嵐ならゴーレムを止められる可能性がある。やれと言わん、自殺など魔法使いのすることではない。だが、死ぬしか選択が無い時まで頭の片隅に覚えて留めておくといい。

 精霊憑きは恐ろしい。死ぬまでの間にどれだけ周囲を破壊して殺すか分からん。だがこの中に、伝説の”ドラゴンもどき”や”はぐれ緑エルフ”のような災禍となれる達人がいるか? いたらその前にどうにかしとくれ」

 笑いが起こる。

「頼む!」

 更に。

「曰く、一先ず団結してその後は自己判断」

 魔法使い達の中で、ある程度共有されている格言が幾つかある。一つがこれ。

「曰く、同胞を適度に助け、他人を殺してでも逃げる」

 もう一つがこれ。

「では解散」

 一応、メルフラウが最後まで残ったが、

「後はいいから逃げなさい」

 と言われて逃げた。


■■■


 カッツェス兄弟団の生き残りが必死で宿場町に辿り着き、疲労と失望から膝を折る。牛馬が牽く車に乗れる可能性を切に願っていた。

 戦乙女のはずのスカーリーフは割り当てられた自室でまだ寝ている。戦いに関してはこの場で誰より専門の彼女が寝台で横になっている。

 起こしたら殺す、と食後に言い放っているらしく、扉にも下手な字でそのように殴り書き。あの者が読める字を書くとは成長したものと、エリクディスは変なところで感心。

 叩き起こす、という言葉がある。あの狂戦士の顔を思い浮かべてみると、叩き殺す、という言葉が出て来る。

 怒りに任せて部屋へ怒鳴り込み、感情的になって説得するという方法が巷に存在する。それを誰かが試したのか、内側から扉を貫いた槍の穂先には血が付いていた。死体は転がっていない。

 魔法使いもやっているエリクディス、得意のはずの知恵を回す。経験、技術、魔法、人より手札を多く持っているはずの中年に出来ることはあるか? 手の打ちようがあるか?

「ぬうん」

 年甲斐も無く、いや老いたればこそ涙が出て来る。扉の前に座り込んで気配で配慮させようとするなんて情けない。


■■■


 四つ足で二つ腕、北部高原地域に多く遊牧するケンタウロス族に似た形の兵隊ゴーレムが宿場町に迫る。

 快速の兵隊ゴーレムが到着まで時間が掛かったのは、遺跡都市から散り散りに森の中へ逃げ込んだ者達を虐殺していたからである。

 道中で括り罠が四つ足を捉える。働きゴーレムに比べて体重は重いものの、見事に吊り上げられる。そしてあっさりと縄を、手に持った剣で切断、落下、身を捻って四点で着地。反応が素早い。

 まず一機、姿が見えて来る。馬程の速度は無いが人よりは遥かに速い。

 宿場町には遺跡都市へ送る前の攻城兵器が置かれていた。

 投石機で球形石、加工前の石、切り株、縄で巻いて固めた材木、石臼、油壺と火矢、巨大ホールチーズで砲撃。

 弩砲で槍、先を削った角材、足りない寸を継いだ農具を発射。

 集中射撃が行われ、兵隊ゴーレムは動き辛そうにはする。

 逃げず、復讐を誓ったカッツェス兄弟団の生き残りは十分な勇気を示した。

「むん」

 ゲルギル新作の鎚矛”滅多打ち”。名の通り滅多打ち用で両端、共に使える。頑丈さと重さと取り回しの両立を目指し、制御出来れば回転率が高い。

 チビ、前へ。

 倒せる敵なら叩き潰す。

 兵隊ゴーレムの剣撃、チビは受け流し気味に叩き落とした。

 滅多打ち払いの技。スカーリーフとの修行の中で散々に、下手糞へったくそぉへたっぴぃ、と言われながらやられていたことをやってみる。

 倒せない敵でも相手の攻め手を叩いて防ぎ、足を止める。

 一度、兵隊ゴーレムの狙いが別の誰かに定まったなら他人は逃げ切れる、はず。

 カッツェス兄弟団の生き残りが逃げ出す。神官達も命令の書き換えを諦め、精髄石を働きゴーレムから抜き取って逃げた。

「大陸と地下、土を司る地神よ。かの敵を大地に沈め給え!」

 宿場町の見張り台、常人ならば即死か瀕死の高さからゲルギルは五体投地の姿勢で地面にめり込む。

 大地へ身を投げ出す意気込み、代償で誘う御慈悲、積んで来た高徳などから勘案されて相応の奇跡が発動する。

 兵隊ゴーレム、動きを鈍らせ前右膝を突いて地面にややめり込む。急に自重が増大した素振り、その通りの現象が奇跡で実現した。

「沈まん? 未熟」

 神官鍛冶見習い、ここでは敬虔なる聖戦士。ゲルギル、予め近場に置いた”ゴーレム狩り”を掴んで掲げる。

「永久銅!」

 鋼鉄の断頭斧、黄銅の輝き。永久銅メッキを一時纏う。

 チビが”滅多打ち”で兵隊ゴーレムの姿勢を崩し、左前膝を折らせ、頭を下げさせた。

 ゲルギルが短い脚からは想像出来ない高さへ跳び上がる。

「白金!」

 樽のようなドワーフの骨肉鉄血の身体、一瞬間で金より重たい白金に輝き、ゴーレムより重くなる。

 斧振り速度、落下加速、大重量、奇跡で増した自重、神の奇跡の一撃は兵隊ゴーレムの首を落とした。肉体だけに頼るチビには出来なかったことだ。

 ゲルギル、三つ程数える間は金属彫刻のまま硬直し、解けて肉の身体に戻る。

「これは良い具合だな」

 ゲルギルは前の鉱山で余り物とされた白金と、神官達から譲り受けた永久銅の錆び屑合金を地神に捧げて奇跡を顕現させた。もう手持ちは無い。惜しめば奇跡は、あまり起こらない。

「チビ坊主、腕は?」

「だるい。そっち」

「ちょっと待て」

 ゲルギル、血混じりの胃液を吐き出す。

「ああ、中裂けてる」

 男二人の目線の先、新手。

 兵隊ゴーレム、二体目、三体目、四、五、六、七。倒したのと合わせて八体。働きゴーレムのように大勢ではないが集団である。

 二人では勝てない。

 一体、片膝を挫いたように転び掛ける。

「チビ、おっさん担いで逃げる」

「分かった」

 鎖帷子に着替えたスカーリーフが屋根の上で投石器の紐を回す。もう片手で口縁を摘まんだ壺の中には、エリクディス作の牛乳で塩と蜂蜜と茶葉を煮た飲み物。

「ドワーフ、あんたは要らない」

 返事は赤反吐。

 良く食べ、良く寝た。

 フミル族の戦士スカーリーフはこれからしばらく寝ないでも戦える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る