8 山間牧場編1話:民族移動の端
「おっさん、逃げてたでしょ」
戦乙女、その見習いスカーリーフが指摘するのは先の合戦、ヴェスタアレンの戦いでのこと。最先鋒を行って大将の生け捕りという戦果の極みを分捕った者には言えることがある。
「当たり前じゃい。あんなところで死んでられるか」
魔法使いエリクディスは戦場の最中、安全な位置から指示を出し、前には一切出なかった。死んでは困る総大将の立場と、神命背負う者の立場を弁える者にも言えることがある。
「びびりー」
「びびりでも腰抜けでもなんでもいいわい」
「玉なしー」
「うるさいわ」
ついているものを無いもの呼ばわりは癪に障る。
「魔法使い殿は度胸が据わっていると見ていたが、その限りではないのか」
疑問を呈すのはオーク達の長。武勇を誇る戦士の哲学によれば指導者先頭が然るべき立ち位置。理解はしても疑義を呈しておくのが作法。
「誰しも恐ろしいものはある。長殿とて最初から寝床の勇者だったわけであるまい」
エリクディスの突然の話題振りに、長の視線が記憶起こしのため斜め上方で止まり、大笑い。配下のオーク達も、あれか!? と思い出して笑い出す。
このギムゼン山道、山間を南北に貫く川が流れる谷間にオーク一五名の馬鹿笑いが木霊する。
「魔法使い殿はどうなのだ!?」
笑いながら長が返す。してやられてはやり返すものだ。
「海の中で成すがままよ」
男同士、下の話を隠しては非礼に当たる。
「海中!? なんだどういうことだ!」
「唯一人と決めた方は海神の使徒、セイレーンなのだ」
「おお!? なんと! 物知りだと思ったが、ようとも知れぬことまで知っている!」
魔法使いを侮るなかれ。神秘体験にてオーク達から瞬く間に重ねて尊敬を得た。
「おっさんそういう趣味なんだ」
「お前のような臭くて汚い小娘ではなくな」
鎖帷子姿のスカーリーフは路傍の石を拾い、向かって左、川原で水面に尻を突き出して用足しをしている旅人の脇に投擲。水柱と驚きの声が上がる。
「こうすると面白いんだよ!」
「やめんか馬鹿者、愚か者!」
山道を進む。崖へ張り付くように、張られた鎖を掴んで進むこともある。
エリクディス、道端に生えた食べられる草を抜いて、集めては束ねて鞄から吊るして歩いている。
「小便した記憶があるぞ、ここか忘れたが」
オークの長が注意した。街道沿いの草とはそういうものでもある。
「そんなもん気にしてたら何も食えんわい。川もある。水にさらせばいい」
「これはー?」
スカーリーフが指差すのは、目立って枯れ始めた草だった。近くにある同種が青々としているのにその姿。
「そいつは間違いなく小便枯れだな。流石に食わんわ」
スカーリーフ、枯れ始めを手に取ってエリクディスに突き付ける。
「うえー!」
「やめんか馬鹿もん汚い!」
山道を進む。橋の無い川を渡ることもある。
この和気藹々とした一行には物言わぬ葬列が混じる。装飾荘厳、谷底に転がしても割れそうにない分厚い棺を代わる代わる担ぐ白骨奴隷が五〇体。笑うどころか息一つしない。旧帝国時代に整備されて、今日まで放置された路面を骨の踵で鳴らし続ける。
魔法使い、エルフ、オーク、白骨奴隷と棺の一行は行きかう旅人に道を譲らせる。
ある旅人は驚いた。走りはしないが逃げることもある。一行は冗談でもからかうような見た目ではない。
白骨奴隷が棺を担ぐことが祭事に見られれば、敬虔な信者ならば拝み、代表者たるエリクディスにお布施まで渡してくる。このお布施は丁重に死神の名を唱えた後で棺へ納められる。
事情を知るフレースラント人ならば救国の英雄来たりと感涙する。協力を申し出られることもあるが、充分、と断る。
かつての石畳で舗装された路面は雨風寒暖でひび割れ、欠け落ち、土砂に覆われ、時に小川に横断され、草に突き上げられ、足裏に削られ劣化しているが、未だに利用者が多い。
このまま上り坂を行けば山道と同名、かつての旧帝国官僚の名を冠するギムゼン峠に到達。そこから下り坂、分水嶺を越えた先の北へと流れ落ちる別の川が削った谷に入ればそこからはフレースラント王国領内である。
昼の休憩時間も近くなってきた。
エリクディスの食事の取り方は、朝は夕の残り、昼は無しか体力がいる時は簡単な物、夕はしっかりというのが定番。
本日の昼、特に獲物や収穫物が無い時は鍋に水、麦粉、胡麻、塩を混ぜて指で捏ねて食べるのが何時ものことだった。
今日は獲物も収穫物もあった。
オーク達は川中の大石を、手に石を持って破裂しそうな音を立てて叩いてから引っ繰り返し、衝撃で気絶した魚を集め始めた。沢蟹、ザリガニ、貝も獲る。投網も持ち出し、手早く集める。手馴れている。
川の東岸より向かい、崖の上には山羊の姿も見られた。スカーリーフが器石器を用意して、出来るだけ傷をつけないようにと尖頭棒型の石を割って作り始める。
「待った!」
とオークの長が声を掛けた。偏狭愛護の精神を持つ竈神の一派には見えない。
「はあ?」
「我々はここらで山羊を放し始めたのだ。それかもしれん」
「はあん?」
「口笛を吹けば分かる……が、今やっても牧童に迷惑がかかるな」
あのエルフとこのオークが揉め始めると収拾がつかないだろうとエリクディスが割って入る。
「種類はどうなのだ。あれの角は大層大きい、野山羊ではないのか?」
「この地に来るまで手当たり次第に集めた。混血もかなりいる。角が大きいのもいる」
「えー、あんたらのなら別にいいじゃん」
「個体数は管理しなければならん。山羊の頭領には鈴をつけてるんだが、動かないとな」
生死が決まる寸前の山羊は、その崖の上で草をひたすら食べている。
谷風が吹く。崖向こうから鈴が鳴った。群れの一部だ。
「肉……」
一行は干し肉に困っているわけではないが、保存食には出来るだけ手を付けないようにして生鮮食を優先したいものだ。
「肉」
鷲が一羽上空を旋回していた。大型の山羊でもなければ捕まえて連れ去る力がある。
「肉!」
スカーリーフの投石一閃、高度を下げた鷲に命中、空中で羽が散る。山羊が驚いてあちこち走り出す。
「にっく!」
スカーリーフ、石を跳んで対岸に渡り、崖をよじ登り、反斜面に消えて、鷲を片手に戻ってくる。力無く広がった翼は長くて広い。
「へっへーん」
家猫が小鳥を捕まえて来る時もこんな風に鼻を鳴らしているのだろうか。
オークの川鮮鍋は鷲狩りの間に進行。
川石で竈を組んで、短刀で細かく削った枝で火を点けてから、段々と大きな流木の薪に変えて火力を上げ、川の水を汲んだ大鍋を沸かす。
岩塩塊を短刀で削って入れ、魚はぶつ切り、沢蟹、ザリガニ、貝はそのまま投入。どう見ても泥抜きしていない。
「内臓を取らんようだな」
文明人エリクディスがその出来上がりの臭みを想像する。
「取るのか?」
オークの長は意味を汲み取れない。食えるもの食わないとは?
「いや結構。肝や白子は別にしないのか?」
「するのか?」
「まあ、気が進むのなら。待っておれ」
エリクディスは自分の鍋に、まだ投入されていない肝と白子に魚卵だけを集めてバターで炒める。
「おお、魔法使い殿、良い匂いだ。しかしそのちんけな量ではな、酒を舐めるだけで終わってしまうではないか」
「なんというか、付け合わせかな」
鍋蓋に炒めた物を取り置いて、煮物作りへ移る。岩塩を借りて少々入れ、胃腸を除いて鱗を取った魚と、道中採取した野草を細かく切って入れて、大鍋の横に置いて煮る。火を通した物を旅中に二品用意しただけでも上等。
一方のスカーリーフ、鷲の羽根を毟り、頭に生で齧りついて頭骨を割って脳みそ啜り、素手で肉を千切って薄く広げ、火に当てて熱した兜、彼女の鍋に押し付け鳥焼肉を開始。食べきれない肉の一部はオークの鍋に入れる。
オークの川鮮鍋は濁って黒め。赤くなった甲殻類が浮く。混ぜると貝もあってごろごろと鳴る。気の早いことに熱した石を入れて手早く高温にしていたのでそれも鳴っている。
エリクディスの炒め物は香ばしく、煮物は油が綺麗に浮いて白い。
各々、食事を取り始めた。
オーク達は臭い物にも慣れていて文句も言わない。こう、濃いのが良い。
「ザリガニの黒いところ、いいぞ」
などと背腸を突き出してくる始末。
「昼に食い過ぎると動けなくなるでな」
エリクディスはお裾分けを遠慮した。
スカーリーフは食べながら焼き上げた焼肉、兜の脂を拭うついでに焼いた野草を食べ始める。指定席は背中を丸めて座るエリクディスの肩。
「むう」
乗られたエリクディスは唸るだけ。これは野外で食事を取る時の定例になっている。
これの切っ掛けは忘れられている。おそらく鎖帷子装備がどうのと文句を言ったときの、装備重量を示す当てつけ。もはや文句や感想を言うのもどうでもいい。
この輪から外れている半死人イストルはそっとして置かれている。
イストルはもうお湯すら飲めない体であった。布に染み込ませて口元に垂らす程度でも半死の身体が反応して吐き出す始末。その様、死体を拷問にかけるようで見られたものではなかった。
その肌は冷え切っているが毛布を重ねたところで大元が死人の冷たさ。暖の話をすればわずかに唇が、寒い、と動く。そして棺の中で火を起こすわけにもいかず、火を熾した時に温石の交換が行われる。
■■■
日が傾き、夕暮れが迫る。本来ならもう野営地を築くのも遅いところだが、間もなく中継地点。
川沿いで放牧されている山羊が群れを成して一方向へ歩く。成獣の低い鳴き声、幼獣の高い鳴き声、群れの頭領の首輪に付けられた鈴が絶え間無く鳴り続ける。
小型の熊のような牧犬と、剃り上げ髪結いもしない短髪の少年オークが群れから離れようとする山羊を走っては押し、導いて戻している。
放して草を食ませていた群れを先に戻している最中である。
「あれが我等の群れの一つだ。まだ本格的ではないが、こっちでも小規模にやってな、下見だ。どういう悪いことがあるか分からん」
少年オークが手を振り、オークの長が振り返す。他のオーク達はヴェスタアレン領での戦いで得た略奪品を掲げて見せ、少年に羨望させて喜ばせる。
「生き残った息子の一人だ」
オークの腹は太いが芸が出来る類いではない。エリクディスは情報精度を上げる。
「北から降りて来た時には見なかった。最近放牧を始められたか」
「そうだ」
「先に放牧していた者はいなかったか。ワシも見なかったが」
「草は早い者勝ちだろう」
「そうであるな」
建設中の砦が見えてきた。組まれている外壁、塔に使われる丸太は全て堂々たるもので、船舶需要があるヴェスタアレンに川から流せば一財産。オーク達の暮らしぶりを想像すれば一生遊んで暮らせる。望まないだろうが実現できる。
積んだ石壁の囲いの中に先程の山羊の群れが戻されている。野犬、狼、山猫、鷲、盗賊、旅人。外は敵で溢れている。
「我等が砦だ。宿舎は先に建ててある。竈も肉も料理人もいる。人間とエルフの腹くらい、一人前にもならん」
泊めるということは逃がさない心算である。
「北から降りて来た時には無かった。これも早い者勝ちということか」
「立派な物になる。あの丸太を見ろ、手が付けやすいところは昔に根こそぎやられたようだが、高い所に手が入っていない。古い森は見当がついている」
砦の看板にオーク文字が三つ並ぶ。大陸共通語ではなく古オーク語でありその文字。
かつてまつろわぬ者達の非文明圏にいたオーク達は、伝承にも残らない古い何かの事件をきっかけに南下し、文明圏の近隣、辺境圏に入った。
辺境に入った後から多くが一二神への信仰に目覚め、大陸共通語を習得。古い言葉は文字に残った。
しかし辺境は辺境、文学などが浸透することなく古い文字は使われ続けた。元が専ら素朴な交易に使う文字で、品目名と数字の表記、それに修飾を付け加える程度にしか使われない。それを工夫し、文字を二つ以上並べて固有名詞とする慣習がある。
「テュガ・オズ・ゴンと読む。我が氏族の名、大陸共通語に訳せば大・顎・剣。これはかつてドラゴン狩りの名誉に預かった時につけられた名だと言われている」
「云われは古いのかな」
「横断山脈より北にいた時。古王の時代に遡るという伝承だ」
砦の門楼にいる見張りが角笛を吹いて声を張り上げる。
「我等が族長、鉄骨、チャルカンのご帰還!」
丸太の門扉が巻き上げ機で上がり、一行は凱旋。
略奪品、報償品が広場で広げられ、そしてチャルカンが死んだ五名の武勇を語って遺族を喜ばせる。品々の分配は、戦死した者から優先して分けられる。
砦内には長屋、倉庫、鍛冶場、井戸、共同炊事場、洗濯場が揃っている。そして軒下にはカビだらけの骨付き肉が下がっていた。
「何あれ汚い」
流石の蛮族エルフもカビ塗れには拒否感があるらしい。エリクディスが知恵袋を開く。
「オーク流の熟成肉だな。表面は確かにそうだが一皮剥けば極上の熟成肉が待っておるのだあれは。振る舞ってくれるだろう」
「へー」
砦の中で最も大きな長屋にエリクディスとスカーリーフとイストルの棺が案内される。白骨奴隷達だが、砦の外に置くのは無作法と思われたので広場の隅に待機して貰う。
族長チャルカンの長屋、集会場を兼ねるそこに正面から入れば、奥の壁にはドラゴンの物とされる大顎の骨が飾られる。一族の象徴を建設途中の砦に持ち込んでいるということは、ここを首府とする気概が窺える。
客室に荷物とイストルの棺を置き、運んだ白骨奴隷六体をお付きとして残したまま凱旋の祝宴の用意が始まる。
長屋の大半を占める食堂にして集会場、低い食卓は大きな、これまた立派な大木で作った板の組み合わせ。座るのは毛皮一枚。オークの固い尻にはそれでも贅沢。
品々の分配が終わり、食卓ではオーク達の武勇に応じて席順が決まっていく。今回のお客人二人は上席手前の左右端、長チャルカンと喋りやすい位置。
簡単に出せる木の実やチーズ、漬物類の他、まずは酒が食卓に出される。山羊乳の醸造と蒸留の酒二種類。
スカーリーフは蒸留酒を飲む。オーク相手なら手癖の悪さも悪戯で済むだろう。
極上の熟成肉が食卓に出て来る。カビに隠れた脂を纏って熟れて筋すら蕩け出す肉を、削った岩塩を盛った皿に押し付けて遠慮しないで食べる。
「うっま、うっめ」
汁が真っ黒になった臓物煮が出される。オークに取っては栄養が一番あって御馳走とされる料理だが、スカーリーフは熟成肉ばかり食べる。遠慮しない。
「砦による進出、野望は結構である。しかし街道の占拠となれば益と害の大きいことは承知であるか」
エリクディス、松の実を少し摘まんだ程度で酒を飲まずにチャルカンへ話を始めて、その飲む手を舌先で止める。そういう話をする心算で連れて来たのだろうと遠慮しない。
「最も古いドラゴン”合奏”の一党が横断山脈を越え、中央高原に動乱をもたらしたのは勿論知っているな」
「無論だ」
かのフレースラント王国が、イストルのような半死の貴公子を求めた原因はそこにある。動乱を受けての危機解決のために王族を生贄に捧げ、最後の一人となった王女も半死にして今、宮殿で横たわっているのもそれが始まり。
「あれから、長いこと無主の地を探してここに辿り着いた。これより南は暖かく過ごしやすいから勢力割拠、隙が無かった。昔から住んでいる人間達が多いことは見て分かった。この砦より東に我々の本拠がある。高原だ。標高差で夏冬の牧地で分けている。そこの湖は塩気が強くて家畜が肥える。上流にいけば岩塩鉱床もある。ここに砦を出し、この山道一帯も牧地にすれば山羊の頭数が増やせる。人間に材木も流して色んな物が買える。通行税も取り、物流まで抑えれば王国を名乗るのも遠くない」
「それは野望が過ぎる。地盤を固めねば滅ぶぞ」
チャルカン、手に取った酒をようやく呷る。
「一族にはドラゴン殺しの伝説がある。魔法使い殿はその手の話に詳しいか」
「ある程度は」
「ねえおっさん、ドラゴンって倒せんの?」
スカーリーフが手に付いた脂も惜しいと舐めながら話に加わる。
「亜種ではなくか」
「そうそう」
「そも、ドラゴンは四種に分けられよう。若いドラゴン、古いドラゴン、最も古いドラゴン、そしてはぐれ。亜種と呼ばれる信者、家畜、野獣はドラゴンではない。犬や牛に、そうさな、エルフにオークを人間とは呼ばんようにだ。
若いドラゴンを倒した話はありそうでほとんどない。子供は良く保護されているからな。
はぐれを軍や英雄が倒した話はある。実行可能だ。だが最も古いドラゴンとその一党のことではない。それに唯一勝てるとすれば神々の領域だろう。
はぐれドラゴンを倒せるから彼等も倒せると考えるのは無知だ。彼等一党は組織化された軍なのだ。ドラゴンとその僕に無数の亜種、その信者たるまつろわぬ者達が大勢いる。
いくら、ある国家のある国王が病弱な子供だとして、そのお人を殺めようなどとすれば一国の軍と戦う必要があって困難であるという論理だな。
そして頭領、いや崇拝対象である最も古いドラゴンならば一体で国を滅ぼせる強さがある。軍と合わせて更に困難ということだ。
最も古いドラゴン、その六体の伝説は少ない。具体的な話はあまりないのだが推察は出来る。姿を伝える話があるのだ。いずれも壮大、見ただけ、近づいただけで災害に遭うような魔法の力を纏っていると言われる。
色々あると思うが、そうだな、最も古きドラゴンで一番に人界に近くて気さくとされる”焚火”は常に身体から炎が噴き出しているらしい。歩いただけで地面が高熱で融けて硝子が出来て、それ自体が霊験あらたかな品であると南西諸島で取引されている程だ」
「いや、どう強いのさ?」
スカーリーフが熟成肉の骨を長屋に入って来た牧犬に放る。齧る。
チャルカンの息子が隣に来て、余り鳴かない山羊を抱えて座り、黙って話を聞き始める。弱った個体を今日は抱いて寝る様子。
「戦いと関係の無い話ではなくとも、その活動の一端からどれだけの存在であるかというのは推察出来るものだ。
”吹雪”は冬山に近づくだけで冠雪が無くなるとも言われる。
”宝石”は見ただけで目が潰れると言われる。
”合奏”は近づく前に発狂すると言われる。
”流血”は、物騒な話は無いな。慈悲深い方らしいが、他と並べられるというだけでそれなりのことがあるのだろう。
”抹消”は……話が無いな。うむ、全く聞かん。人界と関わらないところにいるのだろう。戦うどころではないということだ。
はぐれとは障害があったり、発育が不良で、食わせる物が無い無能と外にはじき出された落ちぶれ者である。いわば訓練もされていない、仲間もいない、餓えた浮浪者。それが尋常の国すら脅かすはぐれなのだ。
はぐれのドラゴン殺しが名誉であることには変わりがない。そこの大顎、殊勲賞で間違いはない。
本物のドラゴン一党があまりにも途方もなく強すぎるという話だ。最も古いドラゴンは特に周辺国に嫌がらせをしたり侵略をしたりということは目立ってしない。神々と約束があるのかもしれないが探るは不敬、下手をすれば敵対行為だろう。
今回は”合奏”が動乱を引き起こしたようだが、勝手に弱い者達が大騒ぎしただけとも言えるかもしれない。彼等自身が大征服を始めたという話は聞かんから、まあその範囲だ。
こう、地震だとか津波だとか、神々の気紛れである自然の猛威の一部だとか、巨大な山だとか海だとか、ドラゴン一党はそういう、もっと別の存在だと考えるべきだろう。
山を剣の一振りで割るだなんてこと、不可能だろう。最も古いドラゴンを討伐、というのはそんな感じの不可能だ。
スカーリーフ、お主がいかに武芸の達人であろうと大河の流れをその身体で止めることは出来ないだろう。そういう次元の話なのだ」
「神の力を借りられたら?」
スカーリーフ、足癖の悪さから食卓の角を足指で掴んで爪で削り出す。私、やれんじゃないの? という意思表示に余った力が少し漏れ出ている。
「討伐するに足る理由があってお貸し下さるのならば不可能とは言い難い。だが古より、文字記録の遥か昔より存在した六つの彼等が未だに討伐されていないという事実から逆に考えれば、そんな理由が出来ること自体ほぼ有り得ないということになる」
「ほぼっていうことはあるんだ」
「絶対に無いとは言わんが期待して待つことは愚か者がすることだ。もしそのようなお役目を負うことになるのなら神々より預言があろう。預言を待ち焦がれるなど不心得なことだ。討伐方法を考えるとしたら預言があってからすること。よって事前に考える必要が無いということを知って終いとするのが答えだ。少なくとも、お前さんの姉達の中の誰一人として最も古いドラゴンを狩ったことなど無いと言えば、身の程が分かるかな」
「む、うっさいハゲ」
「ぬ、まだ大して、ハゲとらんわ」
「ハゲハゲハゲハゲ」
「一ぺん言えばわかるわ」
「ハゲ」
チャルカン、手に取った酒を呷ること二度目。
「賢き者エリクディスよ」
「何だろう」
「おっさん、賢き、で返事してる! ぷぷぷぷぷ」
「うるっさいわい」
「男と見込んで頼みがあるのだ」
テュガオズゴン氏族長が、エリクディスに向き直り、両拳を床に付けて配下の面々の前で頭を下げた。
各々手柄話をして、聞いていた一族郎党も酔いが醒める。
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