4 盗賊騎士編4話:汚いエルフを洗う

 早朝の集会からエリクディスが戦神の神殿宿坊へ戻って来た。

「スカちゃんよ」

「はーいー」

「今日から動く予定だったが、まずは噂流しと資金集めで足場を固めることにした。いかに神殿と言えど金庫の出入りが中々でな。死神の神殿も準備が掛かるとのことで、連携が……あれだ。大口叩くのも最低保障があってからだな」

「ふーん。で?」

「今日はお前さんの身だしなみを整えるところからだな。街頭にその恰好で立たせても人が寄らんわ」

「うん」

「髪から弄るぞ」

「ほいほい」

 スカーリーフは巻き毛の金髪を、抜いた剣で無造作に切ろうとした。

「いかん!」

 エリクディスが手を出し、刃筋が立つ寸前でスカーリーフの膝押しを胸に受けて転がる。

「ちょっ! 物持ってるのに近寄んないでよ。おっさんボケたの?」

「ワシの手ぐらい構わんわ。折角伸びた髪を切るんじゃない、そのフリフリが無くなるじゃろうが!」

「フリぃフリ? 髪切んでしょ」

「いいんや駄目じゃ! 駄目駄目駄目なんじゃ。腰の長さとまではお前さんに求めんがな、後ろからそいつがフリフリして見えるぐらいでないと駄目なんじゃ!」

「なんで?」

「長く躍る髪はのう、男も躍らせて命を軽くさせる。これこそ戦乙女の仕事よ。髪を切るは仕事の放棄。お前さんの巻き毛が短くなったら更にフリフリから遠くなってしまう」

「うーんー、でもそれ弱くなんない? 掴みやすいし」

 スカーリーフが頭を振る。頭の脂で固まってフリフリではない。巻き毛の複雑さから天然の布兜でも仕上げているのではないかと思う程だった。

 身体を洗わないのは故郷の工夫だ。皮脂汚れと埃や土が合わさって皮膚を守る層が形成されるという工夫。豚も泥浴びで害虫から己を守る。

「スカちゃんよ、お前さんはもう十分強いんじゃ。戦神が認めたっていうのはそういうことなんじゃ。次は仲間を強くする方向に舵を切るんだ」

「舵? 船は知らないんだけど」

「この、例えだ例え。自分以外を見るんだ。昔は一匹狼で……狼は群れで狩るとか言うでないぞ、そんな変な狼みたいなことはやめるってことだ。とりあえずは周りの仲間のことを考えるようになるんだ。そのために戦神はワシと見習いたるスカーリーフを引き合わせたんだからな」

「じゃあどうすんの?」

「まずどれ、頭を見せい」

 屈んだスカーリーフの金髪を見れば脂で固まっている。抜け毛の塊がくっついて虱が集っている。太陽に良く輝くのは脂の照り返し。

「なんじゃあ、頭痒くないのか」

「別に?」

「虫に食われても痒くないって奴はたまにいるがなぁ」

 エリクディスはその汚い髪を嗅ぐ。

「やっぱりくっさいのう。目と耳だけでなく鼻でも戦士を導くんだ。たまたま近くに来て濡れた犬の臭いじゃ死ぬもんが可哀想だろが。もっとこう、戦乙女なんだから女って感じにせんかい」

「うー」

「うーでないわ。まずは洗わんといかんな」

「やってー」

「しょうのない」

 宿坊の風呂を借り、お湯とそれから温めた植物油を用意。

 スカーリーフには風呂場の椅子に座らせ、頭を下げさせる。

「見えない」

「ほう、お前さんこの辺の奴等に奇襲されて死ぬのか?」

「うっさい」

 初めから櫛は使わないで、温めた植物油を使って髪の毛一本一本の癒着を指で剥す。髪が解れて大きい汚れ、固まった抜け毛が剥がれてから湯で油を落とし、残りの汚れも落とす。

 油も中々落ちないので湯をしつこく作っては使ってを繰り返す。神殿の丁稚が良く働く。

「おっさん、これ奇跡でやった方が早いんじゃない? 竈神?」

「馬鹿者、自分で出来ることをお祈り任せにするなど不心得だぞ」

「私できないよ」

「ワシはできるんじゃ。できるんだからお任せになどできんのだ」

「なんで?」

「ワシがそういう風に思っているからだ」

「思わなきゃいいじゃん」

「そんなわけにいくか。信心が分かっておらんのう」

「戦乙女」

「そんなんだから昇天せずに見習い止まりなんだ」

「あれ、そういうことだったの?」

「やれやれ。まあ信心はそれぞれ、そう思うからこそというのがある……どれ、櫛が通りそうだ」

 まずは目の粗い櫛から使って毛を揃える。

「毛が太いのう」

「細いのは直ぐ殺すからね」

 厳しい土地では強い個体しか生かされない。

 汚い固まりだった髪が降りた。洗髪ならぬ染髪でもしたかのように色合いが違う。

 近くで見れば小汚くて残念だったのが、近くで見ても色の薄さが面白い程になった。脂の抜けがやや輝きを失わせている。

「後で塗るのは馬油がいいか、そうだな。うん、次は毛先を揃えんとならんな。枝毛が酷い」

 次は鋏で毛先を切り揃える。不均衡にならないよう、余分に切らないよう、フリフリの長さが保てるように。

「おっさんって髪切れるんだ」

「船に乗っていた時には色々やってのう。床屋外科もその一つだ。医者も出来て、長旅で髪に髭が伸びてくる奴等の頭を整えてやると金にもなるし気分転換にもなって規律も保つ。お前さんと違って虱の巣にもならんで痒くならんのだ」

「おっさん凄いんだ」

「そうだとも」

 この金髪は今や金より価値がある。完全な専門家でなければ鋏は慎重、時間が掛かる。

「うーん……」

 スカーリーフが唸り出した。飽きてきたのだ。

「次は顔剃り。髭が生えた女はドワーフで十分だ」

「あーん?」

 エリクディスは短刀を取り出し、砥石で研いで更に革研ぎもしてからスカーリーフの顔を掴んで剃る。毛色が薄ければ産毛は目立たないが、生えているものは生えている。

「よし出来た。あーと鏡、ほれ」

 スカーリーフは汚物の束縛から放たれた己の頭髪を見る。何なら湖面か研いだ刃でしかほとんど見ることの無い自分の顔も見た。産毛剃りの結果は良く分からない。

「これが?」

「おなごなら、わー綺麗! ぐらい言わんか」

「はあ?」

「ほれ笑って」

「うーん?」

「口の端、上げてみい」

「こう?」

 目はともかく口は笑った。

「しっかし歯が汚いのう。歯磨きもしてないのか。しろって言うてるだろうが」

「していいことあるの?」

「どうやっても虫歯にならん奴もいたのう。お前さんよ、憧れの人の口が臭かったら残念じゃろ。見えるぐらいに歯糞がこびりついててもな」

「ふーん」

「口開けい、あーん」

「あー」

「これは酷い! 虫歯になって抜けたら弱くなるぞ。頭に病気が回って死ぬこともある」

「えー?」

「考えるよりやる。小枝をほぐして噛む。歯の隙間もきちんとな。あとは表面を布で擦るか」

「これ?」

 スカ―リーフが口に指を入れ、爪で歯垢を掻きだして見せた。

「馬鹿もん汚い! 人に見せるな!」

「うりうり」

 指を突き出し表現し難し。

「やめいこの蛮族め!」

「うっきゃきゃきゃきゃ!」

 このエルフが心底笑うとしたら、一つはこれ。

 スカーリーフに、煮沸消毒した小枝を噛ませながらエリクディスは髪型を見る。汚れが残って、枝毛など痛んで見た目が悪いところがないか。櫛を変えながら通りの悪い、絡まったところがないかと丹念に点検。

「折れたー」

「折れたー、じゃなくて歯と歯の間を掃除するんじゃ。力試しをせいと言っておらんわ。ええい」

 今度は正面向かい合わせ、こうやれとエリクディスが歯磨きの模範を見せる。縦横、裏側、奥歯の奥まで。

「力の入れ過ぎだ。歯茎が裂けるだろうが、ほれ血がついとる」

「おっさんはー?」

「むん」

 と言って中年に至って珍しい、食いしばりで磨り減ってこそいるがまだ一本も欠けていない白い歯、血色が良く後退していない歯茎を見せる。

「ほええ、肌と違うね!」

「日焼けでやられればこんなもんじゃい」

 歯磨きを続けさせた。何度も残念な乙女見習いの口内をエリクディスが見て、いちいちお湯でうがいをさせる。

「飲むな、いや飲んでもいいが、こうぐじゅぐじゅぺっするんじゃ」

 口の中でお湯を音が出るように回して洗浄して吐き出す。この行為も見真似させないとスカーリーフは出来ない。やったことがない。

「はいぐじゅぐじゅー……」

 エリクディスの足先へ、ビュ、と水弾にして吐き飛ばす。足を引っ込める。

「こら! 人様に吐くんじゃない!」

「うっきゃきゃきゃきゃ! こう! こう!」

 足を引っ込める真似。馬鹿にする笑いが止まらない。

「えーい、見せい」

 改めて口内検査を実行。上から下から覗き込み、手鏡の反射で光を中に射す。

「まあ、今日の出血はいいか。しっかしあれで虫歯に歯茎の腫れも無いとは何喰っとるんじゃお前さん」

「酒で消毒?」

「効果が無いとは言わんが。でだ」

「で?」

「身体も洗うんだぞ。頭が良くなっても身体が臭けりゃどうにもならん。爪もな、汚れをほじらんと、ほれ黒い」

 スカーリーフの手を取って樹皮でも剥げそうな爪を点検。何かの汚れ、色々な物が挟まっている。切って磨いて形を整える必要もあるが、爪は物を握り込む力に影響するので慎重を期する。あくまでも戦士前提の女だ。

「それもやってー」

「馬鹿もん! おなごが簡単に男にそんなこと言うもんでないわこのはしたない、品格を持て。低くとも出来るだけな」

「うーん?」

「しっかり垢を落とすんだぞ。肌は擦り過ぎんようにな。傷をつけるなよ。ついて良いのは勇士からの刀傷ぐらいなもんだ。間抜けな引っ掻き傷など、せいぜい男まで」

「あん?」

「ああ、風呂屋の娘共に頼んだ方がいいか」

「娼婦に?」

「そうじゃい。あやつ等、そいつが商売道具だからのう。ああ、話はワシがつけんとならんな。行くぞい」

「はーい」


■■■


 頭巾を被り、人間男の服を着ているせいでスカーリーフは半袖半裾気味。そして頭から爪先まで産湯に浸かった以来の清潔な状態を達成。魔法使いエリクディスの魔法ならぬ魔法による玉磨きの一段階目は終了。

 そんな女と買い物に出かけてユンブレアの街を歩く。

 普段とは違う男の高貴な視線がスカーリーフに集中。その手が、うちの子はどうだ、と胸を張るエリクディスの背負い鞄を掴む。

 魔法使いエリクディスは背が低めで肩幅が広いという南方人体形。片や太いはずが長いせいで細めに見えるスカーリーフ。男の顔が女の肩の位置にある。

 親子に見えず、成金親父が若い愛人を連れているのとも違う。上等三角帽子が興行師に見せてくる。

「これ脱いじゃだめー?」

「乾燥は髪に悪い、色艶も大事だ。乙女が弱った婆さんみたいな頭だったら盛り上がらんだろうが」

「うん」

「それにのう、いざ戦場と先頭に立った時にだけファサーっと見せたりするのがいいんじゃ」

「おっさんの趣味?」

「一般常識の範囲内だ」

 五〇年近く男社会にいて培った範囲は海を渡っている。

 一件目は靴屋。

 初めに、編み上げサンダルの注文をつけにいく。スカーリーフは踏み込みが強いので削れや痛みが激しく、予備は荷物の邪魔にならない程度に多めに確保しておく。戦が控えているのなら尚更。

 エリクディスは靴屋に詳細な寸法と、以前に描いて折り目も粗くなった設計図を、綺麗な予備と今履いている壊れた実物を見せながら教える。枝を掴んでぶら下がれるエルフの足指に合った一品は説明しないと作れない。

 靴屋の親方が未知の履物に頭の中を全回転させながら眉間に皺を寄せる。

「足先は本当にこれぐらい広げていいのか? 石が入るぞ」

「それはこういうことだ」

 エリクディスは杖をスカーリーフの足先へ向けて、掴ませて腕でするような素振りをさせる。

「全然痛がらんのだこれが」

「えっらいもんだなぁ。革で直ぐこれならいっそ蹄鉄噛ませちゃどうだ」

 痛んだサンダルはわざと折り曲げたように割れてしまっている。指の可動範囲が人間の足と違い、想定外の方向へ力が入る。

「こう、曲がらんとな。蹄鉄も初めから折ったり、鋲にもしたが落ちるでな。半端に外れるともっと悪い。ただ底を削るんじゃなくて全体に歪みが出るような、掴む動きをしとるわけだ」

「手袋みたいなのがいいか。参るなそりゃ」

「裸足でいいじゃん」

「これ、注文先でそんなこと言うんじゃない」

「えー? でもー」

「えーでもでもでもじゃないわい。お前さんは見た目を大事にしなきゃいかんと何度も言うとるが、これはその一環だ。素肌そのままよりな、半端に隠して見せてるのが良いのだ。だからこの足と脛が半端に見える編み上げサンダルなんじゃ。たーだのサンダルじゃいかん」

「おっさんの趣味でしょ」

「一般常識の範囲内だ」

「そうだとも。紐で縛ってるってのがまたいいんだよ。足が白くて長げぇから面白いぜ嬢ちゃん」

 親方も追従した。

「うわ、何あんたら、きも」


■■■


 二件目は服屋。

 いわゆる文明圏に属する黒エルフ以外は男女の服に差が無い。妊婦服や授乳服はあるものの作業服の分類だ。

 スカーリーフは白いスカートなど好まないが、お出掛け前までは履いていた。これもまた魔法使いエリクディスの一般常識による指導。指導が受け入れられるまで一悶着あったものだ。

 スカートはズボンより揺れるので握ったり摘まんだりしてしまうことがあるのだが、スカーリーフは握力からも引き裂くこと多数。食事の手汚れも遠慮なくこれで拭いており、戦いと狩りの血脂と合わさって染みだらけで汚い。教育用に履かせていたのだが手癖から進捗はかばかしくない。

 本番用の、その時だけ履く白スカートを注文する。

「女将、鎖帷子を仕込む」

「厚くしますか」

「動き辛いのを嫌がる。いっそ切れやすくて構わん」

「柔らかくて伸びるのがいいですね。白でいいのですか? 汚れが目立ちますよ」

「物語を見せるのも仕事でな」

「まあ、純白をどうこうしたいって言いますものね」

「刺繍は裾一周で、こんなもんかね」

 エリクディスが算盤を弾く。女将が弾き返す。

「両側面」

 算盤を弾き、弾き返される。

「お武家様のだとこれくらいは。長く待てますか?」

「裾一周で考えておいてくれ」

「はいどうも」

「膝丈だ」

「あら、そんなに?」

 熱帯地域でもなければ脛を見せるのもはしたない。

「どしたのおっさん、いっつもはしたないだのなんだのくっそうるさいくせに」

「ひかがみが見えたり見えなかったりの程度だな」

「ひぃ?」

「膝窩、膝の裏のへこみだ。スカちゃんは筋肉が良う発達しとるから深くて見栄えが更にする」

「はあ? 意味あんのそれ」

「大いにある! 男共を引っ張る効果がある。生存本能を削るには見せるもんは見せんとな」

「あん? それならおっさんの褌みたいなケツ見えるぐらいのでいいじゃん」

「ぶわっかもん! 戦乙女は娼婦でないわ」

「どういう塩梅で言ってんのよそれ」

「こう、境界線だ。波のように押しては引く動きのある中、時折達する一番の引きの時に見えてしまいそうで、かすかで朧気な具合だ」

「それおっさんの趣味じゃないの?」

「ワシのじゃなくて世間一般じゃい」

「ちょっとおばちゃん?」

「はいはい、大体わかりましたよ」

 次に青い長袖の、詰襟の上着を着せずに合わせていく。人間女物でエルフ女に合うものはないので試着できない。後で仕立て直す。

「これも刺繍でございますか」

「袖は小手、裾はベルトで隠れるからいい。胸にはぁ、旗無しの放浪人にはいらんな。襟と……ボタン穴か?」

「飾り紐で結べば閉じ穴の刺繍は最低限で済みますよ。それに戦われる方は飛びますか」

「紐でいいか。襟、むー首巻き、いや締められるか。スカちゃんや、首巻きは不安か? 組み討ちじゃあ不利だが」

「詰襟がそもそも嫌なんだけど」

「こいつはそのなっがい首の飾りだ。そうなると刺繍はやはり派手にいるな。貧乏症だが前だけ入れてくれ。後ろは髪を下ろしたままにするからな」

「承りました。これも鎖帷子を入れますか?」

「下着の上に鎖帷子、その上にこれだ。余分な大きさはそこまでだ」

「鎧下はありませんか?」

「こやつはそいつは着ないでな。何とも器用にかすり傷避けに使うんだと」

「それはまあ、凄いんですね」

「雑魚が雑魚過ぎるんだって。で、何で青?」

「金や黄には青が合うんだ」

「うーん、そう?」

「よくお似合いですよ」

「店屋に言われても嘘臭いんだけど」

「これ!」

「まあまあ、気にしておりませんよ」


■■■


 次は鍛冶屋。

 まずは小手。これも人間物が前腕の長さから合わない。下手に尺が合わない物を装着して、防げると思って出した腕が切断ということもある。半端が一番いけない。

「二個一つで不格好で良いなら直ぐやれる」

「見た目は重視だ。スカちゃんや、そもそもお前さん小手使ったことあるか?」

「なーい」

「あると頼ってしまいそうか」

「うーん、付けてみる」

 スカーリーフが試しに尺が合わない小手を付けた。緩くエリクディスが杖で打って防ぐ。もう一度打って受け流す。更にもう一度、撫で避け払う。

「どうだ」

「気持ち悪い。いる?」

「これはちゃんと戦う姿勢を示す。戦いの腕飾りだな。ジャラジャラ輪っかを下げるわけにいくまい」

「輪っか?」

「酒場出入りしとるなら踊り子の衣装はわかるな。胸は隠して腹を出す。股は隠して足を出す。腕も輪っかなり布なり付けとるのがいるだろ」

「あれねー、うん」

 次は胸当て。これはエルフでも人間物の型で問題無かった。何なら男物で問題無かった。作り置きの品でも装着可能。

「これも邪魔なんだけど」

 胸型板金一枚に固定ベルトが脇と肩に回る型。それでも腕を内に回すと引っかかりがある。前屈する時に下の端が腹の上を圧迫する。

「小さくするか」

「見た目気にするなら、変に小さくすると何の目的でつけてんだって感じになるぜ。胸当てじゃなくて胸巻きって感じにな」

「乳房隆起型なんかつけたら、さてうーん」

「え、なにそれ」

「筋肉隆起型の女用だ。多少豊満でもそこに納めれば胸が苦しくないという設計だ」

「おっぱい鎧は幾らなんでも気持ち悪いって。妊婦じゃあるまいし」

 エルフは基本的に妊娠しなければ乳房が発達しない。

「親方、蛇腹で作れんか?」

「少なくとも一〇倍は掛かるぜ」

「小札はどうだろう」

 穴が複数開いた小さな金属板のことで、これを縫い合わせればあらゆる防具になる。

「小札の鋳型ならある、在庫もあったな。小手もか」

「そうして貰おう。動きの邪魔になるところは動くよう緩くな」

「そいつは分かってる」

 次は額当て、慣れぬ感触にスカーリーフはしかめ面。愛用の兜は歪み、鍋としても使ってきて煤が付いているので使用禁止。

「兜と思いっきり使い勝手違うんだけど」

 スカーリーフの殺法では、兜は積極的に弾きに使う盾の一つであった。

「髪のフリフリが大事だ。戦わせるのが仕事だからな」

「これ、戦うのか踊るのか誘うのかどれなの?」

「全部だ」

「うわ」

「それが戦乙女っていうもんだ。帷子団子ではなくな」

「うーん」

「重要なのは四点。強く、美しく、気高く、そしてすけべな見どころがある」

「はあ?」

「バケツ兜に鎖帷子、野暮ったいにも程がある。戦乙女はいわば最期の花嫁。彼女のためなら死ねると思わせ、死兵にするのが役目だ。優しいだ厳しいだ、胸がある尻が大きいだのとは個性の範疇で殊更どうにかするところではない。四つの要点さえ抑えたならば個性のところは兵士達が勝手に好意的に解釈する。解釈させるだけの四点を持っていなければならない。帷子団子の姿は、これはもう隙無し、私は女ではないという主張で戦乙女の姿ではない。戦士はそれでよい。戦乙女ではよくない。強い戦乙女は当然のことだが、ある種脆くて弱く見える必要がある。強いのは分かっていても見た目で兵士達に錯誤させなければならない。戦乙女に傷がわずか一つでも付かないように己の肉体を差し出させる程に魅了せねばならない。如何に宝石が固かろうと、好んで傷をつけようと試みることは普通無いことだ。命を差し出すには理由が必要だ。自分の肉体を犠牲にすれば愛しの戦乙女の無傷が叶うと思わせるのだ。無傷であって欲しいと思わせる程の美しさが必要になるわけだ。それは鎖帷子の団子ではならんのだ。それで今の予算と時間を兼ね合わせるとこれだ」

「魔法使い殿は良く分かってんな」

 親方も追従した。

「うわ、何あんたら、きも」


■■■


 三店での注文が終わり、出来上がりを待つ。

 戦神の神殿が金銭面でも積極的に支援をしてくれると確証が得られて準備期間に余裕が生まれた。野営していたイストル一党の残りも市内に入って宿を取っている。

 次は……スカーリーフが指差す先は構えの良い料理屋。空いた手でエリクディスの襟首を引っ張れば一瞬足裏が地面から離れる。

「お腹空いたー!」

 買い物の次はいつもより高い食べ物。男女連れ立つなら定番であろう。

「駄目だ。神殿で食うぞ」

「何でぇ!? いーじゃんたまにー!」

「もう金が無い」

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