神話の冒険者エリクディス

さっと/sat_Buttoimars

第1部「戦乙女見習いスカーリーフ」

1 盗賊騎士編1話:代表決闘者・1章開始

 盗賊騎士率いる一党、街道外れの農村門前に賊兵四〇余を並べる。装備はくたびれ、しかし一揃い。賊党に余る旗を掲げる。

 夜明けを迎えた村は乱世に備えた石壁囲い。門を閉じて壁上に農兵を並べた。そして先に言いつけた食糧も包んで出さず、抵抗の意志を見せる。

 賊兵は傭兵稼業時に軍税を覚えた。武威を示し、無用に血を流さず穏当に搾取する。

 だが抵抗の意志を見せられれば蛮族のように略奪するしかない。恐怖されない賊など鼠以下である。

 盗賊騎士は、破滅の時を告げる口上をどう述べようか考えながら、隊列の先頭に出た。剣は抜き身、手に持って指揮が出来るように。

 その足取りに合わせて気配もなく、精霊の言葉と共に門前に置かれた二つの篝火台が火種も無く発火する。

 精霊術!

 門上の建物、門楼には農兵と違う二人がいた。

 武装する戦士が一人だけ軽やかに跳び降り、衝撃吸収の動作も無く静かに着地。

 灯りに照らされた姿は、鉄兜と鎖帷子を着て、短槍と小盾を持つ。

 単騎でありながら賊兵四〇余を前に脱力姿すら見せる。虚勢で隠せない身体の震えや強張りすらない。

 狂人か狂戦士か、ややもすれば神々に祝福されし者のおそれがあった。

 もう一人が杖で、聞けよ、と床板を二度大きく叩く。そして屋根下の暗がりから姿を現したのは、風聞に混じり、たまに見かける魔法使い。

 この唯一大陸世界西半にて、貧民が好む安価な三角帽子に型鍔など付け、こしらえ良しの高級品を被るのが魔法使いの証。貴賤を跨いで己の腕こそ恃みにする有才の宣伝、脅迫の看板。

 若者程、未熟と伊達が多い魔法界。その出でた風貌は濃い黒髭、顔の皺が深い中年男。

 体力は下り坂だが頭脳は熟成の中年期は、魔法使いに取り全盛期。

「横暴な賊徒に渡す物は無い! 腰を曲げて田畑を耕す事もせず、鼠のように掠め取る痴れ者は己の愚かを恥じよ!」

 堂々、低く明朗な声。

「こちらは仲間達を食わさなければならない! 逆らうのならば見せしめにしなければならない! 破滅する程の量は要求していない!」

 比べて盗賊騎士の声は迫力に負けていた。言葉選びにも負ける。

「盗人にも分があるとは良く言ったもの! ならばこれに応じられるか!? 我々は今後、諸君のような乱暴者から身を守らねばならない。食糧の代わりにその剣、槍、鎧兜を差し出せ! 用心棒として優れた兵士一〇名を奴隷に差し出せ!」

「そんなこと出来るわけがない!」

「その言葉、そのまま返そう! 剣で成すこと剣で返る!」

 門前に立つ村の戦士、飽きて高い位置にある門楼を短槍で二度叩いた。伸ばした腕が身の丈に比して異様に長い。

「ええい! 少しくらい待たんか……」

 魔法使い、咳払いしてから杖を掲げる。

「……戦場と猟場、闘争を司る戦神よご照覧あれ! 御柱様の名においてこの紛争の解決、代表者の決闘で決することをお許しください。斃れる者に”戦士の館”への導きがあらんことを!」

 村の戦士、ようやくか、という様子で歩いて前へ。

 農村と賊兵隊列の中間地点、何者も触れずに横一線の刀傷が距離を置いて二つ刻まれる。

 奇跡!

 一二在られる神々の一柱、戦神の名において、その開始位置から決闘を始めよと指示。拒めば戦士にとって最低の不名誉、振る舞い如何で更にお怒りを買えば死より恐ろしい呪い。

 農村側の開始位置に立った村の戦士、未だに脱力したまま。

 思案する盗賊騎士の肩を掴み、俺の出番、と力強く前へ、一歩出たのは一党が頼る倍給兵。騎士の全甲冑未満の半甲冑姿。

 長槍と敵を叩き潰す両手剣を担ぐ突撃担当は、働きも負い傷も給料も雑兵の倍。

 賊党側の開始位置に倍給兵が立つ。

 双方、十歩で詰まる距離。

 倍給兵は踵を揃え、両手剣を胸の前で持ち、天に切っ先を向けて捧げ剣。

「今日まで剣を振るってきたのは名誉ある戦士として死なんがため。戦神よ、我が身、我が命を賭します」

 村の戦士は何も唱えず、佇まいも直さない。一見して戦神に対し不敬。

 倍給兵、両手剣を上段構えに改め、詰め寄る。

 肩を斬る、頭を斬る、短槍を斬ってからにする? 振りは囮にして刺すか、刺しながら……。

 対する村の戦士、小盾を下手で振る。予備動作無し。

 盾裏から投石器の紐が下がった時には、初撃を考えていた倍給兵の頭に鉛弾を打ち込んだ後。兜に穴が開き、額が割れた。

 致命傷を得た倍給兵、村の戦士へ無意識で上段袈裟斬りを打ち込む。訓練で繰り返してきた動きは身体が記憶。

 生涯賭した最期の一撃は小盾にいなされ、地面に刃を埋め込んだ。

 地に刺さった両手剣が支えになり、倍給兵は立ち往生の姿。額から血を流して動かない。

 勝敗は一瞬で決まる。

 盗賊騎士は指導者として、最強の決闘代表者を失って動揺する仲間をどうにかしなくてはならない。

 更に戦うか、引くか、言葉で何か有利な条件を引き出すか、いっそ負けを認めた上で物乞いをするか、という選択を迫られる。

 決闘に勝利した村の戦士、やおら短槍を掴んだ拳を振り上げ、殺した相手の額に叩き込む。敗死者に更なる一撃など決闘に際して暴挙。

 仰け反った。だが倒れなかった。地に刺さった両手剣、再び天を突く。

 実は死んでいなかった、と安堵する賊兵がいた。

 戦神を貶す振る舞いには呪いがある、と恐れる者もいた。

 単純に死体に一撃を入れるなど何を考えている、と怒る者もいた。

 奇跡で始まった決闘では尋常ではないことが起こる、と逃げの姿勢を作る者もいた。

 唸り声を発する倍給兵、四肢に力が入って仰け反った姿勢が前のめり。人外の獣の咆哮へと転じた。

 蘇りの倍給兵、装具の帯が切れる程に筋肉が盛り上がり、半甲冑が脱落。毛が伸び、鼻柱と目の周り以外は体毛に覆われた。開いた口の牙は肉食。

 戦神がもたらす祝福か呪い、獣人の姿である。

 盗賊騎士は城を追い出される前に受けた教育を思い出す。

 戦神が略奪行為などでお怒りになるはずがない。だが戦い様を情けないとして怒れば敗者の側に残酷な仕打ちをする。

 獣人が再び両手剣を上段に、村の戦士へ向けて構えた。己の敗北を情けないと感じ、再戦を戦神へ願った可能性をにおわせた。

 再び打ち掛かられた村の戦士は短槍を地面に立て、獣人の柄を握る手に合わせた。槍が騎兵を防ぐ姿に似る。

 両手剣の打ち込みが穂先止まり、村の戦士は槍を捨て別の動きに移っていた。

 右手に抜いた短剣で獣人の首肉半分を切り、左手に取った手斧で首骨を切れ目から折る。

 次に膝裏を数度蹴り、背を肩で押して胡坐を掻かせる。

 続いて首肉残り半分を短剣で切り、首の皮一枚で繋がった頭が下がる。

 仕上げに、手に刺さった短槍が抜かれて両手剣が前方へ投げ出される。

 この界隈では知られていない蛮習の一端がうかがえる。

 賊兵最強如きではどうにもならぬ達人が二度勝利した。

 太陽が昇り、村の戦士が兜を脱ぐ。巻き毛の金髪が陽で輝き、人間ではない長い耳が見え、そして女の高い声が空に向かう。

「戦神よ! この者は”戦士の館”へ行くに相応しいか!?」

 獣人の死体から、虹より多彩に輝く極光のもやが朝の陽射しの側へと昇天する。地の底にあるという冥府に引かれることはなかった。

「あれは戦乙女!?」

 賊党最長老、戦場に立つことを咎められること幾度の老兵が古い記憶からその光景を思い出して口にする。

 どうりで敵わない。強き戦士の魂を先んじて狩り集める者が、その戦士より弱くては勤めがならぬ。

 賊兵の士気は崩れ去った。戦意を無くすという意味で力が抜け始める。

「降伏せよ賊徒、いや敗残兵達! ……話くらいは聞いてやろう! 暖炉に酒と飯の用意があるぞ!」

 魔法使いの言葉に盗賊騎士は負けた。指揮用の剣を鞘に納め、兜を脱ぎ、二十歳にもならない若い顔を晒す。

 精霊術、錬金術、奇跡を願う祈祷術に加えて交渉術も使うのが一流の魔法使いと世に言われる。

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