第11話 本当のファンは誰?

 

 イーサンと気まずくなってしまったまま、王妃の誕生日を祝う夜会の日を迎えた。


 エリファレットと口を効くなと言われ、つい咄嗟に反発してしまったが、きっとイーサンがそう言ったのは何か理由があるはずだ。ウェンディは『ノーブルプリンスマン』としてのエリファレットしか知らないが、イーサンは弟として、第1王子のエリファレットを見てきたのだから。

 表面的な面しか知らないのは、自分の方かもしれないのだ。


 鏡台の前でアーデルに髪を結ってもらいながら、反省する。今自分が向き合うべき相手はイーサンなのに、話し合いもせずに逃げてしまったこと。


(今日、イーサン様に謝ろう)


 そう心の中で決心しているうちに、髪形が完成する。今日は長いベージュの髪を後ろでハーフアップにしてもらった。ひとつにまとめるだけではなく、複雑に編み込んであるためこなれた感じがする。編み込みの中に白いパールの飾りを埋めるように差し、きらきらと繊細な輝きを放つ。


 姿見の前に立ち、腰を揺すってふわりとスカートをはためかせると、アーデルが「よくお似合いです」と賛辞を口にした。


「……アーデル。あなたはイーサン様のことをどう思う?」

「不器用で優しい、気の毒なお方です」

「じゃあ、第1王子殿下は?」

「冷酷で危険な人です」

「……そう」


 アーデルの見解は、イーサンがエリファレットに対して抱いていたものとは一致しているが、エリファレットがイーサンに対して言っていた印象とは違った。


「エリファレット様は、特に幼いころから異母弟であるイーサン様を見下していました。暴言を吐くことはもちろん、物を取り上げたり隠したりの嫌がらせに、手を上げることもありました」

「嘘……」

「私が信じられないのは、先日のエリファレット様のご様子です。女性に親切にされているお姿は初めて見ました」


 彼女が語るエリファレットの姿は、ウェンディには想像つかないもので。困惑していると、今度は彼女の方が尋ねてきた。


「ウェンディ様。もしかしてですけど、最近イーサン様と仲違いされているのは、エリファレット様が原因ですか?」

「……うん。そんな感じ。エリファレット様と関わるなって言われて反発したせいで、ちょっと気まずくて」

「私もイーサン様と同意見ですが、それは置いておき……。イーサン様は自分の気持ちを伝えるのが不得意なんです。ウェンディ様の行動を制限したくて、意地悪でそうおっしゃったのではないことは確かです。もう少し、イーサンのお言葉に耳を傾けて差し上げてください。きっと誤解が解けます」


 アーデルの言葉に、そっと目を伏せる。


「……ええ。そうね」




 ◇◇◇




 身支度を整えてエントランスに行くと、すでに支度を済ませたイーサンが待っていた。美しく着飾ったウェンディを見て、目を見開く。


「すごく綺麗だ」

「……ありがとう、ございます」


 直球すぎる褒め言葉に少しだけ恥ずかしくなり、頬を染める。しかし、綺麗なのはイーサンの方だ。ウェンディにドラスに合わせた深緑の礼服を着こなし、いつも下ろしている前髪をセンターパートにセットして、爽やかさを演出している。


「イーサン様こそ、とてもお綺麗です」

「はは、そう? あなたにそう言ってもらえて嬉しいよ」


 彼は恥じらったりせず、ウェンディの賛辞を素直に受け止め、にこと口角を上げた。


 馬車に乗り、1時間、2時間……と時間だけが過ぎていく。向かい合って座るが、2人の間にこれといって会話はない。先日の件でお互い体裁が悪いのだ。


 ウェンディはスカートをぎゅっと握り、上目がちに言った。


「……先日は、申し訳ありませんでした。イーサン様とまともに話し合いもせずに、突っぱねたりして」

「いや……謝るのは僕の方だよ。あなたのことを尊重すると契約を立てておいてから、肝心なことを説明せずに、一方的に押し付けようとしたのだから」


 ふるふると首を横に振って否定する。今、2人に必要なのは話し合いだと伝えて。どうしてエリファレットと関わるのを禁止にしようとしたのか。危険視する理由は何かと問う。


「……これは、王族の中でも限られた者しか知らない話なんだけど、国王は、次の王に第1王子ではなく第2王子を据えようと考えたおられる」

「……!」

「国王陛下が、第1王子が人格的に王位継承にふさわしくないと判断されたからだ」


 よほどのことがない限り、王位継承者を変えようという考えには至らない。エリファレットが、国王の信頼を裏切るよほどの何かをしたのだと察した。

 そしてイーサンは、重々しい口調で告げた。


「兄は名誉を挽回して、王位継承権を取り戻すために――ウェンディの小説を利用しようとしている」

「!」


 なんでもエリファレットは、ウェンディに、自分を賞賛する小説を書かせて求心力を上げさせようと画策しているとか。

 だから、エリファレットと関わってはいけないのだと続ける。


「あなたこそ、なぜ兄に肩入れするのか教えてくれ」


 困ったように眉尻を下げる彼に、ウェンディは俯きがちに答える、


「エリファレット様が……私の大事なファンだからです。昔からずっと応援してくれた……」

「ファンだって? いや、そんなはずはない。彼はあなたの本を読んだことはないと言っていたから」

「ええっ!?」


「むしろ兄は……大衆小説を好まないはず」


 衝撃の事実にショックを受ける。ということは、エリファレットはウェンディに取り入るためにファンを装ったということだろうか。それに、ウェンディがよく知るノーブルプリンスマンなら、ウェンディのことを政治利用しようなどと考えないはず。


(エリファレット様は……ノーブルプリンスマンじゃない……?)


 ウェンディがエリファレットを信頼していたのは、彼がノーブルプリンスマンだからだ。もし彼がファンではないとしたら、エリファレットを信じる理由がなくなる。

 イーサンが嘘をついているようには見えなかった。それに彼は、まだ会ってまもないウェンディのことを心から案じているように感じる。


「兄は危ない。僕なんかのことは信じられないかもしれないけど、あなた自身のためにあの男に近づいてほしくないんだ。不安にさせたくなくてあなたに打ち明けるか迷ったんだけどね……」


 ウェンディはそこまで聞いてようやく納得した。そのときちょうど、馬車が到着する。今日の夜会は、王宮から離れた王妃お気に入りの別荘で行われる。敷地にはすでに、多くの馬車が到着していた。


 先に馬車を降りた彼は、こちらに手を差し伸べかけて、迷ってからすぐに戻す。


「私、イーサン様のお話を信じます」

「え……本当に?」

「はい。さ、行きましょう。エスコートしてくれますか?」

「ああ、もちろん。喜んで!」


 手を出すウェンディ。イーサンはぱっと表情を明るくさせて、その手を取った。

 趣ある別荘の外観を少し先に見上げながら思う。


(エリファレット様はプリンスマンさんを語って私を騙したの? 私に求婚したのは何のため? あの笑顔も親切も全部偽物なら……すごく怖いわ)

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