第3話-① 罰として契約結婚を命じられる

 

 第3王子を勝手に作品のモデルにして侮辱したという件について、ウェンディはひとまず、弁明を試みることにした。


「な、何かの誤解です! 私が殿下にお会いするのはこれが初めてです。よく知りもしないお相手を勝手にモデルにすることなんてできないはずです!」


 そもそも、王族のような高貴な身分の方にお目にかかれるような身分ではない。

 ウェンディは一台限りの成り上がり男爵令嬢。王族を含めた上流階級の集まりに、まかり間違っても足を踏み入れることはなかった。冷静に弁解をするが、イーサンの心にはちっとも響かない。


「言い訳を聞くつもりはないよ。あなたの作品のせいで僕が社交界でなんて呼ばれているか知ってる?」

「さぁ……社交界の噂には詳しくありませんので」

「――嫌われ者の王子、だよ」

「!」


 それはまさに、ウェンディの作品のタイトルみたいなあだ名だった。


 イーサン・ベルジュタムは、この国の第3王子だ。彼は宗教上の理由で忌避される婚外子でありながら、王族としての位を与えられているため、他の王子や王女から反感を買っているという話は聞いたことがあった。イーサンは離宮に引きこもりがちで、社交界にほとんど出たことがないと。


 彼いわく、最近では『嫌われ者の王子様』の主人公イザルのモデルはイーサンだと不名誉な噂が流れたため、より心証が悪くなったそうだ。

 更に、仮に直接会ったことはなくとも、憶測だけで小説を書くことはできるだろう――という主張を押し付けてきた。加えて、『嫌われ者の王子様』のイザルと自分には共通点があると続ける。


 目の前にびしっと人差し指を立てるイーサン。


「まずさ、名前が似てるよね。似た発音の組み合わせになっている。これは何か作者の意図があるとしか思えないな」

「たまたまです」

「それに、見た目もそっくりだ。長身で、金髪に緑の目の飛び抜けた美丈夫。こんなのは僕がイザルくらいしかいない」

「たまたまです。というか世界中の金髪緑目の人に謝ってください!」

「あとは、振る舞いとか言動、性格もどこか似ているし、何より――王子ってところが同じだ」

「だから、たまたまだって言ってるでしょーがっ!!」


 いぶかしげな眼差しでこちらに迫ってくる彼に言い返す。


(というか、言動や性格まで似ているなら、それはもはや殿下がイザルに寄せてるんじゃないの!?)


 ――と、内心で思うが喉元で留める。彼はすっかりウェンディを黒だと決めつけていて、偶然の一致だと何度言っても取り付く島がない。

 しかし、この作品は本当に、全てフィクションだ。イーサンとも、他の実在する人物とも一切関係がない。考えられるのは、イーサンをよく思わない人が、嘘の噂を面白おかしく吹聴しているという可能性だけだ。ウェンディはというと、イーサンのことも、『嫌われ者の王子様』のモデルに関しての噂もよく知らなかった。


「あなたは僕を侮辱した。王族を侮辱するってことは――国家に対する反逆と同義だ」

「…………」


 国家反逆という言葉に、ウェンディは萎縮する。突然捕まったことに疑問を抱いていたが、ここに繋がるのか――と。


(……やっぱり、冤罪じゃない)


「私を断頭台送りにするおつもりですか?」

「そんな物騒なことはしないよ。ただね、僕はあなたの作品の風評被害に遭っている。その責任は取ってほしいってこと」

「責任……」


 ウェンディはぐっと喉を鳴らした。今まで、誰かに楽しんでほしくて執筆してきた。今回の件は、自分の意思とは関係ないとはいえ、自分の作品をきっかけに彼が不愉快な思いをしたのは確かだ。悪気がなくても、誰かに迷惑をかけたら謝り責任を果たすもの。今回はただ、相手が悪かった。


 覚悟を決めて、ふぅと息を吐く。


「もういいですよ。分かりました。煮るなり焼くなり、なんなりとおっしゃってください」


 投げやり気味に伝えれば、彼はにこりと読めない笑顔を浮かべたまま告げた。


「じゃあ――僕の妻になって」

「…………今なんと」

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