第33話 様子が変なんです



「むぅ……」


「あいあい、そんな眉間にしわ寄せてたら、変な顔になっちゃうよ」


 プールで遊んだあの日から、数日が経った。その間、愛の周りはまあいつも通りだった。

 怪人が現れれば倒しに行くし、クラスメイトや友達とも楽しく花を咲かせる。


 結局、休みだなんだという話をしたが、愛は体が動いてしまうのだ。

 せっかく博士が好意で調整してくれたのに、悪いことをしたなぁ……と、ぼんやりと考えることもあった。


 そんな愛が今、頭を悩ませていることが一つある。それが……


「尊の様子が、おかしい」


 幼馴染である、尊の様子だ。

 どこがおかしい、と聞かれれば、普通の人はわからないと答えるだろう。


 これはそう、愛にしかわからないことだ。

 なので正確には、愛にとって尊以外はいつも通り、だ。


「いいねぇ、学校の屋上で友達と二人きり。切り出されるのは恋バナ……うーん、青春!」


「こっ……そ、そういうんじゃないし!」


「はいはい。で、たけたけのどこが変なの?」


 言ってみ、と恵は、紙パックのリンゴジュースを飲む。ちゅう、と吸い上げる唇が、どこか官能的だ。

 背もたれに背を預け、足を組んでいる恵は、たったこれだけで一枚の絵になる。


「なんていうか……私を避けてる、っていうか」


「……避けてる?」


「うーん、難しいな。いつも通りではあるんだけど、いつも通りじゃないっていうか……」


 これまで、尊は幼馴染の距離感で、愛にスキンシップを図ってきた。肩を組んだり頭を撫でたりはもはや日常茶飯事。

 恥ずかしくも、愛にとって悪くない時間だった。


 だが、今は……以前のようなスキンシップが、ない。

 なんというか、関係性こそ変わっていないが、どこか距離を感じるのだ。


「だから、私にとっての違和感っていうか……なにその顔」


 変に思った経緯を説明していると、ふと恵が変な顔をしているのに気づく。

 まるで梅干しを食べたあと、酸っぱいのを我慢しているかのようだ。


「いや、仲良いのは知ってたけど、まさかそこまでベタベタしてたとは……え、てか、それで付き合ってないの?」


「悪かったわね! ってか、ベタベタじゃないし!」


 学校では流石に、尊もスキンシップは控えてはいる。

 登下校中や、プライベートの時間に、さり気ないスキンシップが多かった。


 愛としては、尊と触れ合える時間を嬉しく思えばいいのか、尊に女の子として見られていないのを悔やめばいいのか、よくわからない時間となっていた。


「わ、私のことはどうでもいいのよっ。問題は尊のことっ」


「それって結局あいあいの話になっちゃうけど……まあいいか。

 で、スキンシップがなくなったのが不満だと?」


「っ……ま、まあ」


 正確に言えば、スキンシップがまったくなくなったわけではない。

 軽めのボディタッチなど、そういうのはあるのだ。ただ、以前のような近さではなくなっただけで。


 以前のようなスキンシップではなくなったのが不満だなんて、まるで卑しい女の子みたいで恥ずかしい。


「あいあいって結構ムッツリだよね」


「むっ……」


「でも、それっていい傾向なんじゃないの?」


 恵は表情を変えず、青空を見上げながら言う。

 空になった紙パックを、丁寧に折りたたんでいく。


「たけたけがあいあいに対してスキンシップが多かったのは、女の子として見てないから……あいあいは、そう思ってるわけだよね?」


「う、うん」


「なら、スキンシップが増えたってのはつまりこういうことじゃない?

 あいあいを、異性として意識し出した」


「……」


 恵の指摘……それは、考えてみれば行き着くような、当たり前のものだった。

 愛だって、これが自分のことじゃなければ、そういった答えに至っていたかもしれない。


 だが……


「あの尊が、私を意識? いやぁー、ないでしょ」


 ちょっとだけ考えてみて。そして、ないないと苦笑いを浮かべる。

 そりゃ、そうなってくれたら嬉しいとは思う。だが、そうなった姿が、想像できない。


 なので、ないないと手を振った。


「……女の子として見られてないことに悩んでたのに、いざ見られてるかもってなったらこの反応。たけたけもだけど、あいあいもたいがいめんどくさいよ」


「!?」


 愛の考えが、恵にはよく理解できなかった。


「いいじゃん、女の子として見られてるって可能性が生まれたんだからさ。もっと喜びなよ」


「それは……っ、でも、いきなりそんな、尊が私をどう見るか変わるタイミングなんて……」


「あるでしょ。プール! あいあいの水着を見て、たけたけもついにあいあいの女の子らしさに気づいたんだよ!」


 愛のことを女の子として意識することがあるなら、それはプールを機に考えたほうが自然だ。

 興奮する恵は、目を輝かせていた。


 水着を見て、意識してくれたのなら嬉しいが……

 ……と、愛には思い当たるものがあった。



『……その水着、似合ってる』



 ナンパに絡まれた愛を助けた尊の漏らした、この言葉。

 真正面から顔は見れなかったけれど。尊の耳は赤く、彼も照れているのではと思った。


「あ……」


 思い当たることに、愛は小さく声を漏らした。

 恵の戯言かと思っていたが、実際に尊が意識しているような場面があった……


 これは、もしかしたら……


「なになに、あいあいその反応もしかして……」



 プルルルッ



「わひゃ!」


 愛の反応に、恵は前のめりに。

 そんなときに、スマホの着信音が鳴り、愛は小さく肩を跳ねさせた。


 それは、愛のスマホからだ。ヒーロー用のスマホではなく、プライベートの。

 愛は、スマホを取り出し、画面を見た。


「尊?」


 そこには、話の中心にいた尊の名前が表示されていた。

 彼から、メッセージが送られてきたのだ。メッセージのやり取りは、珍しくない。


 どうせまた、バカバカしいやり取りなのだろう。それも愛にとっては、嬉しい時間だった。

 いったい、どんな内容が書かれているのか、確認するために画面を開いて……



『今度の週末、遊園地に行かないか?』



 その文章を見た愛の動きが、止まった。

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